第8章 出発進行!
久しぶりに、黒衣の女神は男の娘の新章を投稿いたしました。
今回は、この世界の謎に迫っていく予定です。
「そこ、そこ~じゃ、あぁん、ユウ~、お前、かなりのテクニシャンじゃねぇか」
ゲルで作られた部屋の中に、パティの声が響き渡る。
「本当に凝っているんですね、パティさん」
ベットの上にうつ伏せに寝そべったパティの背中をしっかり踏み締め、凝り固まった筋肉を黒衣の女神のこと、黒いゴスロリ姿の男の娘、悠也は解していく。
手すりを使わずに踏んでも少したりとも崩れない体制、とても優れたバランス感覚、これも日頃の鍛錬のたまもの。
スタンテングを倒した人類軍は、いつものようにお引越し。
新しい引っ越し先は草原地帯。周辺には人里もなく、少し進んだ場所には森林があり、そこからは豊富な植物や獲物が採れる。中々、快適な環境。
隠し鉱山の責任者、トーマスの足を施術で治したことが評判となり、引っ越しを機に整体屋を始めることにした悠也。
戦闘だけでなく、こんな形で人類軍に貢献できることを嬉しく思う、何せ世話になっているので。
「そこを、もっと強く踏んでくれ」
「こうかな」
「そこそこ、気持ちいいぞ」
(なんか、おばあちゃんと作ったうどんのこと、思い出すな)
パティの背中を踏んでいるうち、祖母と作ったうどんのことを思い出し、何だか食べたくなってきた。
今日の施術を終え、白奏狼で作られたゲルの外へ出る悠也、
「う~~ん」
思いっきり背筋伸ばし。
「ここにいたかユウ、相変わらず大盛況だな」
マリナが声を掛けてきた。人類軍の中、否、この異世界の中、悠也が男の子だと知っているのは彼女1人のみ。
「みんな黒衣の女神様が御力で体の悪い部分を治してくれると喜んでいるぞ、おまけに凝りも治してもらえるてな。この際、私もやってもらおうか――と、まぁ、どこも悪くもないし、凝ったところも無いがな」
御力では無く、実際は歪んだ骨の位置や背骨の位置を正常な位置に戻すことにより体の不具合を治癒、マッサージで凝りを解しているんだけど。
異世界へ転移してから、悠也の古武術のレベルが驚異的なほどアップ。
殺法と活法は表裏一体の関係、武道の腕前が上がった分、施術の腕前も上がっていた。
敵と見合っただけで、全ての動きが見えてしまう同様、相手を見ただけで、悪い個所や凝った個所が解ってしまう。
共に達人に達しなければ辿り着けない領域である。
否が応でも思い出す、スタンテングの最後の言葉。
“ユウ、恐らく、お前も神鎧族だ”
あの言葉がいつまでも、心の中に残っていた。
古武術のレベルアップの原因は神鎧族になったからなのか?
体のどこかに欠落部分がある神鎧族、しかし悠也の体のどこにも、欠落個所はない、お風呂に入った時に念入りに調べた見ても、小指の先ほどの欠落個所は非ず。
神鎧族は人を喰らう、己の欠落した場所を。誰であれ、そのサガからは逃れられない。あのスタンテングでさえ、苦しみながら人を喰っていた。
この世界に来て、悠也は人を食べたいなんて、一度たりとも思ったことなどない。
もう一つの疑問。スタンテングと決戦した場所、青き塔はスカイツリーだった、多少、朽ちてはいても見間違えることなどなく。
何故、異世界にスカイツリーがあるのか?
二つの疑問が重くのしかかって来る。
「オイ、何、暗くなてんだ、ユウ」
ドンと背中を叩かれた、それが励みになり、不安が消えて行った。こんな時はマリナの明るさがありがたい。
「おっと、忘れるとこだったぜ、ジーニアスが呼んでたぞ」
「入りますね」
一言断ってから、悠也はマリナと一緒にジーニアスのゲルに入る。
「ユウちゃん、マリナちゃん、いらっしゃいませでありますです」
ジャニスが紅茶の準備をしている。スタンテングの死後、メイドをしていた彼女は人類軍に引き取られることとなった。
神鎧族に使えていたメイド、神鎧族と戦っているレジスタンス人類軍。彼女の使えていた神鎧族、スタンテングを倒したのは人類軍。
何かと確執の生まれそうな関係なのに、ジャニスのおっとりとした性格と、誰でも受け入れる人類軍の性質が故、あっさりと受け入れられ、早々となじんでいた。
「お待ちしておりました、ユウ様、まずはお座りください」
いつもながら礼儀正しい人類軍のリーダー、ジーニアス。
言われた通り、悠也とマリナは椅子に座る。
手慣れた手つきでジャニスが紅茶とクッキーを用意。
紅茶の香りを楽しみつつ、ジーニアスは紅茶を飲む。
「これだけでも、ジャニスを人類軍に招いた甲斐があるというものです」
「そんなこと言われると、恥ずかしいです」
顔を赤らめ、もじもじ。
事実、ジャニスの作るお菓子と紅茶は評判がいい、特にお菓子は子供たちには大人気。これも彼女があっさりと人類軍に受け入れられた理由の一つ。
悠也もジャニスの作るお菓子は大のお気に入り。
「とっとと、話を始めようぜ」
ガサツな言い方をしながら、クッキーを食べるマリナの手は止まってはいない。
「そうですね、話を始めるとしましょう」
空になったジーニアスのカップに、ジャニスが紅茶を注ぐ。
「ユウ様にはマリナと共に、スタンテングの倉庫に言ってもらいたいのです」
「案内は私がやりますでありますです」
ビシッと、ジャニスなりに姿勢を正す。
「スタンテングの倉庫、そこへ行って何をすればいいの?」
悠也は詳しい説明を求める。
「スタンテングは“漂着物”をコレクションしており、それらの研究を熱心にしておりました」
ジーニアスはスタンテングの営む孤児院で育った。いわばジーニアスにとって、父親の様なもの。その分、スタンテングのことをよく知っている。
「スタンテングは思慮深い人物、倉庫には我々の利益になる知識がある可能性が高い。うまくすれば神鎧族の神の情報も……」
体のどの部分にも欠落個所の無い最強の神鎧族、神鎧族の神と思われていたスタンテング。
だがスタンテングは左胸が欠落していた、すなわち彼は神鎧族の神ではないということ。
悠也はジーニアスにはそのことを話した。
その事実を受け止めたジーニアス。このことほ話せば人類軍の士気にかかわるので、今は伏せておく。
スタンテングが神鎧族の神でないことを知っているのは、このゲルにいる者たちだけ。
かと言っていつまでも隠しておけることではない、いずれタイミングを見計らって話すつもり。
「解りました、行ってみます」
もう悠也は倉庫に行くことを決めていた。“漂着物”は車や銃器など、この世界にはない技術で作られた品物、地球から転移してきたものと考えられている、今のところは。
スタンテングの倉庫を調べれば、この世界の秘密が解るかも。
ゲルから出て行く前、悠也はクッキーを一つつまむ、それほどのおいしさ。
マリナもクッキーを布に包んでいた、どうやら気に入った模様。
一緒にマリナとゲルに戻った悠也は、丁寧に折りたたんだ黒いゴスロリ衣装を旅行カバンに詰めていく。
着替え用の黒いゴスロリ衣装は、全部、悠也が自作したもの、異世界にはゴスロリ衣装は無かったので。それぞれ、微妙にデザインを変えている。
適当丸出しで、マリナは旅行に必要な物を皮袋に放り込む。
いつもこんな感じのマリナとの共同生活も、随分、悠也は慣れた。
マリナには男の子だとバレている分、このゲルの中では気が楽。
テキパキ、準備を整えていくジャニス、メイドだけあって手際良し。
準備を終え、カバンを閉じる。
「それでは行って参りますであります、スタンテング様」
ジャニスが挨拶した壁には、獅子のバックルが飾ってあった。
「自分の荷物ぐらい、僕が持つよ」
「いいからいいから、気にすんなって」
マリナは自分の荷物を背負い、片手で悠也の旅行カバンを軽々と持つ。
女性に荷物を持ってもらうのは何となく心苦しい、男の娘でも男の子なんだもん。
「第一、黒衣の女神様に荷物なんか持たしたら、私がフクロにされちまうだろうが」
周りを見るように促される。
「黒衣の女神様」
「可愛いー!」
「黒衣の女神様ー」
「可憐だ」
「黒衣の女神様~」
人類軍にいる老若男女が熱烈な視線を向けてくる。初めて人類軍のアジトに来た時も、こんな感じの視線で迎え入れられた。さらにスタンテングを倒したことで、今や視線は信仰に近い域に達している。
「皆さん、少しの間、僕は旅に出てきます、不安がらず待っていてくださいね」
ニッコリ笑顔で手を振ってあげる、秋葉原仕込みの男の娘スキル、あんなにも熱烈な視線を向けられたら自然に発動してしまう。
たちまち上がる歓声。
確かにこんな中、悠也に荷物を持たせたら、マリナの立場が悪くなってしまうだろう、下手をすれば村八分。
アジトから出るまでは、マリナに持ってもらった方が無難。
「ユウちゃん、マリナちゃん、こっちです」
馬や“漂着物”の鉄亀、悠也から見れば車を止めている場所に来ると、自身のカバンを両手で持ったジャニスが先に来ていた。カバンの持ち方もメイドさんぽい。
マリナがみんなの分の荷物を鉄亀に詰め込む。今回使うのはハイブリッド車。いざという時には発電機になるタイプで、悠也はスマホの充電に使っている。
運転席に座ったのはジャニス、おっとりとした性格ながら彼女のドライビングテクニックはかなりのもの、それでいて安全運転。
今日の運転はジャニスに任せ、悠也とマリナは後部座席へ。
そっとマリナは悠也と密着。
「ぶーぶーちゃん、出発進行ありますです」
ハイブリッドの鉄亀を発進させ、人類軍のキャンプ地を後にする。
異世界の生活で分かったこと。“漂着物”の幾つかは何かしらパワーアップするものがある。
例えば威力の上がる銃器、コンセントなくとも使える電化製品、青き塔、スカイツリーも朽ちていても崩れる様子すら見せないほど、頑丈になっていてた。
この鉄亀なんかは給油や充電しなくても、何時までも使える。ご都合主義だけど便利。
意図せずに悠也は自分も神鎧族になったのではなく、“漂着物”と同じようにパワーアップだったらいいなと思っていた。
「ぶーぶーちゃんぶーぶーちゃんぶーぶーちゃんちゃんぶーぶー」
鼻歌を歌いながら運転、整備もされていない悪路なれどジャニスのドライビングテクニックが良いため、大した不快感を感じさせない。
悠也の隣に座ったマリナの鼻の下が伸びる。
「……」
そんな車内で悠也は一点を見つめていた。
「このぶーぶーちゃんはおりこうさんです、しっかり道を教えてくれるのでのでありますです」
ジャニスと悠也が見ているのはカーナビ、それもちゃんと作動している。
そっと、スマホを取り出して見てみる。
今日の天気、日本のニュース、世界のニュース、Amazon、クックパッドも見れる。あにこ便もみずきの女子知韓宣言などの各ブログも、ちゃんと更新されている。
(なんでなんや)
自分のスマホといい、どうして異世界であるにもかかわらず、何故、使えるのか、ここは本当に異世界なんだろうか?
冒頭の施術はうどんと合わせるため、敢えてフーレセラピーになりました。