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31:【幕間】 鏡の間のルーシアと彼女の希望

ラントたちがトスカン州での旅を続けている頃、王都ではルーシア女王とクルノアン宰相が極秘裏にとある外交行動を開始していた・・・・・・


【登場人物】


【ルーシア】

:ベルルスベル王国の女王で、クロの姉。

 優柔不断でも、王国をなんとか束ねようと努力している。


【クルノアン】

:ベルルスベル王国近衛騎士団長。王国の実質的な執政者で「宰相」と呼ばれている。

 ルーシア女王を押さえつけているけれども、彼女の成長に脅威を感じつつある。


【ソルグム】

:トスカン特別州の大公。王国から半ば独立して勢力を保っていたが・・・・・・

 ヴィシェフラドの王宮には【鏡の間】という部屋がある。

 

 踊りのステップや舞踏会の衣装を見るための部屋じゃない。もちろん鏡は姿見として使えるけれども、主な用途は【鏡信術】という通信系魔術で他の場所にある鏡の映像を映し出すことにある。

 術が発動している間は鏡像だけでなく音声までもが同期されて、遠方にいながらお互いが鏡を挟んで意思疎通できる環境になるのだ。ちなみに鏡に映るのはあくまで虚像だから、互いに身体を触れることはできない。

 鏡信術に使われる鏡は魔力を帯びた特殊な硝子と銀を加工して造られたもので、主な城塞や離宮には大なり小なり設置されていることが多い。その中でも王宮の鏡の間は壁一面が鏡になっている点で他に類を見ない規模だ。


 暮れなずむヴェルンディンの湖をラントたちが眺めていた頃、クルノアン宰相とルーシア女王は【鏡の間】の壁一面に張り付いた大鏡を眺めていた。

 トスカン州との電撃的な和平交渉が、互いの城の鏡をはさんで展開されている。

「・・・・・・それではヴィシェフラドにてお待ち申し上げます、大公閣下」

 クルノアンの締めの挨拶で会談はお開きとなり、鏡を挟んで対峙していたソルグム大公の姿は波に覆われるようにして消えていった。

 【鏡信術】が解除された鏡には、円卓に座るクルノアンとルーシアが映る。鏡の間には二人しかいない。というのも会談はクルノアンの主導で極秘裏に行われたため、王都首脳陣の殆どがその存在を知らずにいるのだ。

「元老院には私から後で報告申し上げます」

「わかりました」

「さぞお疲れでしょう。午餐はいががいたしますか」

「・・・・・・後でとります」

「左様ですか」

 事務的な会話をしつつ円卓を立った二人は鏡の間を出て行こうとする。が、前を行くルーシアはふとクルノアンへ向き直ると、

「宰相」

「なんでしょうか」

「・・・・・・ソルグム大公がいらした時には、とびきりにもてなしたいと思うのですが」

「勿論そのつもりです。トスカン州との関係を円滑に、良好に保つためにも粗相はできません」

「いえ、そうではなく、もっと単純に、仲間になってくれてありがとうと・・・・・・」

「仲間?」

「一つの州として我が王家の旗の下に集ってくれるのですから。私も早くトスカンの皆さんに新しい王として迎えていただけたらと思うのです」

 聞きつつ、何を綺麗事をのたまっているのだとクルノアンは腹の中で思っている。

 会談に臨んだソルグム大公はともかく、トスカンの民衆が顔も性格も知らない本国の女王などハイそうですかと容易に受け入れるわけがない。

――勿論それは私も例外ではないが。


 トスカン側が現状打破のために和平交渉を申し出てきたのはつい先日のことだった。

 シャンベリス城という城がある。トスカンの東の州境にある峠の城で、ここを本国に閉ざされているせいでトスカンは以前から魔硝石の輸出ができなくて経済的な打撃を被っている。

 そこで本国に服従する代わりに経済的生命線であるシャンベリス城を開放する、してもらうというのが会談で確認された双方の合意だった。

――やっと折れたか。

 流石のクルノアンもここまでトスカン州が粘るとは予想外だった。

 そして会談の結果、ソルグム大公が後日王都に出向いてルーシア女王に謁見する運びとなった。何かしらの形で「忠義」を示してもらわないと本国のメンツが立たないのだ。その日をもってシャンベリス城は開門。トスカン州の経済封鎖を解除するという見返りをクルノアンは約束した。

 栄光のトスカン特別州は、ベルルスベル王国に属するただの州として扱われることになるのだ。


「新しい王としてトスカン州を任せる。ソルグム大公もそれを望んでおられるでしょう」

 クルノアンは貼り付けたような微笑を浮かべて、大人になりかけの女王を軽くあしらう。

「そうでしょうか・・・・・・私の言っていること、綺麗事だと思いませんか?」

 うつむき気味にルーシアは問いかける。

「綺麗事?」

 復唱しつつ、クルノアンは内心の驚きを隠そうとして殊更笑って見せた。まだまだ子供の延長線上にいると見なしていたルーシア女王の、珍しく現実主義的な発言だ。

「陛下、大前提として人の世は醜いことばかりです。だからこそ【善】と【美】が沙漠に湧く水の如く尊ばれるのです」

 クルノアンは自分に言い聞かせるつもりで言う。

「陛下にはそのような美徳がおありです。ですがその美徳を存分に発揮なさる自信がおありで?」

「ん・・・・・・そもそも私が王の器などと・・・・・・」

 口ごもるルーシアを見てクルノアンは高揚した。ボードゲームで勝ちを確信したときのような気分だ。「畏れながら、綺麗事に終わるかどうかは陛下にかかっております。ソルグム大公殿下とお会いになる日を楽しみにしておりますよ」

「・・・・・・はい」


 照明が反射して明るい鏡の間を二人は出て行った。


――若い人間は階段状に成長していくな。坂のようになだらかじゃない。

 日も沈んで薄暗い廊下を歩きながらクルノアンは思う。

 理不尽な死が横行する大壊乱の前。自分も近衛騎士団に入りたてのころはルーシアのような希望的観測を多少なりとも胸に宿していた。

――しかし都合の良い勝利などというものは、英雄物語の中でしか起きないのだ。


 会談の翌日、クルノアンはトスカン州とソルグム大公を「落とした」ことを元老院に報告した。議士や官僚たちは、これで西の辺境を制圧したと喜び胸を撫で下ろした。

 世界を変えるのが善? 美? いいや違う。そんなものは弱者が抱く都合の良い幻想でしかない――議場の席で会談成功への賞賛を聞き流しながら、全ては目に見える力だけだとクルノアンは確信を強くした。

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