第4章 旅立ち
人類軍のお引越し、悠也くんとマリナは2人旅。
インの支配していた領地内でも、一番大きな街。
非常に見晴らしのいい噴水の前に、ジーニアスに連れられた悠也は来ていた。
丁度、時間も良かったので人通りも多い。この世界では2度目に訪れる大きな街。
ここもRPGで出て来るような街並みだけど、スタンテングの街とは違い、はっきりと神鎧族と人間の身分の違いが、見て取れるほどにはっきりと解る。
インほどではないが、豪華な邸宅とバラックよりはましな粗末な家が大通りを挟んで並んでいる。どっちが神鎧族の家で、どっちが人間の家か調べてみるまでもない。
堂々と歩く神鎧族に対し、縮こまって歩く人間。道で遭遇すれば、いそいそと人が道を譲る。
泥を跳ね飛ばしたという、くだらない理由で人間に暴行を加える神鎧族。
路地裏では人間同士の間で、強奪やひったくりなどの犯罪行為まで行われていた。
秩序や治安も悪し。
往来する神鎧族と人間たちに向かって、ジーニアスは8個のインの指輪をばら撒く。
いきなりのことに驚きながらも、その特徴的な指輪の持ち主が誰なのかは、すぐに知れること。
「もうインは存在いたしません、葬り去られたのです。証拠は、その指輪で十分でしょう」
どよめきが神鎧族の間にも人間の間にも起こる。
「聞いてください、皆さま、伝説の黒衣の女神、ユウ様がご降臨なされたのです、今、ここに」
ゴスロリ姿の悠也を指し示す。
驚愕が荒波のごとく押し寄せ、一斉に悠也を注目。こんなに大勢に注目されれば、男の娘としてじっとはしていられない。気恥ずかしそうにちょっとだけ俯く、可愛らしい流し目がポイント。
「黒衣の女神、ユウ様は人類軍に来てくださいました。私たちは神鎧族の支配から、人類を解放することをここに誓い致しましょう」
ジーニアスの宣言を合図に物陰に隠れていたマリナたちが“漂着物”の重火器を構え、神鎧族たちに照準を合わせる。
取り囲まれる形になった神鎧族たち。
「み、認めるものか、人間の分際でぇぇぇぇ!」
激高した1人の神鎧族の男がジーニアスに襲い掛かった。
集まった誰もが気付いた時には、悠也は神鎧族の懐に飛び込んでいて、腹に掌打を打ち込む。
襲い掛かって来た神鎧族の体は、吹っ飛び、倒れ、意識を失う。
見た目は可愛い美少女が、大の大人より二回りも大きい神鎧族の男をふっ飛ばした。それも片手の一撃で。
「黒衣の女神様だ」
群衆の中の1人が言った。実はジーニアスが紛れ込ませたサクラなのだが、その一声を引き金にして、一気に黒衣の女神様コールは民衆に広がって行った。
歓声を浴びるのは、好きな悠也。初対面の人なら、なおさら。ついついほくほく笑顔。
それが可愛く、さらに歓声を強くする。
振り撒かれる笑顔は三つの印象を与えた。人間には萌えと信仰心。神鎧族には萌えと畏怖。
ジーニアス1人だけ、冷ややかの目で悠也を見下ろす。
街を離れ、悠也とジーニアスは駐車してあるハンヴィーに向かっていた。マリナたち他の戦士は、少し遅れて着いて来ている。
「なぜ、あの神鎧族を殺さなかったのですか?」
ジーニアスは問う。悠也の実力ならば十分に【骸空】を抜き、斬ることが出来たはず。
「だって、あの神鎧族は腰が引けてたよ、殺気もなかったし。いくら敵でも殺す必要はないんじゃない」
人類の天敵たる神鎧族とはいえ、へたれた相手を斬る気にはなれない。
少し間を置き、
「ユウ様がそうご判断なさったのなら、それでいいのでしょう」
ふと歩くのを止め、眼鏡の奥の目で悠也を見つめる。
「ですが、これだけは憶えておいてください。時には非情さも必要になるということを」
高レベルの神鎧族、インが葬り去られた。街に残された8個の指輪が証拠。
この情報は、一気にインの領地を駆け巡る。神鎧族の中には、直接、屋敷に赴き、真偽を確かめたものもいたが、情報が正しいと証明する結果となった。
逃げ出す神鎧族も現れ、こうしてインの領地の人間は支配と圧政から解放された。
これはこの世界で初めてのこと。
しばらくの間、人類軍は他の神鎧族の報復や見せしめがあるかもしれないと警戒を怠らずにいた。けれど《黒衣の女神様》の伝承が、一種の防壁となり、他の神鎧族の襲撃は起こらずに済む。
数日後、人類軍のアジトではパーティが開かれていた。初めての高レベルの神鎧族を倒し、食料として支配されていた人間を解放したことの祝いと……。
燃え上がる炎に炙られる丸ごと牛一匹、滴り落ちた油と肉汁がパチッと火花を弾けさせる。
子供たちは木の枝に刺したマシュマロを焼く。
大人たちは炎を取り囲み、戦士たちは酒を飲み、並べられた様々な料理を食べて楽しむ。
「引っ越しするの」
「ああ、インの領地を解放したからな、別の高レベルの神鎧族に目を付けられる前に拠点を移すんだ」
焼き立ての肉を食べる悠也。マリナに酒を進められるが、未成年なのて断った。この世界では日本の法律は関係ないだろうが、飲んだことが無いのでやめておく。
このパーティは、この地へのさよならパーティでもある。
「引っ越しか……」
このアジトでの生活にも慣れてきたのに、少し寂しい気がする。
やがて酒の入った女性が歌い出し、ノリのいい男が歌に合わせて、ダンスを踊り出す。
楽器を持ち出して、演奏を始めるものも。
テンションの高くなった戦士たちも歌やダンスを踊り始めた。
そんな様子を酒をちびちび飲みながら、ジーニアスは見ている。
「よし、僕も歌う」
酒は飲んではいないが雰囲気に当てられ、テンションの高まった悠也は立ち上がり、炎の前へ。
「よっ、待ってました」
はやし立てるマリナ。
一度も深呼吸してから歌い始めた。秋葉原で鍛えた歌声、評判も良く、カラオケでも高得点を連発させたことあり。
歌だけではない、どう振付をしたら可愛く見えるのか、どの角度で視線を送れば、相手をときめかせることができるのか研究済み。
「黒衣の女神様、歌もうまい……」
「もう俺、夢見てるみたい」
「可憐だ」
うっとりとするものもいれば、歌に合わせて楽器の演奏、ダンスを踊る人もいた。楽しい楽しいパーティ。
「おーい、脱げ脱げ!」
体に似合わないほど、パティはガツガツ肉を食い、酒をがぶ飲む。 パティの要請には、当然ながら従わない。
翌朝、引っ越しの準備が始まる。
各々のゲルを畳み、骨組みと共にコンパクトにまとめていく。
纏めた荷物は荷馬車に積んだり、馬の背に固定する。
特に大きなパティのゲルを畳むのは大変な作業だが、ここに携わっている連中は、パティを除けば力自慢ばかりなので、着々と作業は進んでいっている。
ちゃんとゴミの掃除もしておく。飛ぶ鳥跡を濁さず。
悠也もマリナを手伝い、今日まで寝泊まりしていたゲルを畳んでいると、
「マリナ、少し、いいでしょうか」
ジーニアスに呼ばれたマリナは傍へ行き、何やら話をしていた。
戻ってくると、
「ユウ、お前、乗馬できるか?」
首を横に振る。乗馬どころか、この世界に来るまでテレビでしか馬を見たとこはなし。スタンテングの馬に乗せてもらったことはあるけど、あれは乗馬とは言わない。
「……そうか」
何故か嬉しそう。
翌朝、荷物を纏め上げた人類軍の戦士たちは、馬車や馬に乗り、新しい土地へと旅立つ。
キャンピングカーやハンヴィーなどの“漂着物”は目立つので、日が落ちてから別ルートで新しい土地へ向かう。
自分も馬車に乗っていくのかなと思っていたら、
「ユウ、私たちは別行動だ。これを着ておけ」
マリナに、フード付きのマントを手渡された。既に彼女はフード付きのマントを着込んでいる。
マントを着ながらマリナを追うと、荷物を背負った少し大きめの赤毛の馬がいた。
鞍に跨るとマリナは、
「乗れ」
と手を差し出す。
昨日の質問はこれだったのかと、マリナの手を借りて馬に跨った。
馬の背には荷物を積んでいる。スタンテングの巨大馬ではないので、跨る場所は狭くなり、自然と密着する形に。
にんまり笑むマリナ。
人類軍の向かう先は同じ。“漂着物”の部隊もルートは違えでも一緒の場所を目指している。
ところが悠也とマリナの乗せた馬は、全く別の方向へと走り出す。
どこへ行くのか聞こうとすると、
「喋るな舌を噛むぞ」
言われて黙った。悠也だって舌を噛むのはごめんである。
マリナは馬の手綱を操る。バイクの操縦もうまいか、乗馬も上手。
馬は走った、走って走り、途中、水辺でサンドイッチで昼食を摂り、馬を休ませ、再び馬に乗って走る。
町や村に寄ることなく、どんどん、人里を離れていく。
ところどころ岩場のある、草原に差し掛かったところで日が暮れ始めた。
「今日はここまでにしよう」
手綱を引き、馬を止め、降りる。
続いて悠也も降り、背伸び。
馬の背に積まれた荷物を下ろし、悠也はテントを立てる。材質はゲルと同じ白奏狼の毛皮。小学生の時、キャンプで立てたことがあり、邪魔になる小石や枝を取り除き、てきぱきと作業を進める。
その間、マリナは火を起こし、焚火を始めた。
焚火で干し肉を炙って、夕食。
今日一日、馬の上だった。ずっとマリナの腰に掴まっていただけでも、長時間馬に乗った経験もなく、疲れた悠也。焚火のポカポカとした暖かさを身に受けているうち、ウトウトしてくる。
コテンと倒れた先がマリナの膝の上、つまりは膝枕。
自分の膝の上で、すやすやと寝息を立てている悠也の寝顔。
「か、可愛い、可愛すぎる~」
思わず鼻血を出しそうになり、手で鼻を抑える。
焚き木をくべ、火を絶やさないする。膝枕で眠る悠也の体を冷やさないように。
ピタ、焚き木を持ったまま、マリナの手が止まる。
起こすこともなく、周囲から漂ってくる気配に、悠也も目を覚ます。
ゆっくり立ち上がる悠也とマリナ。
岩場の陰から男たちが出て来る。髭も髪も伸び放題、着ている服も薄汚れていた。それぞれ手に山刀を持って、目付きだって尋常ではない。
「こんなところで女性2人だけなんて不用心だぜ」
「いいことしてやるよ、お嬢さんたち」
「抵抗すると、痛い思いをするだけ」
「ケッケッケケ、金目のものもたっぷり持っていそうだ」
「楽しんだ後は売り飛ばしてやる」
皆、嫌らしい笑みを浮かべ、悠也とマリナを取り囲む。盗賊、それもかなり質の悪い部類の。
最初に襲い掛かってきたのは巨漢の男。完全にか弱い女の子と悠也を勘違いしていて、嘗め切りと欲望を露にしてていた。
そんな巨漢の男を片手で投げ飛した。ただ単に投げ飛ばしたのではない、他の盗賊を巻き込むように投げ飛ばす。
巨漢なので多くの盗賊が下敷きになり、ノックアウト。
すでにマリナは殴りかかっていた。ボコボコに盗賊たちを殴り飛ばしていく、どこか殺気じみている。
「このアマ!」
怒り心頭、盗賊たちは山刀を振り回し、襲い来る。
股間を蹴り上げるマリナ。
『痛そうやな』
気の毒に思いながらも悠也は山賊を投げ飛ばしていった。
いくら人数で勝っていても山刀を持っていても、マリナも悠也も神鎧族と戦ってきた。この程度の盗賊など、敵でなし。
見た目で判断した盗賊の運の尽き。
大した時間もかけることなく、盗賊全員を叩きのめした。
「こいつらは?」
「街からの逃亡者だ。戦おうともせず、神鎧族から逃げ出し、旅人たち商人を襲って稼いでいる。自分より、弱いものしか襲わない、グズさ」
丁寧に教えてくれたが、その口調には怒りが込められている。
神鎧族の支配から人間を解放するため、戦っているマリナにしてみれば、人間を襲う人間は、とても許せない裏切者。悠也がいるからこそ、殺めずに済んだ。
人類軍の中にも、神鎧族の支配から逃げ出してきたものは、数多くいる。
そんな人たちは神鎧族と戦っている、命がけで。戦闘に参加できない人も自分のできることを見つけ出し、自分なりの戦いをしているのに。
『こっちにも、こんな連中がおるんやな……』
翌朝、馬に跨り、出発。のびたまま盗賊団は放置。何かあるかもしれないが、自業自得、そこまで面倒は見ていられない。
やがて道はごつごつとしたとした硬いものになり、大きな岩山の前で馬が足を止めた。
「着いたぞ」
馬から降り、悠也は岩山を見上げる。
「ここは―鉱山」
「そうだ」
馬から降りたマリナは綱を繋ぎとめ、ごくろうさんと馬の頭を撫ぜてあげる。
この岩山、鉱山が目的地、なぜこんなところにと質問をするよりも早く、
「行くぞ、みんなに紹介する」
と鉱山を登り始める。
「ああ、待ってよ」
坂道を駆け上がる。
「よう」
鉱山内で働く鉱山労働者たちに、フードを取ったマリナが声を掛けると、
「おお、マリナじゃないか」
1人が言ったのを合図に、作業を、一時中断、皆、マリナの方に顔を向けた。
「元気でやっていたか」
「ジーニアスの様子は?」
「パティは相変わらずか?」
「誰もケガなんかしてないよな」
人類軍の近況を聞きたがる。
「そこのお嬢さん、見ない顔だな、新しい仲間か?」
ここで悠也の存在に気が付いた、鉱山労働者たち。
「聞いて驚け、この御方が、あの伝説の黒衣の女神様だぜ」
この印籠が目に入らぬかとか、余の顔を見忘れたかな乗りで紹介。それに合わせてフードを下す。
「なんだと!」
「黒衣の女神様だと」
「この御方が」
「ついに、この世界に来てくださったか」
「どうりで可愛いはずだ」
口々に褒めたたえ、大歓迎。
鉱山で働いているだけあり、皆、屈強で薄汚れてはいる。しかし、あの盗賊たちとは違い、汚らしさは無い。誰もがはきはきとしていて明るい。
「ユウと申します、これからよろしくお願いしますね」
可愛く会釈。
ここでも黒衣の女神様と歓声が起こり、誰からともなしに、ゴシゴシ服で擦って手の汚れを落として、皆、握手を求めてきた。
応じてあげようと、悠也が手を伸ばすと、
「おい、野郎ども汚い手で黒衣の女神様に触れるんじゃねぇ」
奥から杖を突いた、誰よりも一回り屈強な男が出できた。足が悪いようで右足を引きずっている。
鉱山労働者たちは、口々に親方と呼ぶ。
「トーマス、来てやったぞ」
マリナが手を振る。
杖を突いた男、トーマスが、この鉱山の責任者。
「こんなむさい所に、よくぞ来てくましたな。お茶でも入れましょう」
奥にある小屋へ案内。
「オイ、マリナ、お前にもご試走してやる、来い」
「はいはい、ありがたく、ごちそうになるよ」
右足を引きずりながら先を歩く、トーマスの背中をじっと見ている悠也。
「……」
小屋の中には簡素な机とベットがあり。
トーマスはケトルをストーブに掛け、お茶の準備を始める。ポットに入れた茶葉はダージリン。
悠也とマリナは椅子に座って、紅茶が出来るのを待つ。
「この鉱山が人類軍の資金源なんだ。まぁ、正規のルートじゃ捌けないから、売るのは闇市だけどな、これはしょうがないだろ」
むしろ闇市なら高値で売れることもあるし、情報も仕入れやすい。
「他にも幾つか人類軍は隠し鉱山を持っていてな、“漂着物”の材料も調達しているんだぜ」
どうやらジーニアスは悠也が、人類軍の資金源を気にしていることに気が付いていたよう。だから、ここに連れて来させた。
これが人類軍の資金が豊富な理由。石油も隠し油田から入手している。
「他にも牧場や畑も隠し持っている」
トーマスが3人分の紅茶を持って来た。
なるほどと悠也は納得。いくら神鎧族相手でも窃盗や略奪を行っていたなら、後ろ暗いことになる。
アジトと違い、鉱山や牧場や畑は移動できないので、隠し所有している。
ティータイムが終了したのを見計らい。
「その足、事故にでもあったの」
と聞いてみた、悠也らしくない、不謹慎な質問。
「ああ、一度、背中から落ちてな。それっきり、右足が言うことを聞きやがらねぇ。昔は野郎どもと、穴を一緒に掘っていたんだが、今じゃ、命令しているだけだ。情けことに、な」
それを聞いて『やっぱり』と悠也は内心呟く。
口調と態度から、トーマスが本気で悔しがっていることが知れた。視線は悔しそうに、動かない右足に注がれている。
「その足、僕が治してあげるよ」
えっと驚き、マリナとトーマスは、同時に悠也を見た。人類軍にも医者はいる。その医者が治らないと判断したのに。
「心配ないから、ベットにうつ伏せに寝転がって」
言われたとおり、トーマスはベットにうつ伏せに寝転がった。
スーッと首元こら腰に掛け、背骨を摩る。
何をしているのか不明。でも悠也のことだから、おかしなことはしないだろうと、安心して見ているマリナ。
「……ここだ」
ピタッと背中の一部分で手が止まる。
「行くよ、力を抜いて」
両手で背中を押す、グキッと骨が鳴る。
「!」
声にならない声を上げるトーマス。痛さと快感が同時に来た。
右手で背中を抑え、左手でトーマスの左手を持ち、捻る。バキッボキツと骨が鳴り、左右の手を入れ替え、今度は右手を持って捻った。
一頻り施術を終え、ふぅと息を吐く。
「起きて、右足を動かしてみて」
起き上って言われた通り、恐る恐る右足を動かしてみた。すると、どうだろう、憎々しいまでに動かなかった右足が、ゆっくりではあるが動いたではないか。
「これが、これが黒衣の女神様の力なのか!」
今にも立ち上がって飛び上がって喜びたいが、流石にそこまでは治癒してはいない。
「後は、ゆっくりリハビリしたら、元通りに動くようになるよ」
「ありがとう、感謝する、黒衣の女神様」
『汚い手で黒衣の女神様に触れるんじゃねぇ』と言っておきながら、感極まり、両手で握手してしまう。
「おい、見ろ、黒衣の女神様が足を治してくれたぞ」
まだ杖は手放せないが、動くようになった右足を鉱山労働者たちに見せる。
「本当だ」
「動いてる!」
「すごい」
「これが黒衣の女神様の御力か」
鉱山労働者たちも我がことのように喜ぶ。
「待ってろ、オレも時期に穴を掘れるようになるからな。前の様に掘って掘って掘り尽くしてやる」
任せろと、胸をドーンと叩く。
「待ってますぜ、親方」
「戻ってきたって、負けませんよ」
「無理だ無理、帰ってきた親方に勝てるわけがないだろう」
口々にはしゃぎ、喜び合う。
「何をやったんだ?」
小屋の外で聞く、知りたくて仕方がない。
「トーマスさんの背骨がズレてたんだ。多分、落ちた時の衝撃でそうなったんだと思う。そのズレた部分が原因で右足が動かなくなっていたから、背骨を正しい位置に矯正したんだよ」
後ろからトーマスの背中を見た時から、もしかしたらと思い『背中から落ちてな』と聞いて確信を持つ。
古武術を応用すれば医術にも使えるのである。敵を倒すことだけがだけが武術ではない。
説明を聞いても、マリナはチンプンカンプン。それでも、悠也か医者にも治らないと言われたトーマスの足を治したことだけは理解した。
こうして悠也は黒衣の女神様の伝説に、一つ拍を付けてしまう。
人類軍の資金源を悠也くんが知りました。