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17:泥酔したお姉さんには優しくしてあげよう

ラントとクロは、旅の目的地であるクナパッツに到着した!


【登場人物】

俺/ラント

:傭兵騎士の少年。元貴族。受付嬢の優しさが癒やし。


クロ

:透明人間の少女でラントの幼なじみ。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。

 「死神ウサミミ仮面」

 鐘楼塔の町で奇跡的な再会を果たして一ヶ月が過ぎたある日、俺とクロはクナパッツの市街地に入るために南の大門をくぐった。

 朝までの雷雨は過ぎて青空が晴れ渡っている。街の石畳はまだ乾ききっていない。

 石畳の道が通る街も久しぶりだなと、俺はふと思った。


 クナパッツは西の辺境で最も栄えている城塞都市だ。

 外縁部も合わせて人口二十五万を数えるこの都市は各産業の一大集積地であり、何本かの街道の終着点、または始発点になっている。

 これまでの街とは違って喧噪が常にあり、広場には露天商も多く出されて各種の穀物や豆類が売られている。

 

 とにかく坂が多い。山脈から流れてくる河の扇状地に都市が形成されているからだ。

 山脈の向こうは騎鬼族のテリトリーになっていて、軍が常駐して不測の事態に備えている。クナパッツは騎鬼族が活動している領域に近いために、河と峠を護る関所の役割を与えられているのだ。そのため街のあちこちに衛兵や歩兵がうろういている。


 久しぶりの都市的な賑やかさにあてられた俺は完全にソワソワしていた。周囲を行き交う人や荷車、個性を競うように並ぶ華やかな通りを歩くと、生まれ育ったヴィシェフラドの都を思い出した。

「こんなに人が多い街は久しぶりだなぁ」

「あっそ」

「想像以上に坂がキツいな。やっぱり扇状地だからかな。知ってる? 山脈を抜けた河の土砂が扇状に広がって」

「知らない。どーせ無知な元王族ですから」

「・・・・・・はぁ」


 俺とクロの会話は、昨日からこんな調子が続いている。俺が話しかける。クロがぞんざいに返事をする。その繰り返しだ。


 きっかけは些細(と思いたい)なことだった。

 俺が最近流行の人形劇の演目だとか、気球の実験が面白かったとか雑談をしていたけれど、クロはそれらの情報の殆どを知らずにいた。俺は呆れてつい、


「これだから王族育ちは世間知らずなんだよなぁ」


と失言してしまった。元々貴族嫌いな俺だったけれど、その悪い面が出てしまった形だ。

 騎鬼族を知らなかったこともあって、俺はクロの王女様育ちを時々イジっていた。その蓄積した鬱憤が昨日ついに噴火してしまった。

 ありとあらゆる罵詈雑言を俺に浴びせた後、俺の再三の謝罪を拒絶したクロは今や完全に俺を敵視している。

 或いは女性だから周期的にイライラする時期があって、運悪く俺の失言と重なってしまったのかもしれないけれど・・・・・・。


「じ、城門に行く途中に支部があるみたいだな。ちょっと寄ってみるか」

「どうせ受付嬢をチェックしたいだけでしょ?」

「うん・・・・・・はぁ!?」

 狼狽する俺にクロは畳みかけてくる。

「あざといスマイルによほど耐性が無いのね」

「あざとくないわ! あの人たちは俺たち傭兵騎士のことを労ってくれてるんだよ。その善意が分からないのかこの薄情者が」

「『励』スタンプばっかりの人も励ますの? いわゆるダメンズ好きなのかしら?」

「嫌味を言うのだけは治癒魔術より上手くなったな!」

「なっ、ラントどういう・・・・・・」

 クロはつと歩みを止めた。俺は振り返って「なんだよ?」と続きを煽る。

 無表情なウサギの仮面を被っているから、クロが何を考えているかは分かりづらい。少しの間硬直すると、俺を置いてどこかに行ってしまった。


 通りを行き交う人と人との間を、クロは黒いローブを揺らして小走りに駆け抜けていく。

「それはずるいよ・・・・・・」俺は肩を落としつつ、黒い背中を追いかけた。

 キレられてしまっては元も子もない。というか張り合いが無くなってしまう。


 クロは今まで歩いてきた人通りの多い通りを横切って、下り坂の細い路地へと吸い込まれるように入っていった。

 左右に建物の壁が迫る、薄暗くてじめっとした路地だ。

「おいフィルナ!」

 俺は思わず本名で呼んでしまった。それでもクロは止まろうとしない。


坂を下りきった先でようやくクロは止まった。

「悪かったって。いくらなんでもキレすぎだろ」

「違う。静かに」

 クロは視線を前にしたまま、後ろ手に「来い」と俺に合図を送った。

「あれ見て」

 俺は建物の影から、かつては共同井戸として使われていたであろう空き地を覗いた。決して広くはない空間に人が集まっている。


 一人の女性を、男四人が囲んでいる。


 女性は丈の短い水色の服を着ていて、長い髪は瑠璃色に輝いている。けれどもその髪は「朝帰り」なのか、どこかこわばった髪質に見える。足は細長く、膝上まである濃紺のソックスをはいている。

 どこで手に入れたのか、右手には空になったガラス瓶が握られている。

 歳は二十代中ごろのお姉さんといったところか。目の据わったところを見ると、酔っ払って治安の悪い地区に入ってしまったのだろうか? 地元の人間にはとても見えない。

 一方、それを追い詰める悪漢たちはいかにも地元のチンピラといった風体だ。もっとも、薄汚れた姿は俺も負けていないけれど。


 俺とクロは静かに引っ込んで、状況を整理、確認した。

「道を歩いてる時に、女の人が追いかけられてるのが見えたの。・・・・・・ちょっとヤバいんじゃない?」

「ちょっとで済めばいいけどな・・・・・・衛兵呼ぶか」

「呼んでも間に合わないでしょ」

 ふと「どこ狙ってんだよー?」と、男の笑い声が聞こえた。

 俺は再び「現場」を覗いてみた。女性がよろよろとガラス瓶を振って悪漢を撃退しようと動き回っている。けれども男たちは弄ぶようにヒョイとその攻撃を避ける。女性は怒りを滲ませているけれど、意識は曖昧なようだ。

 見ていてあまり気持ちのいい光景じゃない。

「やるっきゃねぇか」と、俺は誰にでもなく呟いた。

 クロも小さく首肯する。


「てめぇらァ!」


 俺はできる限り威勢良く飛び出した! 第一印象は大切だ。

「通りすがりの傭兵騎士だ! その人を離さなきゃ痛い目見るぜぇ・・・・・・」

「・・・・・・」

 濃厚な沈黙の空気がその場を支配した。慣れないことをするものではない。

 自分がイタさ丸出しだということに気付いた時には、「なんか変な奴が来たぞ」という表情が暴漢四人の顔に浮かんでいた。

 空瓶を持った女性も、悲しいかな不審者を見る眼を俺に向けている。

 けれども後から出てきた黒づくめのクロを見て、男の一人がやっと事態の急変を知った。

「なんなんだお前ら!?」

 やはりクロの異様は目に付くらしい。


 クロウサギの仮面は、途中の街で新しいものに買い換えられている。今は二代目の仮面だ。耐久性強化の札まで裏面に張ってあるから、銀狼に割られた初代とは違ってちっとやそっとじゃ割れない代物だ。

 コミカルさを犠牲にしてさらにリアル寄りになった分、大物感がにじみ出ている。(元王女だから大物に変わりはないけれど)


「おいクロ、こいつらに・・・・・・クロ?」

 王族が会得している荘厳な発音術を使えば、大概の人間はひれ伏す。クロにはハッタリでもいいから「わきまえろ、愚民風情が」くらいのことは言ってもらいたいのだが・・・・・・どうしたのか、クロは前に出るどころか後退してしまった。

「いや、私パス」

「は?」

「こういう人たち生理的に無理なのよ」

「えー・・・・・・」

 王国一の権力者であるクルノアンやモンスターを相手にすることは厭わないのに、街のチンピラを恐がるというのは意外だった。たしかにこの手の男たちと対峙することは、クロにとってはいつもとは違った勇気が必要になるのだろう。

――それにしても、生理的にというのは流石に相手が可哀相になる。

「んだとコラァ! 傭兵騎士だからって調子こいてんじゃねえぞォ!?」

 

 流石にプライドを傷つけられたのだろう。暴漢四人は、空瓶を持ったまま呆然としている女性をほっぽり出して俺たちにじわじわと寄ってきた。 

――なんでこうなるわけ・・・・・・

 気持ち悪い汗をかきつつ、俺は鞘ぐるみに剣を抜いた。

 「痛い目見るぜ」の虚勢はきれいさっぱり消え失せている。

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