24:クナパッツ城 【4】アトネさんは夜、静かに豆を剥く
クルノアンへの反逆をクナパッツ大公に呼びかけるフィルナだったが失敗。
失意のフィルナ(クロ)とラントはボルザックの宿舎へ案内される。
【登場人物】
俺/ラント
:傭兵騎士の少年。元貴族。クナパッツ大公には子供の頃にお世話になったらしい。
クロ
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしている。クナパッツ大公に蜂起を打診するも
断られる。
ボルザック
:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。実家は田舎の羊飼い。
クナパッツ公
:クナパッツ州の大公。ラントとクロの旧知の仲で、英雄的存在。乙女の心を持ったマッチョマン。
石垣の根元に生えてる黄色くて花弁が多い花の名前はなんだったっけなんて、割とどうでもいいことを考えながら俺はクナパッツ城の裏手の坂を下っている。
登城するときも思ったことだけれど、クナパッツ城は小山を石垣で固めて要塞化した城でとにかく見栄えがいい。連続して曲がりくねる坂が独特のリズムを生み出して来訪者を飽きさせないのだ。いざ籠城戦となった際には複雑に入り組んだ坂道が敵の侵入を防ぐ役割を果たす仕組みになっている。
模型サイズに縮小したものがあったらぜひ見せたいね。
城の麓にボルザックさんの宿舎は割り当てられているらしい。
ボルザックさんの束ねられた蒼髪がひょこひょこと左右に揺れているのを眺めていると、「お二人とも、先程から元気が無いようですが」とボルザックさんが堪りかねたように沈黙を破った。そんなことないですよ・・・・・・。
「分かりますよ隠しても。私にできることがあれば、力をお貸ししたいですけど」
そのお気持ちだけでも十分嬉しいです。
ボルザックさんの宿舎は、こう言ってはなんだが想像していた五分の一の豪華さだった。五倍じゃないぞ。
傭兵騎士の最上級であるプラチナラベルの宿舎だからさぞかし豪華だろうと思っていたけれど、なんてことはないレンガと木組みが入り組んだ平屋だ。小さな門と水瓶、狭い前庭が付いていてよく剪定がされている。まぁそうだよな。浪費癖がある貴族や成金じゃないんだから。こっちの方がよっぽどボルザックさんの朴訥な人柄に合っているし。
「こちらが客間です。ベッドが一つなんですけど・・・・・・」
木張りの板の部屋は一人がけの椅子と簡素なベッドが一つずつ。円いテーブルが置かれていた。おかまいなく。俺は椅子に座って寝ます。
ポットに薬草茶が残っていたかもと言ってボルザックさんは部屋を出て行った。
「あのとき、なんでずっと黙ってたの」
短剣の緒を解く俺にクロが訊ねた。
「あのときって、来る途中?」
「じゃなくて、クナパッツさんに私が話をしているとき」
「・・・・・・ちょっとビビッちゃって」
雷鳴が轟くことを覚悟した上での告白だったけれど、クロの反応は「ばか」の一言だけだった。
「なぁ、クナパッツさんは俺たちを捕まえる気じゃないよな?」
「捕まってるようなもんでしょ。この状況」
クロはにべもなく言う。流石に言い過ぎたと思ったのだろう。「ボルザックさんはいい人だけど」と付け加えた。
「けどこのままじゃ・・・・・・お姉様救えない。クナパッツさんはどういつつもりで」
その時廊下から着替えを済ませたボルザックさんがやってきた。
奥の部屋に案内された俺たちにボルザックさんは薬草茶を淹れてくれた。冷めていたけれど目が覚める美味しさだった。売り物にしていいレベルだ。
クロは仮面を取るわけにはいかないのでボルザックさんのお茶を堪能することはできなかった。
「後で必ず戴きます」
お茶を飲んでしまうと俺たちは特にやることもなくなってしまった。傭兵騎士の依頼を受けようにも明日はクナパッツさんにまた会いに行かなくてはいけないし、外に出たいと思っても俺たち二人はクロが言ったように軟禁されているようなものなので、下手なことは言い出せなかった。
だからボルザックさんが市場に行きましょうと誘ってくれた時は本当に嬉しかった。
城を出た俺たちは結局、市場だけじゃなくて公園とか時計塔とかも巡って時間を潰すことになった。足が疲れてきた頃にボルザックさんが、
「あの、実はお願いがあるんですけど」
「なんですか?」
「私のこと、アトネって呼んでくれませんか?」
「そそそんな馴れ馴れしくできませんよ!? 呼び捨てなんて!」
そこじゃないでしょとクロに突っ込まれた。流石にそうか。しかしさん付けでも失礼な気がする。
「構いませんよ。ボルザックっていう姓は、なんだかゴツゴツしてて違和感があるんです。勿論大切な一族の名前なんですけど」
それならばとお言葉に甘えることにした。これ以上謙譲するのもボルザックさんに迷惑だしね。
共用浴場での湯浴みも終えて、差し障りのない会話をしながら夕食を食べ終えた後も特にやることがない。せいぜい土間で火を焚くための木材を坂の上から運び込んだくらいだった。
ところで俺はアトネさんが土間の火で時間をかけて支度してくれた夕食で、渡り鳥の肝臓のソテーを貴族だった頃ぶりに食べることができた。土の塊みたいな肉に慣れていたから、感動的な美味さだった。
当然クロは食卓を共にすることは出来なかったので、夕食の料理と飲み物を盆にのせて後で客間で食べることになる。
眠りが良くなるというミルクティーまでいただいて、至れり尽くせりのホスピタリティを受けた俺たちはいつもより早い時間に床に就くことになった。
さて、他人の贅沢を聞かされても面白くもなんともないと思う。けれども俺はヒヤヒヤしていた。
俺の頭の隅にはもう一人の俺がいて、ミルクティーを頂いた頃からそいつが呟き続けるのだ。「贅沢を味わわせて夜にブスリっていうパターンじゃないの?」なんてアトネさんに対して物騒かつ失礼なことを。
そのせいもあってか、俺は暫く寝付けずにいた。
どれくらいそうしていたのか分からない。暗闇の中でクロの寝息が静かに聞こえる。今日は忙しかったからな。よく寝ている。
気晴らしに夜の空気にあたろうかと、俺は宿舎の中庭に出ようと廊下を抜けようとして硬直した。薄明かりが灯されている。
「あら、起きてたんですか」
「いつもより早いんで、眠れなくてですね。ちょっと外の空気を吸いたくて」
白い寝間着姿のアトネさんは卓にランプを置いて、市場で買った豆の皮を剥いたり、ヘタやゴミを取る地味な作業を続けていた。豆のスープでも作るのかな。
中庭で深呼吸をしたおかげで気分はかなり良くなった。空を見上げると星が幾つか瞬いている。田舎だとうんざりするほどの量の星が、クナパッツでは人間たちが使っている火の灯りでかき消されているようだ。実際、城の内部には松明が点々と灯されている。
ずっと外にいても冷えてしまうので、俺はそそくさと中庭を後にした。
おやすみなさいと客間に戻ろうとする俺の背中に、アトネさんはためらいがちに声をかけた。
「ちょ、ちょっとすみません」
「へ?」
「少しお話ししても、いいですか?」
アトネさんは空いた椅子を俺にすすめてきた。面食らった俺は何かの心理掌握術にかかったように無言で卓につく。アトネさんと向かい合う位置だ。
豆を剥く作業を止めたアトネさんはどこか伏せ目がちだ。
「こんなこと聞くと、気分を害されるかも知れないけど・・・・・・」
「なんですか?」
「クロさんって、一体何者なんでしょうか?」
「・・・・・・」
「あんな格好してるから、はじめは面相を見られたくないのかなって思ったんですけど、そうでも無さそうだし・・・・・・閣下のお知り合いらしいですけど、一体どういう間柄なんでしょうか? クロさん本人に直接聞くのは、なんだか気が引けちゃって。あの人閣下に会ってからずっと憂鬱そうにしてるじゃないですか」
偶然夕涼みに来た俺にこの際聞いてしまおうと思ったのだろう。
俺もアイツも食い扶持をアテに一緒に旅をしてきただけですよ、と言ったところで回答になっていない。けれどもそう言う他無い。
「だから夕食の時に言ったように、俺とクロはこの城でお別れなんです。あいつにはあいつの目的があって、俺は・・・・・・やりたいことを探さなきゃいけないんですよ」
アトネさんは珍しい歌でも聴くような顔で俺の話を聞いていた。やがて細い双眸に微笑みを浮かべる。
「嘘ですよそれは」
「う、嘘じゃないですよ?」
俺は嘘が見抜かれて困っているんじゃない。むしろ逆で、抽象的な話し方だったけれど俺は真実を言ったつもりなのだ。クナパッツまでの二人旅だということはクロも承知している。
「そういう意味じゃなくて・・・・・・なんていうか、ラントくんの素直な気持ちじゃないんじゃないかなって思ったんです」
ゆらゆらと泳いでいた俺の視線は、丁寧に剥かれた豆の山に固定された。
「・・・・・・アトネさんは俺たちと今日会ったばかりなのに、そんなの分かりませんよ」
というか自分でも分からん! 狼狽しているからこそ、そんな皮肉を口走ってしまった。
「あ、ちょっと」
「俺もう寝ます、おやすみなさい」
「・・・・・・おやすみ」
クロが眠るベッドの横の椅子に座って俺は頭を抱えていた。
何やってんだこのボンクラ!・・・・・・明日絶対謝らねば。
自分の不甲斐なさから、会話中にくん付けで呼ばれるという重大イベントの感激など頭の隅に追いやられてしまった。
意識がうすぼんやりとしてきても、俺はアトネさんの占い師めいた助言について自問自答する。けれども白黒はっきりしないまま、俺の意識はますます曖昧なものになっていく・・・・・・
まぁいいか・・・・・・暗殺の心配も無いし。
革張りの椅子は意外と座り心地が良い。これなら寝ても腰を痛めることは無いだろう。
仕事が多いので投稿は隔日になってしまいます。すみませんです。




