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11:絵画工房という名の戦場 中編1/2 

【前回までのあらすじ】

とある町にやってきたラントとクロ。

依頼を受けて二人が向かったのは、締め切り間近で瀕死状態の絵画工房だった・・・・・・


【登場人物】

俺/ラント

:傭兵騎士の少年。元貴族。


クロ

:透明人間の少女でラントの幼なじみ。ベルルスベル王国の元第二王女。


ブラント

:ブラント絵画工房の工房長。

「ま、殺されるってのも大袈裟か。けどこれ以上納品が遅れると、ウチの工房は見限られちまうなぁ」

 ブラントさんは独り言のように言いながら、俺たちを事務所に案内してくれた。


 事務所といっても少し狭い物置きのような空間だ。テーブルが一つあり、あとは古い容器や画板などの絵画用品が所狭しと積まれている。

「お休みのところ、お邪魔してすみません」

「いいんだ。寝たらいつまでも寝ちまうからなぁ」


 ブラントさんはテーブルに置かれた木箱を開いた。中身はパイプのセットだった。火打ち石と炭、刻みたばこの草が入っている。慣れた手つきで石を打って種火を作ると、パイプに草をつめて火を移した。

 甘い香りのする、怪しげな煙がくゆりはじめる。

「ふぅー・・・・・・改めましてこんにちは。工房長のレインマン・ブラントです。にしてもダメ元で依頼を出してみたんだが、こんな早く来てもらえるとは思わなかった。絵は、見ただろう?」

「はい。けれどあの絵は、なんていうか・・・・・・」

 ブラントさんは大きく煙を吐くと、じょりじょりと無精ひげを撫ではじめた。精悍な身体つきと鋭い目をしているからか、不潔な印象が全くないのが不思議だ。

「・・・・・・明日の昼過ぎに、クライアントが完成した絵を見に来ることになっている。だが見ての通り未完成だ。騎鬼族が辺境を脅かしているせいで顔料が採れなくてな、制作が滞っちまったわけさ。もう二回も締め切りを延長してもらってる」

 ブラントさんは燻るパイプの草を受け皿に捨てて、脱力するように椅子の背にもたれた。

「愚痴だと思って聞いてくれ」

 

 隣町にある魔力石採掘ギルドから集合絵画の注文が来たのは三ヶ月以上前だった。

 

 予定通りに作業が進んでいれば、注文を受けて二ヶ月程で完成するはずの作品だった。

 ところがそうはいかなかった。西の辺境でモンスターや騎鬼族の出没が相次いで、絵の具を作るための顔料の流通がストップしてしまったのだ。工房にある余った絵の具も使い果たしてしまい、画工たちは途方に暮れた。

 顔料がやっと届いたのは、締め切りの六日前。ようやく下書きの続きを描けるようになった。けれども顔料を油やニカワに溶かして絵の具を作ったり、絵の乾燥を待っている時間などを計算すると、とても間に合いそうにない。


 そして締め切り前日の今日、絵画を完成させるべくブラントさんのほか画工三人も加わって作業が進められている。

 この数日間寝食もままならず、疲労回復の薬も全て飲み干してしった。その代わりとして治癒魔術師を臨時に雇うことにしたのだ。


「大壊乱以来赤字続きでな、久しぶりの大きな仕事だからどうしても成功させたい。あんたらを雇っておいてなんだが、ウチの問題はウチで始末したかった。・・・・・・悔しいね」

 

 ――まさに職人のプライド! 

 俺はブラントさんの話を聞いて、少しウルッときてしまった。

「任せてください、工房長さん、私が協力します!」

 クロはやにわに立ち上がって宣言した。

 泰然としていたブラントさんも、拍子抜けした表情でいる。

「はは、頼もしいな・・・・・・何卒、お願いします」

 そう言ってブラントさんは深々と頭を下げた。


 クロの治癒魔術の完成度に一抹の不安を抱きつつ、俺たちは再び作業場に戻ってきた。

「さーて、続きだ!」

 パンパンと、ブラントさんの手を叩く音が工房に響き渡る。

 ややあって、寝ていた三人の画工が身をもたげた。まるで腐った不死者が墓の下から這い出てくるように・・・・・・と言ったら失礼だけど。

「明日までお世話になる・・・・・・そうだ、名前を聞いてなかったな」

「傭兵騎士で治癒魔術師のクロウサギです。クロって呼んでください。こっちは剣士のラント」

「ども」

 俺は軽く会釈をした。


 画工達と挨拶を交わして、クロは早速初歩的な回復術を疲労困憊の画工三人にかけることにした。

「『煩雑とした憂いの棘よ、お前の勝利は消え去った! 【気力強化】』!」

 ふぬけのように立っている弟子三人の足下に、白い光の魔方陣がそれぞれ浮かび上がった。

 光の帯が、二人の身体を掃くようにして上昇していく。

「うぐぉあああああああああぎっっいいいぃぃぃ!!」

「きたきたきたきッぁあたあああ! キタァアアアアアアッッッ!!」

「おっおっあっあっアアッーー!! イエスイエスイエスッッ!」

「・・・・・・エグい」

――目の前で展開されるオーバーキルならぬオーバーヒール。

 あまりの効果に、俺は止めにも入らず呆然と眺めてしまった。


 【気力強化】は比較的簡単な魔術だ。要するにやる気を出させる魔術で、効果は流し込まれる魔力と、被術者のコンディションによって変化する。

 【防御力】や【魔力】が低い一般の人には、単純な【気力強化】でも画工たちのように効果てきめん・・・・・・いや、むしろ劇薬のような効果がある。

――クロ、それ分かってやってんのか?


「おまっとさんですっ!」 

 満足したクロは【気力強化】を解いた。

 初歩的な魔術でも、クロによるプラチナレベルの魔力注入の効果は半端ではなかった。

 三人の画工は目をギンギンに輝かせて、見事な復活と変貌を遂げている。ボサボサだった髪は逆立ち、もはや別人だ。

「天才・・・・・・俺は天才ぃ・・・・・・」

「す、すごいょぉ、すごいぃぃああぁぁ」

 夢遊病者のようにうわごとを呟いているのが恐ろしいけれど。

「クロ、流し込む魔力は加減しろよ。いくら回復術でも魔力中毒になっちまうから」

 やはり付け焼き刃のお勉強では危険だった。

「んぇ? そうだっけ?」

「そうだよ。入門書、ちゃんと読んどいてくれ」

「後でね!」 

 ローブを翻して、クロはブラントさんの方に向き直った。

「ブラントさんもいかがですか?」

「いや、私はまだまだ大丈夫だ。それにしても凄い効果だな! はっはっはっ!」

 ブラントさんはお世辞ではなく、本当に喜んでいるらしい。この人も普通じゃないな!

「マイスター、早く続きを描きましょうッ!」

「休んでるヒマなんてありませんよッ!」

「そうだな。よし、再開だ!」


 キビキビと動き出した画工たちを見て思わず胸が熱くなる。組織的な行動が苦手な俺だけど、人と人とが団結して何かを成し遂げる姿は美しいものだ。

 ウンウンと悦に入る俺の肩をクロが叩いた。

「ねぇ、ところでラントは何するの?」

「ん?・・・・・・あぁー」

 俺は治癒魔術が殆ど使えない。絵も下手だ。苦笑いを浮かべて、俺は心中で叫んだ。

  

――そういえば俺、何もやることなくない!?

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