27:クナパッツ城 【7】さらば坂の町
クナパッツ大公はクロたちを救うため、王国と対立するトスカン特別州へあえて向かうことを提案する。ラントたちとの旅にアトネも加わることになったその時、鐘の音が城に響き渡った――
【登場人物】
【俺/ラント】
:傭兵騎士の少年。元貴族。クナパッツ大公には子供の頃にお世話になったらしい。傭兵騎士を辞めるつ もりだったけれど、クロ、アトネと共にトスカンを目指すことに。
【クロ/フィルナ・ワインガルド】
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。姉のルーシア国王を救うためにラントと旅
をしている。今度の目的地はトスカン。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。
【アトネ・ボルザック】
:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。実家は田舎の羊飼い。クロとラントを ラント、クロと共にトスカンを目指して旅をすることに。
【クナパッツ大公】
:ラントとクロの旧知の仲で英雄的存在。乙女の心を持ったマッチョマン。ラントたちにトスカンへ行く ことを提案する。
御殿に続く坂の側面には高い城壁が城の内側を覆い隠すように聳えている。厚い城壁の上は人が通れるようになっていて、出っ張りのような円筒状の櫓が距離を置いて並んでいる光景を見ることができるだろう。
俺たちが西端に臨む櫓の頂上に出てみると、そこには既に鐘の音を聞いて警戒態勢を取るべく出てきた衛兵達と、いつの間にか大剣を鞘ぐるみ一振り肩に担いだクナパッツさんが西の方角を睨み据えていた。
俺は石垣の間からクナパッツの西に広がる森と崖とを眺めてみた。クナパッツ城は扇状地帯の頂点にあるから、そこから西は荒れ地と森、そして断崖が広がっている。
南北に伸びる崖にはいつかブラントさんの絵画工房で見せてもらったような甲冑姿の騎鬼族が木々の間に見え隠れしている。崖沿いに横一列、ワイバンに乗って並んでいるけれどそのまま飛び降りる様子でもなさそうだ。
クナパッツさんによると、奴らは偵察部隊らしい。
「みんな耳を塞いでいてくれるかしら?」
これから何が起きるのかは嫌でも察しがついたので、俺は言われるようにした。
クナパッツさんは石垣の上に立つと大剣を抜いて西の空を突いた。それが合図だったかのように、地下の筋トレルームで出していたような咆哮を西の空に轟かせた。
「チィィェエエエエスゥトォォォオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!!!!!」
「・・・・・・ェス・・・・・・ォォ・・・・・・ォォ・・・・・・」
崖にぶつかった音の塊はこだまになって跳ね返ってくる。手で塞いでいても榴弾砲が炸裂したかのような衝撃に全身の骨と血肉がビリビリと震えた。
恐る恐る耳をどかして再び石垣の間から西の崖を望んでみると、騎鬼族よりも奴らが跨がるワイバンの方がクナパッツさんの咆哮を聞いて狼狽したようだ。またがる騎鬼たちは手綱を引いてワイバンたちを落ち着かせようとしている。
「んぅ~ん? いつもならこれで退散するんだけど、珍しいわね」
「強い魔力変動を察知してやってきたのではないかと思われますが・・・・・・確かな原因は不明です」
真面目そうな衛兵がクナパッツさんに報告する。強い魔力変動? なるほどね。
「分かったわ。西側の警戒を怠らないようにね。私はちょっと用があるから離れるわ」
クナパッツさんの「来てちょうだい」に従って俺たちは櫓を後にして薄暗い螺旋階段を降りた。クロのロイヤルな魔力が案の定騎鬼族を過剰に刺激しているらしい。
これ以上騎鬼族を刺激しないためにも、魔力変動の原因たるクロを連れて今すぐクナパッツを脱出しなければならない。
トスカンに行くということもついさっき決まったばかりなのに、こんなに急に別れの時が訪れるというのは全く予想外の出来事だ。俺たちはともかく、クナパッツさんによるとアトネさんは急な出張でということにしておくらしい。
「また会えますよね?」
「決まってるでしょぉ~!」とクナパッツさんは再会を果たした時と同じ笑顔で言ってくれた。
櫓の螺旋階段を降りきる間の、あっという間だけれど忘れることは無いだろう別れの時間だった。
――そんなわけで俺たちはアトネさんの宿舎に戻って、さっさと身支度を調えなきゃいけなくなった。早くクナパッツを脱出しなければ騎鬼族と衝突する危険も出てきている。
「お待たせいたしました、皆様っ」
言いつつ自室から出てきたアトネさんは、紫がかった銀の胸当てに白いマント、キュロットスカートのようにのびた上着に細剣を差した完全形態でお出ましだ。細い足は硬そうなブーツで護られている。声には出さないけど、見蕩れてしまいますよこれは。
その上にバッグを背負って、更には幾何学模様を染めたバンダナを巻く。・・・・・・バンダナ? いや、バンダナはどうなんだ・・・・・・アトネさんの地元の風習なのかもしれないけど。
「アトネさん、すみません・・・・・・私のせいでこんなことになってしまって」
「とっ、とんでもございません!」
謝るクロに驚いたアトネさんは忠節を示すために膝をついた。床を向いた頭から、碧い前髪が垂れる。
「このような任務を賜り、きょ、恐縮至極にございます。それどころか昨日は醜態をさらしてしまい、あろうことか、でで殿下に看護を賜るという恩恵! 私はどれほど」
「え、えぇと、その堅っ苦しい話し方はもういいですから」
「っ、しかし、無礼になりますれば・・・・・・」
「もっと自然なアトネさんと旅をしたいんです。ねぇ、ラント?」
まさか俺に振るとは思わなかったけれど、もちろん俺は首肯した。アトネさんの真面目な部分も素晴らしいけれど、とりあえずクロの正体を知る前に戻ってもらったほうがこっちも気楽だ。
「ですからお顔を上げて下さいよ」
逡巡したのか、ややあって上げたアトネさんの顔は耳まで紅かった。
「・・・・・・で、では、殿下とだけ呼ばせて頂いても・・・・・・?」
「全然いいですよ。ていうか隣のラントなんてずっとタメ口ですよ。貴族嫌いだから」
「あ、そういう事だったんですか・・・・・・やけに親しいので御学友かと思っておりました」
御学友ときましたか。まあそれに近いですかねと俺はお茶をにごして苦笑い。
そのとき再び鐘が城内に鳴り響いた。朝とは違ってカンカンーンという連続した鳴らし方だ。
「警戒レベルが引き上げられたようです」
「これからどうするんです?」
アトネさんはすっくと立ち上がって俺たちを交互に見つつ説明してくれた。
「まずは北の門を抜けて、トスカンへと伸びる街道に出ます。そこから先は、すみませんけど道すがらお話しするということでよろしいでしょうか」
旅装を整えた俺たちは程なくしてアトネさんの宿舎を出た。アトネさんは鍵をかけて、こぢんまりとした前庭と垣根に目を向けると、「伸びちゃうなぁ」と呟いた。
俺たちがクナパッツにいた期間はわずか一泊二日だった。よくある宿場町もと大して変わらない滞在期間だ。けれどクナパッツさんとアトネさんに会えたし、たらい回しにされている感はあるけれどトスカンに行く道筋もついたのだ。うんうん・・・・・・いやほんと、そう思わないとやっていけないぜ。
北へ延びる街道は他の街道と違ってどこかうらぶれた空気を醸し出している。なんだか観客の少ない場末のテント劇場に入った気分だ。これから始まる劇は俺たちが役者なのか、それとも観客なのかは俺にもまだよく分からない。
もしも観客だとして筋書きが分かっているなら、金を払い戻してもらって俺たちは劇場を出ていくかもしれない。
もしも役者だったら? 思う存分楽しませてやりますよと言いたいところだけれど、それほどの余裕があるなら苦労しないってなもんだ。
俺はできることなら両方の立場でありたいんだけれど、クロとアトネさんはどっちだろう。三人一緒なら観客も悪くないな。演目を見終わった後、食堂であそこが良かったとか悪かったとか論評できるから。
そんなとりとめの皆無なことを考えながら、俺は扇状に広がるクナパッツの町を北へ北へと下っていった。




