第11章 白奏狼
今回はお引越し、でも悠也はお引越しには参加しません。
何故なら……。
襲撃を仕掛けてきたパッカー一味を返り討ちにしたものの、こんなことになってしまったかには、また引っ越しせざる得ない。折角、この草原地帯にも馴染んできたというのに。
さらに今回は多くのゲルが焼けてしまった、引っ越し以外に、もう一つ、やらなくてはならないことが出来た。
人類軍が出発、二手に別れる。一つは新しいキャンプ地へ向かい準備を整える班。そして、もう一つの部隊は……。
もう一つの部隊に悠也は参加、例のごとく隣にはマリナの姿がある。
何台ものワンボックスカーで道を進み行く、こちらの班はマリナを含め、みんな武装済み。
車に揺られながら、悠也は考えていた。
最強の神鎧族、神鎧族の神と思われていたスタンテングを倒したことで、パッカーの襲撃を受けた。
『スタンテングを倒した人類軍を潰せば、このパッカー様が最強の神鎧族になれる』
言葉通りの夜襲理由。
スタンテングは本物の神鎧族の神ではなかったが、もし本物の神鎧族の神を倒したとしても、同じことが起こる可能性がないとは言えないだろう。
最強を倒した者が、次の最強になり、その最強を倒せば、次の最強になる、この繰り返し。
これが神鎧族の間だけではなく、人間の間で起こらないとの保証はない、これぽっちも。
この先、“世界を支配している”神鎧族と人類軍の神の戦いで、人類軍が勝利を収めたとして、その後は?
神鎧族という共通の脅威が去った後、人類は手と手を取り合って仲良くなり、平和が訪れると言えるのだろうか……。
夜襲であまり眠れていなかったこともあり、いつの間にか、すやすやと悠也は寝息を立てていた。
寝落ちした悠也に肩枕され、幸福の絶頂にあるマリナ。
「ユウ、起きろ、着いたぞ」
マリナに揺り起こされ、悠也は目を覚ます。
「あれ、その鼻、どうしたの」
マリナの鼻に小さな布が詰められており、少し血が滲んでいる。
「何でない、気にするな」
気恥ずかしそうにそっぽを向き、車から降りる。悠也も続いて、車から降りた。
「わあぁぁぁぁぁぁ」
外に広がるのはサバンナ。日本にいた頃はテレビや本でしか見たことの無い景色を目の当たりにして、感嘆の声を上げた。
「これを持っておけ」
マリナが投げた小袋を受け取る。
「におい袋?」
小袋から漂うのは草の臭い。
戦士たちは、ワンボックスカーにカバーを被せ隠す。カバーの色合いは周辺の色彩と酷似、サバンナの中では保護色となって、遠目では見づらい使用。
カバーからも草の臭いがした。
戦士たちはM1500やG3などの狙撃用銃を用意。
マスクで鼻と口を隠した男が風向きを調べ、鍋に火をかけ始めた。煮込んでいる材料を見れば、決して人間用の食事ではないのは明らか。
一体、何をやるんだろうと見物している悠也へ、
「狩りが始まるぞ、こっちだ」
マリナがカバーを掛けたワンボックスカーの影に隠れるように促す。
取り敢えずは従い、悠也はワンボックスカーの影に身を潜める。
煮あがった鍋が臭いを放つ。材料、慌てて飛びのいたマスクの男の行動を見れば、洒落にならない匂いなのは嗅ぐまでも無し。
風に乗り、匂いはサバンナに広がっていく。
何が起こるのか、悠也が身を潜めて見ていると、風に靡く白い体毛、熾火ような目、野生の中で築かれた均整の取れた体を持つ狼、それも巨大な狼の群れが現れた。
尋ねる必要はない、あれが白奏狼。
人間には不快な臭いでも、白奏狼にとっては大好きな臭い、匂いにつられて現れた。
しっかり狙って、戦士の1人がM1500を発砲。狙いは逸れることなく、急所の額を撃ち抜き、白奏狼を倒す。
一体を倒されたことで敵の存在に気が付いた白奏狼たちが、臭いを嗅ぎ、敵の位置を探すものの、におい袋の影響で居場所を掴み切れない。
そうしているうち、もう一体の白奏狼を仕留める。
これで匂いでは解らずとも、およそ敵の位置を掴んだ白奏狼の群れが襲い掛かってきた。
身を潜めていた人類軍の戦士たちがワンボックスカーの影から飛び出し、M1500やG3などの狙撃用銃を撃つ、正確に急所を狙って。
襲い掛かってきても、人類軍に到達する前に倒される白奏狼。平和な日本に暮らしていた悠也にしてみれば、凄惨な光景。
だからといって残酷だと非難なぞしない。命が生きていく限り、他の命を犠牲にしなくては生きてはいけないのだ、これが生きていくと言うこと。
戦士たちも白奏狼を一発で仕留めている、できるだけ苦しませないために。
一体の白奏狼が弾丸を掻い潜り、人類軍に飛び掛かった。
この位置からでは狙撃銃では狙いづらく、かと言って拳銃を抜いている間はない。
そんな中、悠也は飛び出して掌打を打ちだす。大地を強く踏み締め、放たれた衝撃は外皮と筋肉をすり抜け、狙い通り心臓を破壊。
巨体を倒し、白奏狼は息絶えた。
スカートの裾が揺れ動く、見えそうで見えないパンチラ、男の娘の絶対領域。
「すごい、流石は黒衣の女神様」
「ありがとうございます、黒衣の女神様」
見惚れたいた戦士たちは絶賛、まんざらでも無しの黒衣の女神様。マリナは、一度も止まった鼻血が再び垂れる。
サバンナにいた白奏狼の群れが何処かへと去って行く、人類軍の力を悟り、勝てないと判断した野生動物の行動。
戦士たちは発砲を止めた、追うこともしない、必要な量だけ確保できればいい、そしてその量は、もう手に入れている。
白奏狼の解体を始める戦士たち。焼け落ちたゲルを作るために必要なのは皮だけだが、命を貰うからには何も無駄にはしない。
肉は食用、味は悪くなく、干し肉にすれば美味さは倍化、長持ちするので保存食にばっちり、脂肪は傷薬、各内臓は加工すれば数種類の薬になり、骨はいろいろな素材に活用できる。
どうしても利用できない部分は穴を掘って埋め、焚火を起こす。
戦士の1人が何か呪文めいたものを唱え、粉を蒔くとパチパチ七色の火花が飛び散る。
マリナもみんなも目を閉じ、頭を下げる、これがこの世界の供養。
悠也も手を合わせ、黙祷。
生きて行くためには他の命を食べなくては生きてはいけない、これは全ての生物が共有すること。