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13:絵画工房という名の戦場 後編1/2

【前回までのあらすじ】

急ピッチで作業が進む、締め切り間近の絵画工房。

ラントは雑用の仕事中、大人しい女の子に出会う。その女の子はブラントの一人娘のロズだった。


【登場人物】

俺/ラント

:傭兵騎士の少年。元貴族。


クロ

:透明人間の少女でラントの幼なじみ。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。

 「死神ウサミミ仮面」


ブラント

:ブラント絵画工房の工房長。


ロズ

:ブラントの一人娘。人見知りな少女。

 俺とクロが目指すクナパッツ州。そこから更に北上するとトスカン特別州に入る。河川と湖沼、森が豊かに広がる地方だ。

 トスカンが騎鬼族の手に落ちるのも、時間の問題らしい」というのが、ブラントさんが商人から聞いた遙か北の情勢らしい。

 俺は頭に地図を浮かべつつブラントさんの話を聞いた。旅程を考えると芳しくない事態だ。けれどもさして驚きはしない。トスカンを巡るこれまでの経緯を考えると「いよいよか」といった印象が強い。


「クルノアン卿が援軍を出さなくなって、だいぶ経ちますからね」

「独立精神が強いからな、トスカンは」


 トスカンは「特別州」とされているように、ベルルスベル王国の広い領土の中でも異色な地域だ。

 雨が多く湿潤で、ポニカという変わった穀物を主食にしている。他の地域と違って酪農は殆どなく、その代わりにトスカン湖を中心として、多くの川や湖沼で漁業に従事する人が多い。

 そんなトスカンがなぜ特別州扱いされているのかは、歴史的な因縁によるものだ。

 三百年前にベルルスベル神王国が戦国時代の覇者となり大東原グラン・オストを統一した。その時に最後まで抵抗したのがトスカン大公国だった。

 信じる神話や言語が同じでも、地勢や文化は他の地域とまるっきり違う。だからトスカンの民衆はベルルスベル神王国の統一事業に強い抵抗感があったのだ。

 結局、当時のトスカン大公ソルグム家からベルルスベル王室にクロのご先祖様にあたる王女が嫁ぐ政略結婚が成立した。こうして争いは収まり、トスカンは特別州として渋々ベルルスベル王国に加わることになった。

 

 長い年月を経て、クルノアンの政治的敏腕は比較的従順だったトスカンの人々の反発を招くことになった。今まで得ていた自治権の多くが、大壊乱後は元老院の名の下に次々と撤廃されることになったのだ。

 それじゃあ他の州と何も変わらないじゃん! ということで、ソルグム大公は王国からの分離独立をほのめかしてクルノアンと対抗することになった。同時に西の辺境の騎鬼族とも戦わなくちゃいけないから、これは相当な賭けだった。


「けど結局、クルノアン卿の勝ちですね」

俺はため息交じりに言った。

「ソルグム公は三年くらいねばったけど、騎鬼族に滅ぼされるよりはベルルスベルの完全な属国になる方を選択しますよ。そうしないと援軍がもらえないんだから」

「持ってあと数ヶ月といったところらしいからなぁ。その余波で騎鬼族はクナパッツの方にも出没しているらしい。、行くなら気をつけた方がいいな」

 クルノアンさんが言う「気をつけた方がいい」といのは、騎鬼族に直接襲われる危険性についてではない。西の鉱山から顔料が届かなくなったように、遠くの戦いであっても二次、三次的な影響は地域に関係なく現れてくるのだ。

 要するに「気合い入れておけよ」ということだ。

「覚えておきます。トスカンも土壇場になってどう動くか分かりませんしね」


程なくして、半刻を計る砂時計の砂が全て落ちた。仮眠交代の合図だ。


 俺はクロたちを起こして場所を替えた。木の床にはベッド代わりにアサの袋が広げられている。俺とブラントさんはそこに寝転がって仮眠を取った。

 短い眠りのあと、今度は俺とブラントさんがクロに起こされた。全員が仮眠をとったところで、作業は再び再開された。

 

 画工たちがブラントさんの下書きを元に絵の具で下塗りをする。ブラントさんがその下塗りに加筆して、絵画の輪郭をはっきりさせていく。乾いた箇所に画工がまた上塗りをして、ブラントさんがその上に加筆していく・・・・・・そんな作業を延々とくり返す。

 座る暇は無い。絵画制作は細長い台に乗って、立ったりしゃがんだりが頻繁に起こる、結構な運動なのだ。


 昼間は元気よく治癒魔術を出しまくっていたクロも、体力が追いつかなくなった。仮眠を取った後も、治癒の合間には椅子にもたれて、首をコクンコクンと揺らして眠っている。

 俺も血の巡りが悪いのか、身体が上手く動かせなくなってきた。換気も殆ど機能していないから、軽い頭痛も出てきている。それでも絵筆を洗ったり絵の具を補給したりと仕事は尽きない。


――モンスター退治じゃないから楽かなって思ったけど・・・・・・。

 完全に舐め腐っていたぜ! 俺のバカ!

 

 やがて朝の青白い光が工房の小窓から差し込んできた。雄鶏の鳴き声がどこからか聞こえてくる。


 朝日に映える絵画は、未完成でも見事な出来栄えだ。この調子なら、クライアントが来る昼までに主な作業工程は全てクリアできるだろう。

「乾燥の時間は無いですけど、これならクライアントも納得してくれますよ! きっと!」

 断続的な睡魔から復活したクロは興奮気味に言う。対照的にブラントさんはあくまで慎重だ。

「この調子で行けばだけどな」


 中庭の方からペタペタとロズの足音が聞こえてきた。

 ロズは白いスカート型の寝間着姿で、ブロンドの髪は寝癖で好き勝手な方向を向いている。寝起きで真っ直ぐ工房に来たのだろう。

「できたの?」

「いーや、もう少しだ」

 ブラントさんはロズを一瞥して一言言うと、またキャンバスに向き直った。

 ロズは俺の隣に来ると、訝しそうな目をしてキャンバスを眺めた。ふゎぁ~っとアクビをひとつ。

「ギルドのひとたちだから、サービスでハンサムにしてる・・・・・・わかる?」

「・・・・・・え? 俺に聞いてる?」

「ロズだったら、もっとリアルにかく」

 自信ありげにロズは呟く。

「へぇ、ロズちゃんも絵ぇ描くんだ?」

 クロが興味を持ってロズに聞いた。ロズは少し驚いたように身体をピクッとさせる。

「すこし」

 明らかにクロを警戒している。ロズがボソっと言った「死神ウサミミ仮面」という呟きがその証左だ。


「ラント君、三番のナイフを・・・・・・取ってくれ・・・・・・」

「あ、ハイ・・・・・・?」

「ロズ、眠いんだろ。 もう少し・・・・・・寝てろ」

「だいじょうぶ」

 俺は用具箱から小型の塗布用ナイフを取り出して、台の上のブラントさんに手渡そうと手を伸ばした。

「大丈夫ですか? 気息が」

 ナイフの柄を掴むはずだったブラントさんの手は、しかし掠めただけだった。


 ブラントさんは沈黙したまま、台の上からまるで俺に抱きつくような格好で倒れ込んできた。

 がっしりとした身体の重量には、それを支えようとする意思が感じられない。


「マイスター!?」

「ブラントさん!!」

 まさかの事態に驚いた画工とクロが呼びかけるも、ブラントさんに応答はない。

 その身体は熱く、苦しそうな気息が静かに聞こえる。俺は背中にブラントさんを乗せつつ、肩をがっしりと腕で押さえてなんとか倒れないようにと足を踏ん張った。


 ロズは信じられないものでも見るかのように、目を見開いている。

「パパ・・・・・・ッ」

 振り絞った小さく悲痛な叫びは、俺に遠くない過去を思い出させた。

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