第5章 鬼殺獄越流
あのメイドさんと再会いたします。
隠し鉱山を後にした悠也とマリナ。アジトの引っ越し先は、出かける前に聞いている。
当初、そこに向かおうとしたのだが、
「ユウ、お前、その黒い服を一着しか持っていないのか?」
馬を歩かせつつ、聞いてきた。
「これ一着しか持っていないよ」
何せ着の身着のまま、こっちの世界に飛ばられた来たのだ。一応、マリナの衣服を借り、ゴスロリ衣装を使い回している。
「なら買いに行くか―と、そんなデザインの服、売っているのを見たことないな……」
この世界には、今はゴスロリ衣装は販売されてはいない。
「材料があったら、作れるよ」
「本当か?」
「うん」
いくつかのゴスロリ衣装は悠也の自作。今、来ている衣装も自分で縫ったもの。
「そうか、なら布を仕入れるために街に寄っていくぞ」
馬の進行方向が決まり、走らせる。
一番近くあった、中規模の街へやってきた悠也とマリナ。街の様子はスタンテングとインの中間のような感じ。
スタンテングの街の様に整ってはいないが、インの中間のように酷くもない。
街の中を巡りながら、必要な品を買い揃えていく。
「町の中には、露骨に人間を立ち入り禁止にしたり、碌なもん売ってくれないところもあるが、ここはそんなのはないな」
どの店でも若干、神鎧族と人間のサービスの差はあるものの、拒否することなく、品物を売ってくれる。
この街は交易が盛んに行われていて、そのために誰に対しても門を大きく開いていた。
「お客様は神様です」
「うん、何か言ったか?」
「いや、何でもないよ、独り言」
そんな何でもない会話をしながら、買い物がてら街並みを歩く。マリナにしてみれば、デートをしているような気分でウキウキ。
悠也とマリナ、この2人が人類軍の戦士なんて、街を行き来する者たちは誰も思わないだろう、ましてや悠也が男の子なんて……。
悠也の耳に、しくしくしくしくと泣き声が聞こえてきた。なんとなく見てみると、1人の女性が蹲って泣いている、一匹の仔猫を抱いて。
男の娘でも男子たるもの、泣いてる女性を放ってはおけないのが性分。
「どうしたの」
声を掛けると、顔を上げた相手と顔が合う。フードを下ろしたままだが、ここまで顔を近づいたら、しっかりお互いの顔が確認できる。
「ユウちゃんさん、助けてくださいです~」
「ジャニスさん」
泣きながら抱き着いてきたのはスタンテングのメイドのジャニス。抱き着いた拍子に、仔猫は路地の奥へ走り去っていく。
「オイ、ユウ、その女、何者なんだ!」
珍しく慌てている。その理由の一つ、この世界で悠也のことを知っているのは人類軍しかいなく、マリナには悠也に抱き着く女性に見覚えがない。もう一つの理由は悠也が抱き着かれているから。
「スタンテングのメイドさんだよ」
この世界に来て、悠也が一番最初に出会った人。
しがみついて泣きじゃくるジャニスを悠也から引き剥がし、何とか落ち着かせ、話を聞いた。
何でも、この街にスタンテングと買い物に来たところ、ふいに仔猫が道に出てきた。
そのつぶらな瞳を見ているうちに、
『ねーねー、ボクを抱っこして』
と言われているような気がしてきたジャニスは、たまらなくなり、ちょこちょこ歩いている仔猫追いかけ、捕まえて抱きしめ、もふもふ感を楽しんでいると、辺りにスタンテングがいないことに気が付く。
「……」
本来、マリナにしてみれば、神鎧族に仕えている人間も裏切者、許されない敵であるはず。だがしかしジャニスの無邪気ぶりに、すっかり毒気を抜かれてしまう。
「なぁ、ユウ、どうする?」
「探してあげよう、放っては置けないよ」
聞く前から、悠也の答えは解っていた。マリナ自身もジャニスを無視するのは心苦しい。
「探すか」
うんと悠也も了承。
悠也とマリナがスタンテングを探しに行く間、ジャニスにはここに残るように言っておく。連れて行ったら、さらに迷子になってしまいそうだったから。
すぐにスタンテングは見つかるだろうと、悠也もマリナも考えていた。何せ、あの巨体は目立つ。
本当にすぐに、スタンテングが見つかった。目線を落とし、キョロまょろしている。
どうやらスタンテングもジャニスを探している様子。
フードを悠也は下ろし、逆にマリナはフードを目深に被りって顔を隠す。
「スタンテングさーん」
手を振りながら大声で呼びかける。
「おお、ユウではないか」
「ジャニスさんが探していましたよー」
ジャニスの名前を聞くなり、パッとスタンテングの表情が明るくなる。と言っても、余程の観察眼がないと気が付かないぐらいの変化。
「そうかそうか、ユウが見つけてくれたか」
こちらへ歩いて来る。自然と神鎧族も人間も道を開けてくれるので、すんなりと悠也の前まで来れた。身分の差というより、スタンテングの迫力がそうさせたのであろう。
ジャニスと出会った経緯を話す。
顔がバレないように、マリナは視線を合わせようとはしない。
話を聞き終えたスタンテング。
「本当に抜けておるの、あの娘は。ユウと出会えたのが幸いか……」
ついついため息を吐いてしまう。
ここでフードを目深に被ったマリナに視線を落とす。
「して、この者はユウの恋人か?」
いきなりであった。
本心で言えばマリナにしてみれば嬉しい発言。しかしスタンテングは悠也を女の子と思っている。すなわちマリナを男と思い込んでいるといるということ。
『私は女だ!』と叫び出したいところだが、男と勘違いしてくれているのは都合がいい状況なので、ぐっと堪えた。
悠也も吹き出しそうになるが、こちらもぐっとがまんがまん。
「して、早速で悪いのだが、ジャニスの元に案内してもらえぬか」
最強の神鎧族、神鎧族の神とされるスタンテングと、ラスボスとして狙っている人類軍。
神鎧族から、人間を救うと伝承のある黒衣の女神と思われてしまった悠也が、一緒に仲良く歩いている。考えてみれば奇妙な光景。
待っているはずの場所には、ジャニスはいなかった。代わりに卑しい笑みを浮かべた男が1人。
卑しい笑みの男の手にはホワイトブリムが握られている。それは見間違えることは無い、ジャニスのもの。
「貴様ァッ、ジャニスに何をしおった!」
彼らしくない剣幕で掴みかかろうとした。
「おっと、スタンテングの旦那。オレに手を出したら、メイドがどうなるか解りませんぜ」
ピタッとスタンテングの動きが止まる。
「そうそうメイドの命が惜しいんでしたら、黙って、この場所に行けばいいんです」
一枚の紙切れを渡す。
紙切れを受け取り、怒りに身を震わせながら見る。
気付かれないように、チラッとマリナは紙切れを覗く、それは地図。
物凄いとしか言えないスピードで指示された場所を目指し、スタンテングは走り出す、まるで暴走コンボイ。
そんなスタンテンの様子をへらへら見ながら、卑しい笑みの男は立ち去っていく。
一度、悠也とマリナはお互い顔を見合わせ、卑しい笑みの男の後を追う。
人気の無い場所に来た卑しい笑みの男は“漂流物”携帯電話を取り出し、
「上手くいったぜ親分、今、そっちにスタンテングの野郎が向かている。後は任せました」
電話を切ったのを見計らい、
「あの~、ちょっといいでしょうか」
うつむき加減でもじもじする悠也。その仕草、真実を知らなくても、知っていても萌え力満点。
「な、何か用かな、お嬢さん」
卑しい笑みの男の鼻の下が伸びて行く、完全に騙されている。
「あのね、おじさんに話したいことがあって」
ぎこちなく、卑しい笑みの男に顔を近づける。
今にも興奮で爆発しそうな卑しい笑みの男の襟を掴み、
「昇天せえや」
投げ飛ばして、ついでに関節を決める。
慌てて落ちた携帯電話を拾おうとしたが、
「さてと、浚ったメイドの場所を話してもらおうか」
先にマリナが拾う。
「ケッ、誰が話すもんかよ」
予想通り話す気は全然なし。
「安心しな、どんな猛者でも素直になってしまう、楽しい楽しい拷問を知っているからさ。一度、試してみたかったんだ、私」
わざと相手に陰険と思わせる微笑みを浮かべた。たちまち、青ざめる卑しい笑みの男。逃げようにも、がっちり関節を決められている為、動けない。
一歩、また一歩とマリナは卑しい笑みの男に近づいて行く。
指定された場所に走って来たスタンテング。ここに到着するまで、ただの一度も休むことなく止まることなく、それでも息切れしてはおらず。
大きな建物、入り口は大きなドアが一つしかない。
取っ手を掴む、開かない。奥で閂が掛けられて、ドア自体も鋼鉄製で分厚く、丈夫。
「鬼殺獄越流、砲拳」
握りしめた拳をドアに叩き付ける。たった一撃で鋼鉄製の分厚いドアが、簡単に吹っ飛ぶ、まるで玩具のごとく。
「よく来たじゃねぇかよ、スタンテング」
建物の中には両肩が外骨格に覆われた中肉中背の男が立っていた。中肉中背と言っても神鎧族サイズで。
「やはり貴様の仕業か、ムアルガマ」
隠しきれない怒気がオーラとなり、全身に漂わせる。
「よく解ったな」
ヒッハハハハッと、中肉中背の神鎧族、ムアルガマは厭らしく笑う。
「こんな腐った真似をするのは、我には貴様しか思いつかんのでな。そこまでして、我の領地が欲しいか」
スタンテングの領地と隣接する領地の領主がムアルガマ。
以前からスタンテングの領地を狙って、様々な工作を仕掛けて来ていた。
ムアルガマに近づいていく。ズシンズシンと、進む足の一歩ごとに怒りが込められている。
「おいおい、いいのかぁ。オレ様に手を出してみな、お前のメイドがどうなるか」
ピタッとスタンテングの歩みが止まる。それでもムアルガマに殴りかかりそうな迫力。
「あの顔を滅茶滅茶に引き裂いてやろうか、手足を切り落としてやろうか。オレ様が連絡すれば、すぐにそうなるからな」
今にも怒りで爆発しそうだったが、
「好きにせい」
ドーンとその場に、スタンテングは座り込む。
その言葉を待っていたムアルガマが口笛を吹く。
建物のあちらこちらから、手下の神鎧族と人間が出て来る、全員、手には鉈や斧などの重い凶器を手にしていた。中にはチェーンソーのような“漂流物”もあり。
「そうそう、それでいいんだよ、お前はオレ様に、黙って殺されればな!」
ムアルガマが手を振り下ろして合図を出す。一斉に手下が襲い掛かった。
斧や鉈などの重量級の武器で殴られ叩かれ、“漂流物”のチェーンソーで切り裂かれても、スタンテングは微動だにしない。
いくら防御力が高くとも、痛覚が無いわけではない、痛みは感じているしっかりと。
それでも動かない、ただひたすら黙って耐えている。
高レベルの神鎧族のスタンテング、すぐに傷は治癒。
治る傍から、傷つけられる。再生力が強い分、苦痛は長く続く。
にも拘らず、悲鳴1つ上げない。
「強力な治癒能力でも限界はある。それまで痛めつけてりゃいいんだよ」
大鉈を取り出し、ムアルガマは鞘から抜く。刃渡りは2m、厚さ5cmもある。この日のために作らせた、特注品。
「これでお前の領地はこのオレ様の物になり、おまけに最強の神鎧族を倒した称号のまで手に入る。今日は人生最良の日だ」
ヒャハハハハッと笑う、止めは自分で刺すつもり。
ポイと鞘を投げ捨てた時、建物の中に2頭の馬が飛び込んできた。
1頭に乗っているのはマリナと、彼女の腰に掴まる悠也。もう1頭に乗っているのは、
「スタンテング様~」
メイドのジャニス。
拷問を行うまでもなく、あっさり卑しい笑みの男はジャニスの監禁場所を白状した。
卑しい笑みの男を当身で気絶させ、放置。
監禁場所は街から、あまり離れていなおらず、馬を飛ばして、すぐに到着。
その場所で簀巻きにされたジャニスを見張っていたのは、人間のチンピラのみで神鎧族の姿はなく、人数も5人と少ない。
もしものことを考え、ムアルガマは神鎧族と人員を、対スタンテングに集中させた。それが命取り。
悠也とマリナは監禁場所に突入。何の抵抗もさせず、あっという間にチンピラを叩きのめし、ジャニスを救出。
積もる話もあったが、今はスタンテングの元へ向かうのが先決。チンピラの馬を1頭拝借し、駆けつけてきた。
呼び出された場所は、マリナが覗き見て把握している。
一瞬であった。今まで黙って攻撃を受け続けていたスタンテングが、ジャニスの姿を確認するなり、座ったままの体制で両腕の拳を軸回転を加えながら、同時に左右に突き出す。
いわゆるコークスクリュー・ブローなのだが、怒気と闘気を含んだ、それも高レベルの神鎧族のパワーから放たれたコークスクリュー・ブロー。その威力は凄まじく、まるで竜巻を起こしたかのごとく、攻撃を続けていた手下をふっ飛ばした、一度に全員を。
壁や天井、柱に叩き付けられ、人間の手下は全滅。神鎧族の何体かは生き残った。
ゆっくりと立ち上がるスタンテング、傷口が塞がり、消えて行った。恐ろしい眼でムアルガマを睨み付ける。
「ひっ、かかれ!」
と悲鳴を漏らしたムアルガマは、生き残った手下に攻撃を命令。
悠也、マリナ、ジャニスは邪魔にならないよう、一緒に建物の隅へ。
この戦いはスタンテングのもの、悠也とマリナが手を出していいものではない。
それは戦いと言っていいものなのか、迷ってしまうほどの、一方的な展開。
襲い掛かった神鎧族の生き残りたちが、スタンテングの拳の一発で、一蹴りで粉砕されていく。
一撃一撃が必殺。神鎧族の防御力と再生力を簡単に上回る。
「けほん」
建物の隅にいた、悠也が可愛らしい咳払いをする。
「むっ!」
一体の神鎧族の頭を掴み、振り向きもせず、背後に投げつける。
加速の付いた神鎧族は、物陰で“漂流物”のM16A1を構えていた神鎧族と激突。
短い時間で神鎧族の手下を全滅。
「残りは貴様一人だ、さぁ、掛かって来るがいい」
片手持ちから、ムアルガマは大鉈を両手持ち変え、
「オレ様が、直接、切り刻んでやらぁ」
上段に構え、スタンテングに向かう。
「最初からメイドも殺すつもりだったからよ、ちょうどいい、まとめてぶっ殺してやらぁ!」
ただ単に力任せに振り下ろしたのではない、ちゃんと腰の入った上段からの攻撃。
腰の入った大鉈をスタンテングが素手で掴み止める。
「!」
力を入れ握り砕く、刃渡りは2m、厚さ5cmの大鉈を。
驚愕と恐怖で金縛り状態になったちムアルガマの頭上に、手刀を上げた。
「鬼殺獄越流、斧手」
一気に頭から股下まで一直線。
斧で割られて薪の様に、ムアルガマは真っ二つ。いくら神鎧族でも、こうなったら再生は不可能。
「スタンテング様~」
メイドのジャニスに抱き着かれ、やっと怒りが静まる。
「すまぬ、我がいながら……」
頭を撫ぜてやろうとしたが、手が血まみれだったのでやめた。
そんなスタンテングとジャニスを無言で、見ている悠也とマリナ。
「ユウちゃんさんたちが助けてくれたのでありますです」
「解っておる」
聞くまでもなく、そのことは察している。
ジャニスから離れ、悠也とマリナの前へ。
「またジャニスが世話になったな。助け出してくれて心より、感謝をいたす、あの“漂流物(M16A1)”を持った神鎧族のことも」
「何のことかな……」
とぼけて見せる。
「この恩は必ず」
深々と頭を下げた。
「恩なんて必要ありません、人質を取るになんて、卑劣な真似をする奴を見逃せなかっただけで」
マリナも同じ気持ち。神鎧族と戦う人類軍の戦士でも、あんな奴らは許せない。
「頭をあげてください、スタンテングさん」
頭を上げさせる悠也。
ぐう~、ここで空気を読めないジャニスの腹の虫が鳴き、一気に場の空気が抜けてしまう。
「そういえば昼食を摂ってなかったな……」
迷子と誘拐で食べている間がなかった。
「すまんな、ユウとつれ合い、礼は今度しよう」
お腹を減らしたジャニスを連れ、建物から出て行く。
「ジャニス、何か食べたいものはあるか?」
「オムライス」
去って行くスタンテングとジャニスの後ろ姿を、見ている悠也とマリナ。
油断しきっている、今ならば【骸空】で刺すことが出来る。悠也の実力あれば。
だが、やろうという気持ちも考えることさえも起こらない。
マリナもまた、やれと指示はしない。いずれは戦わなくてはならなくなる最強の敵、ラスボスのスタンテング。その実力を目の当たりにしても、あんな真っすぐな相手を背後から不意打ちしろとは言えない、人類軍の戦士でも。
人類軍としての誇りだけではない、人としての誇り。
誇りを捨ててまで勝つことに意味などはなし。
悠也とマリナは、この時、同じことを考えていた。このシチュエーション、ここにジーニアスがいたなら、どう判断するのだろうか……。
普段怒らない人が怒った時は怖い。
次回は引っ越し先に、悠也くんとマリナが行きます。