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19:女騎士の遺書

泥酔したお姉さんの正体は傭兵騎士のボルザックだった。見事暴漢たちを退治したラントたち。

現場からの去り際、ラントはボルザックの落とし物らしき文書を拾う。


【登場人物】

俺/ラント

:傭兵騎士の少年。元貴族。クロと共に目的地のクナパッツ城を目指している。


クロ

:透明人間の少女でラントの幼なじみ。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。

 「死神ウサミミ仮面」


ボルザック

:元酔っ払いのお姉さん。酔いが覚めて暴漢どもを一瞬で撃退。

 三つ折りになった書面を広げて、俺とクロは途方に暮れていた。

 ボルザックさんの文章は紙一枚に収まる文量で、読むのに時間はかからなかった。けれどもその内容は俺たちを困惑させた。


「どうするよ? これ」

「本人に届けるしかないでしょ」

「どうやって? ここで待ってれば戻ってくるかな」

「クナパッツさんに会いに行くのが確実なんじゃない? 文章の中にも『お世話になりました』って書いてあるし」

 俺は頭を掻きつつ思案した。予定外の出来事なので、最低限の行動でこの文書はボルザックさんに届けたい。知らんぷりで再び文書を捨てるのは流石に良心が痛むし・・・・・・。

「やっぱりここで待ってた方がいいんじゃないの? 本人が失くしたのに気付いて戻ってくるよ、きっと」

「じゃあ戻ってきたとして、その後は?」

「その後? ・・・・・・そこまでは面倒見切れないだろ」

「薄情ね! そんなことしたら私たちのしたことが無駄になるでしょ?」

 俺は閉口してしまった。

「言うても、他人だしなぁ」

 俺は言いつつ、ボルザックさんが残した文書に再び視線を落とす。


 はじめは何かのメモかと思われたそれは、紛れもなく遺書の下書きだった。


 冒頭の「私は疲れてしまいました」という書き出しで遺書は始まる。読み始めてすぐに文書の深刻さを悟った俺たちは、読み進めるのに躊躇した。けれども全部を読まないことには、ボルザックさんに関する手がかりが掴めない。


 そんなわけで遺書を読了した俺たちは、ボルザックさんについての情報をいくつか掴むことができた。


・本名はアトネ・ボルザックという。

・西の辺境で上級モンスターや騎鬼族を相手にしている傭兵騎士である。

・故郷には少なくとも父母、弟、叔父と従兄弟がいる。パートナーの名前が出てこないから、恐らく未婚 者だ。

・クナパッツ公に雇われて働いている。


 遺書の最後は『皆様お元気で。 次の世でも良き巡り合わせになりますように』と結ばれている。こう言ってはなんだが、内容は至ってオーソドックスだった。


 俺はボルザックさんの傭兵騎士としての社会的地位ポジションを考えてみた。暴漢たちを撃退したときの身のこなしからして、かなりの手練れであることは間違いない。女騎士かレンジャーかといったことまでは分からないけれど、クナパッツ公に雇われているという点を見ても実力はかなりのものだろう。


「動機がよく分からないんだよなぁ。失恋か、パーティ内での人間関係にウンザリしたのか」

「そんな推理してる場合じゃないよ。早くクナパッツさんに会わないと」

「しゃーない。行くかっ」

 俺は遺書を三つ折りにして、バッグにしまい込んだ。


 物はついでだ。クナパッツ公に会いに行くのだから、ボルザックさんの件についても話してしまった方が、クロが言うように確実に彼女を助けられる。・・・・・・少なくとも一時的に「阻止」はできるはずだ。


――泥酔の理由は遺書これだったのかな。


 俺は元来た狭い坂を上りながら考えていた。

 人生を終わらせたくなるほどの何かが理由で朝まで酒をあおり、あの路地にふらふらと迷い込んでしまったのだ。

――俺なんかより遥かに優秀なのに、何に絶望してしまうことがあるんだ? 

 人それぞれ悩みは色々だから考えても仕方が無いことだけれど、俺はつい思ってしまう。


 そういえば傭兵騎士の遺書というのも珍しい。

 受付嬢や同業者からも、その存在を聞いたことはない。もちろん皆無ではないだろう。けれども多くもないと思う。

 そもそも遺言書や遺書の類いは、最も個人的プライベートなものだから他の傭兵騎士がどれほどの割合で書いているのかは分からない。俺はいわばボルザックさんの精神的な陰部を垣間見てしまったような気がして、やるせない気分になった。

 因みに俺は遺書や遺言状など書いていないし、書こうとも思わない。なぜ? と聞かれても困るけれど、書く必要が思い浮かばないというのがその理由だ。


――フィルナは書いてるのかな?


 俺はそそくさと坂を上っていく黒い背中を見て思った。書いているとしたら、やっぱり姉のルーシア王女についてだろうか? ベルルスベル王国への憂慮も認めているかも知れない。

 じゃあ俺のことはどうだろう? そう思うと鳥肌が立った。いつの間にか嫌な汗が背中を湿らせている。

 悪趣味だなと思って俺はかぶりを振った。


「なぁクロ」

「んー?」

 坂道を上るクロの気息はやや激しい。

「もう怒ってない?」

「怒って欲しいなら怒るけど!?」

 クロは立ち止まると俺の方に向き直って、右こぶしを挙げてみせた。もう怒ってるじゃん! とツッコミたくなる。

「いえ、結構です・・・・・・」

 こぶしを下げて黙ったクロは、再び前を向いて歩き出す。

「・・・・・・私の方も悪かったと思う」

「えっ?」

「ラントがいないとクナパッツまで来れなかったよ。さっきも危ない場面だったし・・・・・・それに、昔の思い出を共有してる友達はラントだけなんだよね。だからなんていうか、要するに・・・・・・これからもよろしくってこと!」」

 どこかたどたどしいクロの言葉は、俺の胸の奥を静かに震えさせた。

 クロは背中を向けたまま、元来た通りに向かって歩き続ける。俺はその背中に「お互いさまだよ」と言って笑った。

 

 近づいてきた通りの喧噪が俺の耳朶を震わせた。

 路地裏の坂を登り切ったところで、俺の左こめかみ辺りに呼びかける声があった。

「止まれ」

「は?」

 声がした方に向き直ってみると、衛兵の男が二人並んで俺たちを睨み据えていた。

 更には左側にも挟撃するようにもう二人。合わせて四人の衛兵が、俺たちが坂を抜けて通りに出てくるのを待ち構えていたのだ。

 成程。俺たちが暴漢に襲われているのを見て、誰かが衛兵さんを呼んでくれたんだなと俺は悟った。

「なーんだ、ケンカならもう終わりましたよ?」

 俺はドヤ顔で衛兵に報告する。実際はボルザックさんの功績だけれど・・・・・・いや、ここは俺が代弁者になった方がいいだろう。うんうん。


 けれども衛兵たちの関心はそこには無かった。


「仲間の女がもう一人いたはずだな?」

「はい。・・・・・・もう別れちゃいましたけど」

 ドヤ顔だった俺の表情は、今や死んだ魚のような目になっていることだろう。

「その女がトスカンの魔装具を持って暴れているという通報を聞いて来た。お前たち二人、少し話を聞かせて貰おうか」


 無愛想な衛兵の話を聞いて俺は愕然とした。これほど完全無欠なとばっちりは、そうそう味わえるものじゃない。


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