21:遺書を書くのが趣味な女騎士
クナパッツ城を目指す途中で、クロとラントは女傭兵騎士のボルザックに出会う。
路地裏で拾ったボルザックの遺書。ラントとクロは本人に再び会うことに成功。けれども双方の行き違いで、ボルザックは豹変してしまう!
【登場人物】
俺/ラント
:傭兵騎士の少年。元貴族。クロと共に目的地のクナパッツ城を目指している。無趣味な男。
クロ
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしている。「死神ウサミミ仮面」
ボルザック
:一流の女傭兵騎士。ラントに遺書を拾われる。お酒もたしなむ青髪のお姉さん。
「落ち着いてくださいよ!? 俺たち別にお金が欲しいワケじゃないんですから!」
「じゃ、じゃあ身体ですか・・・・・・私けっこう年上だけど、いいのかなぁ?」
「もっと違うって!」
窮迫してしまったボルザックさんは、俺たちを揺すりたかりの類いだと完全に思い込んでしまっているらしい。
「あぁもうッ!」
業を煮やしたクロがマントをたなびかせて俺の前に出た。がっしとボルザックさんの両肩を掴むと、ぶんぶんと肩を揺らして正気に戻そうとする。
「とにかく死んじゃだめ! 生きてれば絶対いいことあるんだから! 分かった!?」
ぶんぶんと頭を前後に揺さぶられて、ボルザックさんは「!?!?」と目を見開いている。
「あ、あのっ、違うんっ、ですっ、よぉ・・・・・・」
「いいえ! なんなら私の体験談を話してもいいわ!」
「ですから私、死ぬつもりなんて無いんですよぉ」
「「は?」」
何かの聞き間違えかと思った。
「死ぬつもり、無い?」
ボルザックさんを揺さぶっていたクロの両腕は、すっかり停止している。
「はい」
「けど、遺書を書いてるじゃないですか」
「はい・・・・・・けど私、遺書をよく書くんです。家に何十枚もあります」
「ボ、ボルザックさん、言ってる意味がよく分からないんですけど・・・・・・?」
「言ってしまえば、遺書を書くのが私の趣味なんです」
平静さを取り戻したボルザックさんは、発言内容と全くそぐわない穏やかな微笑を俺たちに見せてくれた。
まったく、世の中にはいろいろな趣味や日課があるものだ。
狩り、ボードゲーム、賭け事、魔除けのコレクション、薬草いじり等々・・・・・・。けれどもボルザックさんの言うように遺書を書くことを趣味にしている人は、あまりお目にかかれないだろう。
一番近い趣味は恐らく日記だろう。いや、むしろ日記を書くという行動は自分が生きた証を残したいという欲求のはけ口になっている側面がある。そういう意味では、遺書を書くという行動は日記の延長線上にあると言えるかも知れない。
などと御託を並べているけれど、無趣味な俺には関係の無いことだ。ちなみに俺の親父の趣味は庭いじりだった。
さて、趣味は止めても死にはしない。けれどもボルザックさんの「趣味」はそうではないらしい。
ボルザックさんが遺書を書き始めたきっかけは六年前。所属していた部隊が騎鬼軍に包囲されてほぼ全滅した時だった。
仲間を救えなかった自責の念から自ら命を絶とうとしたときに、ついでに遺書も書いてみた。するとすっかり気分が落ち着いたという。
その時、彼女の「趣味」は誕生した。
「大きな仕事の前とか、書かないと落ち着かないんです。月に一回は書かないとどんどん気分が沈んでしまって・・・・・・遺書を書くと、自分の大切な人とかものとかを再確認できるから、気分転換になってやる気が出るんです!」
ボルザックさんの語ってくれたところによると、どうやら彼女の遺書執筆は趣味だとか自分の生きた証を云々の域を超えて生活に必要不可欠な要素であり、ルーティンになっているようだ。
婉曲して言うのはやめよう。もはやホリック状態の完全にヤバい人である。
けれども不幸中の幸いと言っていいのか、本人にもその自覚はあるらしい。自覚があるからこそ秘密の趣味として続けてきたというのだ。
「変なのは自分でも分かってるんです。けど止められなくて・・・・・・。周りは心配するだろうから黙っているんです。大公閣下にも秘密にしています」
うん。ベターな選択だ。ベストではないと思うけど。
「だからあの遺書を失くしたのに気付いたときは、気が気でなくなりました。そうだ。ど、どこなんですか、私の遺書は!?」
「だから落ち着いてくださいよっ」
また錯乱が始まってしまう!
度の超えたボルザックさんの秘密を聞いてしまったのだ。俺としてはむしろ返させてもらいたい。
俺は急いでバッグを開いて、三つ折りの遺書を出して憔悴するボルザックさんに手渡した。
「ああああぁぁぁぁ!! ありがとうござます・・・・・・命の恩人です!」
ボルザックさんは俺とクロを交互に見つつ何度も頭を下げた。ハスキーなその声は涙ぐんでいる。
「すいません、俺たちてっきり口封じに消されるのかと、あなたを疑ってしまいました」
「わ、私そんな人間じゃないですよー! けど正しい判断だと思います。私はむしろお礼がしたいくらいです。出来ることなら何でもやります!」
「お礼、ですか・・・・・・」
情けは人のためならず。これは真理だと俺は再確認したね。
もしもクロが泥酔したボルザックさんと暴漢たちを発見していなかったら俺たちはまっすぐ城門の前まで行くことが出来ただろう。けれども大前提として、クナパッツ州の最高権力者であるフェルベッド・フォン・クナパッツ大公に会うのは難易度がえらく高い。いくら俺が貴族だった頃の知り合いでも、本人確認や諸手続で時間を食ってしまう。
そして何より、隣には死神のようなクロを連れているのだ。食堂や宿屋に入るのとはわけが違う。
「あの、遺書を読んで知ってしまったんですけど、ボルザックさんはクナパッツ公とお知り合いなんですよね?」
「はい。傭兵騎士で結成された親衛隊に所属しています」
さらには市内の衛兵でもその顔を見知っている知名度と地位。
俺とクロは顔を見合わせて。同時に頷いた。
「でしたらボルザックさん、お願いがあるんです。クナパッツ公に俺たちを引き合わせてもらうことは可能ですか?」
「閣下に、ですか・・・・・・」
薄い唇に指を当てて唸るボルザックさん。芳しくない反応だ。
「ボルザックさんには仲介役になってもらいたいんです! 俺は元貴族で、昔閣下にお世話になった者です。クナパッツ公に大事な用があってここまで来たんですよ」
「大事な用、ですか?」
「とても個人的な用なんですけど」
クロがフォローした。まさかクルノアン宰相に対して反乱を起こしたいなどとは言えない。
「失礼ですが、お二人のラベルは?」
「ブラウンですけど」
「うーん・・・・・・御殿に入れる傭兵騎士はブルーラベル級以上と定められているんですけど、大壊乱の頃のお知り合いでしたら、もしかしたら特別に可能かもしれませんね」
微力ではありますが案内しましょうと言って、ボルザックさんは俺に握手を求めた。
握ったボルザックさんの手のひらは小さく冷たかった。柔らかくもある四肢のどこに暴漢や上級カテゴリーのモンスターとやりあう膂力が蓄えられているのか、俺には想像が及ばない。
「行けたら行く」と女性の見た目はアテにならないものだ。だからこそ俺はボルザックさんに聞いてみた。
「ありがとうございます! ところでボルザックさん、失礼ですが階級の程は・・・・・・?」
「あ、言ってませんでしたっけ。プラチナラベルの二級です。スタンプ帳も見せましょうか?」
ボルザックさんはそう言ってショルダーバッグからスタンプ帳を取り出した。白金色のスタンプ帳は、古い硬貨のように落ち着いた輝きを放っている。俺は思わずあんぐりしてしまった。
強力な魔装具でもある【プラチナラベル】を、まるで化粧品のように持ち歩いているボルザックさんの神経にも驚かされた。あるいはプラチナ級だからこそ図太い神経を備えているのかもしれない。遺書を書いている趣味に矛盾するけど。
「これだけは無くしたことないんですよ。ふふふ」
「あー、ははは・・・・・・どーりでお強いわけですね、なぁクロ?」
「そ、そうね・・・・・・生きてればいいことあるなんてクソ生意気なこと言ってすみません・・・・・・」
ボルザックさんの色々とぶっ飛んだ個性を目の当たりにした俺たちは、すっかり恐縮モードになってしまった。
間もなく俺たちは薄暗い橋の下から通りへと戻ってきた。
目指すべきクナパッツ城はすぐそこにある。けれどもそれはあくまで距離の話だと、俺は自分に言い聞かせた。




