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41:シャンベリス城【4】石蔵をぶち破れっ!

西の辺境を巡る会談が始まった。その裏でラントとクロの身柄はトスカン州から本国に引き渡されることになっている。城の屋上庭園に連れ出された二人を待っていたのはクルノアン宰相だった。が、クルノアンは毒をあおって倒れてしまう。その場にいたラントとクロは・・・・・・


【登場人物】


【俺/ラント】

:傭兵騎士の少年。元貴族。

 幼なじみの元王女クロとともに、ルーシア女王を宰相クルノアンの権勢から救うべくシャンベリス城に やってきた。


【クロ/フィルナ・ワインガルド】

:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。

 姉のルーシア女王を救うためにラントたちと共に旅をしている。透明人間であることを隠すために黒づ くめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。


【ルーシア女王】

:ベルルスベル王国の現役女王。クロ(フィルナ)の実の姉。クルノアンに権力を牛耳られている。


【クルノアン】

:ベルルスベル王国の近衛騎士団長。「宰相」と呼ばれていて、ルーシア女王を凌ぐ権力を持っている。

クルノアンが倒れて真っ先に慌てたのは、いつもは冷静沈着でいる取り巻きの衛兵達だった。まるで自分の家が眼前で炎上しているかのような恐慌っぷりでいる。自分たちが聞かされていたシナリオとは全く違っていたのだろう。クルノアンの部下はみんな機械人間だと俺は思っていたから、彼らが見せた人間性に俺は妙に安心した。


 逆に驚くそぶりもみせず、淡々としていたのはクロの方だった。


「と、止まれ! 閣下に何をするつもりだ!」

「どいて。症状が看れないでしょ」

「症状が・・・・・・」

 クロは右往左往する衛兵たちの間に入って、倒れたままのクルノアンの前にしゃがみこんだ。かと思うと、すぐに立ち上がってティーセットの茶葉を手に取った。ただしクロはグローブをはめているから、茶葉に直接触れてはいない。

「わざと毒の茶葉を淹れて飲んだのね」

「毒の茶葉をわざと」

 その言葉が意味することを想像して、衛兵たちは戦慄する。

「か、閣下はそのようなことをするお人ではないっ!」

「じゃあ誰かがお茶に毒を混ぜたの? クルノアン卿ほどの術者なら毒なんてすぐに見抜けるはずでしょ。

「それは・・・・・・」

「いずれにせよ、早く処置をしないと」

 処置? おいクロ。と俺はほぼ無意識に声を掛けて、

「助けるのか?」

 と無意識に質問した。決して可愛いとは言えない黒ウサギの仮面が俺を見た。

「助ける・・・・・・私は治癒魔術師ヒーラーだから」

 その後の行動は流石に迅速だった。落ち着きを取り戻した近衛兵たちは本国から来た仲間全員に虚偽を報告した。


「クルノアン卿は屋上庭園の警備を視察していると、卒中で倒れた」


 という造られた真実を全員で共有した。抜かりのない連中だ。

 シャンベリス城での会談も極秘裏のことだけれど、屋上庭園で俺たちがクルノアンと会っていたことは更に限られた人数にしか知られていない。宰相がなぜ屋上庭園に? などと疑われないためにはこのような真実とすり替える必要があるのだ。

 大の大人が寄り集まって嘘を夢中で考えている姿は可笑ししくもあり、哀しくもある。しかし俺もクロも、ぶっ倒れてしまったクルノアンを助けるために別の身分を騙る必要が生じた。

 異変を聞いて屋上に駆けつけた衛兵や官吏たちにとって、クロも俺もどこの馬の骨か分からない存在だ。ましてやクロの正体が王家を追放されたフィルナ女王であることなど想像もできないだろう。

 息を荒げて昏睡状態に陥っているクルノアンの前に膝をついて、クロは毒の進行を遅らせるための術式を展開していた。そこにやってきた本国の衛兵と官吏は俺たちを見るなり、

「お、おいお前たち、見慣れない顔だな」

 と聞きたくなるのが人情だろう。

 誰何されたクロは困ったように頭をもたげる。

「そ、ソルグム大公にお使いしている治癒術師だ。こっちは仲間」

 仲間って。大雑把すぎるだろ。

「看たところ毒が身体中に回っている。ソルグム大公の魔術抵抗力が強いために苦しみも大きいのだろう。毒を中和させるためには相応の薬と魔力結晶の錬成が必要だ」

 本国からきた連中は、いぶかしげに二言三言ヒソヒソと言葉を交わした。

「分かった。必要ならば寝台がある部屋に運ぶが」

「そうしましょう・・・・・・この毒は人に触れて感染するものではありませんから、担いでいけば大丈夫です」

 

 大柄の衛兵が穀物の俵と同じ要領でクルノアンを肩に担ぐと、一番近い宿直の部屋まで運ぶことになった。

「ヴィヴァル」

 慌ただしい足音の中で、クルノアンは喘ぐような声で確かに俺を呼んだようだった。目が醒めたのか?

「退け。川の向こう・・・・・・敵が堤を超えた」

「えっ?」

「うわごとよ」

 付いてきたクロが冷静に言った。

「だめだ、ヴィヴァル」

 クルノアンは苦しみから逃げるように悶えている。

 声を掛けない方がいいとクロは言ったと思う。俺はそんな忠告などお構いなしに、どういうわけかクルノアンの手を握っていた。火から取り出した薪のように熱い。

「心配するな。後でまた会おう」

「・・・・・・そう、か・・・・・・」

 それまで苦しげだったクルノアンは俺の返答に安堵したのか、死んだように動かなくなった。

 

 会談が中断されたまま、クルノアンの救命処置が行われた。

 クルノアン卿が運び込まれた部屋には、宰相危篤の情報を聞いた人たちが陣営など関係無しに押し寄せていた。クルノアンを心配してと言うよりも、一体全体どういう状況なのかという情報を求めて殺到しているのだろう。集まった男達の妙に醒めた顔を見れば分かる。

 宿直に使われる部屋はそれほど広くはない。真ん中に長方形のテーブルが置いてあって、クルノアンはそこに寝かせられた。部屋にはクロの他にも治癒魔術を使える人たちが、彼を救うべく集まっている。

「普通の人なら死んでいるけれど、この人の生命力が幸いしたみたい」

 お茶から摂取された毒が特定されると、クロは他の治癒術師に現場を任せて必要な薬草を探すべく城の倉庫に向かうことにした。俺も助手兼ガードとして付き従う。

 城に詰めている兵に薬草類が保管されている場所を聞き出すと、鍵を半ば奪うようにして貸してもらった。

「――ここだな!」

 俺たちが走ってやってきたのは主殿から少し離れた石蔵だ。その鍵穴に鍵を入れようとしたとき、


 バチィンッッ!


 目の前で稲妻がはじけて、衝撃波によって俺は後方に突き飛ばされてしまった。

「なんだ!?!?」

 稲妻の閃光でくらんだ目を細めてみると、鉄の扉に強力な結界印が浮かんでいるのが分かる。

「あのクルノアンが予め仕掛けておいたのね」

「くっそ!」

 俺は地面を蹴るほど腹が立った。

 そこまでして死にたいのかよ?

 あんたは生に執着していたんじゃなかったのか?

 扉から吹き飛ばされて分かった。どうやらそれは俺の狭い見方だったようだ。そもそもクルノアンは最初から自分のことを人間ではなく、権力の化身だと思っていたのだろう。事実そうだった。

 権力は生き物でも人間でもない。しかし人間と同じように、古今東西いつかは滅びるものだ。クルノアンは自分の身体とは関係無しに、権力じぶんが死んだと確信したのだろう。そうなれば「容れ物」である身体を維持していても意味が無いじゃないか・・・・・・

 けど俺はあんたを死なせるわけにはいかないんだよ。あんたは結局のところ人間だし、自分の意のままにしていた女王が成長したからって、あまりに勝手すぎるだろ。

 そんなことが理由で死ぬのなら、文句を言わずに田舎に隠居した俺も、俺の親父も馬鹿みたいじゃないか。

 絶対に生きて貰う。

 にしても石蔵を開けるすべが無い! 

 棒立ちの俺の背中に「どいてください!」という声が響いたのは俺がもう一度地面を蹴ったときだった。

 俺が振り返ると、そこには抜き身の剣を振りかぶったアトネさんが突っ立っていた。脚を少し広げて、まるで巨人を相手にしているような圧を放っている。俺とクロはその圧から逃げるように離れて、アトネさんに斬撃線を提供した。

 そういえば、剣を持ったアトネさんを見るのは初めてだな・・・・・・そんなことを思っていると、


「ふっっ!」


 翠の閃光が一直線に蔵の鉄扉に突き刺さった。どうやらそれは強力な刺突だったらしい。結界は瞬時に破られて、ガァン! とけたたましい音を立てて鉄の扉が吹き飛んだ。衝撃でどっと土煙が舞い、石蔵が軋んで鳴動する。

 俺とクロは扉が吹き飛んだのを確認すると、すぐに石蔵へと踏み入った。必要な薬草、それに各種の魔力を媒介する鉱石の箱を見て回り、程なくして全てのマテリアルを揃えることができた。後はこれらを調合して術式をかければ、応急の回復薬が完成する。

 石蔵を出ると剣を収めたアトネさんがそこにいた。「なんでここに」とか、「女王陛下はどうしてますか」とか、そういう話は無い。急いで走り出しながら、ただ俺が強く頷いて「ありがとうございます」と言っただけだ。

 アトネさんも、瞳を輝かせて頷いた。それで十分だった。


 ルーシア女王とソルグム大公の会談は、クルノアン宰相危篤につき依然中断されたままになっている。

 本国とトスカン州の両陣営は、クルノアンの容態が治癒魔術を受けて安定したと聞くと宿直室の周りからさっさと引き上げていった。

 クルノアンはその後も死んだように眠り続けている。やがて夜になった。トスカン州側の暗殺未遂じゃないかという声もあって一時は緊張が走ったものの、今では均衡が保たれている。かえって不気味なほど静かな夜だ。

 宿直室にはクロがいて、助手のような立場で俺がいる。本国から来た治癒魔術師たちはクルノアンに何かあったときの後難を逃れるために、とっくの昔に出て行ってしまった。どちらかというと敵であるはずの俺たちが残っているというのは皮肉というか、なんだかやるせない気分だ。

 いがみあっているはずの三人が狭い宿直室にまとまっているというのは我ながら奇妙な光景だ。そこに四人目が加わったのは、俺が椅子に座ってクルノアンの容態を監視していた時だった。うとうとしていた俺の意識は、立て付けの悪い扉の耳障りな音で醒めた。

「どなたっすか・・・・・・あ」

 がちゃんとドアが閉められた。

 部屋に入ってきた人物を見て、俺の頭はよりクリアになった。クルノアンが倒れたときから姿を見せていなかったルーシア女王が、心配そうな面持ちで俺を見下ろしていた。

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