23:クナパッツ城 【2】お城の地下には筋トレルーム
衛兵隊のボルザックに案内されて、二人はクナパッツ城に入城できた。いよいよ旅の目的である
クナパッツ公に会えると思ったら、城の地下に案内されて・・・・・・
【登場人物】
俺/ラント
:傭兵騎士の少年。元貴族。クロと共に目的地のクナパッツ城を目指している。到着!
クロ
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしている。「死神ウサミミ仮面」
ボルザック
:一流の女傭兵騎士。遺書を書くのが趣味という少しやばい人。実家は田舎の羊飼い。
クナパッツ公
:クナパッツ州の大公。ラントとクロの旧知の仲で、英雄的存在。
クナパッツさんは元からクナパッツさんだったわけではない。というとなんだか奇をてらった言い方になってしまうけど、要するに昔は違う名前だった。けれども俺はクナパッツさんの昔の名前を覚えていない。物心ついた頃には既にクナパッツ州の大公に任ぜられていたからだ。
大公になる前は俺の親父と同じく近衛騎士団に所属していた。大壊乱の頃には西の辺境で騎鬼族との戦いに明け暮れて、その武勇と評判を聞きつけた時の国王に認められてクナパッツ州の大公に就任。以来その地位にある。絵に描いたようなエリートコースだ。
元近衛騎士団員でありながらクルノアンの強引な改革の犠牲になることもなく、今でも大公の地位にあるというのは極めて異例だ。
普通の近衛騎士団員ならそうはいかない。雑草同然にクルノアンにその地位と名誉をむしり取られてしまうのだ。さしずめ俺はその雑草の生き残りというわけか。いや、野草と言っておこう。親父に悪い。
なぜ元同僚に血も涙も無いクルノアンがクナパッツさんを特例扱いしているかというと、これは俺の想像だけれどクナパッツ州を巡るせめぎ合いが原因だと思われる。
クナパッツ州の西側は騎鬼族うごめく辺境の山岳地帯。北には独立精神が旺盛なトスカン州が位置している。この辺りは地政学的に非常にデリケートな地域で、そこを治めるにはまさに英雄的な指導者が必要だ。というわけでクナパッツ公が適任として今も居続けられているのだ。
俺がクルノアンの立場なら、クナパッツ公などは辺境の戦いでとっとと死んでしまえとさえ考えるだろう。クルノアンにとってクナパッツさんは大壊乱の亡霊ともいえる存在で、新生ベルルスベル王国には似つかわしくない鼻つまみ者のように映っているはずだ。
以上、俺の想像終わり。これ以上は不毛だ。
地下へ続く螺旋階段を降りきって、ひんやりとした通路を進んだ。
突き当たりに扉がある。ボルザックさんがノックをすると、「入って良いわよ」と、野太い男性の声が扉の向こうから聞こえた。
もう一度言っておこうか。「入って良いわよ」だ。
扉を開くと中からむわっとした熱気が俺たちにまとわりついた。
灯籠が灯る薄暗い部屋の中を見て俺は驚いたね。
往時は監獄や拷問室、死体安置所にも使われたことがあると階段を降りているときにボルザックさんから聞いていたけれど、幾年月を経てその部屋はクナパッツさんの筋トレルームに改装されていた。それもかなり本格的な、だ。
ギロチンやらアイアンメイデンのように見えたものは、どうやらお手製のストレッチマシーンらしい。
更には熱気に伴う臭いも独特のものだった。さぞかし臭いと思うだろう? 違う。柑橘系の爽やかな香りが筋トレルームには漂っているのだ。というのもよく見ると薄暗い部屋の隅に香炉が焚かれていて、薄黄色の怪しい煙がたゆたっている。クナパッツさんの乙女心がそういった気遣いを可能にしているのだ。
もう一度言っておこう。乙女心だ。
換気が悪そうな部屋だけど。
「鍛錬の最中に失礼いたします、閣下」
ボルザックさんは慣れた様子でいる。
「いいのよ~・・・・・・そろそろ上に戻ろうかと思ってたし。そちらのお二人は?」
鉄のインゴットのような物体を両手にぶら下げたまま、身体を汗で輝かせたクナパッツさんが四角くごつい顔をスマイルに崩して出迎えてくれた。
「私が招待しました、傭兵騎士の」
「待って」
クナパッツさんは両手に持ったインゴットを床に置くと、山で見つけた獣を遠くから観察するような目で俺の顔をじぃっと見据えた。目力がすさまじいので、俺は筋トレルームの低い天井を見上げて目を逸らす。
借り上げた栗色の頭髪と膂力漲る四肢が流れる汗に濡れている。どういう素材なのか、身体全体にフ
ィットした紺色の薄いスーツを着ていて、まるで水泳を終えて川から上がったかのような格好だ。
ややあって大きな二つの目が瞬いた。
「あーらァ! ヴィヴァルのお坊ちゃんじゃない!? おっきくなったわねェ! え? ホントにヴィヴァルのお坊ちゃんなの!? 信じられなーい!」
俺はまだ何も言っていないっすけど。
「でしょー? やだもうこんなところ見られちゃって。恥ずかしい!」
クナパッツさんは上体をくねらせて、恥じらうように腕を曲げた。冗談なのか本気なのか分からないなこれは。
クナパッツさんは乙女心を持ったパワー系騎士だ。
――というとちょっと矛盾した印象を受けるかもしれない。なんで乙女心を持った男がパワー系で、しかもこうしてマッチョを維持してるんだよ。この当然の疑問に対して本人は、
「だからこそ強くなりたいって思うんじゃないの~」
との見解を過去に発表している。俺がまだ都に居た頃に聞いた話だけどな。強くなりたいって、もう十分強いでしょ・・・・・・。
「現役時代」のクナパッツさんは西の辺境でも指折りの騎士だった。野戦最強との呼び声も当時からあ
ったし、生命力の塊が歩いているような印象を俺はクナパッツさんが都に帰ってくる度に感じていた。
ガタイの良い体格、そして雄叫び、戦場にあっては騎鬼族の血で白いドレスを真っ赤に染め上げたという鬼騎士。しかし乙女心は忘れない。クナパッツさんは戦場でも必ず紅い口紅を付けていたという。
本人は死に化粧のつもりだったらしいとこれもどこかで聞いたけれど、真意の程は分からない。
生で見たかったね。クナパッツさんの白いドレスを纏った甲冑姿を。
会ったのは五年ぶりだとか、昔はもっと生意気だったでしょとか、思春期は成長が速いとか、彼女はいるのかとか、クナパッツさんは矢継ぎ早にまくし立てた。
「いませんて」
「あらそうなの? じゃあそちらのウサギさんは?」
クロは俺たちと距離を取って、なんだかバツが悪そうに突っ立っている。やっぱり女性だと分かるものなんだな。
クナパッツさんに誰何されたクロは、少し肩をふるわせて、
「お久しぶりですクナパッツさん。分かりますか、声で」
地下の筋トレルームは、唐突に静まりかえった。
それまではしゃいでいたクナパッツさんが真顔になると、部屋の湿度も温度も急激に下がったように感じられる。真一文字に結んだ口が次に開いた時には別人のような口調だった。
「アトネ、ちょっと上で待っててくれる?」
「え、しかし」
「ありがと。・・・・・・お願いなの」
何か言いたげな顔だったけれど、ボルザックさんは「失礼しました」とお辞儀をして筋トレルームを出て行った。両扉が閉じられると、クナパッツさんはクロの前に歩み出て片膝を突いて深く頭を下げた。
「ご無礼仕りました、王女殿下」
「ふふ、分かるものなんですね・・・・・・お久しぶりですクナパッツさん。あ、もう頭は上げて結構ですから!」
クナパッツさんはゆっくり頭をもたげると、俺とクロとを見比べて、やがて視線をクロに戻した。
「どうして殿下とラントがこんな所に来たんです!?」
「そうですよね、できればもうちょっと気楽な形で来たかったんですけど」
言いつつクロは頭を隠しているローブを取っ払った。




