第15章 古武術VS軍隊格闘術
クライマックス、今回のラスボス戦、悠也と最強の神鎧族、神鎧族の神との戦い。
「皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺しッッ」
振り回されるコリンーシの鞭は、一個の生き物のように縦横無尽にうねる。
鞭も神鎧族が振れば恐るべき凶器と化し、レジスタンスたちを切り刻む、これでは鞭というよりもカマイタチ。
近づけばたちまち、バラバラ、容易に近づけないレジスタンスたち。
「喰らえ!」
二丁のデザートイーグルをマリナはぶっ放す。
「おほほほほほっ」
笑いながら振られた鞭は、なんと弾丸を叩き落とす。
「くそったれ」
背後からジーニアスがソーコムを撃つが、その弾丸も叩き落とされる。
鞭を振り回し近づいて来るコリンーシに対し、マリナも人類軍もレジスタンスも囚人も後退せざるえない。
コリンーシの参戦により看守たちも勢いを取り戻し、今や形勢は逆転してしまった。
どんどん追い詰められていくジーニアスとマリナと人類軍、レジスタンス組織、囚人。
「さぁ、皆殺しの時間よ」
ペロリと舌なめずり、鞭を振りかぶった瞬間。
天空のオスプレイから、また何かが落ちて――、
「そりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
いや、飛び降りてきた。
インサンシャ強制収容所にいた全員の目には、開かれたパラシュートがまるで白い翼のように見えた。
コンテナの上に着地した悠也は周囲を見回し、管理塔で目を止める。
(あれは……)
関西生まれ関西育ちの悠也は実物を見るのは初めてではあるが、ネットなどの画像で何度か見たことがあるビル、心霊スポットとの噂もあり。
誰もが魅せられた、インサンシャ強制収容所にいた誰もが、人類、神鎧族関係なく。
悠也の着地を見届けると、オスプレイは飛び去る。
看守たちを威圧していた黒い飛行体がいなくなっても、そんなことは頭に入ってこない。
新たに現れた悠也は、本当に美しかった、男だとか女だとか関係なく。
「……黒衣の女神様」
囚人の1人がポツリ呟く、それを引き金に誰もが思ってしまった黒衣の女神が降臨してくれたと。
それを聞いた看守たちは騒然となる。各所を神鎧族から解放し、あのスタンテングを倒した黒衣の女神の噂はインサンシャ強制収容所にも届いている。
パラシュートを外し悠也は、飛び降りた。
ばっちり目が合う、悠也とコリンーシ。
睨み合いは、しばし続く。
「あなたが噂の黒衣の女神ね」
にんまり、歪な笑みを浮かべ。
「ここでお死にッ!」
勢いよく振られる、コリンーシの鞭。
いつものごとく、軽く悠也は躱す。しかし今回の得物は鞭、急に起動が変わり、再度襲い来る。
間一髪、サッとその攻撃を躱す。
「あなたが死ねば人類の希望は潰えるわ。ああ、なんて素敵なことでしょう、絶望に沈む人間どもの姿。ああん、興奮してきたじゃないの!」
恍惚しながら、鞭を振るう。躱す悠也、何処からか飛んできた葉が細切れになる。
鞭に当たれば、何であろうがああなる。
四方八方軌道を変え、襲い掛かってくる鞭、それは鞭という名のカマイタチ。
一定の距離を保ちながら、悠也は攻撃を躱し続けた。
一方的に攻め込むコリンーシ、引っ切り無しに襲い掛かってくる鞭を躱しまくる悠也。
あまりにも激しい攻防に人類軍の戦士たちは、サポートすら出来ないでいた。
下手に介入すれば邪魔にしかならない、そんなレベルの戦闘。
「畜生めっ」
助太刀出来ない悔しさのあまり、マリナは両手のデザートイーグルのグリップを強く握りしめる。
「……」
無言で見て、何かを考えているジーニアス。
変幻自在に攻撃を仕掛けてくる鞭に、躱すのが精一杯で黒衣の女神様は攻撃が出来ないでいる――と誰の目にもそう見えていた。
人類側は“神”に祈るような気持ちで眺め、看守側はコリンーシの勝利を確信して見ていた。
実はコリンーシの攻撃が悠也には見えていた。どこを狙って鞭が来るか、どこに攻撃が来るか、その全てが前以て。
前以てどこに攻撃が来るのかが解れば、悠也レベルの武人なら、躱すのは造作もないこと。
一方、自慢の攻撃か掠りもしないことに、コリンーシは焦りと苛立ちを募らせていた。
「生意気な小娘!」
神鎧族の全力を注ぎこんだ鞭の一撃。あまりにも大ぶり攻撃なので、そこに隙が生まれる。
このタイミングを、ずっと狙っていた。腰に差した【骸空】を引き抜く。
短刀【骸空】の刃は光の長刀へと変じ、襲い来る鞭を切り刻んで間合いを詰めて行く。
「何ですってえッ!!」
驚愕するコリンーシ目掛け、【骸空】を縦一文字に振り下ろす。
柄を掴む手にまで、コリンーシを斬った感触が伝わってきた。
ひらひらと、二枚に割れた“何か”が落ちてきた。
【骸空】を収め、悠也が拾い上げてみると、それは精巧に作られたマスク、コリンーシの顔。
「アタシの顔がッ顔が顔が顔が顔が顔が顔が顔が顔が顔が顔がッアァァァァァァァ」
顔を隠すように抑え、絶叫。
コリンーシには顔が無がなかった、本来顔のあるべき場所にあるのはは外骨格。
顔が顔がと絶叫を轟かせ、コリンーシは光の粒子となり消滅して行く。
「コ、コリンーシ様が破れた」
「これが黒衣の女神の力~」
「ヒイィィィ」
慌てて逃げて行く看守たち、人類軍は追撃を開始、レジスタンスの一部も参加。
「なるほど、コリンーシの欠落個所は顔でしたか、それで週に一回、斬首刑を行っていたのですね」
悠也の元に来たジーニアスは冷静に分析。斬首刑に処した囚人の顔を食べていたのだ、コリンーシは。
最強の神鎧族、神鎧族の神には欠落個所がない。つまりコリンーシも神鎧族の神のではなかった。
「また振り出しですね」
あまり表情の変化が無くとも、残念な気持ちはジーニアスでも完全には隠しきれない。これでまた最強の神鎧族、神鎧族の神の手掛かりが絶えてしまったのだから。
(これ特殊メイクやないか)
日本にいた頃、映画及びメイキング映像で見たことのある特殊メイク。
コリンーシのマスクは良くできていて、ハリウッド仕込みと言われても違和感が無い。
どうして“こんな物”がここにあるのか?
そんなことを考えていると、にわかに向こうの方が騒がしくなる、騒ぎの中心は囚人とレジスタンスたち。
何事かと、悠也とジーニアスは向かう。
囚人たちにより、インサンシャ強制収容所の中央に引きずりだされたのは副所長のウィン、隠れていたところを見つけ出された様子。
「皆さん、ここは冷静になって話し合いましょう」
殺気立った囚人にウィンは囲まれている。元々、顔色は青白いので青白くなっているのかどうかは不明。
手に頑丈な棒を持ち囚人たちは、今にもウィンをぶん殴りそうな雰囲気、中にはナイフなどの凶器を持っている囚人もいる。
レジスタンスたちも殺気立つ、人類にとってウィンは神鎧族に魂を売った裏切り者。
悠也も人類軍のキャンプ地で話を聞いて、どれだけ憎まれているのか理解している。
包囲にマリナは参加しておらず、いくら気にくわない奴でも弱い者いじめは彼女の嫌いなこと。
「行きましょう、ユウ様」
弱い者いじめが嫌いなのはジーニアスも同じ、かと言って止める気はさらさらない。
これから行われるのはリンチ、そんなものは悠也は見たくない。
悠也とジーニアスは去ろうとした。
集団の中で悲鳴が上がる。しかし、その悲鳴はウィンのものではなかった。
悲鳴を上げたのは囚人の方。一体、何が起こったというのか、悠也とジーニアスは振り返る。
一足先、マリナも振り返っていた。
振り下ろされた棒を躱すと同時に、ウィンは手首を掴んで地面に転ぼし顔面を殴りつける。
ナイフで向かってきた囚人の懐へ自ら飛び込み、喉元へ肘打ち。
掴みかかってきたレジスタンスは、ウィンが反転してひっくり返し、丈夫な棒を振り上げて向かってきた囚人の背後へ瞬時に回り、棒を持つ右手の手首と左肩を掴み、地面に叩きつける。
派手な動きはなく、ふにゃっとした感じながらも姿勢は真っすぐ、常に動き、攻撃を躱し、転ばし、拳や肘を的確に急所に打ち込み、頑丈な棒やナイフをものともせず、ウィンはレジスタンスと囚人を倒していく。
あの体型からは、想像できない体術。
「あれは……」
ウィンの体術に、悠也は心当たりがあった。
「システマ」
システマ、ロシアの軍隊格闘術。近代戦における、いろんな状況を想定した実践的な格闘を行う。
元々はソビエトの独裁者ヨシフ・スターリンがボディーガードより、教わったと言われ、ソビエト崩壊と共に世界に流出。
「だから冷静になって話し合いましょうと、言ったのに」
リンチしようと取り囲んでいたレジスタンスと囚人を、素手で返り討ちにしたウィン、青白い顔で勝ちを誇る。
残っているレジスタンスは近づくことも出来ないでいた、接近した途端、やられてしまった仲間を見たので。
いきなり、二丁のデザートイーグルをマリナは撃つ。
サッサっと、ウィンは放たれた弾丸を躱す。
「危ない、マリナさん!」
自然というより、悠也との絆がマリナの体を動かし、回避行動をとらせた。
そこへジーニアスが発砲、間合いを詰めようとしたウィンは後ろに飛び、ソーコムの弾丸を躱す。
その間に距離を取るマリナ。もし悠也の警告とジーニアスが発砲していなかったら、死んでいたと自覚して背筋が冷たくなる。
「なるほど、インサンシャ強制収容所の本当の支配者はあなたでしたか」
ソーコムの銃口は、未だウィンをロックオン。
「ハイ、その通りですよ」
涼し気に答える。ソーコムに狙われているのに、ウィンには恐れた様子はなく、むしろ余裕。
悠也はウィンの前へ進み出て、コリンーシのマスクを足元に投げる。
「それを作ったのはあなた?」
「いかにも」
あっさりとウィンはこれも認める。
「やっぱり」
これで悠也の疑問は答えを得た。
「オレッチが地球にいた頃は、ハリウッドで特殊メイクの仕事をしていまして、これでも何本かのヒット作を手掛けているんですよ。システマは護身用に身に着けたもんです」
ウィンのシステマは護衛というレベルではなく、あれでは凶器。
この世界に来て悠也がレベルアップしたように、ウィンもレベルアップした。彼の場合、システマだけでなく、特殊メイク技術もレベルアップした様子。
ウィンも悠也が自分と同じ、転移者であることに気が付いている。
悠也、ウィン、一定の間合いを取る。
両者、向かい合ったまま、全く動かない。
コリンーシとの戦闘で、ウィンは悠也の動きを見た。
悠也も、レジスタンスと囚人との戦闘でウィンの動きを見た。
全てとは言わないまでも、ある程度のお互いの格闘術を垣間見た、下手に攻め込めばカウンターを食らうのは確実。
ジーニアスもマリナも、生き残ているレジスタンスも介入できない、渦巻く雰囲気がそれを許さなかった。
いたずらに時間だけが流れて行く……。
「ところで、あなたはこの世界の秘密をご存じで?」
悠也が気になってた、この世界の秘密、ウィンは知っているというのか。
「えっ」
この時、悠也が見せた一瞬の隙をウィンの見逃さず、間合いを詰め、こめかみを狙って拳を打ち込む。
物心つく頃から古武術をやっていた悠也、咄嗟に拳を払いカウンターの掌打。
悠也の掌打を躱し、鳩尾目掛け拳を放つ。
その手首を掴み、ウィンのバランスを崩させ、投げ飛ばそうとした。
瞬時にバランスを整え、投げ飛ばしを阻止、そのまま悠也の背後に回り、後頭部を狙い肘うち。
身を低くして躱すと同時に、体を反転させ足払い。
すっ転んだウィンは、足の反動だけで立ち上がる。
再び、間合いを取る悠也とウィン。
「いやはや、オレッチも日本通のつもりでいたのに、こんなにスゲー武術があるなんて、ついぞ知らなかった。しかも、とっても可愛い子が使いてなんて。そんなのクールジャパンの中にしか存在しないと思ってましたよ」
あれだけ激しい動きをしたにもかかわらず、ウィンの呼吸は乱れてはいない、それは悠也も同様。
悠也とウィンの会話と戦闘を見ていたジーニアスは、ある一つの答えにたどり着く。
「ウィン、あなたが最強の神鎧族、神鎧族の神なのでしょうか?」
「ハイ、そうですよ、オレッチが最強の神鎧族、神鎧族の神」
ジーニアスの問いに、あっさりと答えた。
答えを聞いたマリナやレジスタンスたちは“えっ”と驚く。
それはそうだろう、最強の神鎧族、神鎧族の神と思われていたスタンテングの威風堂々容姿とは違い、あまりにもウィンは品祖すぎる。
こんなのがジーニアスというより、人類そのものの宿敵、最大の敵だなんて。
正しウィンの強さを見せられたからには、信じざる得ない。
最強の神鎧族、神鎧族の神の手掛かりが消えたと思った矢先、本人が目の前にいた。
「では、あなたの目的は?」
では最強の神鎧族、神鎧族の神の目的は何なのか?
「別に目的なんかありませんよ。世界征服が目的なら、この世界に来た時に実行しているしね。オレッチはオレッチの好き勝手に生きていければ十分なんで」
あっけらかんと語る。
やっと見つけた人類軍の最強の敵が、こんなのだった。マリナはどう突っ込んだらいいのか、何も浮かんではこない。
レジスタンスたちも無言、開いた口が塞がらないとはこのこと。
「あんたらは、オレッチの邪魔になりそうなんで、ここで死んでもらいます」
落ちていたナイフを拾い上げ、
「さっさと決着を着けるとしましょう」
悠也に向かって構えた。
「解った」
悠也は【骸空】を抜く準備。反応していた、これならばいつでも抜刀ができる。
【骸空】がウィンが神鎧族であることを物語っていた。
「オレッチに勝てたら、この世界の秘密を教えてあげますよ」
殆ど同じタイミングで力一杯地面を蹴り上げ踏み出す、悠也とウィン。
悠也の首筋目掛け、ウィンはナイフを振る。神鎧族、それも神鎧族の神の力を注ぎこみ。この威力、ただのナイフでも簡単に首を切り落とすことが可能。
一気に【骸空】を引き抜き、気合いと共に振り下ろす。
光の太刀がナイフを砕き、そのままの勢いでウィンの肩から脇腹まで切り裂く、まるでそこに筋肉や骨が無いと錯覚させるように。
微笑んだ、間違いなくウィンは斬られながらも微笑んでいた。
「いいね、いいねいいねいいねいいねいいね、こんなに可愛い子に斬られて最後を迎えるなんて、ああっ、夢のようだ」
傷口から、徐々に光の粒子になって消えて行く。
消えながらもウィンはがっしりと、悠也の肩を掴む。
「オレッチは嘘吐きだが、最後ぐらいは約束を守るもんさ。受け取りな可愛い子ちゃん」
「!」
慌ててジーニアスとマリナが駆け寄ろうとする最中、ウィンはウィンクしたまま光の粒子となって消えて行った。
「……」
「大丈夫ですか、ユウ様」
「平気か、ユウ」
棒立ちの悠也に、ジーニアスとマリナが声を掛けた。
「うん、平気、何ともないよ」
嘘は吐いていない、まだ少し頭がくらくらしてはいるけど、大したことは無い。
完全にウィンは光の粒子となって消え、残ったのは最強の神鎧族、神鎧族の神を倒したという事実。
「これで……終わったのか?」
マリナが戸惑うほどの、あっさりとし過ぎる幕切れ。
「これで終わりというわけにはいかないでしょうね。パッカー様な連中は、これからも出てくるでしょう。ただ、これで人類と神鎧族との戦いに一区切りついたことには変わりません」
これで戦いが終わりというわけではないが、大きく戦局が変わるのは間違いないだろう。
悠也は黙って、記憶を整理していた。
ウインをシステマ使いにしたのは、スリーミング・マッド・ジョージさんがシステマをやっていたので。
個人的に、スリーミング・マッド・ジョージさんの特撮が好きなんです。




