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黒衣の女神は男の娘  作者: マチカネ
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第3章 男の娘VSオネエ

 ユウくんの人類軍での初戦になります。

 ジャニスを襲っていたナイフ使いの暴漢にカストと名前を付けました。当初はモブの予定でしたが、ストーリーに絡むことになったので。1章と2章も修正しました。


 日が完全に昇りきらない早朝、悠也はハンモックから降りた。マリナは爆睡中、起きる気配すらなし。

 起こさないように、そっと外に出る。




 寝間着のまま、両目を閉じ、ゆっくり深呼吸。

 目を開け、無駄のないように腕、肩、胴、足、腰を動かし、呼吸が乱れないように整えつつ、技を出す。

 誰もいない空間に掌打を放ち、間合いを詰め、さらに左右同時に掌打を放つ。

「やっぱり、体が軽い、技の切れもええ。こっちにきてから、無茶苦茶、調子がええやんか、なんでや」

 不思議さを感じながらも、訓練を続ける。

 人類軍で戦うことになった。ジーニアスの『私たちはスタンテングこそ、最強の神鎧族、神鎧族の神ではないかと考えております』の話が正しいのなら、いずれスタンテングと戦うことになる。

 再び目を閉じ、スタンテングの姿を思い浮かべる。

 2mを越える頑丈すぎる筋肉を持つ男。その男が祖母から聞かされた、鬼殺獄越流を使う姿をイメージ。

 たださえ、あの体格から技が放たれればとてつもない威力になるだろう。ましてや神鎧族、さらに鬼殺獄越流を体得していれば驚異的。

 襲い来るスタンテング、迎え討つ悠也。どうやって戦うのか、どうやって倒すのか、様々な戦闘法を意識の中で流していく。

「朝から精が出てるじゃないか」

 パテイに声を掛けられ、意識が現実に帰還。

「相変わらず、良い尻しているな。乳をデカくする“漂流物”があれば使ってやるのにな。きっともろにワシ好みになる」

 “漂流物”である悠也には、その“漂流物”に心当たりがある。胸パットぐらいなら使った経験あり。それ以上のことはする気はないし、嫌である。そんな“漂流物”が見つからないことを祈るのみ。

「しかし早起きだねぇ、この時間は、殆ど、まだ寝ているぞ」

「いつもこの時間には、起きています。たまに寝坊することもありますけど」

 本当のこと、試験期間中以外は、悠也は早起きして古武術の訓練を行っている。これは毎朝の習慣、寝坊した時以外は。

「パティさんも早いじゃないですか」

 周囲には悠也とパティの姿しか、見当たらない。

「いやいや、ワシは徹夜明けだ。これから、寝るところだ」

 カッカカカカッと下品に笑う。




 アジトの青空食堂での朝食。スタンテングの屋敷ではワッフルと紅茶を食べたが、朝食とはいえ、この世界における本科的な食事は初めて。悠也の朝食は、いつもごはんとみそ汁とおかずのシンプルな和食。気分によってはトーストやシリアルを食べることもある。

「おーい、ユウ、こっちだ、こっち」

 欠伸しながら、マリナが手招き。

 弱みを握られているだけに拒否もできず、隣に座る。

 テーブルには朝食が用意されていた、マリナが持ってくれたもの。

 固そうだけど焼き立てのパン、豆のスープ、いり卵とソーセージ、サラダ。

 悠也が座るのを確認し、マリナは食べ始める。

 悠也も手を合わせ、

「いただきます」

 食べ始めた。訓練の後なのでお腹の減り具合もよし。

 塩、コショウを中心にした大雑把な味付け、サラダに掛けられたドレッシングもオリーブオイルと酢と塩、コショウだけで作っていあった。でも美味しい。

 美味しいけど、贅沢をを言えば醤油が欲しいなと。異世界でも、やっぱり日本人。

 食べているうち、ふと悠也は疑問を感じた。

 朝食中の人類軍のみんな、全員ではないにしろ、美味しそうに楽しそうに食べている、食料は豊富。“工房”で使用される素材も不足しているようには見られない。どこから仕入れていて、資金はどうしているのだろうか?

 人類軍で戦うと決めた裕也。けれど盗みや強奪のようなことに協力するのは嫌だなと、正直思う。

「何、辛気臭い顔してんだよ、飯は楽しく食わないと、もったいないぞ」

 言われてみれば、その通り。とても朝食は大事、朝食を抜いたら、学力も体力も落ちるし、太る原因にもなる。

 悠也は朝食に専念することにした、考えるのは後回し。




 朝食の後、人類軍の戦士たちは、それぞれの時間を過ごす。

 馬のお世話、馬車やゲルの手入れ、青空教室での授業、洗濯物を干す人、読書を楽しむ人、揺り椅子でうたた寝する人。

 牧歌的な日々の風景、とてもレジスタンスのアジトには見えない。




「この可愛さで男なんて、ルール無用の常識破壊だぜ」

 ゲルに戻るなり、マリナからの過激なスキンシップを仕掛けられる悠也、大きなクマのぬいぐるみの気持ちが解る。

 過激なスキンシップを受けていても、可愛い可愛いと言われることは悪い気はしない、寧ろ嬉しい。

 マリナにバレたことは、悠也にとって吉なのか凶なのか?

 突然、外からトランペットが聞こえてきた。でたらめに吹いているのではなく、ちゃんと曲になっている。

「あれ、何だろう」

 この世界に来て間もない悠也の聞いたことのない曲。吹き鳴らされる音楽は大きく、アジト全体に聞こえるほど。

 ついさっきまで過激なスキンシップをしながら、ニヤニヤしていたマリナの顔が、ボンカーと戦った時のような真剣なものになる。

「呼び出しだ、悠也、行くぞ」

 説明のないまま、マリナは外へ。何が何だか解らないが着いていく。



 アジトの中央でトランペットを吹いていたのはジーニアス。彼を中心にして、人類軍の戦士たちが集結してきていた。

 あのトランペットは、緊急招集の知らせ。

 皆の終結を確認し、トランペットを口から離す。

「皆さん、よく集まってくれました」

 冷静なジーニアスに比べ、他のみんなは緊張気味。これから何が始まるか解らない悠也にも、緊張感は伝わってくる。

「まず初めに黒衣の女神、ユウ様が、我々、人類軍に加入してくれたことをご報告いたします」

 昨夜のうちに悠也が人類軍に参加することはマリナが話しておいた。約束通り、秘密は守ってくれている。

 一斉に黒衣の女神をたたえる歓喜の雄たけびが人類軍の間に木霊して行く。

 それを聞いているうち、悠也も嬉しくなり、皆に笑顔を送り、手を振ってあげると、ますます歓喜の度合いは膨れ上がる。今にも胴上げしそうな勢い。

 大きな咳払いを一つ、ジーニアスがした。たちまち、歓喜の雄たけびが止み、皆、戦士の顔になり、ジーニアスの方を向いた。

 自然に悠也もジーニアスの方を向き、姿勢を正す。

 ここからが本題。

「これまで我々は守るための戦いしか出来なかった。守るための戦いと言っても人類軍の戦闘力では中級程度の神鎧族がやっとだ。高レベルの神鎧族とは戦うことはできず、多くの人間を見殺しにすることしか出来ませんでした」

 人類軍に集った戦士たちには、悔しく悲しい真実。それでも無理をすれば全滅は免れない。

 実際に多くのレジスタンス組織が高レベルの神鎧族に挑み、皆殺しになり、さらに見せしめのためと無関係な民まで虐殺され、喰われたことも。

 感情だけで突っ走っても、何も生み出せない。

「しかし、それも今日までです。人類軍にユウ様が参加してくれたからには、これからは攻める戦いができる」

 淡々と話しながらも紡ぎ出される言葉には、力が込められていた。

「圧政者にして高レベルの神鎧族、イン。奴は支配する領地の人間を、ただ喰うだけでは飽きたらず、いたぶる目的で“食事会”を開く。近々、そのインが“食事会”を開くとの情報を入手いたしました」

 “食事会”の食料が何なのかは言うまでもない、人を喰らう神鎧族なのだから。

 いたぶる目的の“食事会”の説明はない。人類軍の戦士には必要はないこと、悠也以外は。

「今の人類軍には、“食事会”を阻止する力があります。我々は“食事会”を襲撃し、インを討ち取り、多くの命を救う!」

 歓声が上がった、悠也に向けられた甘ったるい歓声ではない、戦う決意が込められた熱波のような歓声。

 悠也がマリナを見てみた。震えている、恐怖のためではない、迫りくる戦いのための武者震い。




 高レベルの神鎧族との戦い。戦闘メンバーに選ばれた戦士は、各自、準備を始める。

 運動能力を高めるためのトレーニングに戦闘訓練、武器の手入れ。

 メンバーに選ばれなかった人たちも、戦いに赴く戦士たちのために、軍服の洗濯と裁縫、保存食の用意、戦勝の願いを込めて、お守りを作る子供たち。

 戦いは、何も戦士たちだけで行うのではない。




 夜になった。テレビもないし、ゲームもラジオもない、まだこの世界の字をマスターしていないので本も読めない。何もすることもないのでハンモックに寝そべる悠也。

 当然ながら、黒衣の女神と人類軍に認識されている悠也は“食事会”襲撃の参加メンバーに入っている、世話係のマリナも。

 悠也が地球にいたころは武術家同士の試合や喧嘩の経験はあるが、命の取り合い、負けたら死ぬ戦いの経験はない。

 ボンカーの時はいきなりだったので、あれこれ考えている余裕はなかった。でも今回は前もって、戦闘の参加の指令が来た。

「眠れないのか」

 ハンモックの上で話しかけてきた、まだマリナも寝てはいない。

「うん」

 緊張なのか興奮なのか不安なのか、色んなものが悠也の中で渦巻き、眠りに落ちれない。

「私も初めての戦いのときは、全然、眠れなかったぞ」

 ハンモックからマリナは飛び降り、悠也の傍に来る。

 何をするんだろうと見ていたら、緩やかにハンモックをゆすり出し、子守唄を歌い始めた。

 今まで聞いたことのある子守唄ではなかったけど、優しいメロディー。

 聞いているうちに悠也の中で渦巻いていたものはいつの間にか、どこかへ飛んで行き、静かなまどろみの中へ落ちていく。







 神鎧族、インの支配する領地にある屋敷。

 ゲバゲバしいまでに装飾された外観。じぃーと見つめていると、人によっては船酔いに似た症状を発症する恐れのある色合い。

 毒々しさは外観だけではなく、内面にも及んでいる。奇怪な彫像や絵画が廊下に展示され、豪華な絨毯が敷かれている。とにかく無駄に広くてデカイ。


 悪夢の屋敷の主、神鎧族、インは、中央の大広間で椅子の上でふんぞり返っていた。

 大広間の得体のしれない装飾は、屋敷内でも随一。敷かれている毛皮は地球には存在しない獣のもの。

 座る椅子が気の毒に思えるほどに、ブクブクに肥満化した体。神鎧族の証である外骨格に覆われた場所は大きく膨らんだお腹。

 性別は男ではあるが、派手な化粧を施し、少ない髪の毛を強引にカールにし、親指以外の全ての指に大きな宝石の付いた指輪をはめていた。

 屋敷と同じに毒々しく、確かに、屋敷の主に相応しい姿のイン。

 インの傍らには4人のインの部下が控えていて、皆、メタボ。

 大広間の真ん中には巨大なテーブルがあり、奇天烈な色に染められたテーブルクロスが掛けられ、大きな皿が5枚置かれている。皿は拘束具付き。


 巨大なテーブルの足元には、インの領地から集められてきた人たちが沢山いた。男もいる、女もいる、若い人も子供も年配もいるが、老人はいない。

 着ている服は粗末だが、食事だけはちゃんと行き届いているので、肉付きはいい。その理由は、ここへ連れて来られた理由と同じ。

 それぞれ首輪を掛けられ、首輪には番号が書かれている。

「さて、そろそろ“食事会”を始めようかしら」

 インの言葉を受け、部下の1人が大きな壺を持ってくる。

 太いインの手が壺に手を突っ込まれると、集められた人たちは青ざめ、恐怖に震え出す。

「黒衣の女神様、お救いくださいませ」

 目を閉じ、両手を合わせ、祈るものもいた。

 壺から引き抜かれた手には1枚の木製の札が握られていて、それを楽しそうに眺める。

「まずは68番ね」

 札に書かれている番号を読む。

「い、嫌だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 1人の青年が逃げ出した、首輪の番号は68。

 部下が追う。メタボでも人間の運動能力を上回る神鎧族、あっさりと捕まり、テーブルの上の皿の上に乗せられる。必死に青年は抵抗をするものの、四肢を拘束具で拘束されてしまっては成すすべ無し。

 その様子を楽しそうに見ながら、インは壺に手を入れ、札を取る。

「次は75番よ」

 へなへなと75番の首輪を付けた女性が崩れ落ち、両手で顔を抑え、ボロボロと涙をこぼす。

 抵抗する気力すら湧かず、女性は部下に皿の上に乗せられ、拘束された。

「今度は何番かしら~」

 壺の中から、新しい札を取り出した。

「あらあら、12番!」

 12番の首輪をしていたのは幼い少女。隣にいた母親が抱きしめ、

「お願いです、イン様、私を身代わりにしてください」

「ダメよダメ。このくじ引きは絶対なの。認められないわ」

 嫌らしく笑う、サディスティックに。

 部下は娘を守ろうとする母親を突き飛ばし、幼い少女を連行。

「大丈夫よ、ママ。きっと黒衣の女神様が助けてくれるんだもん」

 皿の上に拘束されながらも、笑顔のまま。そんな娘を見て、母親は泣き崩れる。

 母親の目の前で少女を喰ったらどんな顔をするのか、今から楽しみで仕方がないイン。


 インが札を引くたびに、集められた人たちは怯え震え、選ばれた番号の首輪を付けた人は絶望に沈む。

 鼻歌交じりで札を引く。インは人の苦しむさまが大好きでたまらないない、顔を歪めて興奮状態。


 札を引き終わった、テーブルの上の皿には5人が拘束具で縛り付けられている。

「終わったわよ、残り物は、とっとと帰りなさい。“食事会”の邪魔よ、邪魔」

 シッシッと太い手で追い払う仕草をインがやると、番号を呼ばれなかった人たちが、一斉に大広間から逃げ出す。

 皿の上の人たちを見て、罪悪感を感じながらも、札に当たらなかったことの喜びを溢れ出すのを抑えられない。中には露骨に顔に出しているものもいる。

 最後まで母親は残ろうとしたが、折角助かった命、巻き添えになりたくなかった他の人に掴まれ、強引に外へ引きずり出されていく。

 皿の上の5人。もがいて、何とか拘束具を外そうとする青年、諦めどん底に落ちた女性、黒衣の女神に祈りを捧げる幼い少女、泣き叫ぶ女の子、逃げて行った人たちを恨みの籠った目で見ている男。

 そんな人間同士のやり取りにインは、とびっきりの快楽を感じる。だから、このくじ引きを行う、食事の前の食前酒の様なもの。

 食材は揃った、後は食べるだけ。

 インと4人の部下がテーブルに着く。

「さぁ、食べると致しましょう」

 いよいよ“食事会”が始まろうとした時、大きな爆発音が響き渡った。




「何なんですか~」

 中央の大広間から飛び出してきたインと4人の部下。

 爆破した壁から飛び込んできたハンヴィー。廊下を疾走し、屋根に取り付けられた“漂流物”のM134、通称、ミニガンをインたちに向かって掃射。運転席にいるのはナイフ使いのカスト。

 壁から入ってきた人類軍の戦士たちはウィンチェスターM1912やベネリM3などのショットガンを撃ちまくり、次々と手榴弾を投げまくる。

 神鎧族は不老不死、ボンカーの時と同じように、防御力、再生力を上回るダメージを与えなければ葬り去れない。低レベルの神鎧族でも“漂流物”でなければ大した効果は無し。




 悪夢の屋敷に突入した人類軍の部隊は一つだけではない。いくつもの部隊が展開し、屋敷のあちらこちらで戦闘を開始。

 強力なパワー、防御力、再生能力のある神鎧族に対し、“漂流物”を駆使しての戦い。銃撃を途切れさせず、神鎧族を攻撃範囲に入らせないようにする戦術。

 自分たちが突破され、インに合流されでもすれば仲間の危機になる。それは何としても防がなくてはならないこと。

 敵を足止めしつつ、殲滅する、それが戦士たちの任務であり責任。




 4人の部下は倒れ、もう動かない。インはでっぷりと太った体で立ったままで平気。僅かながらも負った傷も塞がってしまう。

「俺たちの仕事はここまでだ。引くぞ」

 屋根の上の戦士が撤退を指示、ミニガンは撃ち尽くし、弾丸残量はゼロ。

 他の戦士たちの残段数も残り少ない、長居は命取り。

「ふざけんな」

 指示を無視、カストは思いっきり、アクセルを踏む。

 反動で屋根の上の戦士は振り落とされる。幸い敷かれていた絨毯がふかふかしていたので、大けがは逃れることはできた。

「神鎧族を倒すのは、オレたち人類軍なんだよ!」

 フルスピードでインに突進。

 真っ正面から衝突しても、インはふっ飛ばされなかった。ボンネットを掴み、後ろへ押されていき、中央の大広間でハンヴィーを止めた。

「あたしはね、“食事会”を邪魔されるのが―」

 ハンヴィーを持ち上げ、

「一番、腹立つのよ!」

 壁に投げ付ける。

 地球では軍用車だけあり、潰れることなく、中身も無事。カストは運転席から、這い出してきた。

 カストに、のしのしとインが近づき、

「美味しそうね、喰ってあげるわ、あ・な・た」

 舌なめずり。

 今の体制ではカストは逃げられない。脱出ルートとして窓があるものの、インを振り切ってたどり着くのは無理がある。

 爆音を轟かせ、マリナの腰に掴まる悠也を乗せたハレーが大広間に入ってきた。

「あら?」

 振り返ったイン。

 ハレーから降り、無言で対峙する悠也。

「ムカつく目付きだわ。あんたのような可愛い娘は―特に!」

 眉間に青筋。

 この隙にカストは窓から逃走。


 散々、マタドールに痛めつけられ、怒り狂って暴れる牛がマスコットに思えるほどの恐ろしさで、インは突進してきた。

 棍棒よりもなお太く硬い腕を振りかざし、殴り付ける。はめられた指輪は凶器そのもの。

 力任せの一撃が悠也を捉えたと見えたのも、一瞬のこと。残像は消え去り、毛皮を巻き込み、床を砕く。

「なんてこと、あたしのお気に入りの毛皮ちゃんが台無しじゃないの」

 怒り心頭、青筋がますます立つ。

「こうなったら、あなたの皮を剥がして敷物にしてあげるわ」

 鼻息荒げ、襲い掛かってきた。

「それはお断りいたします」

 ハンヴィーをも放り投げるパワーから放たれる、視覚的暴力なオカマの拳。その拳をスカートの翻しながら、避けるスカートのゴスロリ姿の男の娘。なにか妙な取り合わせの戦い。

 全くインの攻撃は悠也に当たらない。実は攻撃は見えた、いや、“見えて”いた。

 インの攻撃が手に取るように悠也には見えていた、対峙した瞬間に。

 どこに攻撃がくるか解っていれば、インの破壊力満載の拳も恐ろしいことは無い。今の腕前なら、容易く、避けれる。

 自覚せざる得ない、この世界にきて悠也は、自分の古武術のレベルが格段に上昇していることを。


 攻撃を避けることは出来ていても、猛烈な勢いで攻撃を続けているインに対し、【骸空】を抜ける間がなく、攻撃を仕掛けるチャンスがない。

「ちょこまかと、鬱陶しい娘だこと」

 がむしゃらに殴ぐりつけてくるだけだが、スタミナのことを考えれば、圧倒的に悠也の方が不利。このままではいずれ、先にへたばる。

 強暴力なインの連続攻撃を避けながら、じっくりと相手を観察。ぶくぶくに肥大した体形、それを支える足。

「死になさぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 体重を乗せて、インは殴りつける。これも避ける悠也。外れた拳の巻き起こす風圧が前髪を揺らす。

 踏み込まれたインの右足の膝の皿を掴み、捻り、割る。

「どんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 皿が割れ、重い重い重すぎるインの体重を支えきれなくなり、右足首の骨が折れ、屋敷全体が揺れるかと勘違いしてしまうような衝撃で倒れた。

「痛いじゃないの、この○○娘!」

 神鎧族、それも高レベルのインの骨折は、あっという間に治癒し、跡形さえもなし。

「よくもやってくれたわね、何万倍にもしてお返してあげるわ」

 インが立ち上がり反撃しようをした時には、悠也は【骸空】を抜刀していた。

「えっ、何をそれ」

 光の太刀で袈裟懸けに斬り下ろす。

 驚愕を顔に浮かべる。斬られた個所から光の粒子となって消えていく。

「いやよ、いやこんなに美しいあたしがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 泣き喚きながらインは光の粒子となって消滅。やはり外骨格に包まれた腹は骨、内臓はあったが、それも光の粒子となって消滅した。

 残ったのは指にはめていた大きな宝石の付いた8個の指輪と悪趣味な服のみ。




 屋敷にいた神鎧族を倒し終えた人類軍の戦士たちが大広間にやってきて、皿の上に拘束されていた人たちを解放した。

「やっぱ、お前はいかすぜ、ユウ」

 マリナは【骸空】を鞘に収めた悠也の背中をバンバン叩く。

 と拘束されていた幼い少女が悠也の前に、ちょこちょこやってきて、

「助けに来てくださってありがとうございます。黒衣の女神様」

 手を合わせ、祈りを捧げてくれる。

 他人に祈りを捧げられたことなどない悠也、これにどう反応したらいいのか困っていると、大広間にジーニアスに連れられた母親が入ってきた。

「ママ!」

 幼い少女は母親の胸に飛び込み、母親はその胸に我が子を抱きしめる。

 いい光景、これが見れただけでも良かったと悠也とマリナは実感ができた。




 ジーニアスは床に散らばっていた、インの大きな宝石の付いた8個の指輪を、全て拾い上げる。




 インをメタボな敵にしようとしたら、あんなキャラになってしまいました。

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