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39:シャンベリス城【2】クロ、激白

西の辺境を巡る会談が始まった。その裏でラントとクロの身柄はトスカン州から本国に引き渡されることになっている。

城の屋上庭園に連れ出された二人を待っていたのはクルノアン宰相だった。


【登場人物】


【俺/ラント】

:傭兵騎士の少年。元貴族。

 幼なじみの元王女クロとともに、ルーシア女王を宰相クルノアンの権勢から救うべくシャンベリス城  にやってきた。


【クロ/フィルナ・ワインガルド】

:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。

 姉のルーシア女王を救うためにラントたちと共に旅をしている。

 透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。


【ルーシア女王】

:ベルルスベル王国の現役女王。クロ(フィルナ)の実の姉。クルノアンに権力を牛耳られている。


【クルノアン】

:ベルルスベル王国の近衛騎士団長。「宰相」と呼ばれていて、ルーシア女王を凌ぐ権力を持っている。

 女王様御一行が到着した日の午後、トスカン州の帰属をめぐるトップ会談が予定通りに開始された。

 城の主殿で開かれる会談には本国からはルーシア女王が、トスカン州からはソルグム大公が主席。両サイドには複数の官僚たちが同席するらしい。


 会談が始まってまだ間もない頃、クルノアン麾下の近衛兵が控えの間にやってきて俺とクロを外に連れ出した。

 先導されるがままにやってきたのは主殿の裏手だった。四隅に塔が付いた巨大な箱のような主殿と、それに付属する低い建物を結ぶ回廊だろう。晴天だというのに不気味なほど薄暗い場所だ。

 西の辺境の今後を左右する会談のまさに「裏」で、俺たちの身柄は密かに本国へ引き渡されることにな

っているわけだ。冗談言ってる場合じゃないけれど。

 俺たちを引き取るはずのクルノアンは、しかしここにはいない。

 暗い回廊には引き渡しの仲介になっているアトネさんと衛兵たち、それに本国側の近衛兵たちがひしめいている。


 アトネさんをはじめトスカン州側の衛兵が付いてこられるのはここまでらしく、それを聞いて俺は少なからず残念な気持ちになった。クナパッツから旅を共にしてきたアトネさんとは、ここでお別れになってしまうわけだ。


「短い時間でしたが、ここまでどうもお世話に・・・・・・」

 振り向いた先には、まるで愛犬を亡くした少女のように泣きじゃくるアトネさんがいた。

「うっ・・・・・・グスっ・・・・・・ふっうぅ・・・・・・」

「あの、お世話になりました」

「私ごそっ・・・・・・ふっ・・・・・・どぉが、おげんぎで・・・・・・」

 今までせき止めていた涙を一気に放出したのだろう。アトネさんは俺たちとの別れを惜しんで、高まる感情をずっと我慢していたに違いない。

「大丈夫ですよ、いつかまた会えますって!」

「ぐすん・・・・・・そうでしょうか」

「その日まで」クロは徐にバッグをまさぐった。

「預かっていてくれますか」

 クロがアトネさんに渡したのは傭兵騎士のスタンプ帳だった。

 アトネさんは恭しくスタンプ帳を受け取って、泣くのを忘れたような驚きの顔をした。気がついたようにまなじりの涙をくっと拭う。

「はい」

 すがすがしいほどの声色だった。


「宰相閣下がお待ちです。こちらへ」

 

 アトネさんとトスカン州の衛兵が別れを惜しみつつ撤収すると、近衛兵の一人は無機質な声でそう言った。どういう心身の鍛練をすればそんな無機質な声になれるのか聞いてみたいほどに冷たい声だ。アトネさんが感情的だったから、対照的にそう聞こえるだけなのかもしれないけれど。

 近衛兵は俺とクロの前後に二人ずつ。都合四人が配置されている。拘束状態というやつだが、俺もクロももはや慣れているシチュエーションだ。


 俺たちは回廊を進んで円筒状の塔に入り、螺旋階段を登って屋上に出た。

 青空の下には場違いなほどに美しく整備された緑と花が広がっていた。庭の真ん中に女神の像を置き、幾何学的に植物を配した典型的な城内庭園だ。

 庭を眺めつつ、俺は城内図を頭の中に展開する。シャンベリス城の中核に箱形の主殿があって、その隣に付属する建物は一段低い二の殿になっている。二の殿の屋上に庭園がある。俺たちがいるまさにこの場所だ。

 そして隣接する主殿ではソルグム大公とルーシア女王との間で会談が行われている。どういった内容かまでは分からないけれど、物流に関する決め事とか法律とか、そういった類のことだろう。

 庭園は一見しただけでよく手入れがされているのが分かる。恐らく女王たちが来るからということで刈り込まれているのだろう。神々の石像がいくつか配置されていて、石で出来たベンチが俺から向かって右側にある。そのベンチに腰掛けている男の影があった。クルノアン宰相だ。

 白いマントを羽織る近衛騎士団長の正装。剣はベンチの前にある円いテーブルにたてかけられている。 テーブルの上にはティーセットが置かれている。女王が大事な会談に臨んでいる最中に、宰相の立場である男が一体どういうつもりで茶なんて喫んでいるんだ?

「お連れしました」

 近衛兵の簡潔な報告にクルノアンは頷く。「下で待っていろ」

 四人の近衛兵はそれぞれ一揖すると庭園から退出した。

「こういった場所が好みなんて、意外ですね」

「今日は良く晴れているからだ」

 言いつつ、クルノアンはカップを口元に運んだ。本当かな?

「知っての通り、向こうの主殿では女王陛下とソルグム大公との会談が行われている。これによってトスカン州は正式にベルルスベル王国へ帰属することになる。西の辺境に平和が戻るのだ。喜ばしいことだろう?」

 どうだろうか。今日の会談は過程プロセスに過ぎない。蓋を開けてみると結果は目も当てられないことだってあるのでは?

「・・・・・・はっ。私を前にして肝が据わっている。だが君の言うとおりだ。ところで・・・・・・旅は楽しかったか?」

「旅?」

 脈絡のない質問に俺は慌てた。応対したのはクロだった。

「必要な話だけにして」

「必要な話のつもりですが」

 しばしの沈黙が流れた。が、ため息と共に折れたのはクルノアンの方だった。やりとりが面倒になったのかもしれない。

「思い返せば楽しい旅だったのではないですか? しかし残念ながら旅の終着点はこの城ではなく、都でもない」

 あの世ですかと聞いてみたかったけれど、流石に茶茶をいれる空気じゃなかった。


「貴女を予定通り、南方地域へ収監する。・・・・・・君も一緒にだ」


 クルノアンは俺を指さした。鏡越しでは分からなかったけれど、生で相まみえるクルノアンの双眸には突き刺すような壮気がある。と同時に、老いの哀愁も仄かに漂わせていた。

「宰相は私たちの目標がなんなのか知っていて、その判断をしたの?」

「貴女はまだ私を陛下から遠ざけたいおつもりか。・・・・・・私はこれまで王国のために尽くしてきた。モンスターを駆逐し、小賢しい騎鬼族を追いやり、ついには西の辺境を平定した。勿論その過程で必要な犠牲は多かった。ある意味では私自身を犠牲にしたと言ってもいいくらいに」

「そのためなら国王を蔑ろにしてもいいって言うの?」

「言葉の使い方に気をつけて頂きたいですな。私は宰相としての努めをしたまでにすぎません。貴女から見れば、私は陛下を手のひらの上で操っているように見えるかもしれないが、そんなに単純な権力構造では無いのですよ」

 言いつのるクルノアンを相手に、クロはさぞかし仮面の下で苦しそうな顔をしていることだろう。その証拠に絞り出すような声で、

「・・・・・・お姉様はあなたが思っているよりも賢いんだから」

「たしかに。逆上して人に刃を向けるような御妹様よりも賢いお方でしょうな」


 人に刃を向ける・・・・・・?


 疑問に眉を寄せた俺の挙動をクルノアンは小賢しく拾った。

「これは驚いた。旅を共にする最も近しい人物に、自分がどのような罪で王家を追われたか知らせていないとは」

 それを聞いた俺の身体は自ずとクロに向き直る。漆黒のマントに身を隠しているクロは、正面のクルノアンを仮面の中からじっと睨んだままでいる。

「もう一年近く前、私がまだ王宮にいたときに」

「・・・・・・いたときに?」

 俺の問いかけに、クロは小さく頷いた。


「大げさかもしれないけど、私はこの人を殺し損ねたの」

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