20:性善説と性悪説はバランスが大切です!
クナパッツ城を目指す途中で、クロとラントは女傭兵騎士のボルザックに出会う。
路地裏でラントが拾ったのはボルザックの遺書だった! 本人に届けるべく行動を開始するラントとクロ。けれどもよかれと思った行動が裏目に出てしまって・・・・・・
【登場人物】
俺/ラント
:傭兵騎士の少年。元貴族。クロと共に目的地のクナパッツ城を目指している。
クロ
:ラントの幼なじみの少女。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。
透明人間であることを隠すために黒づくめの格好をしている。「死神ウサミミ仮面」
ボルザック
:一流の女傭兵騎士。ラントに遺書を拾われる。お酒もたしなむ青髪のお姉さん。
「魔硝石のナイフを持ってたのは向こうよ!?」
俺の肩越しにクロの訴える声が聞こえた。
クロは割って入るように、俺を詰問していた上長らしき衛兵の前へと歩み出た。
衛兵たちの警戒する視線がクロへと注がれている。無愛想な上長は自分の話に割って入られて、不快感に眉をひそめている。
「元々向こうが持ってて、それを私たちの仲間が奪って追い払ったの。正当防衛ってやつ!」
「ではその奪ったナイフはどうしたんだ?」
「・・・・・・向こうに返したけど」
上長はにべもなく鼻で笑った。
「魔硝石のナイフを敵に返すお人好しがいるとは思えんな。仮に返したとして、対立するトスカン由来の魔装具を野放しにするのは治安維持を妨げる問題行動だ」
上長は「違うか?」と問いかける視線で俺を一瞥した。
上長は無愛想で神経質そうな男だけれど、決して間違ったことを言ってはいない。
俺の私情が入らなければ、ボルザックさんは暴漢から奪ったナイフを、恐らくあのまま「没収」してしかるべき機関に届けたはずだ。
むしろ俺の方が間違っている。けれども後悔はしていない。
かと言って「治安維持なんて知ったことか、こちとら逃亡中の元女王連れてんじゃい!」と声高に叫ぶわけにもいかないので、俺は閉口してしまった。
「とにかく、詳しい話は詰所で聞く」
「勘弁してくれよ・・・・・・俺たちにはこれから大事な用事が」
「あのー?」
行き交う人波の間から、聞いたことのある声が滑り込んできた。
声が聞こえた右側を見てみると、先程別れたばかりのボルザックさんが突っ立っている。丈の短い水色の服にソックス姿。彼女に間違いない。
俺もクロも思わず声を上げそうになったけれど、それよりも上長の反応が早かった。
「あ、ボルザック様!」
上長は胸を張り、顎を上げて敬礼の姿勢を取った。他の三人も遅れじと上長に続く。
「ボルザック様、なぜこのような所へ?」
「非番です。ちょっと用事で」
ボルザックさんは上長の問いかけを軽くあしらった。その意識は衛兵たちには無いらしい。
相変わらず眠たそうな碧い双眸は俺を見つめている。
「ところでこの方達は、どのような理由で捕えられたんですか?」
ボルザックさんからの質問を受けて、上長は憎々しげに俺たちの「罪状」を説明した。
「――というわけで、これから詰所に連行するところです」
コクコクと、目頭を押さえて頷くボルザックさん。
「ご苦労様です・・・・・・上長さん、詰所に行くということですが、この方達は私に預けてくれるわけにはいきませでしょうか?」
「えっ、しかしそれは・・・・・・」
上長はボルザックさんの真意を測りかねて目を瞬かせた。勿論、俺とクロには察しがつく。
目頭を押さえつつ俯く彼女の頬には汗が光り、声も微かに震えている。
「・・・・・・傭兵騎士のお話は、傭兵騎士に話すほうが気楽じゃありませんか? そのほうが取り調べもスムーズでしょうし」
「さ、左様で」
ボルザックさんから鬼気迫るものを感じたのか、上長は恭しく頭を下げて退いた。
「では恐れ入りますが、身柄をお預けいたします・・・・・・」
衛兵たちはいまいち納得がいかない様子で引き上げていった。
俺とクロを見る上長の目は去り際に一番厳しく光っていた。流石、西の辺境に近いだけあって衛兵も優秀だ。そのかわりに坂も多く、いろんな意味で息が詰まる街でもあるけれど・・・・・・。
ボルザックさんは「こっちです」と言って、丘の上の城に向かって歩き出した。
どこに行くつもりなのかは分からない。そんなことを言える雰囲気じゃなかった。「クナパッツはどうですか?」とか、「お腹すいてませか?」とか当たり障りの無い質問と会話が途切れ途切れに続いた。
まさか「例の物」を落としたことに気付いていない?
「ちょっと、言いなよ」
「俺が? そういうのは同じ女性から・・・・・・」
前を行くボルザックさんとやや間をとって、俺たちはどう出るべきか右往左往した。
やがて石橋の前までやってきた。城の外堀にかかる橋で、ここを渡れば城もすぐそこだ。
けれども先導するボルザックさんは橋を渡らなかった。
「こちらに」
橋の右側には堀端に出るための階段がある。ボルザックさんを先頭に、俺たちは誰も居ない堀端に降りて、更には日陰になる橋の真下にやってきた。
さて、俺の頭脳は階段を下り始めた時から少し恐い想像をしはじめている。ありきたりな話だけれど、まさか遺書を読まれた口封じに俺たちを抹消する・・・・・・なんてことになりはしないかという心配だ。
そもそも今から死のうとしている人が「口封じ」なんてするのか? いや、こういった人は常人には理解できない発想をするものだ。何が起こるか分からない。
「ねぇ、ラント・・・・・・」
「まぁ待てよ」
待てもクソもないが、一番後ろを歩くクロも俺と同じことを考えているらしかった。
石橋の下は薄暗く静かだ。
矢庭に振り向いたボルザックさんは、真剣な瞳で俺を見据えた。
「聞こう聞こうと思ってここまで来てしまいましたが、お二方、あの現場でメモ書きみたいなものを拾いませんでしたか?」
「・・・・・・拾ってたらどうする気ですか?」
「へっ?」
「あなたの遺書ですよ」
俺は身構えつつ、後手に回らないように言葉を選ぶ。
ボルザックさんは丸腰とはいえ相当なやり手だ。相手の背後に回って首をポキリなんてことは造作もないだろう。
「確かにボルザックさんの遺書を拾いました。その在処も知っています。けれども僕たちの身の安全を保証してくれないと、お渡しすることはできません」
――バッグの中だけど!
「あ、あの、念のためですよ?」と、及び腰のクロが付け加えてくれた。
性善説だけでは命がいつくあっても足りないのだ。世知辛い対応だけれど、用心に越したことはない。
俺の条件提示を聞いたボルザックさんの顔は、沈黙を経てみるみるうちに青ざめてしまった。
「なるほど・・・・・・た、正しい行動ですね・・・・・・なるほどなるほど・・・・・・」
身構えていた俺も目の前で起きている異変を見て、嫌な汗が額から流れ始めてきた。こんなはずじゃなかったんだけど・・・・・・。
クナパッツさんは自重を支えきれなくなったのか、やがて橋の石壁に頭をトンと付けた。
「え? じゃああれですか? ラントさんたちはお金が欲しいんですか? ふふっ、お金ならいくらでもありますよ。ええ! 百万でも二百万でも、あ、ありますけど!? こう見えてもカテゴリー5のモンスター退治は日常茶飯事ですから!?」
カタカタカタカタと小刻みに震えだしたボルザックさんは遺書をモノジチに脅されていると思ったのか、しきりに金の話をしだした。いや、そうじゃないんだけど・・・・・・完全に策を誤ったぞこれは!!
それにしても目が恐い。
「ラントぉ?」
お前のせいやぞというクロの痛い視線は、ウサギの仮面や透明人間など関係なく刺すように分かった。




