28:食事代は、どうか元王女様と割り勘ということで
ラントとクロ、そして新たに旅の仲間に加わった最上級傭兵騎士のアトネ。
三人はクルノアン宰相からルーシア王女を救うべく、本国と対立するトスカン州へと旅立った。
【登場人物】
【俺/ラント】
:傭兵騎士の少年。元貴族。傭兵騎士を辞めるつもりだったけれど、クロ、アトネと共にトスカンを目指 すことに。
【クロ/フィルナ・ワインガルド】
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。姉のルーシア国王を救うためにラント、
アトネと共に旅をしている。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。
【アトネ・ボルザック】
:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。実家は田舎の羊飼い。
ラント、クロと共にトスカンを目指して旅をすることに。
元王女のクロに対してはかなり腰が低い。
昨日の夜の無礼を俺が詫びると、アトネさんは「え? ああ、私なりに心配してたんですよぉ?」と上目遣いでいたずらっぽく抗議しただけで、俺はすんなりと許されてしまった。棚に隠していたお菓子をコ
ッソリ食べたような話とは程度が違うのだけれど、いいのかな。
「じゃあ、アトネさんは俺が傭兵騎士をやめるって、分かってたんですか?」
「はっきり分かっていたわけじゃないですよ。ラントさん、なんとなくネガティブな空気を纏ってたから
。こう言ってはなんですが、私と同じような」
なるほど、体臭と同様落ち込んだオーラは他人にしか分からないものですね。そう言うとアトネさんは「何ですかその例えー」と笑ってくれて、
「私もラントさんと同じように傭兵騎士をやめるつもりで、最後に大きな仕事をしたいって思ってたんですけど、まさかこんな大役を任されるとは思っていませんでした・・・・・・ラントさんは、殿下と旅を終えたら今度こそ傭兵騎士を辞めちゃうんですか?」
「さぁ、なんだか成り行き任せになってきましたね。俺はクロをさっさと国王陛下の元に送り返してやりたいんですけど、それから先はどうなることやら」
「私はラントさんを見て、もう少し傭兵騎士を続けたいって思いましたよ?」
俺のどこに影響されてアトネさんの人生設計が改変されてしまったのか分からないけれど、どうやら俺にも他人様から見て崇敬される長所の一つや二つがあるようだ。ありがたいね。照れくさい気もするので具体にどういった点に影響されたかは聞かないでおこう。
さて、ややお互いの内面を見せ合う会話を俺とアトネさんはクナパッツ近郊にある街道沿いの食堂で交わしている。南向きの日当たりの良い二階席には俺たちの他に客は居ない。かなり遅めの朝食はついさっき終えたところで、今は食後のささやかな歓談といったところだ。
俺たちがクナパッツ城の北門から抜けてトスカン州へと伸びる街道に出てから、もう数刻が経っている
。食堂があるこの村からだと、クナパッツの町も城も丘陵に遮られてもう見えない。
クロは食堂で飼っているオナガネコの診察のために、食事もそこそこに一階に降りている。だから俺は今、アトネさんとテーブルを挟んで面と向かって話しているわけだけれど、心なしか身体が火照ってくるな。
好きな料理について? それとも故郷についてがいいか? 会話に花を咲かせるべく王道的な戦略を練
っていると、一階に降りたきりだったクロが「ふぅー、癒やされたわー」などとノンキなことを言いながら戻ってきた。ちぃっ。
「あ、殿下!」
「いえいえ、全然構いませんから」と、クロは席から起ちかけたアトネさんを制する。何かを嗅ぎつけたように無言で俺とアトネさんを見比べると、
「お邪魔だったかしら?」などと煽ってきやがった。
滅相もございませんとアトネさんは言うけれど、俺は滅相もござる。まぁ鼻の下を馬鹿みたいに伸ばしきっていただろうから、頭を冷やしてくれたという点ではクロに感謝すべきだろう。任務遂行を目的とする我らがパーティに雑念は無用なのだ。できる限りね。
「で、どうだったんだ? オナガネコの調子は?」
「獣類は専門じゃ無いんだけど風邪だったみたいね。とりあえず血行を良くする術式をかけといたけど」
クロは俺とアトネさんとは別の東寄りのテーブルに着くと、冷めたスープの続きを静かに啜りはじめた。例によって透明人間であるクロの食事を見ることはまかり成らないので、西寄りのテーブルに着く俺とアトネさんは、椅子ごと身体を西へ向けて視界を壁でつぶした。
「――お待たせしました」
間もなくクロの食事も終了。
アトネさんはクロの面倒な食事作法を心の底から同情していた。いくつものパーティやクランに所属してきましたけれど、食事は釜を皆で囲って楽しむものですと力説する。俺もそう思いますよ。
昔の事を思い出したのか、だんだん泣き出しそうな声になってきたので俺はアトネさんの話を遮った。
「それよりあの、改めて旅程の確認をば」
「あ、そうでしたね。グスン・・・・・・」
空いた皿を重ねてどかして、アトネさんはいかにも丈夫そうな皮のリュックの中から冊子になっている地図を取り出した。
「道すがらお話しましたが、トスカンまでの日程を確認したいと思います」
アトネさんはベルルスベル王国の地図のうち、クナパッツ州とトスカン州が記載されたページを開いてみせた。クナパッツからトスカンへと伸びる街道が赤い線で示されている。
「私たちがいるのがこの街道沿いのぉ・・・・・・この村ですね」
アトネさんの細長い人差し指が、俺たちが今居る村の上にトンと置かれた。少し指を南にずらせば、そこには黒文字で【クナパッツ】の文字が書かれている。要するに俺たちはまだアトネさんの指先程しか移動していないって事だ。トスカンへ行くとなると州境までで両手の平ぶん以上の距離がある。
ここまでの道すがら聞いたアトネさんの話によると、トスカン州の州都であるヴェルンディンまでは通常の旅程で八日かかる。
「といいますか、街道沿いにある宿駅が七つありますから。七泊八日の旅程なのです」
さてその道中、先立つものが無ければどんな旅も絵に描いたなんとやらだ。俺とクロは元からすっからかんだけど、アトネさんも急いで城を出たから最低限の金銭しか持ち出すことはできなかったらしい。といってもプラチナラベルのスタンプ帳には莫大な資産手形の価値がある。
「なので実質的な手持ちはあります。ご安心を! 旅費は任せて下さい!」
自信満々のアトネさんを俺とクロは極丁寧に説得して、全ての食費と宿賃は三人の割り勘でということに取り決めていた。
――そのはずだったんだけどな。
旅程の確認も終えて食堂を出ようとすると、アトネさんは早くも「やっぱり殿下にお金を払っていただくなんて!」と言って忠誠心的ダダをこねてしまった。いや、世間的に見たらそれが普通なんですけどね
。
俺とクロが再び説得して、元の取り決め通りに割り勘でということになった。
ところがいざ食事代を払おうとしたら、食堂のおばさんが飼っているオナガネコを治癒してくれたお礼に食事代は要らないと言ってくれた。こりゃ儲けたねと思った俺とクロだったけれど、アトネさんが小銭を握ったまま青ざめていく様子を見て結局支払わさせてもらった。
殿下に働かせてタダ飯を食ってしまったなどと自己嫌悪に陥られたら、また「趣味」の遺書を書かれかねない。世の中タダより高いものは無いね。
クロが治癒したオナガネコは、なるほど食堂に来たときよりも元気を回復しているようだった。白くて長い尻尾を気まぐれに振るそいつを、俺たちは代わりばんこに抱かせてもらった。最後に抱いたアトネさんは、久しぶりに会った親戚の子のように名残惜しそうにしていた。




