第14章 インサンシャ強制収容所
インサンシャ強制収容所の話になります。ジーニアスたちは無事なのでしょうか……。
堂々とそびえ立つ、60階にもなる管理塔を中心に作られたインサンシャ強制収容所。
敷地は広く、見上げる程高い二重の壁がぐるっと囲み、外界と隔絶させていた。
収監された囚人たちを24時間体制で見張る神鎧族の看守。その存在そのものが威圧となり、囚人たちを縛り付いた、心身ともに。
まるで入り口に『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』書いていてもおかしくない場所、実際には書いてないけど。
檻に閉じ込められてはおらず、拘束もされてもいないのに、囚人の誰もが精気が無く、そこからは希望の欠片さえ見受けられない。
投獄された当初は、必ず脱獄してやるとの意思を見せるものは、少なからずいる。
しかし二重の高い壁、脱獄に失敗し神鎧族に喰われる囚人を見る度、意志を削り取られ、希望を失っていく。
先日、連れてこられてたばかりの囚人たち。
「でかい壁だがよ、あれぐらいなら登れそうだな」
見た目が示す通り、体力に自信のあるレジスタンスの1人が壁を見上げながら不敵に笑う。
「悪いことは言わない、やめとけ、喰われるだけだ」
連れてこられてたばかりの囚人たち、レジスタンスとは対照的な死んだ魚のような眼をした囚人が呟く。
「なんだと」
食って掛かろうとしたレジスタンスの1人をジーニアスが止める。
「相手にしない方がいいですよ、彼らは生きる屍なのですから」
ケッと言った仕草で引き下がるレジスタンスの1人、生きる屍と言われても顔色一つ変えず、本当に生きる屍そのものの囚人。
「いずれ、あんたらも俺たちと同じになるよ」
今は、まだ希望を失ってはいない新入りの囚人も、いずれ自分らと同じ、生きる屍になると先輩の囚人は確信していた。これが希望を失った囚人たちの思想。
それ以上はジーニアスも、何も言わなかった。
投獄された自分たちは名を馳せるレジスタンス組織のメンバー。
何時かは助けてきてくれると僅かな希望だっただろうに、囚われてしまった。
あまつさえそこに最強のレジスタンス、人類軍のリーダーまでいるのだ、絶望感が特大になってしまうもの無理は無かろう。
しかしジーニアスは、諦めるつもりなど毛頭ない、死ぬその瞬間まで闘争の炎を絶やす気はない、それが人類軍のリーダー。
中央に建つ管理塔、最上階に近い一室。この部屋の窓からはインサンシャ強制収容所が一望できる。
「絶望に飲み込まれる人間、いつ見ても、あたしを感じさせてくれるわ」
ウェーブのかかった赤毛、見事なまでの凹凸ボディ、人間には持てない咽返るような色気を全身から放つ美女。彼女こそ、インサンシャ強制収容所の所長、コリンーシ。
何かの革で作られた露出度の多い服が、色っぽさを何倍にも際立させていた。そこから見える体の何処にも、神鎧族の特徴である外骨格、欠落個所が見受けられない。
「ウィン、あなたの持って来てくれた情報、役に立ったわね。おかけで大物を捕らえることは出来たわ」
名立たるレジスタンス組織を、ごっそりと捕らえることが出来た。中でも一番の大物は人類軍のリーダー、ジーニアス。
「ちょっとね、食堂で面白い会話をしてる女の子たちがいまして」
コリンーシの背後には、見るからにあまり日に当たったことの無い不健康そうな、飲食街の食堂で悠也とマリナをナンパしてきた、あの中年男性が立っていた。
こいつがインサンシャ強制収容所の副所長、ウィン。裏切り者として、特に人類に忌み嫌われている男。
「あの手の反神鎧族の店には、意外と面白い情報が転がっているもんで」
ヘッヘッへと軽薄丸出しで笑う。
「大物の餌に、更なる獲物が食いついてくれれば、最高だわ」
今までも囚われた仲間を助けるため、インサンシャ強制収容所を襲撃しするレジスタンス組織はいた。その度に返り討ちに会い、コリンーシを喜ばせ、興奮させた。
外からの襲撃者を迎え撃つ準備は、いつでも万全に整えている。
翌日の朝、広場に斬首された遺体が飾られた。昨日、レジスタンスに話し掛けていた死んだ魚のような眼をした囚人。逆さ吊りされ、風に揺れている。
「三日前に斬首が行われたばかりなのに」
「まだ一週間経っていないだろ」
ひそひそと囚人たちが話している。
「何で、俺たちじゃないんだよ」
正義感の強いレジスタンスの青年が怒りを示す。神鎧族に虐げられる人を守るために戦ってきた、レジスタンス組織に入った時から死ぬ覚悟は出来ている。なのに“守れなかった”、それが悔しくて仕方がない。
「我々の心を折るためですよ」
さりげなく、ジーニアスが話す。
未だレジスタンスたちは心が折れておらず、希望を失っていない相手を処刑するのはコリンーシの趣味に合わない。
囚人たちが希望を失っていき、絶望に沈んでいくのを見るのが大好きなのだ。
こうやって関係のない者を処刑していき、レジスタンスたちを苦しめ、絶望に落とそうすつもり。
「くそっ」
コリンーシの性格の悪質性を知り、吐き捨てるレジスタンスの青年。
「それと――」
遠巻きにレジスタンスたちを眺め、囚人の誰一人として近近づかず、どんどん離れて行く。
口で言わずとも、目が言っている“お前たちが来た所為だ”と。
「我々を孤立させるためでしょうね」
いくら強い心を持つ者を痛めつけても屈服はしない、逆にその意志を強めてしまう結果となる。
ならば直接、本人に攻撃するのではなく、周囲の者を攻撃し、じわりじわりと精神的に追い詰めて行く。
実に邪悪であり、実に効果的なコリンーシの追い込み方法。
翌朝、また囚人の1人が斬首され逆さに吊るされた。
「どうした?」
顔色の良くない後輩に、先輩のレジスタンスが声を掛けた。
「アイツ、昨日、オレにぶつかった奴ス」
通りすがりに廊下で肩がぶつかった。最初こそ、因縁を付けてこうとしたが、相手がレジスタンスと解った途端、青ざめ、逃げて行った。
たったそれだけで、死刑の対象にされた囚人。
“俺の所為だ”本人が本人を攻めている。
後輩を励まそうにも先輩は、何の言葉も浮かんでこなかった。明日は我が身、これはレジスタンス全員に言えること。
どこかしこにも看守が目を光らせ、見張っている。
ますます囚人たちはレジスタンスに対する視線は悪化、まるで疫病神を見る様。
本来、守るべき対象から、その様な視線を向けられ、レジスタンスたちの心を締め上げて行く。
いきなり囚人たちの視線が変わった、忌むべきものを見るものへと。
囚人たちの視線が集中する場所、そこには2人の神鎧族の看守を引き連れた副所長、ウィンが立っていた。
「裏切り者め」
「所長の犬が」
「虎の威を借りる狐」
ブツブツ小声で囚人たちは陰口。
「いいねいいね、どんどん腐臭が濃くなっていってる。ここはさしずめ動く屍の吹き溜まりだ」
陰口が聞こえたのか聞こえなかったのか、明らかに侮蔑の意を込め、嘲笑う。
嘲笑われ、今にも襲い掛かりそうな雰囲気を出しながら、神鎧族を2人も連れている相手を襲い掛かる囚人はいない、1人も。
レジスタンスの中には飛び掛かろうとしたものはいたものの、冷静なものが止めた。
非武装の今の状態で神鎧族と戦うのは、自殺行為に他ならない。
そんな囚人たちとレジスタンスたちの間を、ニヤニヤしながらウィンは歩いて行く。
ピタリ、ジーニアスの前で足を止めた。
無言でウィンを見ている。その視線にあるは囚人には持ちえない覇気。
睨み合うジーニアスとウィン。
チッと舌打ち、ウィンは視線を逸らし、管理塔へ、額には一筋の冷汗。
管理塔、所長室。豪華な椅子に座ったコリンーシは、ウィンからの報告を聞いていた。
「そう、レジスタンス共はかなり追い詰められているみたいね。でも、まだ足りないわ。もっともっと、絶望にもがき苦しんでくれなくちゃ」
そうでなくては楽しくはない気持ち良くない。
「その通り! 特に、あのジーニアスという奴、全然、落ちゃいません」
さっき見たジーニアスの瞳、その中の炎は衰えるどころか、パワーアップしている。
「気に入らないわね、ここをどこだと思っているのかしら」
顔を歪めるコリンーシ、インサンシャ強制収容所は終着点、ここに入れられた以上、先は無く、希望を持つことなど許されない場所。
「でも、まぁいいわ、ジーニアスの価値を考えれば、いずれ取り返しに来るんじゃない。自分を取り返しに来た仲間が無残に殺されていくのを見たら、果たして平気でいられるかしら」
その場面を想像し、舌なめずり。
「良いこと、思いついちゃったわ」
ゆがめた顔を、さらに歪ませる。今度は不快感ではなく、快感で。
「明日の朝、ジーニアスの右腕を切り落とすとしましょう。楽しいショーになるし、奴の抵抗力を奪えるもの」
利き腕を切り落とされるとき、ジーニアスがどんな顔をして、どんな悲鳴を上げるのか、その姿を見たレジスタンスや囚人たちがどんな顔をするのか、考えるだけでコリンーシを興奮させた。
インサンシャ強制収容所の所長、コリンーシの登場。今回、悠也くんの出番がありませんでした。