1:墓だらけの丘は、なかなか壮観である
青空の下、墓標で埋め尽くされた丘の小路を俺は一人とぼとぼ歩いている。丘の向こうには帰るべき町(というより村に近い規模だ)が見える。
林立する墓標の殆どは木製の粗末なもので、大人の背丈ほどある。風雨に晒されて破損したり、祈りの言葉が剥がれたりしているものが多い。それでも補修された墓標も少なくない。
不謹慎な言い方かも知れないけれど、町はずれの丘にこれほど大量に、かつ整然と墓標が立ち並んでいる光景はなかなか壮観だ。
町につづく小路を歩いていると、黒い喪服に身を包んだ女性が一人、右手に広がる墓地の中から現れた。自然と目が合って、お互いに会釈を交わす。
「・・・・・・ッ」
女性の表情は瞬時にこわばり、持っていた祈りの数珠を胸に寄せた。
「いえ、えっと、俺傭兵騎士でして」
相手を安心させようと、俺はわざとらしいほどに笑って手を振った。
「あ、そ、そうですよね。すみません・・・・・・」
女性はそう言いつつも、警戒するような上目遣いで俺を見ている。歳のころは俺よりも年上で、二十前後だろうか。
けれどもこの際、年の差は関係ない。俺の外見を見れば怯えるのも無理はないだろう。
大猪の革でこしらえた鎧は、所々が討伐したモンスターの血や泥で汚れている。
腰には短剣が差してあるし、肩のあたりには斬られた痕もある。
「お墓参り、ですか?」
相手を安心させようと、俺は会話を試みた。
「は、はい。大壊乱で父を亡くしまして・・・・・・今日が命日なんです」
「そうですか、お父さんも喜んでますよ、きっと」
「花を供えただけなんですけど・・・・・・今思えば、お酒の方がよかったかも」
女性の表情がに僅かに緩んだ。
「俺も父母、大壊乱で両方亡くしました」
そうなんですかと言った女性の目には、警戒心は既に無く、どこか哀れむような光が宿っている。
「お邪魔しました。」
俺は女性にお辞儀をして、足早にその場を後にした。
後ろから「お気をつけて」という声がしたので、俺は振り向いて軽く手を振った。
傭兵騎士会で斡旋されたモンスター退治を終えて(完了したとは言ってない)、俺は宿がある町へ帰ろうとしていた。
打撲やかすり傷はあるけれど、そこまで重いものじゃない。それよりも「成果」が芳しくないという事実が、俺の心に突き刺さっている。
《墓地の向こうに潜伏する鉄針鼠の駆逐》
これが傭兵騎士会支部の掲示板に張り出されていた、町からの依頼だった。
十匹くらいは「イケる」んじゃないかと、俺は高をくくってしまった。
墓地の丘を抜けていざ森に入ってみると、森の中が予想以上に入り組んでいることが分かった。結果的に、鉄針鼠を三匹駆除したところでリタイア。
ドロップした鉄針の皮を少量手に入れられたけれど、報奨金と合わせても大した値段にはならないだろう。
傭兵騎士会支部に貼り出されていた依頼案件はそれだけじゃない。けれども他の依頼は俺には少々、というよりかなり難易度が高いものが多かった。
知的モンスターの巣の捜索。
怪現象の真相究明(乳牛が謎の発光物体に掠われるらしい)。
町の有力人物の子守という、一見簡単そうなものもあるけれど、俺の傭兵等級では依頼を請け負う条件を満たしていなかった。
傭兵騎士になってまだ一年ちょっとしか経っていない俺にとって、ソロでこなせる依頼といえばカテゴリーⅠクラスのモンスターの駆除くらいだ。
いや、キャリアは関係ないか・・・・・・俺と同期でわんさか稼いでる奴だっているし・・・・・・。
そんなことを考えながら、俺はなんとなく墓地の丘を眺めた。
「ま、生き残ることが大事だか」ボンっ!
俺の呟きを遮って、何かが破裂したような音が聞こえた。その方向を見てみると、墓地の向こうで煙が上がっている。
なんだろ。枯れたお供えの花でも派手に焼いてるのかな。と思っていると、更にもう一回。今度は大きな音が轟いた。
黒煙が小さな渦を巻くように空中に立ちのぼる。
ただ事ではない何かを察知して、俺は四肢を煙の方へ向けて駆け出した。林立する墓標の間を抜けていくと、墓標の間を人影が走り抜けていくのが丘の向こうに見えた。
旅人なのか? 黒いローブを羽織って、肩から革袋をかけたその人物は、俺に気がついていないようだ。
「グゥゥゥァアアアアッッ!」
ややあって、二匹のモンスターがその背中を追って疾駆しているのが見えた。銀狼と呼ばれるモンスターで、カテゴリーⅠに分類されている。すばしっこく、攻撃力もそこそこ高い。能力の高いレンジャー型の傭兵騎士の中には銀狼を飼い慣らしている人も居る。
けれどもローブの人物が飼い主だとは思えない。追われているのは一目瞭然だ。ということは、先ほどの煙はあの人物が攻撃として繰り出したものなのか?
「おい、あんた! こっち!」
俺の呼びかけに気がついたのか、黒ローブはこちらに走る向きを変えた。
「お前らァァ!」
銀狼の気を逸らすべく、俺は短剣を振り抜いて振って見せた。
二匹の銀狼が駆けるのを止めて、俺の方に首を向ける。
血気漲る赤い瞳は、俺を完全に標的として見据えていた。
「あれ、威嚇したつもりだったんだけど・・・・・・」
銀狼は決して強いモンスターじゃない。「大壊乱」で王国の人口が減ってからその数は増加したものの、俺でも退治することはできる。けれども二匹相手となると、少々手を焼くかもわからない。そんな俺の狼狽などおかまいなしに、二匹は俺めがけて駆け出した。
低い姿勢から跳ね上がるように襲ってくる一匹を、俺は墓標に身を隠して回避した。
すぐさまもう一匹が飛びかかってきた。赤い口が開かれて凶悪な牙が並んでいる。俺はその喉元めがけて、必死に刃を突き立てた。
吹き出した鮮血を皮鎧に浴びながら、覆い被さってくる銀狼の重さに俺は思わず身をのけぞらせた。
「ぐっ・・・・・・ぅ!」
そのまま倒されて背中を強打してしまった。銀狼が覆い被さったまま沈黙しているので、息の根は止めたようだ。
けれど、剣が銀狼の喉に突き刺さったままで抜き取れない!
――こういうトコなんだよなぁ、俺・・・・・・。
妙に醒めて思いつつ、俺は生き残ったもう一匹が身をくねらせて飛びかかってくるのを眺めるしかなかった。身体に乗っかかる銀狼の死骸のせいで、両手の自由が利かない! 足蹴りなら間に合うか?
「ゴガァッッ!?」
襲いかかろうとしていた銀狼は、しかし脇腹に攻撃を加えられて横に吹っ飛んだ。熱風と赤光が目の前で炸裂したので、俺は反射的に目を瞑った。基礎的な火と風の魔術だろう。
攻撃が飛んできた方角を見ると、墓標の並ぶ中で黒ローブの人物が右手を突き出して構えている。
「やっと当たったっ」
明るい声色から、相手が意外にも若い女性であることが分かった。
一瞬呆気にとられた俺は我に返って、銀狼の死骸をひっくり返して身体からどかした。短剣を引き抜くと、喉元から流れる血が地面を静かに染めていった。
やがて死骸から蒼白い瘴気が立ち上り、銀狼は光の砂になって地上から昇華して消えた。
肩で息をしつつ、俺は銀狼からドロップしたものはないかと辺りを見回してみた。けれども何も残っていないようだ。
「はぁー・・・・・・ついてねぇな」
俺は刃についた血を払った。緊張が弛緩して、疲れがどっと出てきた。
火の玉に吹き飛ばされた銀狼も、息絶えたか、或いは相当なダメージを負っているはずだ。
「無事ですかぁ?」
こちらに歩いてくる黒ローブを一瞥して、俺は声をかけた。
「えぇ、ありがとう。巻き込んじゃってごめんなさい」
「銀狼に追われるなんて、森に入ってたんですか? 傭兵騎士とか、猟師には見えな・・・・・・」
刃こぼれがないか短剣を確かめていた俺は、ふと見た黒ローブに意識を全て持って行かれた。
闇だまりになっていた相手の面貌が見えてくる。と同時に、俺の表情がこわばっていくのが自分でも分かった。