26:クナパッツ城 【6】亡命計画は朝日と共に
自分が王国の元王女であるとアトネに明かしたクロ。クナパッツ大公はクロたちを救うため、対立するトスカン特別州へ向かうことを提案する。
【登場人物】
俺/ラント
:傭兵騎士の少年。元貴族。クナパッツ大公には子供の頃にお世話になったらしい。傭兵騎士を
辞めるつもりだったけど・・・・・・
クロ/フィルナ・ワインガルド
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。姉のルーシア国王を救うためにラントと旅 をしている。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしていて、無表情なウサギの仮面を付けている。
アトネ・ボルザック
:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。実家は田舎の羊飼い。クロとラントを
宿舎にもてなした。
クナパッツ
:クナパッツ州の大公。ラントとクロの旧知の仲で、英雄的存在。乙女の心を持ったマッチョマン。
トスカンへの旅となると、正直言って腰が引ける。
ベルルスベル本国と対立するトスカン特別州は、もはや敵国と言っても過言じゃない。おまけにその西の辺境には騎鬼族がうごめき常に間隙を狙っているのだ。各勢力はそれぞれ牽制しあっていて、三つ巴の様相を呈している。
クナパッツさんによるとむしろソコが狙い目で、トスカンを治めるソルグム大公なら、クロを無下に扱うことはないという。
「ベルルスベル本国の元女王という立場を売り込んでしまえばいいのよ」
有り体に言えば亡命だ。
トスカン側が亡命貴族たる俺たちをすんなりと受け入れてくれるのか俺は心配したけれど、クルノアン宰相を共通の敵対勢力と見なしている以上は、むしろ味方に引き込みたがるだろうとクナパッツさんは踏んでいる。
「それにアトネが付き添いで行けば安心よ」
「どういうことです?」
「この子、ソルグム大公と顔見知りなのよ」
なんと、顔が広い。
少しだけですよとアトネさんは苦笑した。一体どういう関係だったのかは気になるところだが、ソルグム大公との仲介役になってもらえるなら、事は比較的スムーズに運べそうだ。
ちなみにアトネさんは俺たちとトスカンに向かうにあたって、傭兵騎士の依頼という雇用契約ではなく、あくまで衛兵隊隊員としての長期出張ということになるらしい。
クナパッツさんがトスカンへの亡命計画のあらましをあらかた話したところで漆黒のグローブをはめたクロの手が上がった。丁寧にお礼を言うと、
「けれどもトスカンに着いたとして、私はどんな振る舞いをすればいいんですか? まさか王女として威張るわけにもいかないし、かといって骨抜きになるわけにも・・・・・・」
「それはソルグム大公の出方次第です。こう言ってはなんですけど、殿下のことを絶対に受け入れてくれるという保証はありませんし・・・・・・」
相手は独立精神旺盛なトスカンの首領だ。気難しい性格なのかもしれないし、クロのことを政略の道具としか見ないなんてこともあるのでは?
アトネさんは昔の記憶を辿るように天井を見上げる。
「うーん、あの人に限ってそんな事は無いと思いますよ。誇りを大切にする人ですし、何より困った女性は放っておけない気質ですから。放っておけないというか、サービス過多というか・・・・・・ま、まあ会えば分かりますよ!」
ソルグム大公と顔見知りのアトネさんが太鼓判を押してくれた。少し歯切れが悪いのが気になるけど。 いずれにせよアトネさんがついていれば安心だ。トスカンに入る途中も何があるか分からないし、大中原の北方がどんな風土なのかは俺もクロもあまり詳しくないのだ。
「・・・・・・ところでラントも一緒に来てくれるの?」
俺の右隣に座るクロの心細い声が、無表情なウサギの仮面から聞こえてくる。
「元々はクナパッツまでの旅っていう話だったけど」
「あら。それ初耳よォ?」
クナパッツさんが驚くのも無理はない。言ってませんでしたからね。だからトスカンに向かうパーティの中にちゃっかり俺が含まれているのにはそれなりに驚いた。
一体どういう切り出し方をすればいいのかよく分からないけれど、とりあえず「それなんですけどね」とだけ言って俺は目を泳がせた。意を決して、形式的な咳払いを一つ。
「クロ、俺は元々傭兵騎士を辞めるつもりでここまで旅をしてきたんだ」
「・・・・・・はぁ!?」
ウサギの無表情な顔が俺の目と鼻の先に急接近する。
「どうしてよ!?」
「泣かず飛ばずってやつだからなぁ。ステータスも足を引っ張るし、依頼を達成しても【励】スタンプばっかりだ。一年やってみて向いてないんじゃないかと思ったんだよ。この一ヶ月の間言い出せなかったのは謝る。別にリタイアするのが恥ずかしいとかじゃなくて、クロの士気を下げると思ったんだよ。だからクナパッツさんと引き合わせたら、俺は消えるつもりだったんだ」
俺が話している間クロは「けど」と「それは」とか口を挟みたがったみたいだけど、この際言いたいことを言わせてもらった。
「木っ端騎士の俺の代わりにアトネさんがクロの隣になればいいとさえ思ったよ」
「何それっぽいこと言ってんの、ばか」
「悪い。けど俺はな、ここに来て自分がなんだかんだトスカンに行きたがってるらしいって気付いたんだよ」
「・・・・・・」
「クロを昔から知ってるのは俺だけなんだし、傭兵騎士の旅だってまだまだ続けたいって思っる。思ってるんですよ、皆さん」
「じゃ、じゃあラントさんも私たちと一緒に・・・・・・?」
葬式の弔辞を聞くようにシュンとしていたアトネさんは一転、ぱぁっと微笑を浮かべて俺に是非を問う。こんな人が仲間になってくれるというだけでも奇跡に近いってのに、迷っていただけでも俺はホントに大馬鹿だったな!
寝癖がついたままの頭をかきつつ、俺は「弱いんですけど、お世話になります」とアトネさんに頭を下げた。
近衛騎士だったお父さんさんが化けて出なくて済むわねなどとクナパッツさんが軽く冗談を言ってくれたおかげで、なんとなく緊張感が漂っていたテーブルに明るさが回復した。クロには「最初からそう言ってよ」と呆れられてしまった。悪いね。けどはっきりさせておきたかったんだよ。
朝日はいつの間にかずいぶん高い位置まで来て、部屋の隅々を光で浸している。遅くなりましたけど朝餉にしましょうかとアトネさんが言ってくれたそのとき、『カーーーン』という甲高い音が城内のどこからともなく響いてきた。
その音は間を置いてもう一回。・・・・・・更にもう一回。
なんだろうと思う暇も無く、目の前で硬そうなパンを切り分けていたアトネさんがその手を止めた。かと思うと、水瓶から水を汲んで間髪入れずに土間の火にぶちまけた。土間から蒸発音と煙が激しく吹き上がる。
「アトネ、先に行くわよ」
「はいっ。私も直ぐに」
俺とクロにもそれがイレギュラーな事態だということはすぐに察せられた。置物のようにテーブルに着いて硬直していた俺たちを思い出したかのように、アトネさんは衛兵隊の上着を着る手を止めて向き直る。いつの間にか寝間着の腰にはベルトと剣が差されている。
「殿下、ラントさん、申し訳ありませんが食事は後にさせていただきます。一緒に来てくださりますか?」
「わ、分かりました。剣だけ持たせてください」
上着も革の鎧も着けることなく、殆ど下着姿の俺は客間に戻るとベルトに剣を差してそのままアトネさんの宿舎を飛び出した、朝日がまぶしい。
ダメ押しするかのように、再び鐘が鳴り響いた。
「行きましょう」
待っていたアトネさんは俺とクロを先導して城の坂を駆けていく。
俺たちだけじゃない。周りには着の身着のままといった風貌の騎士達が競走するように坂の上を目指して駆けている。不定期実施のスクランブル競走ならいいのだけれど、どうもそうじゃないらしいよな。
「一体なんなんですかコレは!?」
「騎鬼族が出ました。私たちも警戒態勢に入ります!」
走りつつ振り向いて説明してくれるアトネさんの双眸は蒼く輝き、どこか青年騎士のような血気が全身に漲っている。




