18:噛ませ犬のプライドと泥酔お姉さんの復活
ラントたちはクナパッツ公に会いに行く途中、路地裏で泥酔したお姉さんが暴漢に絡まれている現場に遭遇する。
救出しようとするラントとクロ。だったけれど・・・・・・
【登場人物】
俺/ラント
:傭兵騎士の少年。元貴族。受付嬢の優しさが癒やし。
クロ
:透明人間の少女でラントの幼なじみ。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。
「死神ウサミミ仮面」
お姉さん
:泥酔して暴漢に絡まれてしまった、訳あり風の青髪痩身の女性。
相手は暴力上等な暴漢四人。こちらの戦力は実質的に俺一人。
数的不利だが、流石に剣を抜いてみせれば退散するだろうと俺は踏んだ。
俺の四肢には剣士としての闘志が久しぶりに漲っていた。人間相手の勝負はモンスターとの戦闘と比べると、心構えも戦法も勝手が違ってくるのだ。
こちらに得物があるといえども油断はできない。傭兵騎士はその立場上、市民を無闇に傷つけることは硬く禁じられている。相手は俺の立場的な弱点をもちろん把握しているはずだ。
暴漢たちが低い姿勢で軽く身構えた。鞘ぐるみといえども、やはり剣の脅しは利いたようだ。
けれども一番前で俺と対峙するリーダー格の男は違っていた。
「面白ぇ」
不敵な笑みを浮かべるリーダーは、丈の長いジャケットの裏から隠していたナイフを抜いた。
はじめはなんの変哲もないナイフに見えた。けれどもよく見ると厄介な代物だ。その抜き身は赤黒く、やがて加熱された鋼のように輝きを放つ。いや、実際加熱されているのだ。
「魔硝石かよ」
「ハッ。皮の鎧なら簡単に焼き斬れるだろうよォ?」
魔硝石は火炎性の鉱物で、その多くはクナパッツの北に隣接するトスカンから採取される。リーダー格の男が持つナイフにはよく見ると術式の刻印が薄く浮かんでいるのがわかる。明らかに魔硝石の冶金技術によって鍛えられたものだ。
おそらくはトスカンで造られたものが非正規に流れてきたのだろう。地勢的に近いクナパッツでも珍しい魔装具だ。
「どうしたよ? 傭兵騎士だったらびびってんじゃねぇよ」
リーダーは切っ先をクイっと揺らして俺を招く。
「まぁどうせブラウンラベルだ。安い格好してるからなァ。有り金置いていけば手加減してやるけどな?」
後ろでは手下たちが下卑た笑いを浮かべている。
ブラウンラベルというのは図星だ。けれども安い格好というのはこいつらに言われたくない!
――手傷を負っても、クロの治癒魔術でなんとかなるか? まず手下を黙らせるか。相手の隙を見て逃げられればいいんだけど!
剣の柄を握る拳に力を入れて、俺は後方にいるクロと泥酔のお姉さんを気にかける。
「クロ、その人を連れて先に行ってろっ。俺も直ぐに行くから」
「でも・・・・・・あっ」
「・・・・・・あの、ちょっと代わって貰ってもいいですか?」
「代わって貰って・・・・・・?」
聞き慣れない艶やかな声の方向を見ると、先程まで泥酔していたお姉さんがのぞき込むように俺の右横にやってきた。
全快とまではいかなくとも、クマができていた目には生気が宿っている。クロの応急処置が功を奏したようだ。
「んー・・・・・・頭いったいですね。けれどかなり楽になりました」
「あ、ちょっと!」
お姉さんは頭を押さえつつ、ノロノロと俺の前に出てきた。
「なんだよ、お前にもう用は」
女性はふと、右手に持っていた空瓶を左手に持ち替えた。
ヴンッ! と、ガラスの空瓶が宙を「斬る」音が聞こえた。
殺気すら漂う一振りで、俺の意識は真空状態になってしまった。それは対峙する暴漢たちも同様だ。
俺たちの一瞬の沈黙を狙っていたかのように、泥酔したお姉さんは跳ね飛ばされたように前に飛び出した。予備動作が皆無の跳躍は、瞬時に獲物を捕える獣を想起させる。
リーダーの男が遅れてナイフを突き出そうとする。けれどもお姉さんは煙のように身体をくねらせてリーダーの背後にまわり、あっという間にナイフを持つリーダーの手首をひねり上げてしまった。
「ッ! ぐっ!? があああぁぁ・・・・・・!」
状況を理解できない手下たちの前で、リーダーは見せしめにされるように悲痛な声を上げた。
「逃げようとするとどんどん痛くなりますよ? それに魔硝石のナイフが首にあたってるから・・・・・・」
「!? ぐっ熱い! やめろ! ああああぁぁッッ!」
「静かにしたらどうです? 人を集めて醜態を晒ししたいんですか?」
お姉さんは冷静に、どちらかというと呆れたようにリーダーをなじった。
俺とクロは一方的に締め上げられるリーダーの「醜態」を後ろから眺めていた。
さっきまで握っていた剣は、完全に萎えてしまった。誰だから知らないけれど、清楚な印象の割になかなかエグいことをするお姉さんだ。
「お、おい、この青髪の女って・・・・・・」
後ずさりする手下の一人が、震える声で仲間に確認を求めた。
「あ、あぁ」
「そうだ、クナパッツ公の・・・・・・!」
メンバーが手出しできない間も、リーダーは苦痛に耐えるような唸り声を上げ続けている。
剣を腰に差した俺は、多少の不愉快な気持ちでその光景を見るようになっていた。
早く降参すれば済む話だ。けれどもリーダーは手下たちの手前、そして優位を示した俺の手前、そういった選択肢を消してしまっているのだ。
このお姉さんは、そういった「小物のプライド」を察してくれているのか?
「は、離してやれよ」
見るに堪えかねて俺はお姉さんに懇願した。けれども声が小さくて聞こえずらかったかもしれない。
お姉さんに何も反応はない。むしろ手下三人の方が、驚いた目で俺を見た。
少しの沈黙の後、お姉さんは体勢をくねらせてリーダーを手下たちに向かって突き放した。
「兄やん!」
憔悴したリーダーを手下たちが懐抱する。四つん這いになるリーダーはまとわりつく手下たちを鬱陶しそうに振り払った。
「あと・・・・・・これは返します」
カランと音を立てて、お姉さんがリーダーから奪った魔硝石のナイフが転がった。
気ぜわしく息をしながら眉をしかめるリーダーは、少しの逡巡のあとナイフを拾い上げて俺たちを一瞥した。苦虫を噛んだような表情を浮かべて、すぐに背中を向けた。
「行くぞ、お前ら」
「え? お、おう!」
どこかバツの悪い雰囲気の暴漢四人は、そそくさと俺たちの前から去っていった。
女性は持っていた空瓶で肩をトントンと叩いた。酔いの気怠さは完全には消えていないようだ。
「どうもご迷惑をおかけしました。私、酷い酔い方をしちゃうタチなんです。なんとなく瓶を振り回していたのは覚えてるんですけど・・・・・・」
お姉さんは自嘲の笑みを浮かべた。細くて碧い垂れ目が、更に細くなる。
「「そ、そうですか」」
俺とクロの声は、笑いを含みつつも引きつっている。落差が激しすぎないか?
「そちらの方、いい治癒魔術を使いますねー。だいぶ頭がクリアになってきました。質の良い魔力をお持ちのようですねー」
「あ、いえ、それほどでも~」
「少しは遠慮しろよ・・・・・・先程の電光石火を見ますと、あなたはよほどの・・・・・・?」
女性は思い出したように、その細い目を見開いた。
「あー、そうそう。私はボルザックといいます。傭兵騎士でこの街に滞在しているんです。・・・・・・恥ずかしいですね。同業の方にこんな形で助けられちゃうなんて」
青髪をくしげながら、ボルザックと名乗るお姉さんはあくびを一つ漏らした。泥酔した姿といい、すさまじい機動力と端正な顔立ちの割に案外ずぼららしい。
「何かお礼をしたいところですけど、今は大した手持ちも無いんですよね・・・・・・」
「い、いいですよお気持ちだけで!」
「うー・・・・・・そうですか? ではお二人のお名前だけでもお教え願いますか?」
俺とクロはそれぞれ名乗って、女性は丁寧に名前を反芻してくれた。
「ラントさん、クロさん、助けてくれてありがとうございました。あとラントさん、あなたの騎士道には感心させられました。勉強になります」
ボルザックさんはそういって、ちいさくお辞儀をした。
「え? あ、どうも」
俺の何を指して褒めているのかよく分からないけれど、とりあえず話を合わせてしまった・・・・・・。
ボルザックさんを見送った後は、なんだか夢から醒めたような気分になった。
「あー、疲れた・・・・・・っと」
俺はぐぐっと背をのばして、一気に弛緩した。
こんなスラムにいたらどんなトラブルに再び巻き込まれるか知れないので、俺たちは通りに戻ることにした。
歩きかけた俺の視界の隅に、何か違和感があった。その違和感の正体を探るべく視線をそちらに向けてみると、汚水で汚れた側溝の隅に、真新しい紙が一枚落ちているのを俺は発見した。
「クロ、これって?」
「ボルザックさんの落とし物かな?」
恐らく騒動の最中に落としてしまったのだろう。
紙は三つ折りにされていて、広げると文書であることが分かった。インクで書かれていて、ところどころに赤文字で修正が加えられている。女性らしい筆致からして、やはりボルザックさんのものだろう。
「先立つ不孝と不忠をお許し願います。私は疲れてしまいました・・・・・・」
冒頭の一文を声に出して読んでみた俺は、すぐに言葉を失った。




