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3:「励」「励」「励」・・・・・・ハゲだらけ

 町はずれの共同井戸で、俺は革鎧にへばりついた血と泥を洗い落とした。いくら傭兵騎士でも、この格好のまま町に入れば流石に顰蹙を買ってしまう。

 町の通りを抜けて、俺とフィルナは傭兵騎士協会の支部がある石造りの建物に入った。

 支部の中には依頼の仕事を終えた傭兵たちが集まっている。といっても小さな町だから、俺とフィルナを含めて十人ちょっとだ。

 皆の視線が俺の後ろを歩くフィルナに集まった。なんせ全身黒のローブに、ウサギの仮面という異様さだから、どうしても目立ってしまう。

 皆の視線を無視して、俺はまっすぐ受付へと歩みをすすめた。

 やがて視線は散っていった。傭兵騎士の見た目も色々だ。「エキセントリックな奴だな」くらいに思われたのだろう。


 受付には白い清潔な服を着た受付嬢の女性がいる。


「ラント・ヴィヴァルです」

「はい。・少々お待ちください。・・・・・・鉄針鼠駆除のお仕事ですね、お疲れ様でしたー」

 受付嬢は白い歯を見せて労ってくれた。

 俺は肩からかけたバッグをまさぐって、中から一冊の書物を取りだした。

 ブラウンのカバーが被せられた書物はそれほど大きくはない。けれども厚くて、重みがある。「スタンプ帳」と呼ばれる、傭兵としての個人情報、ステータスが記載された最も重要なアイテムだ。

 受付の机にスタンプ帳を置いて、俺はまだ白いマスが残るページをめくった。

 そのページには、仕事の達成を示すスタンプが既に何カ所か押されている。

 正直あまり人には見られたくない。なぜならスタンプ帳を見れば、傭兵としての能力が全て分かってしまうのだから。


「励」「励」「励」「励」「励」「励」「励」「励」「励」「励」「励」


 スタンプ帳の左右のページには十一の「励」のスタンプ。三種類あるスタンプのうち、尤も下の成績評価にあたる「励」で埋め尽くされている。

 他のスタンプは「優」と「良」。「励」とはつまり、「もっと頑張りましょう」という意味だ。

 受付嬢は慣れた手つきで、魔術が施されたスタンプを最後に空いたマスに捺印した。カポンというような、心地よい音が響く。ほんとに、音だけは心地良い。

 スタンプをどけると、ベルルスベル王国の複雑な紋章が浮かび上がった。乾ききらないインクは仄かに光を放ち、やがて紙の上で形を変えていく。やがて光は収束した。


「励」の文字。その下には支部の名前と、今日の日付が刻まれている。


 ですわなー。

 いや、分かっている。鉄針鼠を十匹駆除せよという依頼だったのに、三匹でリタイア。「励」スタンプになるのも無理はない・・・・・・。


 別の場所に監視役がいて、俺の仕事っぷりを見ていたわけじゃない。この「成績」を決定づけているのは、戦いを共にしたスタンプ帳自身だ。

 正確にはスタンプ帳に記録された、精霊たちの反応によって決まる。依頼を達成しても、非道な行いをしたりズルをしたりすると、大地の精霊たちが興醒めして「励」にしたり、さらには処罰の対象になる「邪」スタンプにしてしまうこともある。

 お天道様は見ているとは、よく言ったものだ。


「はい、『励』のスタンプになります。お疲れ様でしたー。ますますのご活躍をお祈りしておりますー」

 受付嬢は微笑みを絶やすことなく、お辞儀をして俺への応対を終えた。傭兵支部の受付嬢は、どこであろうと傭兵騎士を温かく出迎えてくれるのだ。時々優しすぎて恐くなるけれど・・・・・・。

 まぁ、何はともあれ「励」だ。それに見合った報奨金は出してもらえる。今回の依頼では六千ベール。二日分の宿代になる。ちなみに「良」の場合は四万五千。「優」の場合は六万ベール貰える仕事だった。額にはかなりの差が出てしまうのは、悲しい現実だ。


「終わったの?」

 窓際の長椅子に座っていたフィルナが、ウサギの仮面を僕に向けた。

「あー」

「で、どうだった?」

「何が」

「何がって、スタンプよ」

「さっきも言っただろ。俺はいつでも『励』なんだよ」

 我ながら自嘲気味になってしまった。俺が傭兵騎士として活動を始めてから一年。数十回の任務の殆どで「励」を押されている傭兵騎士は、ルーキーでも稀だろう。もちろん悪い意味で!

 生きているのが不思議だなと、他の傭兵騎士にむしろ感心されたこともある。

「それでよく銀狼を退治できたわねー」

 フィルナの言葉は皮肉なのか、なんなのか。

「あぁ、なぜなら俺のステータスが」


 ぎゅるるるぅっと、目の前に座る透明人間の腹が鳴った。


 バッと両手の黒いグローブで音の発生源を押さえるも、時既に遅しだ。

 言いかけていた言葉を俺は飲み込んだ。その代わりに、

「ご、ご飯にする?」

 微笑むウサギ仮面がこくりと頷いた。

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