10:絵画工房という名の戦場 前編
【前回までのあらすじ】
数年ぶりに再会を果たしたラントとクロは、クナパッツを目指して北へ旅を始めた!
【登場人物】
俺/ラント
:傭兵騎士の少年。元貴族。
クロ
:透明人間の少女でラントの幼なじみ。ベルルスベル王国の元第二王女。
ブラント
:ブラント絵画工房の工房長。
鐘楼塔の町を出た夜は沼沢に身を隠して。次の日は農村の馬小屋を借りて停泊した。
王族の身分だったクロが、弱音も吐かずに粗野な寝食を過ごすことに俺は感心させられた。
「逃亡してて慣れちゃったし、お姉様を助けるためだもの」と本人は言う。
しかしいくら野宿に慣れていようと、先立つものがなければ物資調達がままならない。俺の全財産は僅か二千ベールちょっとだった。
というわけで、俺とクロは傭兵騎士の仕事にありつける町を目指した。
鐘楼塔の町を出て三日が経っている。
たどり着いたのは周囲に堀をめぐらせた環濠都市だ。
人口は一千強だろう。鐘楼塔の町と違って人馬の数も多く、商店も本格的なものが多い。
傭兵騎士協会の支部も、レンガづくりのなかなか立派な建物だった。
「革鎧が治ってないから、戦闘系の依頼は避けたいんだよなぁ」
俺は掲示板を睨んで、現状に合致した依頼を探してみた。
けれども依頼書の多くには既に【済】のスタンプが押されている。昼過ぎだから、めぼしい依頼は午前中にエントリーされているのだ。
「肥だめ掃除も【済】か」
「やったことあるの?」
黒ずくめのクロが驚いたように聞いてきた。
「意外と儲かるんだよ」
「・・・・・・傭兵騎士って、なんか思ってたのと違うのね」
その通り。大壊乱を経た今、傭兵騎士というのは体の良いなんでも屋という性格が強いのだ!
特に俺のようなブラウン級は尚更だ。胸を張って言えることじゃないけれど。
俺は「まーね」と適当にごまかしてその場をしのいだ。
腕を組んで、俺はどうしたものかと思案した。先に宿をとってしまおうか。けれども依頼を受けずに宿泊するというのは勇気が要る・・・・・・。
悩んでいたその時、後ろから「新着でーす」と言いながら、協会支部の職員がやってきて新たな依頼書を掲示板にはっつけた。
こんな時間に珍しいなと思いつつ、俺とクロは新着の依頼内容を覗き込む。
☆☆ブラント絵画工房の徹夜作業応援!☆☆
・作業で疲弊した絵師たちの治癒、および応援を求む!
・治癒魔術を扱える方に限ります。
・徹夜作業です。
・時給 別途相談
等々・・・・・・
「フィルナ・・・・・・いや、クロ」
俺はクロの肩に手を置いて「頼んだ」と無言で視線を送った。
駆け出しといえどもクロは治癒魔術師だ。この依頼にはうってつけだろう。絵画工房なら、モンスターによる外傷や毒の回復といった魔術も必要ない。
「けど徹夜作業だし、報酬も時給で別途相談って、怪しくない?」
「選り好みしてる場合じゃない! この依頼なら、クロの実力を試すいい機会にもなるだろ?」
渋るクロを説得して、俺とクロは受付に向かった。
「こんにちは! 依頼のエントリーですか?」
受付嬢の懇切丁寧な対応。その格好は他の町と同じく、白い制服だ。
「はい。【ブラント絵画工房の徹夜作業応援】ってやつなんですけど」
「承りました。スタンプ帳を出してお待ち下さい」
広げられた真新しいスタンプ帳を見て、受付嬢は目を丸くして「へー、ビギナーさんなんですね」と驚きの声を上げた。ステータスに書かれた魔力と、黒ローブにウサギの仮面という異様から玄人傭兵と思われたのだろう。
クロが広げた白紙のページに、魔術がかけられたインクで依頼番号が書き込まれた。
黒いインクは光を放ちながら赤に変わっていく。依頼遂行中のサインだ。
「初めての依頼、頑張って下さい!」
「ありがとうございます」
しばらくして、俺とクロは支部を出て依頼主がいる絵画工房へと向かった。
町を歩いていて目にする看板の文字や絵はカラフルで技巧に富んだように見える。
支部にいた他の傭兵騎士に話を聞いたところ、この町には絵画工房が多かったらしい。
街道がつながる西の鉱山で顔料が多く採れるし、東の各都市に道も伸びていることとあいまって優れた画工が多く集まってきたのだ。
「昔は貴族の家族や、騎士の肖像画といった依頼が多かったんだ。けれどもクルノアン卿が権勢を振るうようになってからはめっきり減ったよ。今じゃあ武器商ギルドとか、金融業者の集合絵画、成金が家に飾る風景画とかの注文が比較的多いらしいな」
大壊乱のあおりを受けて、絵画工も二十年前に比べて三分の一程に減ってしまったという。
「この角を曲がった通りだな・・・・・・あそこか」
絵画工房はレンガ造りの倉庫のような外見をしていて、【ブラント絵画工房】という看板が掲げられている。換気用に開けられた窓からは、顔料が放つ独特の臭気が漂っていた。
「おじゃましまーす・・・・・・」
中は薄暗い空間で天井が高い。乾燥中なのか、キャンバスがいくつも並び、入ってすぐそこには見事な筆致で貴婦人の絵画が並べられていた。その奥には湖畔の風景画。物語の一シーンだろうか、モンスターと戦う騎士の絵もある。
「うっまー!」
「女の人の絵はお見合い用ね」
俺とクロが絵画鑑賞としゃれ込んでいると、奥から「どちらさんですか?」と声がした。
絵の具で汚れたエプロンをつけた男が一人、訝しげにこちらを見ている。
「こんにちは。あ、すいません勝手に見ちゃって。ブラント工房長はどちらに?」
「工房長なら向こうの作業場ですが・・・・・・?」
「あ、あの、私たち傭兵騎士協会の依頼を見てやってきたんですけど」
クロの発言を聞いた絵師は、みるみる驚愕の表情を浮かべた。
「ま、マジですか! ありがとうございます! あぁ、これで助かる・・・・・・」
男の身体がよろめいた。と思うと、微笑みを浮かべたまま、男は床に倒れ込んでしまった。
俺は急いで駆け寄って、上体を抱き上げる。
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
「す、すいません・・・・・・四日間ろくに寝てなくて・・・・・・換気も不十分・・・・・・少し休みま・・・・・」
がくっと顎を落として男は眠ってしまった。もはや気絶と言っていい。
――やべぇなこりゃ。
俺とクロは視線を交錯させて思った。
奥の工房に続く扉を開くと、異様な光景が広がっていた。
まず目に飛び込んでくるのは一枚の巨大な絵画だ。
高さは大人の背丈以上。横幅も大人を三人寝かせて繋がせた程はある。
描かれているのは集合絵画だ。何人もの男達がテーブルを囲んで座っていて、一様に立派な服を着ている。全員の視線は来訪者を歓迎するかのようにこちらを向いている。蒼や赤に輝く結晶石が積まれているから、魔力石採掘ギルドの集合絵画だろう。
けれども着色されているのは左半分だけで、右半分は殆ど下書きのままだ。
俺たちの視線は、すぐにその巨大絵画の下へと移る。絵の具や溶剤で汚れた床の上には、三人の男が這いつくばるようにして倒れている。
「み、皆さん大丈夫!?」
クロが呼びかけると、むくりと頭だけを動かして一人の男がこちらに向き直った。
「・・・・・・あんたは」
「傭兵騎士協会の依頼を見て来た者です。私は治癒魔術師のクロ」
「そうか・・・・・・死に神かと思ったよ」
「ち、違いますよ!」
クロを見れば、そう思っても不思議じゃない。
男はおもむろに起き上がって、あぐらをかいた。中年の男性で無精ひげが伸びている。
目の下にはクマができていて、髪の毛はケバケバしい。ここ数日の、彼の奮闘ぶりがうかがえる。
「あの、二人は」
俺は恐る恐る聞いてみた。まさか既に・・・・・・?
「良い奴らだった」
「「えッッ」」
「冗談だ。生きてる」
俺とクロは同時にため息をついた。そういうの要らない! と俺は心の中で一応突っ込んでおいた。
「起こさないでやってくれ、もう四日もまともに寝てないんだ。メシもろくに食ってない」
薄汚れた風体だけれども、男の眼光は鋭い。見る者を観察し尽くすような瞳だ。
俺の代わりに問うたのはクロだった。
「もしかして、あなたが」
「私はレインマン・ブラント」
ブラント氏は巨大な絵画をバックに立ち上がった。
「ここの工房長兼主席画工だ。こいつが完成するまで、あんた達に助けてもらいたい。明日までに完成しなかったら、俺たちは殺されちまうからな」




