34:来賓室2
ラントたち三人はトスカン州の州都ヴェルンディンに入った。が、宮殿でトスカン州の主であるソルグム大公に軟禁されてしまう。一体何が起こっているのか分からないラントたちだけれど、ソルグム大公には何か事情があるらしい・・・・・・
【登場人物】
【俺/ラント】
:傭兵騎士の少年。元貴族。
クロ、アトネと共にルーシア女王を救うための突破口を探るためトスカン州 の大公ソルグムを訪ねる ことに。
【クロ/フィルナ・ワインガルド】
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。
姉のルーシア国王を救うためにラント、アトネと共に旅をしている。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。
【アトネ・ボルザック】
:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。トスカン州での案内役として、ラント、 クロと共に旅をしている。
【ソルグム大公】
:トスカン州を束ねる若い女領主。男勝りの性格で、アトネ曰く愛と誠に燃える人らしい。
ソルグム大公が去った後の来賓室は、重く淀んだ空気に包まれていた。
クロは頭を抱えてテーブルに突っ伏している。鎌をなくした死神がショックで途方に暮れているような外見だ。
「やばいわ。まさかトスカンが王国に降るなんて」
元々失敗したらハイそれまでという計画だった。それでも十中八九は成功するだろうと思っていた。するはずだったのに・・・・・・
「すみません・・・・・・仲介役を仰せつかった身でありながら・・・・・・」
アトネさんはアトネさんで今にも泣き出しそうな様子だ。いえいえ決してアトネさんのせいじゃありませんよ。時勢が味方しなかったんです。
氷室のような空気を変えようと、俺はかなり露骨だが話を逸らすことにした。
「そ、それにしても、ソルグム大公が女性だとは知りませんでした。てっきり隣に座っていた男性かと」「えっ? あっ・・・・・・言ってませんでしたっけ・・・・・・」
少なくとも俺は聞いていない。テーブルに突っ伏したままのクロも首を横にムンムンと振っている
「お二人はどういう関係なんですか? 結構親密そうに見えましたけど」
「閣下は誰に対しても、ああいった鷹揚な振る舞いが多いんですよ。ロマンチストで大げさなところがありますから」
俺の話に乗ってくれて少しばかり機嫌を回復したアトネさんは、ボードゲームの駒を弄りながらしずしずと語り出した。
曰く、十年ほど前ヴェルンディン湖に巨大化した肺魚型のモンスターが出たことがあった。駆け出しの傭兵騎士として諸国を放浪していたアトネさんは偶然その騒動に出くわして、討伐団のクランに参加することになった。割り振られた先は兵站部隊だった。
「兵站と言ってもモンスターをおびき寄せるための魚を運ぶ係だったんです。そこで出会ったのが閣下でした。当時はまだ先代がご存命で、大公は姫君だったんですけど。その頃からしっかりしていましたね」「じゃあ、一緒にエサになる魚を運んでたんですか?」
「まさか。私は閣下のお守り役だったんですよ」
「・・・・・・ん? 同世代くらいじゃ・・・・・・ないんですか?」
「はぁ・・・・・・?」
アトネさんは聞き慣れない慣用句を聞いたような顔をしている。
「あ、いえいえ! 閣下はラントさんや殿下と同世代です。私と十歳離れてますから」
「なんだってぇ・・・・・・」
俺の両目は女性を見ることに関しては、どうやら節穴らしい。けれども俺とソルグム大公が同世代なんて、いくら異性でもあの大人びた雰囲気からはとても想像ができない。アトネさんと同年代か、それ以上だと思うのが普通の感覚じゃないか?
「ふふっ。そうかもしれませんね。けど初めて会ったときはこれくらいでしたよ?」
アトネさんは手のひらを宙にかざして、出会った頃のソルグム姫の身長を示してみせた。
肺魚狩りの仕事場でソルグム姫にすっかり気に入られたアトネさんは、二、三年に一度トスカン州を訪れるようになった。今回訪れたのは二年ぶりだそうで、
「愛と誠に厚いところがますますお父上に似てきましたねぇ」
などとアトネさんは姪っ子の成長を見守るおばさんのような事を言ってる。確かにソルグム大公の人格がしっかりしている点は、少し言葉を交わすだけでもよく分かる。はっきりした物言いと、立ち居振る舞い。不安定なトスカン州を束ねる当主として重圧の日々を過ごしてきたからこその人格形成なのかもしれない。
「苦労してると、顔に出るってことか」
「どーいう意味?」
「え」
クロがめざとく揚げ足をとってきた。ちょっと表現を誤っただけだよ。
「ふぅん。じゃあどう言いたかったわけ?」
「た、他意は無いよ。大人びて見えるってことで」
決して年増だと言ってるわけじゃないぞ。
「そんなことより話の本線に戻ろう。結果論を並べた反省会をしていても意味が無いし、将来の話をしなくちゃいけないからな!」
俺がもっともらしく言ってはみたものの、かくなる上は一刻も早くこの来賓室からずらかるしか無いというのが直ぐに出た結論だった。しかしどうやらこの来賓室には魔力開放を妨げるプロテクトが張られていて、魔術を用いての脱出は困難であることがすぐに判明した。
ドアは硬い。窓も分厚い。こっちは丸腰。脱出できたとしてもスタンプ帳や得物、その他荷物を取り返さなくてはならない。
「いざとなったら、私が透明である利点を生かさなくちゃ」
利点?
「で、殿下まさか・・・・・・」
「私なら誰にも気付かれずに、武器もスタンプ帳も取り戻せるもの」
「だ、だめです! そんな辱めを自ら被るなど!」
クロのやろうとしていることが段々と分かってきた。辱めというか、風邪を引くだろうからその行動は止めたほうがいい。精神的にも肉体的にも不健全だぞ。
しかしクロは忠臣たる俺の忠告も意に介せず「せっかくだから」とか言い出している。王女の自覚はあるくせに、人間としての矜持はどこかの荒野に捨ててきてしまったのだろうか。この人は。
密閉された来賓室で俺たちが半ば自暴自棄になってああだこうだと騒いでいると、乾いたノックの音が再び耳朶を揺らした。ソルグム大公だった。
「付いてきていただきたい」
「付いてきてって、どこへです? 絞首台はいやなんですけど」
「安心してくれ。もう少し居心地は良いと思うぞ」
どこに行くかは俺たちが拘束されている立場である以上言えないようだ。
やけに落ち着いたソルグム大公に従って、俺たちは来賓室を出た。慣れない椅子に座り続けたせいで足腰は完全にこわばってしまっている。
俺たち三人は衛兵に囲まれて灯りが灯された廊下を歩いた。ソルグム大公を先頭とした護送船団のような陣形だ。この船団がどこに向かっているのかは、口には出さずとも何となく見当がついていた。
「こう言ってはなんだが、君たちはトスカンにとって厄介な存在だ」
予兆も無く、ソルグム大公は語り出す。
「というのも我々は国益・・・・・・もとい州の利益を優先して本国と和睦を結んだ。ところがそのすぐ後に貴女たちがやってきた。正直、持て余してしまうのだよ」
「そうでしょうか? 交渉の駒としての価値はあると思いますけど」
クロはまるで自分を売り込むような言い草だ。
「生々しい言い方をするね。まぁそれでも構わないのだが、私としては州の利益を優先する一方でアトネへの義理もある。そこでだ。私は折衷案を用意した」
「折衷案?・・・・・・内容は知りませんが、閣下のお心遣いに感謝します」
「別に感謝されることじゃない・・・・・・あと私を呼ぶならさん付けか、なんなら呼び捨てでも構わないよ。ただ強がっているだけだからね。・・・・・・さて、着いたぞ」
廊下と中庭を抜けて俺たちが案内されたのは、宮殿の中ならどこにでもあるような小さな小部屋だった。しかしこの部屋は前室に過ぎない。ローブを纏った詠唱者が壁に沿って何人か待機している状況から察するに、前室を抜けた先には鏡信術を行うための部屋が付随してあるはずだ。
「鏡の間」と、アトネさんが独り言のように呟く。やっぱりね。
「悪いがアトネはここで待機していてくれ。顔が割れると何かと面倒だからな」
アトネさんはクロに指示を求める。
「・・・・・・殿下、どうすれば?」
「大公殿下の言うように、ここに残っていてください。何が起きるか分かりませんから」
「承知しました。すみません、お二人ともお気を付けて・・・・・・」
「それでは中に入っていただこう」
大公が前室の扉を開けると、大きな幕が部屋の内部を隠すように垂れ下がっていた。見せ物小屋の入り口のような構造だ。ソルグム大公と俺、そしてクロは幕を左右にかき分けて鏡の間とアトネさんが呼んでいたその部屋へと侵入した。




