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12:絵画工房という名の戦場 中編2/2【改】

【前回までのあらすじ】

締め切り間近で瀕死状態の絵画工房を助けるべく、クロはご自慢の治癒魔術(覚えたて)を

用いて画工たちを完全復活させたッ!


【登場人物】

俺/ラント

:傭兵騎士の少年。元貴族。


クロ

:透明人間の少女でラントの幼なじみ。ベルルスベル王国の元第二王女。治癒魔術師。


ブラント

:ブラント絵画工房の工房長。

「ク、クロさん・・・・・・もうだめだ・・・・・・右手が痙攣して・・・・・・」


 画工の一人が筆を持ったまま、すがるようにクロに治癒を求めてくる。

「神経系がイカれてるんですねー」

 クロはいかにも玄人といった物腰で診療して、画工の右手に手をかざすと詠唱をはじめた。やがて淡い光とともに術式が展開されて、画工の右手は本来の機能を回復する。

「おぉ! ありがとうございます!」

 画工は礼を言って再び絵画制作に戻っていく。

 クロは「ふぅ」と満足げに一息ついて、『治癒魔術完成のための七つのステップ』を読みながらブツブツと詠唱の練習を再開する。


 昼間に俺たちがブラント絵画工房の救援に加わって、このような光景が幾度となく繰り返されている。

 その横で俺は顔料になる鉱石をゴリゴリとすり潰して、黙々と絵の具作りを続けるのだ。

 

 夜の帳はとっくに降りている。


 ブラント絵画工房の通常業務であれば、夜間に制作作業は行われない。けれども今はそんなことを言っている場合じゃない。締め切りは間近、作品は未完成! 絵画工房の中では、今もランプをつけての制作が続けられている。

 顔料を砕いて絵の具を作ったり、筆を洗ったりといった雑務は俺の仕事だ。理由はもちろん、俺はクロとは違って治癒魔術が使えないからである。


「何か夜食でも作りますか? リゾットとか」

 腹が減ってはなんとやらだ。俺は新しいランプの油を差しつつ、ブラントさんに訊いてみた。

「あーすまない。土間は中庭の向こうにある・・・・・・」

 筆を操りながら、ブラントさんは絵画から視線を逸らさずにいた。

 

 それにしてもブラントさんの気力、体力、集中力には脱帽せざるをえない。十代から二十代の弟子の画工達が音を上げる中、四十代かそれ以上のブラントさんはクロの治癒魔術に頼ることなく作業を続けているのだ。

――もしかしたら、ステータスは俺より上かも?

 苦笑いをしつつ、俺は真っ暗な中庭に出た。その先はブラントさんの家になっている。


「・・・・・・ッ?」


 中庭に出て俺が感じたのは、背中に刺さる何者かの視線だった。けれども敵意はない。警戒されているような感覚だ。

 実はこの視線は、絵画工房で手伝いをはじめた昼から何度か感知していた。クロの追っ手かとも思ったけれど、それにしては気配を垂れ流しすぎている。

――小動物でも飼ってるのかな?

 そう思って振り向いてみると、居たのは小動物ではなく工房の壁にもたれて突っ立つ、一人の女の子だった。

 歳の頃はまだ十歳もいかないだろう。ブロンドの髪を紅いリボンで束ねていて、口を真一文字に結んで俺をを見つめている。

「こ、こんばんは」

 俺はぺこりとおじぎしてみた。

 仏頂面の少女は、少し目を細めただけだ。ますます警戒されているのか?

 俺が困っていると、工房からブラントさんが珍しく作業を中断してやってきた。

「ラント君、炭がもう無いから・・・・・・おう、ロズ」

 ブラントさんは驚いたように女の子を凝視する。それまで置物のように立っていた女の子は、飛びつくようにブラントさんに抱きついた。といっても背が低いから、頭はブラントさんのエプロンに埋もれてしまう。

「こら、絵の具がつくだろう・・・・・・あぁごめんなラント君。娘のロズだ。ロズ、お兄さんに挨拶したか?」

「・・・・・・してない」

「おう? なんでだ」

「・・・・・・しらないひとと、おはなししちゃいけないってパパが」

 参ったねこりゃ。

 その時、工房から画工のエクスタシーな叫びが聞こえてきた。クロが仕事を順調にこなしているのだろう。まだ魔力の加減が微妙みたいだけど。

 その喜悦の叫びを聞いたロズは、眉をしかめて俺を睨んだ。


「このひとたち、どなたなの?」


 それはつまり、「ウチの画工達を魔改造して働かせている死に神のような奴と、雑用ばっかしている剣士はなんなんだ?」という意味の質問である。

「傭兵騎士の人たちだよ。仕事を手伝いに来てもらったんだ。まだ当分仕事が終わらないから、むこうで大人しくしてるんだぞ?」

「・・・・・・ようへいきしは、こんなところにこないとおもう」

 そう言うと、ロズは中庭の向こうの母屋に走って行ってしまった。母屋からはゆらめく暖炉の灯が見える。ロズは恐らく、ずっと留守番なのだろう。

「すまんな。気を悪くしないでくれ」

「大丈夫です。どちらかと言うと正論ですからね。あははは・・・・・・」


 俺が作った夜食のリゾットを、ブラントさんたちはペロリと平らげてくれた。


 クロは透明人間で食事を見られるのを嫌がるから、事務所の部屋で一人で食べることになった。

「クロウサギさんは、どうしてあんな格好なんですか?」

 黒ローブに黒いグローブ、黒い衣服、黒ウサギの仮面・・・・・・クロが居ない間に、その異様の理由を画工たちに訊かれた俺は


「大壊乱の後遺症で、人に見せられない身体に・・・・・・」


 と言い逃れをしてしまった。けれどもクルノアンの粛清の犠牲なのだから、ある意味では正しい表現だと思う。それを聞いた画工たちはたいそう沈痛な面持ちになった。

 クロが帰ってくると、画工達は目尻に涙を浮かべてクロを激励した。

「クロさん、ここまで色々ご苦労があったと聞きました・・・・・・頑張って下さいッ!」

「え!?」

 ウサギの仮面は俺の方を向いて、抗議の念を発している。

「聞かれたから、少し」と、俺は指のジェスチャーを作った。


 時間は締め切りに向けて容赦なく進む。夜もかなり更けてきた。

 昼間は見るからに未完成だった絵画も、陰影がつけられて、人物の表情もはっきりとしてきた。この調子なら、魔石採掘ギルドの組員が見に来るまでになんとか間に合いそうだ。

 

 交代で仮眠を取ることになり、今は先発として画工達とクロが短い仮眠を貪っている。

 その間に俺とブラントさんは事務室で世間話をして休憩することにした。ブラントさんは好物の甘い煙のたばこをゆったりと味わっている。

 世間話といっても、生い立ちについて俺には話せないことも多い。ブラントさんは変わった人だけど、そのあたりの事情を察する能力と分別のある人だったから、俺は大いに助かった。


 会話の中でどこに行くのかと聞かれたから、俺は「クナパッツです」と答えた。

 それを聞いたブラントさんは神妙な顔をした。

 俺は少し身を乗り出して、詳しく聞く姿勢をとった。傭兵騎士にとって、全ての世間話は情報収集につながり、いつ、どこで役に立つか分からない。


「肖像画を依頼してきた商人から聞いた話だけどな」

 無精ひげを撫でながら、ブラントさんは静かに語りはじめた。

誤字、微妙な文章表現等、修正しました。申し訳ありません。

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