第12章 ユウとマリナのお買い物
子供頃、一回だけ馬は見たことがあります。
無事任務を終えた悠也一向は、白奏狼の皮を携え、仲間の待つ新しいキャンプ地に帰還。
今度のキャンプ地は海辺。先に来ていた戦士たちは、せっせせっせとゲルを設置、食堂用の長机を並べ、青空教室を用意、新たなアジトを築き上げてゆく。
届けられた白奏狼の皮は、早速、ゲルに加工。
海を見つめる悠也。
聞こえてくる波の音、漂う潮の香り。サバンナと違って日本にいた頃から、何度も見たことのある景色。
ぶっちゃけ、悠也は海が好き。見ていると、何だか癒されてくる。
「あっ」
波際に行き、見つけた物を拾う。
「昆布」
昆布は他にも、沢山落ちていた。匂いを嗅ぎ、一口、齧ってみる。
日本で食べた昆布と変らない味、むしろ上質。
「これなら、乾燥させれば……」
ある計画を思いつくまだ足りないものは幾つもあるが、もしかしたら出来るかもしれない。
「ひゃっ」
可愛い声を上げ、飛び上がって振り返った、反射的に反撃の体制を取る。
「相変わらずの桃尻、揉みごたえがあるじゃねぇか」
カッカカカと笑うパティ、神鎧族の気配は読めるのに、なんでか、この人の気配は読めない。
夜になり新天地へ来たことを祝う、恒例のキャンプファイヤーが始まる。
焼かれるのは白奏狼の肉。日本どころか地球では、狼の肉を食べるなんて、そうそう無い経験。
匂いそのものは食欲が刺激される、でも狼の、それも白奏狼の肉、恐る恐る悠也は食べてみた。
これが結構、いける。肉質は弾力があり、噛めば噛めば味が染み出し、肉汁と脂肪分の割合がちょうど良く、口の中に染み込む。
人類軍の未成年以上の戦士たちは酒を飲んで、既に出来上がっていた。
「おーい、ユウ、何か見せろ!」
パティが大声で囃し立てれば、
「その通りです、何か見せてください」
「黒衣の女神様、是非に」
「お願いします、黒衣の女神様」
「見せて見せて」
出来上がった戦士たちも呼応した。
「ユウ、やれやれ」
マリナも囃し立てている。
「よしっ」
悠也自身、場の空気の影響を受け、モロにやる気を出す。
キャンプファイヤーの前に行き、踊りを始める。
優雅であり雅。最初こそ、囃し立ててた戦士たちも黙って魅せられていった。
燃え上がる炎、弾け飛ぶ火花を背景に潮騒をミュージックに、悠也が見せる舞、着ている黒いゴスロリ衣装が炎をバックに幻想な雰囲気を生み出す。
披露したのは祖母から教えてもらった日舞、鬼殺獄越陰流に比べれば拙いものではある。
日舞自体はレベルアップはしていない。しかし武術と舞踊には密接な関係があり、武術の腕前が上がった分、日舞も、その影響を受けていた。
誰も彼も悠也の舞に見惚れ、一言も喋られなくなっていた。
最初から静かに飲んでいたジーニアスも、満足げに悠也の日舞を見ている。
これもまた良い酒の肴。
空になった盃に、さりげなくジュニスが酒を注ぐ。
数日も経てば新天地にも慣れてくる。
海に投網を投げ、漁をする男、大きな荷物を肩に担いで運んでいる逞しい青年、洗濯する女性、破れた衣服を縫っている婦人、楽しそうに料理をしている夫婦。
普段通りの生活が始まり、いつもと変わらない日常が過ぎていく。
でも、こんな平和はいつまでも続かないだろう、ここは人類軍、神鎧族に対抗するレジスタンスなのだ。
近くの町へ買い出しに向かうことになった悠也とマリナ。以前、野盗に絡まれたこともあり、また日帰りで行ける距離なので、今回は馬で行くことに。
悠也はゴスロリ衣装を隠すため、今日もローブを着用。
馬を取りに行ったところ、ジーニアスと鉢合わせ、3人の護衛と共にハンヴィーに荷物を詰め込んでいる。
「これはユウ様」
悠也に気が付くとお辞儀、続いて護衛もお辞儀。
年上に様付けとお辞儀をされる気恥ずかしさは、どうしても抜けきれない。
「ジーニアス、どこへ行くんだ?」
気軽に話しかけるマリナ。
「他のレジスタンス組織との会合がありましてね」
それを聞いて悠也とマリナは不安な顔をする。前に似たようなことがあり、それは神鎧族の仕掛けた罠だった。
「安心してください、今回の相手は長年付き合いのある信頼を置ける組織だけなので」
2人の心中を察したジーニアスが教えてくれた。
ジーニアスにここまで言わせるからには、本当に信頼の出来る相手なのだろう。
それでも、何故だか悠也には一抹の不安があった。
「よしよし、元気にしてたかマリアンヌ」
青毛の愛馬マリアンヌの前に来たマリナが頭を撫ぜてやると、嬉しそうに顔を近づけ甘える。
鞍を乗せて整え、マリアンヌに乗る。
「おいで、ユウ」
マリナは手を差し出す。
馬に乗るどころか、直に見たこともない悠也、マリアンヌの方も、最初こそ警戒していたが、目が合った途端、警戒心は消し飛び、頭を振って早く乗るように促す。
差し出されたマリナの手を掴み、マリアンヌに乗る。
「振り落とされないように、しっかりと掴まっておけよ、ユウ」
言われた通り、悠也はマリナの腰に手を回し掴む。
極上の笑みをマリナは浮かべていた、そこから語られる言葉は、しめしめ上手くいったぜ。
何故か、マリアンヌも嬉しそう。
マリアンヌは走り出し、海辺のキャンプ地を出て行く。
馬の乗り心地は悪くないが、無意識で振り落とされないよう、つい腰を握る手に力が入る。
垂れてきた鼻血をマリナは袖で拭き取り、手綱を握り治す。
お昼前に目的地の町へ到着、マリアンヌを繋ぎ場に止め、手分けして買い物を開始。
いろいろ買い揃えていくマリナ。
多くの人が行きかう商店街、数は少ないが神鎧族の姿も見受けられる。
いそいそと人が道を譲り、神鎧族は横柄な態度で町を闊歩。低姿勢で応対している店員の表情は、誰も彼も辛そう。
一瞬、隠してあるデザートイーグルに手が伸びそうになるものの、偉そうにしているだけで神鎧族は人を傷付けることはしてはおらず、マリナは堪えた。
今、トラブルを起こすわけにはいかない、今日も目的は、あくまで買い物。
町を巡り、悠也も必要な物を揃えていく。
「あっ」
乾物屋に並べられた“ある物”に目が留まる。
(これはまさか……)
思わず“ある物”を悠也は手に取ってみた。
「おっ、ねーちゃん、良い目しているね、そいつは良品だよ」
匂いを確認、間違いない。
(これは鰹節だ)
まさかこの世界で鰹節と出会えるなんて思っていなかった。そして、ついさっき、小麦粉を買っている。
これで全ての材料が揃う。
(これで、作れるぞ)
買い物を終え、悠也とマリナは合流。頃合いの時間なので昼食をとることにした。
飲食街をぶらつき、美味しそうな匂いを漂わせかつ、神鎧族の居ない店を選ぶ。
敵と食事なんて、したく無いマリナ。
店内は活気に満ち、客たちは思い思いの雑談を交わす。
水を運んで来た店員に料理を注文、この世界の文字の読めない悠也はマリナに任せることにした。
料理が届くまでの間、辺りを見回してみれば、誰も彼も神鎧族の悪口を言っている。
どうやらここは反神鎧族の店のようだ。
「今回のジーニアスの会合が上手くいけば、こいつらみんな喜んでくれるかな」
何気なく、マリナは呟く。
「君たち、可愛いね」
見るからにあまり日に当たったことの無い、不健康そうな中年男性が話し掛けてきた。
「よかったら、オレッチと飲まない、奢るからさ」
ナンパだ、こんなところにもこんなのがいることを悠也は知った。
適当にあしらってやろうとしたら、ギロリとマリナが睨み付ける。たちまち不健康そうな男性は慌てて逃げ出す。
「ケッ、根性なしが」
どうやら、あんなのがマリナの嫌いなタイプらしい。
「お待たせいたしました」
そうこうしている間に注文した料理が届けられ、悠也とマリナは仲良く美味しく食事を摂った。
全てプラスα買い物を終え、マリアンヌの所へ。
悠也とマリナの姿を見つけたマリアンヌは、嬉しそうにブルンブルン鼻を鳴らす。
「待たして悪かったな」
優しく頭を撫ぜてあげるマリナ。
2人で買った荷物を背に乗せる。量も多いし、予定にない物も購入したので重くないのかなと心配していたら“こんなの、平気平気、あたしに任せておいて”とドヤ顔しているように、悠也には感じられた。
「さぁ、帰るぞ、悠也」
マリナの差し出した手を掴み、馬の背に乗り腰に手を回す。
こうしてマリナは、帰り道も祝福の時を過ごすのであった。
日が暮れ始める頃、人類軍のアジトに着く。
マリアンヌから降りたマリナは背伸び、馬に初めて乗った悠也、降りても、しばらくの間、感触が残ったまま。
海を見れば、寄せては帰る波の中、沈み行く太陽の姿は、やたら綺麗で、思わずスマホで撮影。
荷物運びを手伝おうと思っても、今回も断られた。やはりアジトで黒衣の女神様に荷物運びをさせるわけにはいけない模様。
私的に買った小麦粉と鰹節だけ持ち、ゲルに運んでおく。
夜、疲れが出たマリナは、早々と就寝。
ハンモックに寝そべった悠也。記憶にある作り方が正しいかどうか、スマホでレシピを検索して確かめてみた。
少しばかりの差異はあるものの、概ねは記憶通り。
出来上がったらマリナ、ジーニアス、ジャニス、パティ、人類軍のみんなにふるまうつもり。
どんな感想を述べてくれるのだろうか、関西の味が受け入れられてくれるのだろうか、それとも受け入れてもらえないのだろうか、不安な気持ちと期待がごっちゃ混ぜ。
スマホを消し、明日のことを楽しみに悠也は眠りにつく。
早朝、今日も欠かさず鍛錬。朝の海岸で黒い寝間着姿で武術の訓練を行う男の娘。
何だかキャンプ地の方が騒がしくなってきた、あのパティも慌てた様子。
これはただ事ではない、そう感じた悠也はキャンプ地へ急ぐ。
「何かあったの」
そそられる寝間着姿にも拘らず、パティはいつものようなセクハラはしようとはせず、それほどの事態が起こっていることを悠也は肌で感じ取った。
「申し訳ございません、黒衣の女神様!」
ボロボロで泥だらけの男が土下座。この男はジーニアスと一緒に会合に向かった護衛の1人、嫌か予感が膨れ上がる。
「ユウ、レジスタンス組織会合が神鎧族の襲撃を受けちまってな」
何かあったのかと寝ぼけ眼で起きてきたマリナは、パティの言葉を聞いた途端、一気に覚めた。
「オイ、会合は安全じゃなかったのかよ!」
会合へ向かう前、ジーニアス自身が信頼のおける相手だと言っていたはず。
「裏切り者が出たわけじゃないんです、どうやら会合の情報が神鎧族に漏れたようで。ジーニアス様は、このことを伝えるようにと私を逃逃がしてくれたんです、護衛の私を」
護衛を任されながら、対象を守れなかった悔しさがひしひしと感じられる。
悲しいことだけど、ジーニアスの判断は正しい。何せ、最強と思われていたスタンテングを倒した人類軍のリーダーがジーニアスなのだ、決して神鎧族は見逃さないだろう、むしろ最重要のターゲットと言ってもいいだろう。
そして、これは誰かが、必ず伝えなくてはならない情報。
「不味いじゃねぇか、これはよ」
パティの言うとおり、これは不味い。ジーニアスが信頼のおける相手と言わせるレジスタンス組織たちが神鎧族の襲撃を受けた。最悪、全てのレジスタンス活動が瓦解することさえありうる事態。
「ジーニアスさんは、どうなっちまんたんですか」
戦士の1人が恐る恐る聞く。
「襲撃を仕掛けてきた神鎧族はコリンーシの手下。間違いなく会合に出ていたレジスタンス組織全員、インサンシャ強制収容所に連行されたでしょう」
逃げ延びた護衛が頼まれた任務を果たす。
難攻不落のインサンシャ強制収容所、人類軍の戦士たちに絶望感が広がっていく。
「くそったれ!」
思わずマリナは叫んでいた。
「この人を早く医療室へ、命がけで貴重な情報を持ってきてくれたのだから」
打ちひしがれる護衛に手を差し伸べる悠也。
「ありがとうございます、黒衣の女神様」
泣きながら感謝。
考えて動いたのではなく、自然に体が動いた行為だったが、女神の慈悲と映ったことで、絶望感の中に一つの清涼剤となり広がって行った。 もしかしたら、黒衣の女神としての本能が働いたのかも。
事態はやばい方向に……。
鰹節はスリランカにもあるので、この世界にもあっていいのかもと思いまして、出しました。




