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43:【最終話】一年後。屋上庭園より

ルーシア女王が治めることになったベルルスベル王国。ラントとクロ、そしてその周りの人たち新しい日々が始まろうとしていた。


【登場人物】

【俺/ラント】

:傭兵騎士の少年。元貴族。

 幼なじみの元王女クロとともに、ルーシア女王を宰相クルノアンの権勢から救うために奔走。


【クロ/フィルナ・ワインガルド】

:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。

 姉のルーシア女王を救うために、ラントとシャンベリス城までやってきた。透明人間であることを隠す ために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。


【ルーシア女王】

:ベルルスベル王国の現役女王。クロ(フィルナ)の実の姉。シャンベリス城での会談を通して、女王と しての自分に目覚める。


【クルノアン】

:ベルルスベル王国の近衛騎士団長。女王が権力を盛り返すことを悟って自ら命を絶とうとするも、クロ に助けられた。

 シャンベリス城の大門が三年ぶりに開け放たれたのは、会談が終わってから七日後のことだった。

 トスカン州と本国を結ぶ大動脈が復活すると聞いた人たちが街道に集まってきて、門が開かれるのを眺めていた。

 歓声が峠に満ちるのを、俺とクロは城の塔から眺めていた。

 

 別れたきりになっていたアトネさんから手紙が届いたのは、城が開放されてから半年以上経ってからのことだった。城には雪が積もり始めていた。


「粛啓」と、うやうやしく手紙は始まっている。


『寒い日が続きますが、みなさまお元気でお過ごしのことと存じます。私は今、故郷に帰って羊たちと一緒に日々を送っております。傭兵騎士の仕事はもう引退しました。時々、地元の人が護身術や剣術を習いたいと言うときは教えています。シャンベリス城で、お二人はどのような日々をお過ごしでしょうか?』

 三つ折りの手紙はここで山折りになっている。

『ルーシア様が政事を統べるようになってから苛政は無くなりましたが、いっぽうで王都では好き勝手に悪事をする輩が増えているようです。お二人のお耳にもはいっていることでしょう。できればそのようないざこざから離れて、穏やかな暮らしを送っていて下されば幸いです』

 さらに谷折り。

『最後になりましたが、旅のときは大変お世話になり、改めて御礼申し上げます。いずれ機会があればそちらにお訪ねしたいと思っております。またいつかお会いできる日を楽しみにしております。それまでお元気で』

 アトネ・ボルザック。


 俺もクロも、それぞれ手紙をすぐに返した。こっちでなんとか上手くやっているということ。女王の言っていた通りメシが美味いということ――村人が猟の獲物や山菜を分けてくれる――俺たちも出会えるのを楽しみにしています。等々だ。

 

 それから数ヶ月が経った。もっとゆっくりしていけばていいのに、春はもう過ぎ去ろうとしている。

 

 シャンベリス城での会談は去年の初夏の出来事だったから、あれからもうすぐ一年が経つ。今や王国の人々には「シャンベリス城事件」という名で一年前の騒動は知れ渡っているらしい。

 もちろん事実がそのまま伝わったわけではなく、尾ひれが付いたあらすじになっている。曰く、シャンベリス城に警備の視察に来ていたクルノアン宰相が倒れた際に、城に住み込んでいた傭兵騎士の治癒師ヒーラーが助けた。クルノアンはその褒美として彼女を城代に任命した。

 こんなあらましだ。事実と異なるけれど文句はない。むしろ俺とクロにとっては好都合な内容だ。


 城を貫く街道の往き来は盛んだ。これはクルノアンの失脚によって、トスカン州がその勢いを回復したことが大きい。ベルルスベル王国の属州になる計画は白紙になったし、交易に対する圧力も解消されて雪解けの様相を呈してる。

 もちろんソルグムさんは今でもトスカン州の大公の地位にある。

 ルーシア女王は隠居したクルノアンの鋼のような意志を尊重しつつ、自分なりに国を治めるべく奮闘中らしい。という話は世事に明るい商人が推測していたことだけれど、あながち間違ってはいないだろう。

 そして一命をとりとめたクルノアンは、しかしその代償として声を永遠に失ってしまった。会談の直後に近衛騎士団長を引退して、実質的にその権力は消滅している。

 俺はあの会談以来クルノアンに会っていない。隠居しているらしいけれど、城にいても情報がなかなか入ってこないのが現状だ。いつか俺は彼を連れて親父の墓に行きたいと思っている。決して不可能な願いじゃないだろう。それまではどこかで生きながらえていてほしい。


 それにしても暑い。この城にいると太陽が近く感じられる。

 俺とクロは今、屋上庭園の草むしりにいそしんでいる。しゃがんでいちいち雑草を引っこ抜いていたら腰がやられてしまったので、俺は上体をもたげて天を仰いだ。

「予定だとアトネさんが城にやってくるのは昨日か今日のはずだよな」

 汗をぬぐいつつ、ジョウロで花に水をやるクロに聞いてみた。そう。冬に届いた手紙から数ヶ月。アトネさんがこの城にやってくるのだ!

「あくまで予定だから誤差はあるでしょ。アトネさんの故郷は遙か南なんだから」

「まぁそうだけどさ」

 クロが黒ウサギの仮面を外してからどれくらい経つだろう。しかし透明人間であることに変わりは無い。ではどうしているかというと、今は白猫の仮面を付けているのだ。

 例によってまた無表情な猫だ。東西を行き来する商人から買い取ったらしい。

「お取り寄せしたの。通信販売ってやつよ」

 そうなのか・・・・・・?


 ちなみにお気づきだとは思うが、俺は今でも彼女のことをクロと呼んでいる。

 クロがフィルナ王女としてこの国の表舞台に出ることはもう無いのだ。フィルナはクロとして生まれ変わって、今ではシャンベリス城の城代として俺と一緒に寝食を共にしている。と言うと誤解が生じるな。正確には俺は城代補佐。要するに側近、雑用、用心棒というような地位に収まっている。立場的にはそれ以上でもそれ以下でもない。

 シャンベリス城は城と言うよりも峠の関所に近いから、俺たちの仕事も関所の留守役と同じようなものだ。大変な仕事になるかなと思っていたけれど、城に元から駐在していた人たちが仕事を主にやってくれるから、俺たちの仕事は意外と少なかった。書類にはんこを押したり会合に出るのがクロの仕事だし、俺の仕事は殆どクロの世話役、および城の保全管理である。一応腰には得物を差しているけれど、抜く機会は来るのだろうか。もちろん抜かずにすめばいいけれど。

 

 城の警備、管理全般を扱っているから、屋上庭園の草むしりも立派な仕事なのだ。なんだか傭兵騎士として雑用の仕事をこなしていた頃とあまり変わらない気もするけれど。

「ちょっと、この花も抜いちゃったの?」

 と、クロががっくりした声色で聞いてきた。だって噴水周りは任せたって言ってなかったっけか?

「言ったけどこれ、えー・・・・・・普通抜かないでしょ」

 ぼうっと、昔のことを考えていたせいかもしれない。いや、俺が悪かったって。だから鎌をこっちに向けないでくれよ。

 俺とクロが草むしりを巡って紛糾していると、いつのまにか衛兵が遠巻きに突っ立っていた。いかにも気まずそうな雰囲気だ。コホン。なんでしょうか。

「ええっと、ボルザック様がお見えになりましたが」


 俺たちは鎌をほっぽり出して、屋上の端から中庭を見下ろしてみた。夏草が茂りはじめている中庭の小道を、アトネさんが重そうな荷物を背にしてこちらへ歩いてくるのが見える。

 俺たちが声をかけるよりも早く、アトネさんは屋上に居る俺たちに気づいてくれた。笑顔で手を振っているのを見て、降り返さないわけがない。

 アトネさんの青髪はさっぱり短くなっていた。

「ラント、さっき抜いた花、ちゃんと植え直しておいてね!」

 クロの声は弾んでいた。仕方ない。仰せのままにしますよ、城代様。

 遠くの丘陵には初夏のくっきりとした雲が帯をつくって浮いている。近いうちに、いよいよ雨季が始まるのだろう。

拙作「で、王女様なんで透明人間になったの?」を読んでいただきありがとうございました。

暫く間を置いて次回作を開始する予定です。


それでは、御機嫌よう!


仲島けい


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