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4:人口の7%が失われるとどうなるか?

 町の食堂で傭兵騎士のスタンプ帳を見せると、多少の割引が利く。


 夜の食堂は様々な職種の人たちでごった返していて、俺とフィルナは隠れるように隅の席に座った。

 五年前に離れ離れになった俺とフィルナが、現在どのような境遇でいるのか。墓地の丘から町に帰る途中で、大まかな話はしたつもりだ。

けれども五年間という空白は、少しの会話で補完されるものじゃない。

「はじめて見たとき、ほんと誰だか分からなかった」

 フィルナはウサギの仮面を俯かせて、照れたように言った。

「五年間で、こんなに変わるんだね」

「成長期だからじゃない?」

 俺は潰したポテトを頬張りながら適当に言った。再会したときの衝撃は既に収まっている。

「フィルナも、背が伸びたような気がするし」

「そ、そうかな?」

 まんざらでも無いらしい。

 背丈とは対照的に、黒いローブで覆われた胸にはあまり栄養が回らなかったように見える。俺は心の奥に、そんな観察記録をしまい込んだ。

 ふと、ウサギの仮面が低い天井を見つめた。


「五年かぁ」

 どこにでもある食堂の片隅で、ベルルスベル王国の元第二王女であるフィルナは感慨深げに呟いた。


 俺とフィルナは王国の都で生まれ育った。

 

 十五年くらい昔。俺たちが生まれた頃には、流行病である「紫煙病」の猛威がピークを迎えつつあった。それに伴う一連の厄災は、後に「大壊乱」と呼称されることになる。


 多くの人が病によって命を落とした。貴族だろうが農民だろうが関係ない。ベルルスベル王国のあちこちでひっきりなしに葬式が行われた。

 つい先日、友人の弔いの挨拶をした人が一ヶ月後には死んでいる。そんなことが日常茶飯事だった。

 「紫煙病」は感染率が高く、特効薬も見つからないまま数年にわたって猛威を振るった。

 身体のあちこちに紫色の斑点が現れて高熱に冒される。免疫力が奪われ、様々な合併症を引き起こして死んでしまうのだ。死体を燃やすと紫色の煙が立ち上ることから、紫煙病と呼ばれるようになった。


 人口の七%にあたる二百二十万人が、流行が収まるまでの五年間のうちに命を落としたと言われている。


 生き残った人たちにも災厄は降りかかった。兵士の数が不足して、「黒の地域」と呼ばれる西の辺境は人間を敵視する騎鬼族によってしばしば侵された。やがて今に続く騎鬼族との断続的な戦いが始まることになる。

 言ったように、貧乏人だろうと貴族だろうと病魔には関係ない。俺の母も俺が生まれて間もなく紫煙病で死んでしまった。親父は近衛騎士団の中でも指折りの猛者であったにもかかわらず、これに関しては何も手出しが出来なかった。


 騎士も貴族も、結局何も出来ないじゃねーか・・・・・・俺のひねくれた貴族嫌いの思想は、大壊乱の現実を突きつけられた結果完成されたものだと自己解釈している。


 一方、フィルナはベルルスベル王国の第二王女として生まれた。

 当時から分け隔て無くいろんな階級の人間と交流していたので、変なお姫様だと影で言われていたのを俺は知っている。というより、俺もそう思っていた。


「あなた、グレてるって噂のヴィヴァル卿のご子息でしょ?」

 とある有力貴族の葬式で、従事を振り切ったフィルナは俺にいきなり話しかけてきた。

「私が誰だか知ってる?」

「・・・・・・フィルナ王女だろ? だからなんだよ」

「ほほぅ? 噂通りね!」


――タメ口聞かれて喜ぶ王族がいるか? なんだこいつ? 人形みたいな顔なのにもったいないな・・・・・・。 それがフィルナに対する第一印象だった。


 けれどもフィルナにとっては、俺の方がよっぽど変わっていたのだろう。誰振り構わずぞんざいな態度をとる騎士の子供なんて、しつけもクソもない。

 父親が近衛騎士団の英雄だったから、また母親を早くに亡くしていたからこそ、周りは俺を甘やかしてくれた。それに気付くのは、ずっと後のことだ。

 

 噂通りの礼儀知らずだった俺に興味を持ったフィルナは、王宮や庭園の森によく俺を遊びに誘ってくれた。俺も面倒がりつつ、内心は満更でもなかった。

 罠をしかけて鳥を捕まえたり、秘密基地を作ったり。その度にフィルナの姉――現女王が呆れつつも加わってくれた。

 俺たちが都で大壊乱から隔離されて過ごしていた頃、親父たち近衛騎士団の奮戦もあって、辺境での戦いや国内の混乱は徐々に収まりつつあった。やがて近衛騎士団長だったクルノアン卿が国王の信任を得て内政に敏腕を振るい始めた。

 

 そして、大壊乱とは別の災いが起こり始めた。


 クルノアンは自分の意に沿わない貴族や騎士たちを次々に左遷、粛清しはじめた。

 国王は大壊乱を平定したクルノアンを絶対の正義と信じているから、異を唱えることもない。その触手は、程なくして俺たちヴィヴァル家にも及んだ。


「ヴィヴァル卿、私が前線で騎鬼どもを相手にしていた時に、後方にあって貴君は何をしてたのだ?」


 いちゃもんも良いところだ。西の辺境でクルノアンが苦戦していたときに、別の地域で戦っていた親父は食料物資の分配を調整するのに必死だった。けれどもそのせいで戦場に遅参したという。たったそれだけの理由で、俺たちは都から遙か離れたザンテル州に左遷された。俺の第二の故郷になるけれど、王国の西南にある、土地が痩せた辺鄙な地域だ。


 五年前、俺は親父と少しの従事と共に都から追放された。


 フィルナに別れを言えなかったことが、貴族階級を奪われることよりも遙かに悔しかった。

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