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32:お医者さんと聞いて、あなたは男と女どちらを思い浮かべるか?

下級傭兵騎士のラントとクロ、そして最上級傭兵騎士のアトネはトスカン州の州都ヴェルンディンに

入った。宮殿でトスカン州の大公を待つ三人。けれども大公がなかなかやってこない!


【登場人物】


【俺/ラント】

:傭兵騎士の少年。元貴族。

 クロ、アトネと共にルーシア女王を救うための突破口を探るためトスカン州 の大公ソルグムを訪ねる ことに。


【クロ/フィルナ・ワインガルド】

:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。

 姉のルーシア国王を救うためにラント、アトネと共に旅をしている。

 透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。


【アトネ・ボルザック】

:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。トスカン州での案内役として、ラント、 クロと共に旅をしている。

 昼の日差しもいよいよ傾きを強めてきた頃。

 ヴェルンディン宮殿の中にある来賓用の部屋で俺とクロ、そしてアトネさんは五回戦目になるカードゲームに熱中していた。

「そういえばこの部屋ってどれくらいのランクなんですか?」

「んー・・・・・・床は絨毯ではなく石ですし、この椅子もあまり高価なものではなさそうですね。恐らく中の下あたりかと・・・・・・」

 となると俺たちはクナパッツ州からの特使として見なされてないらしいな。

「まぁいいじゃないの。とりあえず入らせてもらったんだから」

「それは良かったけど・・・・・・すいません、ホントに大公閣下と知り合いなんですか? アトネさん」

「しし、知り合いですよ!?」

 手札を吟味していたアトネさんは慌てたように顔を上げる。失礼しました。

「知り合いじゃないと困ります! 閣下が私のことを知らなかったら円滑に話は進みませんから」

「一応聞いてみただけです。すみません、冗談ですよ」

 我ながら悪い冗談だ。いかんな。待ち時間が長くなってきて鬱憤が募りつつあるらしい。


 広いのか狭いのか分からない部屋に、俺たちはソルグム大公がお出ましになるのを長いこと待たされ続けているのだ。

 軟禁されているといっても過言じゃない。しかしトスカンの衛兵は俺たちを警戒しつつも茶を出してくれたし、何か暇つぶしになるものは無いかと試しに聞いてみたらカードゲームを一式渡してくれた。クロは「はしたないから止めてよ」と言ったけれど、やり始めたら夢中になっていた。ウサギの仮面を付けているから表情が全く読み取れない・・・・・・のだけれど、「あぁ!」とか「くっそー」とか口に出してくれるから大いに助かるね。


 さて、ここまでの経緯いきさつを簡潔に述べておきましょうか。

 ヴェルンディン湖の南にある町に泊まった俺たちが宿を出発したのは、太陽がまだ西の辺境の向こうに隠れている早朝だった。

 俺たちは湖の東岸に沿って北上した。

 正午を過ぎた頃、トスカンの州都ヴェルンディン市に入った。俺たちが目指すべきは、ソルグム大公の住まいと執務の場であるヴェルンディン宮殿だ。

 クナパッツには及ばないまでも、トスカン州の古都ヴェルンディンは大きな街だ。行き交う人の袖は触れ合う程だし、荷車をそこら中で目にする。街には水路が網の目のように張り巡らされていて、古来この街は水路を利用した水運業で発展してきた。自然、金融業や両替商が多く、魔硝石やその他鉱石の取引も盛んに行われている。

 以上、アトネさんの受け売り終わり。

 しかし地元の人の「本国の奴ら」に向ける目は他の村や町同様に複雑だ。大通りを歩いていると俺たちは行き交う人に好奇の目で見られた。中には挑発的な視線を感じることもある。

 そのような理由わけで俺たちは精神的にへとへとになりながらも、ついに宮殿の門にかかる石橋の前までやってきた。

 石橋のたもとには半日で建てられたような小さな詰所があり、槍を持った衛兵が周囲に目を光らせている。アトネさんは宮殿の中に入れてもらうべく、バッグの中から天下御免の【プラチナラベル】のスタンプ帳を取り出して若い衛兵に提示した。

 衛兵が訝しがりながら見ているアトネさんのスタンプ帳には、一つの特別なスタンプが押されている。城とたくさんの旗、盾、剣、王冠などが意匠化された紋章で、クナパッツ大公からの特別任務遂行中を証明するスタンプだ。

「しょ、少々お待ち願いたい」

 若い衛兵は門の櫓に何やら合図を送ったらしい。やがて門の横にある小さな扉から、革鎧を身に纏った衛兵達が出てきた。

 上官らしき人がやってきて、俺たちの身柄はどうやら門番から宮殿内の警備組織へと引き継がれたらしい。槍を持った何人もの衛兵に囲まれて、俺たちは護送されるようにいくつかある建物のうちの一つへ案内された。アトネさんのスタンプ帳が本物であることと、クナパッツ大公の紋章を確認するために衛兵はアトネさんからスタンプ帳を預かって奥へと引っ込んだ。

 いきなり槍で串刺し。なんてのは御免だけど・・・・・・

「大丈夫です。相手も私たちのことを本国の間諜だと疑っているでしょうけど、無下には扱えないでしょう」

 やがて衛兵が小走りでやってきて、謝辞と共にスタンプ帳を持ち主へと返却した。めでたく護送を解かれた俺たちは来賓として迎えられ、宮殿の長い廊下を渡って来賓用の部屋へと案内された。

 それまでは良い案配だったと言えるだろう。けれども事前通知無しとはいえかなりの時間をこの部屋で待たされている。時報の鐘が鳴らされるのを既に二回聞いている程にだ。

 俺はカードを弄びつつ、長くなる窓の影をなんとなく眺めた。


 眺めつつ、俺の不安は化膿したように膨らんでいく。

 ソルグム大公が愛と誠に厚く、女性想いな人柄であるらしいことはアトネさんからの話で聞き及んでいる。その情報を元に俺はぼんやりとソルグム大公の人物像を拡大して思い描いているのだけれど、いかんせん会ってみないと判断できない。

 大公が想像通りに頼りになる人であったとしても、飛ぶ鳥をどんな手段でも射ち落とすクルノアン宰相の勢力を相手に上手く立ち回れるのだろうか? 

 事が上手く運んで、クロが将来ルーシア女王と再会できたとしても心配は尽きない。その時クロの周りはどうなっているのだろうと、俺は口には出さないけれど本格的に心配するようになっている。なぜなら俺とクロはトスカンに来るまで、そしてこれからもを人をわんさか巻き込んでしまうのだ。その人たちがクロに協力してしまった後にどうなるかは、ちょっと俺の責任では大きすぎる。

 だからこそ俺は、敢えて楽観的かつ傍若無人に思いたいね。ただの没落貴族である俺やクロに協力してくれた人は、俺たちに協力したくてしたまでのことだと。賭け金を失って高くついても知ったこっちゃ無い。アトネさんもクナパッツさんも同じ穴のなんとやらだ。

 ・・・・・・と言うと本当に感じ悪く思えるが、あくまで今の俺の気分を落ち着かせるための妄想だから安心していただきたい。クロにだって、クロなりの腹づもりがあるはずだ。その気持ちも、そう遠くない未来に聞くことになるかもしれない。


 長時間待たされているおかげでアクビがひっきりなしに出るようになった頃、俺は借りていたボードゲームの駒を弄っていた。クロもアトネさんも口数が少なくなっている。

 心地よいノックの音がした。と思うと、


「失礼! いやぁ、お待たせして申し訳ないな!」


 俺が目を向けると、褐色肌で背の高い女の人がノックの返事も待たずに部屋へと入ってきた。丈の長い服を着ているけれど、胸や腰の起伏は世の男共の目を奪う大胆さだ。

 俺が呆気にとられているうちに女性の後ろから初老を過ぎた正装姿の男がついてきた。あぁこの人がソルグム大公閣下か。女性に優しいって聞いていたけれど失礼ながらそんな雰囲気じゃないな。むしろ奥手に見えるけど、人は見かけによらないと言うし・・・・・・


「嗚呼我が友よ。久しぶりではないかぁ!」


 というアルトは正装姿の男性からではなく、背の高い女性から出た声だった。

「はは・・・・・・ご無沙汰しております」

 大仰に両手を広げている女性に対して、アトネさんがこぢんまりとしたお辞儀を一つ。

 テーブルの向かいでその光景を眺めていた俺は、それまでアトネさんから聞いていたソルグム大公に関する情報を頭の中で洗い直してみた。ソルグム大公が男であるという話はアトネさんから聞いていない。しかし俺は情報をつなげてこね回した挙句、大公が男であるという思い込みをしていたらしい。

「遠路はるばるありがとう。私がソルグムだ。お待たせして申し訳無い。君、疲れて見えるが大丈夫か?君は仮面を被っているから分からんな! はっはっは!」

 大公はトスカン人の明るい気風を増幅したような調子だった。仲介役であるはずのアトネさんも引き気味だ。肩が小さくなってますよ。


 人から聞いた情報は純粋に受け入れるべきだなと俺は反省した。思い込みで知らない物事を補完したり拡大解釈するとこうなるのだ。それとも? 流石に相手が男だとは思い込まないだろうか? 俺と同じような体験をした人がいたら聞いてみたいもんだ。

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