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黒衣の女神は男の娘  作者: マチカネ
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第7章 柔と剛

 悠也くんとスタンテングが、ついに対決。

 湖のほとりのアジトに戻って来た人類軍の戦士たち。

 兄貴分のカストを助けれなかったことで、ずっと鼻血男は号泣していた。彼はジーニアスが、カストたちを見捨てて、ブラーケを誘きだすおとりに使ったことを知らないし、悠也も話すつもりはない。

 もし知ったら、どんな態度を取るのだろうか……。


 カストたちは殉職者と扱わられ、手厚く埋葬された。

 独断の行動が招いたこととはいえ、みんな仲間の死を悼んでいる。ジーニアスの作戦に気が付いている悠也は、複雑な気分。


 みんなが落ち着きを取り戻したころ、

「おい、ユウ、ちょっとワシのゲルに来てくれねぇか」

 パティに誘われた。またセクハラされるのかと警戒していたら、

「心配すんな、何も変なことはしねぇよ、話したいことがあんだよ、ジーニアスのことでな」

 やや強引に、パティのゲルに連れて行かれる。悠也もジーニアスの話なら、聞きたいと思った。

 パティのゲルに連れて行かれる悠也を見て、慌ててマリナも続く。




 行った先は“工房”ではなく、パティが個人で寝泊まりしているゲルで、マリナたちのゲルと同じ白奏狼(びゃくそうろう)で出来ている。

 中はとても女性の部屋とは思えないほど、ごちゃごちゃしていて、大量の本が放置されていた。

「うぁ~」

 思わず、声を漏らしてしまう悠也。この部屋に慣れているマリナは無言。

「適当に座れ」

 パティは、何やらごそごそ探し物をしている。

 テーブルと椅子があったので、悠也とマリナは椅子を引き出し、座るる。

「オイ、飲むか」

 酒瓶を引っ張り出したパティ。

「いえ、僕は未成年なので」

 と言ってみて、この世界でも未成年は通じるかと思ったが、

「そりゃ、残念だ」

 思いのほか、通じた。

 酒瓶をテーブルに置き、

「じゃ、紅茶を入れてやるよ。ジーニアスの奴はコーヒーを淹れるのがうまいが、ワシは紅茶を淹れるのがうまいぞ」

 紅茶を作り始める。

 正直な気持ち、マリナはお酒を飲みたかった。でも悠也が遠慮したので、ここは紅茶に付き合うことに。




 金属製のカップに注がれる紅茶。自分のカップには、さっき見つけた酒を注ぐ。

 以前、本人が言っているように、パティは見た目のような子供ではなく、日本でもお酒の飲める年齢。

 紅茶と酒を注ぎ終えたパティは、丸いカンカンを持ってきて、椅子に座る。

「好きなだけ、食っていいぞ」

 カンカンの蓋を開けた。ラングドシャ、シガレット、ガレット、ピーナツバター、チョコチップなど、中には様々な種類のクッキーが入っていた。

 紅茶とクッキーを楽しみながら、話を聞くことに、パティはお酒だけど。


 ゲルの様子から、湿気っているんじゃないかなと、恐る恐るシガレットを一つ取って、悠也は齧ってみた。

 サクッとした歯触り、口の中に美味しい甘さが広がる。紅茶とも愛称もバッチリ。

 飲食品は、ちゃんと保存している様子。

「ジーニアスはなガキのころ、両親を神鎧族に殺されてんだ」

 いきなり本題を話し始めた。

「まぁー、ここに来ている奴らは、そんなのは珍しくもない。家族を殺された奴、恋人を殺された奴、親友を殺された奴。カストも妻と娘を神鎧族に喰われているんだ。カストが神鎧族を憎悪するのは、それなりの理由があるんだよ」

 そんなのは、この世界に住む人間にとっては氷山の一角に過ぎない。

「ジーニアスの両親を殺したのは、あのスタンテング。と言っても、意図して殺したわけじゃねぇ。人間と神鎧族との戦いに巻き込まれてな、死んじまったんだよ。責任を感じたスタンテングは、自身の経営する孤児院にジーニアスを入れた。孤児を美味しく育てるために飼育する神鎧族は数あれど、人間らしい自由な生活と学問を与えるのはスタンテングぐらいなもんだ」

 くびっと酒を飲む。

 孤児を家畜のように育てる神鎧族は数多くいる。しかし、孤児たちに、十分な衣食住を保証し、地球にある孤児院と同じような孤児院を営んでいるのはスタンテングぐらいなもの、それも私費で。

 いわば地球で言うところのボランティア。

「そこで、あいつは神鎧族のことを学んだ、ありとあらゆることを学んだ。いずれ、神鎧族と戦うために、な」

 この話はマリナも初耳。何かあるとは思っていたが、そんな過去がジーニアスにあるなんて。

「で、15の時に孤児院を脱走し、レジスタンス組織を転々としながら、戦術や戦略を身に付けて行った。その頃に、ワシとも出会ってな」

 ジーニアスについて、悠也は何も知らなかった。彼は彼なりの人生を歩み、人類軍のリーダーになることを選択した。

「ただな、これだけは頭の中に叩きこんでおけ。ジーニアスの奴は、単なる復讐のためだけに、人類軍を作ったんじゃねぇ」

 そのことは言われるまでもなく、マリナは理解していた。理解しているからこそ、ジーニアスを信じ、人類軍で戦っている。

 新参者の悠也も、ただ復讐のために、ジーニアスが戦っているのではないのは解る。

 カップの酒を飲みほしたパティは、お代わりを注ぐ。




 その夜、ハンモックに寝そべって揺られていた悠也。

「ねぇ、マリナは、どうして人類軍に入ったの」

 失礼な質問かもしれないけど、何となく聞いてみた。

「私の生まれた村は、神鎧族の人間狩りに会った……」

 天井を見ていたマリナは答えてくれた。体を横に向け、悠也の顔を見つめてくる。

「で、その時、人類軍に助けられ、そのまま神鎧族と戦う戦士になることにした。神鎧族に対する怒りもあったし、恨みもある。でも一番の理由は、私のような奴を増やしたくなかったこと」

 人類軍の戦士として、戦っているマリナにも、やはり重い過去があった。

「私は運のいい方さ、人類軍に見つけてもらえたんだから。この世界で孤児になった奴は、神鎧族に喰われたり、飼育されたり、それとも野盗になるか、碌でもないことしか待ってない」

 本当に自分が、良い世界の恵まれた国に生まれたことを、悠也は実感した。




 翌日、早朝の特訓の後、パティのゲルの掃除をすることにした悠也。クッキーのお礼と言うわけではないが、あのむさくるしい部屋を見捨てては置けないだけ。

 一応、パティも悠也に促され、掃除をやっている。

「カッカカッ、恩に着るぜ、お礼にお尻を揉んでやろう」

 いつもの下品な話は無視して、掃除を続けていると、血相を変えたマリナが飛び込んできた。

「ユウ、大変だ、ジャニスが!」




 マリナと一緒に、悠也はジーニアスのゲルに飛び込む。

「スタンテングさんが、ジャニスさんを喰らうというのは本当なんですか」

 いきなりの話題に、ジーニアスは頷く。

「今朝方、各街や町に、通達がありました。明後日の正午、場所は青き塔の前でメイドのジャニスを喰うと、それも護衛を付けず、たった1人で。町々にはスパイを忍び込ませているので、すぐにここにも伝わりました」

 青き塔の前でメイドのジャニスを喰う。その情報はガセてはない。

「そんなスタンテングさん、ジャニスさんをあんなに大切にしているのに」

 傍から見ても、2人の仲は良い。ムアルガマにジャニスが誘拐された時のスタンテングの怒りは本物。

 一緒にいたマリナも、スタンテングとジャニスの関係を疑ってはいない。あの親密さは、芝居では、到底出来るものではない。

「人を喰らう。どんな神鎧族でも、このサガからは逃れ裸りないのですよ、ユウ様」

 “人を喰らう”神鎧族が、決して逃れられないサガ。

「これは誘いだろな」

 ゲルの中に、パティが入ってくる。

「はい、そうでしょうね」

 誘いでなければ、態々、各街や町に通達はしない。悠也もマリナもジーニアスに同意。

「ですが、罠ではないでしょう。スタンテングは、そんな姑息な真似はするような男ではありません」

 ハッと悠也は気が付く。ジーニアスはスタンテングの経営する孤児院で育った、いわば育ての親。彼のことを熟知しているのも頷ける。しかし、それと同時に、実の両親の仇でもある。

 でも解る、付き合いは短いが解る。ジーニアスは、そんな感情には流されないと。

「これはジーニアスを討つチャンスですが、彼には生半可な策は通用しません。これまでもいくつもの組織が、スタンテング1人に潰されました」

 スタンテングが人間を喰らうとき、いつもたった1人で食事をする。そのことを、必ず周囲一帯に通達する。

 通達を受け、1人で食事をするスタンテングを狙ったレジスタンス組織は数多くいたが、全て全滅させられた、スタンテング1人に。

 並外れたスタンテングの強さは、悠也もマリナも目の当たりにしている。

「さて、いかがしたものでしょうか……」

 この誘いに乗るか、乗らないか。乗るとしても、スタンテングを倒す術はあるのか。

 それても、誘いに乗らず、ジャニスを見捨てるのか。

「あの」

 悠也は手を上げた。地球にいたころの習慣が抜け切れない。

「僕に考えがあります」







 白い鉄骨が網目状に交差しながら形作り、高く高く天へと延びる、一本の塔。

 白い骨組みなのに、何故か『青き塔』と呼ばれていて、この塔。すぐ近くには大きな川が流れている。


 青き塔の前に立つ、スタンテングとジャニス。いつものメイド服ではなく、白装束。それはまるでウェディングドレスの様にも見えた。

 通達通り、青き塔の前に、神鎧族はスタンテング1人しかおらず、護衛の姿はない。

 周囲からは大勢の気配がする。

 レジスタンス組織たち。手薄の隙に、襲撃を仕掛けようと来てみたものの、多くの前任者が返り討ちになった話を知っているので、踏み込めない。

 物見遊山気分の神鎧族の姿もちらほら。

 レジスタンス組織に、動く気配はなし。

 残念そうに、そして諦めたように、重いため息を吐く。

「……すまぬ、ジャニスよ」

 スタンテングは、それだけ言った。ジャニスは何も答えない。黙って、スタンテングの顔を見つめている。大きな眼鏡の奥の瞳の感情は何なのだろう。

 その大きな手をジャニスに伸ばそうとした時、

「!」

 スタンテングの視線が動く。そこにいたのは、ジーニアスと人類軍。

 手を引っ込める。

「久しいな、ジーニアス」

「はい、お久しぶりです。随分、ご無沙汰しておりました」

 まるで久しぶりに再会した親子のような会話。あらゆる感情が絡み合った不可思議な空気が流れる。




 生半可な策が通用しない相手なら、真っ正面から挑めばいい。それが悠也の提案した考え。

 その提案に、あまり表情の変わらないジーニアスが、面白そうに微笑む。

 だからこうして、堂々と正面から来た。




 提案した本人の悠也は『青き塔』を見上げ、ずっと停止したままにしていたスマートフォンを開き、ネットを繋げる。

 ネットは繋がり、地球の日本、東京の本日の天気や気温、湿度が解った。

 今、この時、この瞬間に地球も日本も東京も存在している。

 なら、今、悠也の目の前にあるものは、何なのだろうか……。

 そこにそびえ立つ『青き塔』はスカイツリー。

(これは、どうゆうことなんや?)

 周囲の景色は違う、いや、よく見てみれば似ている地形もある。

「おい、悠也、どうした」

 マリナに声を掛けられ、今はそんなことを考えている場合ではないと、気を取り直す。


 1人、前に進み出る悠也。

「そうか、そなたはジーニアスの戦士だったのか」

「はい」

 何も言わず、スタンテングは手を伸ばすと、その意を察したジャニスは後ろへと下がる。

「どちらが勝ち、どちらが死そうとも、双方、禍根は無しだ」

 悠也は頷いた。この言葉は悠也にだけに向けたではない。ここに集まってきている、全員に向けた言葉。

 腰に差した【骸空】を、いつでも抜けるようにしておく。

 『青き塔』スカイツリーの前で見合う、悠也とスタンテング。

 まるで大人と子供のような体格差と言うレベルではない。2mを越える巨体のスタンテング、とても小柄な悠也。あまりにも差がありすぎる。

 高まっていく、戦いのエネルギー。マリナ、ジーニアス、パティたち、人類軍。

 隠れて見ている神鎧族、レジスタンス組織たち。目には見えずとも、その高まっていくエネルギーを感じることが出来た。




 スタンテングが踏み込み、問答無用で鬼殺獄越流、砲拳を放つ。

 頑丈な鋼鉄製のドアを閂ごと、ふっ飛ばした破壊力の拳。人間どころか、並みの神鎧族さえ、一たまりもない。

 強烈な砲拳の一撃は、悠也を反れる。

「ぬっ」

 間髪入れず、放たれる二撃目の砲拳。

 ふわりと二撃目も反らす。

 攻撃を反らされても、瞬時に体制を崩さすに整え、次の攻撃に移る。

 三撃目の砲拳を反らした時、悠也が攻撃に転じる。でかいスタンテングの手を掴み、投げ飛ばす。

 空中で体制を整え、地面に叩き付けられることなく、着地。

 鬼殺獄越流を体得しているスタンテングは、これまで僅かな時間で相手を倒してきた。相手が集団であっても、短時間で壊滅させている。

 今回は今までの戦闘とは違う、攻撃が反らされてばかり。

 決してスタンテングが、手加減しているのてはない。スタンテングは武人。その武人が、悠也の実力を認めている、悠也も本物の武人だと。

 本物の武人と武人が本気で戦う時、相手が顔見知りだからといって、手を抜くことは最大の無礼に該当する。そんな無礼を出来るはずがないスタンテング。

 それは悠也も同じこと、全力を持って相手に挑む。


 破壊力満点のスタンテングの攻撃、その攻撃を反らす、悠也の動きの優雅さ。

 対極な攻撃と防御のぶつかり合い。

 多少なりとも武道の心得があるなら、両者の攻防に無駄がないのが解る。




「すげえ」

 隠れて見ているレジスタンス組織の1人が呟いてしまう。

 その感想は、彼1人だけではない。他のレジスタンス組織の人間も、神鎧族も同じ感想を持ち、悠也とスタンテングの戦いに見とれていた。


 それは人類軍の戦士たちも同じで、マリナもパティも悠也とスタンテングの戦いに見とれている。

 そんな様子を感じ取っているジーニアス。

(ここまでは計算通り……。ですが、全ての結果は決着しだい。この私が、このような賭けをするとはね)

 この心の呟きに気が付いているのは、この場所に集まった中で、パティだけ。




 繰り返されるスタンテングの攻撃。その攻撃を自然に、ふわりふわりとした動きで反らす悠也。その動きを例えるなら、風に舞う羽毛。

「……」

 優れた武道家であるスタンテングは、悠也の攻撃の躱し方に、違和感というよりも親近感を憶えていた。

 死角を狙い、悠也は掌打を放つ。

 瞬時に対応し、頑丈な左腕で受け止める。衝撃は鋼のような筋肉を貫通し、直接、内部に届き、骨を砕く。

 苦痛をものともせず、悠也の顔面へ右手の拳を打ち込んだ。

 えび反って、拳を躱しながらも、手首を掴んで投げ飛ばそうとする。

 後ろへとジャンプ、手首を掴まれるのを避けた。

 反撃を避けるため、悠也も距離を取る。


「解ったぞ、ユウよ」

 折れたスタンテングの左腕の骨は治癒、傷も消えた。

「そなたの身に付けた武術、鬼殺獄越流と対をなす、鬼殺獄越陰流に相違ないな?」

 鬼殺獄越流を会得する際、解読した“漂流物”に、名前だけが載っていた。

「はい」

 素直に認める。物心から祖母から教えてもらった古武術は鬼殺獄越陰流。剛の鬼殺獄越流に対し、柔の鬼殺獄越陰流。

「……そうか」

 右の拳を解き、指を四本立て、手刀の構え。

 呼吸を整え、しっかりと悠也はスタンテングを見据える。




 悠也、スタンテング、見合ったまま、2人とも動かない。

 集まってきた者の誰もが、一言も漏らさず、凝視している。言葉では表せない、緊張感が周囲を飲み込む。

 一陣の風が、男の帽子を飛ばし、禿頭を露出させても、飛ばされた当人も辺りも人たちも、全く気にしはしない。

 それほどまでに、集中して見ていた。


 無意識でマリナは、拳を強く握りしめている。

 普段、冷静なジーニアスも息を凝らして、悠也とスタンテングを見ていた。

 パティも集中して見つめている。

 静かな時間が流れていく。




 飛ばされた帽子が、一瞬、悠也の視界を遮る。

 その一瞬をスタンテングは見逃さなかった。間合いを詰め、手刀を突き出す。

 鬼殺獄越流、岩崩し。全体重を乗せた一撃必殺の手刀による突き。その破壊力は岩をも砕くと言われている。

 スタンテングの体格とパワーから、放たれる岩崩しの威力は、想像を絶するほどのもの。

 その時、誰もが見た。スタンテングの手刀が悠也の体を貫くのを。

 誰もが戦いはスタンテングの勝利で決着が付いたと思った。またスタンテングには勝てなかったと、絶望感が漂い始める。

 衝撃のあまり、マリナは顔面蒼白で何も言えず、気絶寸前。




 ハッとみんなが気が付いた時、貫かれたはずの悠也の姿は消え、スタンテングの真ん前にいた。

「ユウ、ジャニスのことを頼む」

 悠也の手に握られた【骸空】が、深々とスタンテングの左胸を貫いていた。

 鬼殺獄越陰流、朧舞(おぼろまい)。最速最小の動きで、攻撃を躱す。あまりにも最速最小で躱すため、攻撃が体をすり抜けたように錯覚を引き起こさせる。

 場合によっては相手にトラウマを与えることもあり。

 朧舞でスタンテングに、隙を生じさせた。

 超高難易度の技で、初めて悠也も成功させた。

 この世界に飛ばされた影響だけではない、神鎧族との戦闘やマリナたちに教えたことで、腕に磨きがかかったから、朧舞を成功させることが出来たのだ。

 衝撃でスタンテングの服が破れ、露になった左胸が外骨格に覆われていた。

 『最強の神鎧族、神鎧族の神は体のどの部分も外骨格に覆われてはいない』

「やっと、やっと、この呪われたサガから、解放される。感謝するぞ、ユウよ」

 笑っていた。確かにスタンテングの顔は笑っていた。その笑顔は、とても満足した笑顔。

 この言葉と笑顔で悠也には解った。どうして、スタンテングが食事をするとき、態々、周囲に通達して、1人で食事をするのかが。

 人を喰うサガを忌み嫌いながらも、そのサガに抗えなかった。

 かといって武人であるスタンテングは、自らの命を絶つ所業を卑怯なものと、考えているので出来ない。

 スタンテングが望んだのは、武人として、全力で戦い果てること。

 だからこそ、いつも通達し、他の神鎧族やレジスタンス組織に知らせ、1人で食事をしていた。

 意図して敵を招いていた。戦うために、全力で戦い、自分を討たせるために。


 スタンテングの体が、光の粒子になり、消え始める。

「ユウ、人間を神鎧族から、解放したいのならば、知らぬくてはならないことがある。しっかり受け止め、乗り越えて見せろ」

 ある言葉を悠也の耳元で呟き、スタンテングは消えた。




 ジーニアスは賭けに勝った。

「最強の神鎧族、神鎧族の神、スタンテングは討たれました。黒衣の女神、ユウ様によって、伝承は叶えられました!」

 堂々とした勝利宣言に、人間たちが沸き立ち、大きな歓声を上げた。

 その歓声により、スタンテングが討たれたことで茫然自失になっていた神鎧族たちは、ようやく、我に返り、状況を理解、慌てて逃げ出す。

 その姿が、ますます歓声の度合いを増させる。




 勝者である悠也は、最後にスタンテングが呟いた言葉に、衝撃を受け、歓声が聞こえてはいなかった。

「やったな、ユウ」

 パーンと喜び勇む、マリナに背中を叩かれるまで、その状態が続いていた。




 残されていたスタンテングの遺品のベルトの獅子のバックルを拾い上げるジャニスの、そばにパティはやってきた。

「オイ、そこのメイド。君はユウのことは、憎くないのか?」

「はい、憎くはありませんです、だって―」

 獅子のバックルを大事そうに抱え込んで、立ち上がる。

「スタンテング様はおっしゃりましたでありますです。『どちらが勝ち、どちらが死そうとも、双方、禍根は無しだ』って」




 青き塔の前の人類軍と他のレジスタンス組織たちは、いつまでも勝利の余韻が収まらないでいた、悠也1人を除いて。

 今わの際に、スタンテングが呟いた言葉、

『ユウ、恐らく、お前も神鎧族だ』

 が、心の中で木霊していた。




 ここで、一旦の区切りになります。

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