第6章 騙し打ち
高レベルの神鎧族と人間の戦い。そして……。
トラブルはあったものの、人類軍の新しいアジトにたどり着いた悠也とマリナ。
そこは綺麗な湖のほとりで、とても見晴らしが良く、釣りもできそう。
既にいくつものゲルが建てられていて、マリナのゲルも建ててくれていた。
まずマリナのゲルに荷物を置き、ジーニアスのゲルへ向かう。
スタンテングの件を報告しないわけにはいけない、ジーニアス相手に隠し通すのは不可能。
悠也とマリナは、共にジーニアスのゲルに入り、一連の出来ごとを話す。
「それは大変でしたね」
小言の一つでも言われるかと思っていたら、労いを言われたので悠也、マリナ双方拍子抜け。
そんな2人の様子を見て、
「あなたたちは正しいことをしたと思いますか?」
と問いかけてきた。
えっとマリナは戸惑いを見せたが、
「正しいことをやりました」
悠也は即答、そこには揺るぎない確信あり。
「なら、それでいい」
正直、マリナも内心、同じことを思っていたが、口に出すのをためらってしまった。
「もし私が同じ場面に遭遇し、“冷静”な判断を出せる状態なら、おそらく、同じことをしてでしょう」
ゲルの入り口で聞き耳を立てて、悠也たちの会話をカストは盗み聞きしていた……。
悠也とマリナは自分たちのゲルに、向かって新しいアジトの中を歩いて行く。
人類軍の戦士たちは、いつも通りの平穏な日常を送っている。みんな引っ越し前の生活を取り戻していた。
悠也とマリナに気が付くと、声を掛けてきた。悠也に対しては、姿勢を正し、挨拶。
2人とも笑顔で返答する。
「!」
咄嗟に悠也は飛びのき、同時に体制を180度変えて、身構える。
「チッ、揉めばデカくなるのによ」
お尻を揉もうとしていたパティが舌打ち。
「そんな話は聞いたことは無いです、む―」
胸ならあると言いかけて、その言葉を飲み込んだ。そんなこと言ったら、パティのこと、胸まで揉みかねない。
相変わらずだなと、マリナはクスクス。
この時はアジトは平和だった……。
夕食の時間、食堂の区画に、みんな集まって思い思いの料理を楽しんでいる。
男の娘でも悠也は育ち盛りの少年なので、並みの女性よりは、よく食べる。れっきとした女性のマリナの食べる量は悠也よりも多い、とても多い。
がつがつと美味しそうに食べる。隣で食べていた悠也も、つられて普段よりも多めに食べてしまい、太ったらどうしようかと、思い悩む。
いきなり、カストが立ち上がった。
「オイ、ユウ! お前、スタンテングに会ったんだってな。それも殺せたのに殺さなかった!」
酒が入っているので、目が座っている。
「お前が殺しておけば、俺たちが神鎧族との戦争に勝っていたんだよ。なんで、そんなチャンスを無駄にしやがった」
カストに煽われた何人かが、ざわつき出す。
「俺はな最初から、テメーなんか信じていねぇんだよ」
悠也に絡もうとするカスト。その間にマリナが立ち塞がり、静かに睨んだ。その目は戦士の目。
この世界に来た悠也が初めて出会った人間は、ジャニスと襲っていた3人、その内、1人がカスト、その時、子分の2人は悠也に叩きのめされた。
悠也とカストの間には因縁がある。
静かにジーニアスが立ち上がり、口元をナプキンで拭く、
「聞いていたのなら、解っているでしょう。この件は私も了承しているのですよ」
カストが盗み聞きしてしたのは先刻承知。
「私たちは人類を神鎧族の支配から解放するために戦っている。ここにいる同志諸君も思いは同じと確信しています」
ここで一旦、言葉を止め、人類軍の戦士たちを見回す。
「一つだけ、知っておいてください。神鎧族との戦争は、ただ相手を殺せばいいという戦いではありません、そんな勝利には意味はないのです」
静まり返る食堂。その雰囲気にいたたまれなまなったカストは食堂から出て行く。後を追った2人の男はジャニスを襲っていたカストの子分。
みんなの視線は2つに分かれていた。殆どがジーニアスに向けられていたが、一部は出て行ったカストに向けられていた。
「少し、よろしいでしょうか、ユウ様」
夕食後、ゲルに戻ろうとしていると、悠也はジーニアスに呼び止められた。
「ユウ様のお使いになられておられる、あの体術をみんなに教えては頂けないでしょうか」
「えっ?」
予想外の話だったので、一瞬、聞き間違えかと思ってしまう。
「失礼ですが、ユウ様は華奢でございます。にもかかわらず、大男たちを平気で叩きのめしておられる。これは黒衣の女神様の御力ではなく、身に付けている体術の力と、私は分析しました」
当たり、つい頷く。
「ユウ様、どうでしょうか?」
返答を求められ、ほんの少しだけ考え、
「物心ついたから、ほぼ毎日、欠かさに鍛錬をやっていて、それでも僕は、まだまだ修行中なんです、だから、教えることは……」
事実、今でも大体、毎朝、鍛錬している。師匠だった祖母、一生が修行と言っていた。
「ユウ様の体術が、一朝一夕で身に付かないことは承知しております。基本的な技でいいのです、護身用に教えてもらいたい。みんなが身を守れるように」
確かに神鎧族との戦いの中、護身術を覚えていれば生き残る確率は高くなる。
ここでの生活は長くはないが、悠也も人類軍の戦士たちには仲間意識や親近感を持っている。
「解りました、基本的な技でいいなら」
「くそっ」
自身のゲルで子分の2人と、カストはやけ酒中。
「何であんな新参者が慕われる? 俺が何年、人類軍で戦っていると思っているんだ!」
酒をあおる。パティ共にカストは人類軍の最古参のメンバー。
「でも、ユウ様は可愛いですよ」
悠也に顔面を掌打で殴られた男が萌えっとする。あの時のことを思い出すと、今でも鼻血が出ることがある。この鼻血は殴られたために出たものではない。
ギロリとカストに睨まれ、押し黙る鼻血男。
後の1人の子分は、八つ当たりされないために黙ってやけ酒に付き合う。
今日も悠也は、早朝の特訓を行っていたが、集まっているのは悠也1人ではない。
人類軍の戦士たちが集まって来ていた、ジーニアスとパティとマリナの姿もある。
訓練を始めたころは、ジーニアスとパティとマリナ以外の参加者以外の姿は少なかったが、1週間たった今では倍以上に、参加者は増えていた。
黒いゴスロリ衣装、最初から着ていた一着の他に、買ってきた布で自作した衣服もある。デザインは変えているけど、黒衣の女神を印象付けるため、色は黒で統一している。
その黒いゴスロリ衣装の裾をひらりひらりさせながらの指導。見えそうで見えない、チラリズム。ギリギリのポイントライン、それがとてつもなく可愛い。
これがたまらない、それを目当てに集まってきている者もいて、その中にはカストの子分の鼻血男の姿も。
悠也自身、気が付いていないが、他人に教えることは自身の成長にもなっている。
基本的かつ、覚えやすい護身術の訓練をやっていると、そこにカストが走ってきた。
「アース戦線との共闘の話を持ってきました」
「何? アース戦線だと」
訓練を中断。
「ああ、ブラーケを挟み撃ちにする作戦だ」
チラッと悠也の方に視線を向け、
「数日前に話が来て、俺が話を進めていんだ」
自慢げに話す。どうだ俺の方が役に立つだろうととの意識を隠そうとはしていない。
ブラーケはボンカーやインと並ぶ、高レベルの神鎧族の領主で。名の知れた大物。倒せれば多くの人間が、神鎧族の支配から解放される。
「カスト、あなたは勝手に話を進めたのですか?」
ジーニアスの表情は変わらない、それ故に怖い。一気にカストのテンションが下がる。
「共闘にするにしても、アース戦線がどんな組織か把握しているのですか?」
正論なので、一瞬、口籠ったが、
「だが、ブラーケを討つチャンスだろ」
開き直った。
「残念ですが、この話には乗れません。組む相手は信頼できるものたちではなくてはないのですよ」
口では何も言わなかったが、パティもマリナも目が『ジーニアスと同じだよ』と言っていた。
「だったら、この俺とそこの女、どっちを信頼するんだ!」
悠也を指さす。
「さぁ、ユウ様、訓練を続けましょう」
くだらない質問には答えず、無視を決め込む。
ギリッ、カストは歯軋りして、その場から走り去っていった。
「アニキ!」
カストの後を追う鼻血男。
「いいのか?」
マリナは去って行く、カストを見る。短気を起こしているとはいえ、カストは人類軍の仲間。
「放っておけ、奴も頭を冷やさなくてならん」
パティも無視することを選択。
いいのかなと感じながらも、みんなを放っておくわけにもいかないので、悠也は訓練を再開する。
3日後、ジーニアスが本を読んでいると、血相を変えた鼻血男がゲルに飛び込んできた。普段なら、誰でも一声かけてから入ってくるのに、そんな余裕すらない、慌てぶり。
「かあでついきいと」
あまりに慌てているため、ちゃんと呂律が回らない。
「落ち着きなさい、まずは深呼吸を」
そのアドバイスに従い鼻血男は、深呼吸して気分を落ち着け、話し始める。
「カストのアニキが出て行っちまったんだよ。アース戦線と共闘するって、カストのアニキに煽われ、何人かが着いて行っちまった」
一気に話す。
「そうですか……」
鼻血男とは対照的に、ひどく冷静。
「召集を掛けなくては、ならなくなりましたね」
しおりを挟んで本を閉じる。
突然の招集にも拘わらず、人類軍の戦士たちは、文句の一つも言わす、湖の近くに集まった。
「カストと一部のものたちが、アース戦線と共に神鎧族のブラーケを討伐するために出て行ってしまいました。これは人類軍の意思を無視した、危険な行為にほかなりません」
集まった中には、悠也とマリナとパティの姿もあり。
全員、黙って話を聞いている。
「皆さんは出撃の準備をしてください。しかし、急ぐ必要はありません。落ち着いて行動をしてください」
人類軍の戦士たちは、すぐさま、準備に向かう。特に鼻血男は兄貴分を助けようと張り切っててた。
一部の仲間とともにカストは、指定された場所に来た。そこは円形の闘技場。
何故、こんな所で待ち合わせ? その事をカストは疑問に感じていてない。一緒に来た戦士たちの中には、どうしてこんな所でと首を傾げるものもいたが、ここまで来た以上、もう引き返せない。
今のカストの頭にあるのは、高レベルの神鎧族、ブラーケを倒し、ジーニアスに自分の実力を認めさせること。
いつまでも新参者をちやほやされていられるのは気に食わない。一緒にきた連中も、同じような理由で着いて来た。
「やあやあ、よく来てくださいました。私がアース戦線のリーダー、アンガスです」
小太りの男、アンガスが笑顔でやってきた。後ろからはアース戦線の戦闘員たちがいる。みんなナイフやマチェットで武装している。それに銃器“漂流物”も。
カストと一緒に来たものの中には、不思議に思うものもいた。人類軍にはパティたち専門家が、率いる工房があるから“漂流物”が豊富に手に出来る。これは他のレジスタンス組織では稀有なこと。
なのに何故、アース戦線が“漂流物”を沢山持っているのか?
「おや、ジーニアスさんの姿が見えませんね、それに人類軍の戦士さんたちも少ない」
キョロキョロする。
「事情があって、ジーニアスは来ない。今日は俺が、代理で頭だ」
黙ってた来たとは言えないのでごまかす。
「そうなんですか、それはそれはとても残念です。こちらの予定が狂ってしまいますから」
アンガスの顔は笑顔のまま。
「……どうゆう意味だ」
いくらカストでも、アンガスの言葉がおかしいのは解る。
「実はですね、ここにジーニアスさんと人類軍の皆さんに、来てもらって、全滅してもらう予定だったんですよ」
観客席に長身痩躯、それも神鎧族なので、とても背の高い男が現れた。外骨格は左手で鉤爪状になっている、こいつがブラーケ。
部下の神鎧族たちも現れる。
「取引したんですよ、あなたたちを誘き出したら、上級市民として、私たちを受け入れてくれるとね。最近、活躍して、とても目立つから。あなたたち」
はっはははとアンガスは笑う。
「あれ、でもどうして、ブラーケ様、観客席に? 闘技場で騙しう―」
観客席に顔を向けたアンガスのこめかみに、カストは引き抜いたナイフを突き立てた。
自分に何が起こったのか、理解する間もなく、倒れる。
「よくもリーダーを!」
リーダーが殺された。これに怒ったアース戦線の戦闘員たちは、各自、武器を取り出しも襲い掛かってきた。
「よくも騙しやがったな!」
またカストたちも、騙されたことを怒り、武器を手に取り、襲い掛かる。
闘技場でカストたちとアース戦線の戦闘員たちが戦う。これは殺し合い以外の何物でもない。
観客席の特等席で、殺し合うカストたちとアース戦線をブラーケは楽しそうに見ていた、まるで野球を見物している観客のように。
部下の神鎧族が皿を持ってくる。上には切り落とされた左手が乗っていて、それを取り、かぶりつく。
人間を騙し、殺し合わせる。“漂流物”をアース戦線に流したのもブラーケ。“漂流物”を装備しているのが人類軍だけなのはワンサイドゲームなのでつまらないから。
当初の計略では、闘技場にはジーニアスにも来てもらうはずだった。ボンカー、イン、立て続けに神鎧族の領主が倒され、人類軍が人間たちの希望になり始めている。さらに黒衣の女神の伝承も目障り。
「みんな消えてもらう予定だったが、まー計略の成功率は3割ってとこです……」
背後から、光の太刀で貫かれる。振り返る間すらなく、光の粒子となってブラーケは消滅。
「この娘が!」
主の敵討ちと攻撃を仕掛けてきた神鎧族の攻撃を躱し、カウンターで悠也は【骸空】で斬り付ける。
それを合図にするかのように、マリナたち人類軍が飛び込んできて、“漂流物”の重火器を一斉掃射。
殺し合う人間を楽しくのんびりと見物、そのつもりで来た神鎧族たち。予想だにしていなかった襲撃に、ブラーケの部下たちの対応は遅れ、命取りとなる。
闘技場で戦っていたカストたちとアース戦線で生き残っている者は、1人もいなかった。
絶命しているカストを見下ろすジーニアス。悲しみでもない怒りでもない、何の感情も浮かべていない顔。
しゃがみ、瞳を閉じさせる。
傍へ観客席から降りてきた悠也が来る。
「これも計画のうち?」
出発のタイミング。ジーニアスなら、もっと、早く出来た。早くここに来ていれば、全滅はなかったかも。
「ハイ、その通りですよ、ユウ様」
否定せず、あっさりと認めた。
「どうして? 仲間でしょう」
決して気持ちのいい奴ではなかったが、カストは人類軍の戦士。
「確かにカストたちは仲間ですが、彼らは組織の調和を乱します。そんな状態では人類を神鎧族の支配から解放することなど、決して叶いません。そんな甘い相手ではないのですよ、我々の敵は」
だから見殺しにした。理屈は解るが、悠也は納得が出来ない。
「以前にも言いました。時には非情さも必要になると。それはこの私も含めてのことなのです」
ジーニアスが、冷酷な一面を見せました。