30:蛆食い共 後編
下級傭兵騎士のラントとクロ、そして最上級傭兵騎士のアトネ。
三人はクナパッツを出発して七日後、トスカン州のとある村で「村を出て行け」と住民達から責め立て
られてしまう。本国から来た三人は、どうやら厄介者らしく・・・・・・
【登場人物】
【俺/ラント】
:傭兵騎士の少年。元貴族。クロ、アトネと共にルーシア女王を救うための突破口を探るためトスカンを 目指すことに。
【クロ/フィルナ・ワインガルド】
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。姉のルーシア国王を救うためにラント、
アトネと共に旅をしている。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。
【アトネ・ボルザック】
:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。トスカン州での案内役として、ラント、 クロと共に旅をしている。
「お前らだろ。巨石を破壊した傭兵騎士っていうのは」
「依頼が出てたからエントリーしただけだよ。礼を言われるならともかく、文句を言われる覚えは無い」
俺の態度が気に食わないらしい子分たちは「てめぇ」とか「舐めんじゃねぇぞ」などと罵詈雑言を飛ばしてくる。
「傭兵岸憲章に書いてあることを遵守しているだけだ。傭兵騎士は協会の定める範囲で、その行動を行う権利があるんだよ」
「その態度が舐めてるっつってんだよ!」
「なに」
「ラントさん、もういいですから・・・・・・」
俺を諫めるアトネさんを丸刈り頭は針の穴を覗くような顔で見つめる。
「あーお前だな? 派手に石をぶち割ったって女は」
アトネさんは小さく俯いた。
「はっ。(――)女が」
「本国」では滅多に耳にしない蔑称を聞いて、俺の頭は瞬間的に真っ白になった。
アトネさんもそうだったのだろう。その虚を突くように丸刈り頭は「巻いてるバンダナを見りゃ分かるんだよ」と茶化してくる。
(――)はベルルスベル王国の東南にあるラフ半島に住む人たちを指す蔑称だ。
ラフ半島は大東原の南東にアゴのように突き出しているのだけれど、その形状を揶揄して(――)と呼ぶ人たちがいるのだ。本国では口にするのも憚られる言葉だけれど、敵対関係にあるトスカン州では普通に使われてしまう言葉なのか?
「依頼にエントリーしようと言い出したのは私です。ルールに則っているとはいえ、空気の読めない行動をしたことは謝ります。けれど、私の故郷は関係ありません。・・・・・・さっきの言葉、撤回していただけないでしょうか」
アトネさんのその声は憤りにも聞こえたし、悲しんでいるようにも聞こえた。そりゃそうだ。橋の建造を邪魔していた巨石を、現地の人と一緒に頑張ってせっせと壊していたのだから。
「はっ。特徴を捉えた言い方をして何が悪いんだよ」
丸刈り頭は容赦が無かった。後ろに付き従っている子分達もケラケラと笑っている。
俺はちっとも面白くない。相手の笑いに反比例して俺の怒りが煮え立っていく。
「おい」という堪りかねた一言は、自分でも不思議に思える程の低い声だった。
「なんだよ」
「特徴を捉えた言い方をしていいんだよな? じゃあ俺もあんたらのことを蛆食い共って呼んでもいいのかよ?」
「・・・・・・」
嘲笑していた子分たちがしんとした。
何も言わない丸刈り頭の額が紅くなっていく。
下から俺を切りつけるつもりだったのか、丸刈り頭は咄嗟に剣の柄を握って振り抜こうとした。このままでは俺は据え物のように斬られてしまうだろう。退がるより飛び込んだ方がいいぞと俺の全身が無言で訴えている。
直後、小動物のような鋭敏さで動いたのは俺ではなくてアトネさんだった。
相手に剣を抜かせないためにアトネさんは左手で剣の柄を押さえて、右腕で丸刈り頭の首を圧迫して身体を仰け反らせた。この姿勢では剣を抜くどころか身動きすらとれない。
丸刈り頭はたまらず唸り声を上げる。アトネさんはそのまま倒してしまう勢いだったけれど――
「あんた達ッッ!」
雷鳴に打たれたかのような衝撃で、俺は「あん」の時点で既に声の方向を振り向いていた。俺だけじゃない。クロも子分たちも、丸刈り頭を押さえつけていたアトネさんもだ。
声の主である受付嬢のオバチャンが魔神のごとき形相でこちらを睨み据えている。オバチャンは何も言わない。
アトネさんと丸刈り頭は示し合わせたかのように取っ組み合いの姿勢をやめて、互いから身体をゆっくりと剥がした。興ざめしたように男は剣を納めて膝をつく。
「無礼を」
その表情は床を向いていてうかがい知ることはできない。
ぼうっとしていた俺も、醒めるとすぐに膝をついて非礼を詫びた。
丸刈り頭はやがて立ち上がって、俺たちのことなどはじめから興味がなかったかのように協会支部の建物からそそくさと出て行った。子分達も丸刈り頭の動きを真似するように続いていく。
奴さん達が出て行った後、俺は罵りの言葉を清めるために珍しく神の祝詞を唱えた。
何度も言いたくはないけれど、「蛆食い共」というトスカン人に対する蔑称は彼らが食べる穀物のポニカに由来する。ポニカを調理した時の様子を揶揄した言葉だ。美味しいのにな。
オバチャンのおかげで最悪の事態は回避することに成功した。俺たちはオバチャンに礼を言い詫びを言い、逃げるように協会支部を後にした。
「挑発に乗りすぎ」
「え?」
「さっさと出て行けばよかったのに」
「・・・・・・悔しかったしさ」
「けどそのせいでアトネさんがとばっちりを食らっちゃったじゃない」
「で、殿下、私なら平気ですので・・・・・・」
ちょっとした反省会を俺たちは村はずれの宿で開催している。昼間のいざこざで、俺たちがトスカンにおいてマイノリティであるということが改めて理解できた。それはもうまざまざとね。
クロもアトネさんも、そして俺もクナパッツを出たときからそういった事態は覚悟していたつもりだったけれど、いざそういった場面に遭遇すると悪手しか出せなかった。
要するに「覚悟しかしていなかった」というわけだ・・・・・・
けれども俺は傭兵騎士だ。丸刈り頭にも言ったけれど、依頼があるところならばそれを遂行する権利があるはずだ。
「確かにそうですけど・・・・・・ラントさん、トスカンではそんな事を言っても・・・・・・」
「・・・・・・分かってますよ」
だから悔しかったんですから。
クナパッツを出てから八日目に俺たちは因縁の村を半ば逃げるように出発した。街道は北西に向かい、九日目に丘陵地帯を抜けた俺たちの眼前に広大なヴェルンディン湖が現れた。
トスカンの州都ヴェルンディンはこの南北に細長い大湖の東岸に位置していて、南岸に居る俺たちは夕日に照らされるヴェルンディンの町とその夜空とを眺めることができた。
黄金を溶かしたように煌めく湖は見飽きることがない。あるだろう? そんな時間を過ごしたことが。
一方で何か胸騒ぎがしますと、アトネさんは向こうの岸の街を雷雲を眺めるように言っていた。俺とクロはキラキラ光る湖と桃李色の雲を眺めながら、「大丈夫ですよ」となんとなく聞き流してしまった。
因みにアトネさんにとってヴェルンディン湖はよく見知っている存在だから、俺とクロほどの感動は無いようだ。
「こんなに綺麗なんですよ? いいことが起きますって」という謎理論を俺は展開する。
「イヤな予感をしだしたらきりが無いじゃないですか」とクロも便乗。
「うーん・・・・・・ならいいんですけど・・・・・・」
俺たちは湖の見える丘の下の小さな町に宿を取った。アトネさんのイヤな予感はやがて現実的な問題として的中するのだけれど、俺とクロには知るよしも無かった。湖でとれた新鮮な魚介類を頬張るのに忙しかったからか、或いは見慣れない風景を見て魔が差したということにしたい。・・・・・・甘いでしょうか?




