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38:シャンベリス城【1】

ルーシア女王との直接会談に臨むため、ラントたちはついにシャンベリス城に到着した。


【登場人物】


【俺/ラント】

:傭兵騎士の少年。元貴族。

 幼なじみの元王女クロとともに、ルーシア女王を宰相クルノアンの権勢から救うべくシャンベリス城  にやってきた。


【クロ/フィルナ・ワインガルド】

:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。

 姉のルーシア女王を救うためにラントたちと共に旅をしている。

 透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。


【ルーシア女王】

:ベルルスベル王国の現役女王。クロ(フィルナ)の実の姉。クルノアンに権力を牛耳られている。


【クルノアン】

:ベルルスベル王国の近衛騎士団長。「宰相」と呼ばれていて、ルーシア女王を凌ぐ権力を持っている。

シャンベリス城は山の上に横たわる古城だ。

建造物の多くが植物のツタで覆われていて、石垣、石畳、石壁も風雨で摩耗している箇所が目立つ。常駐する本国の部隊によって最低限の手入れがされているとはいえ、半ば廃墟のような雰囲気が漂っている。

東の一角に物見の塔がある。俺とクロ、それにアトネさんはその塔の中に入って、都から来たルーシア女王の隊列を眺めていた。

 短い隊列は東門を抜けて、中庭へと入っていく。国王の行列とは思えないほどにこぢんまりとした規模だ。一般市民の誰が見ても、この地味な隊列が王国を統べるルーシア女王のものだとは思わないだろう。


「予想以上に少ないな。三十人くらいか・・・・・・」

「属州の官僚でも、もう少し多い人数で都に出張しに来るけど」


 俺とクロは石垣の窓からのぞき見るように女王の列を眺めている。塔の窓は弓矢を射るためのもので、ほとんど隙間と言っていい。

列は小規模なので、ルーシア女王の姿もすぐに見つけることができた。

 言うまでもないけれど、女王はベルルスベル王国の最高権力者だ。王宮や都の外でそのやんごとなき姿を太陽の下に見せることは殆ど無い。どんな状況であろうと輿に乗っているはずだったけれど・・・・・・

 俺の視線の先には、列の真ん中辺りで白馬に跨がっている女王がいた。極秘の会談とはいえ、狩りなどのプライヴェートな用事を除けば異例中の異例といえる行動だろう。

 女王は青空に溶けるような水色の上着を着ていて、その上に白いマントを羽織っていた。身分を知らない人が見たら、貴族にマナーやら学問やらを教える専属の家庭教師に見えただろう。

 

 さて、俺とクロの横ではアトネさんが恐がるように縮こまっている。俺は何気なく聞いてみた。

「アトネさんは見ないんですか?」

「見ないんですかって・・・・・・さっきも言いましたけど、この位置ですと陛下を見下ろすことになってしまって不敬じゃありませんかっ」

「けどせっかくの機会ですよ? いざ対面したときに緊張しません?」

「大丈夫ですっ」

 そう言うけれどアトネさんの目線はブレブレだ。

 本人から聞いた話によると、昨夜はあまりのプレッシャーでいざという時のために遺書まで書いてしま

ったらしい。もっともそれはアトネさんの前からの癖だから仕方ないかもしれない。


 女王の隊列は滞りなく中庭を抜けて、俺たちの視界から消えた。

 見物を終えた俺たちが塔を降りようとしたところに軍服姿のソルグムさんがやってきた。本国側との会談は、予定通りの時刻に行われるということらしい。

 太陽は中天に差し掛かっている。

 風も雲も殆ど無い快晴。気温は暑からず寒からず。和平交渉びよりと言っていいだろう。


 ところで世の中には「城の王」と讃えられる立派な城が少なからずあるけれど、どんな城を想像するだろうか? 俺だったらいかにも攻めにくそうな、山を石で固めた巨大な要塞を思いうかべるのだけれど。

 俺たちがいるシャンベリス城も、何を隠そう「城の王」と呼ばれている城のひとつだ。 トスカン州とベルルスベル本国の東西を隔てる重要な山城・・・・・・さぞかし立派な城塞なんだろうなと思っていた。

 ・・・・・・が、遠巻きに眺めたその城は、近づくにつれてなんのことはない中規模程度の城だと分かった。 俺の地元にある古城といい勝負だ。

「アトネさん、あれがシャンベリス城ですか」

「へ? そうですけど・・・・・・」

 宿泊する毎にさんざん地図で目的地を確認していたのに、何を今更? と思われることは重々承知だ。

 アトネさんは案の定、俺の質問の意図が分からずにいるようだった。

「あっ、もしかして期待外れでした?」

 察してくれたらしい。「ええっと、もっと立派な城かと」

「古い城ですからね」

「しかし」

 馬に乗って俺たちの先を行くソルグムさんが振り向く。

「立派な城の条件は外見じゃないだろう?」

 ソルグムさんの語るところによると、むしろ敵に「なんだ、しょぼい城だな」と思わせるあたりがクセモノらしい。たしかに敵に油断させるのは戦略的に重要だ。俺たちは別に敵じゃないけれど。

「それはそれとして、あの城は外見も凄まじいのだが言ってなかったかな?」

「さぁ・・・・・・絵図とかも特に見てないですからね。ただ街道上にあって峠を護る、関所のような城としか俺は知りませんよ」

「そうか、では後で確認しておくといいな」

 俺は「はぁ」と、事情がよく分からないまま頷いた。

 

 ルーシア女王の隊列に負けず劣らず、俺たちの隊列も少人数だった。トスカン州の軍人、官僚など合せて十五人ほどだ。

 ヴェルンディンを出発して五日後に俺たちはシャンベリス城に入った。

 城は現在ベルルスベル本国の軍部隊が在駐していて、東西を結ぶ街道は城の閉門によって寸断されている。先遣隊が在駐部隊と折衝をしてくれたおかげで、俺たちは在駐する部隊から許可を得て入城すことができた。

 まだ明るいうちに荷ほどきを済ませた俺は、行動が制限されてはいたものの本国側の城壁に行くことができた。城は東西に細長く、西の門から東の城壁まで行くのにそれほど時間はかからない。

 東の城壁の上には切り取られたような青空しか見えないという奇妙な光景。いぶかしむ俺の背中にソルグムさんの声がした。「ちょっと下を覗いてみようか」

「・・・・・・うわ」

 手をかけて石垣の下を覗く。

 眼下には傾斜がほぼついていない壁が遙か谷底まで続いている。自然にできた断崖絶壁の上から、人間が石を積み上げて一枚の巨大な壁に仕上げているのだ。

 谷のむこうはこちらよりも低い山が南北に延びていて、その先には丘陵が広がっていた。

 あんぐりしつつ、俺は頭を上下して渓谷のすさまじい容貌を見渡した。

「分かっただろう。この城は西側から見れば地味な山城、東側から見れば断崖絶壁という構造になっているのだよ」

「そ、そうみたいですね・・・・・・」

 愛想笑いをしつつ、俺はゆっくり石垣を離れてソルグムさんの隣まで後退した。

 足腰が俺の意思と関係なく、痺れて怖じ気づいている。

「我らの祖先が数十年の歳月をかけて築いた城だ・・・・・・どんな軍勢だって、この城壁を目にすれば攻める気が失せるだろう?」

「空が飛べないと無理ですね」


 東門は断崖絶壁の南側にある。ちゃんとした名前にするなら南東門にするべきなんじゃないかと俺は思ったけれど、東西セットの方が対になって呼びやすいのかもしれない。

 俺たちは城で一夜を過ごした。ルーシア女王の一行が城に到着したのは翌日の朝のことだった。予定通り、ソルグム大公は接待する側として女王を迎え入れることになった。

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