第10章 灯火
スタンテングの倉庫から、草原地帯のアジトに帰還した悠也一行。
報告を受けたジーニアスは……。
「よりにもよって、コリンーシですか……」
倉庫から帰ってきた悠也、マリナ、ジャニスの報告を聞き終えたジーニアスは大きなため息を1つ吐いた。
「インサンシャ強制収容所の署長、コリンーシ」
「コリンーシは、最低週一で趣味と見せしめで死刑執行するそうだぜ、聞いた話だけどよ。まぁ、残忍な神鎧族ていうのは間違いないがな」
悠也のことを思ってか思わないでか、ジーニアスとマリナはコリンーシのことを話す。
「考えてみれば私の仕入れた情報の中にも、コリンーシの外骨格の場所に関するものはありませんでした」
外骨格=欠落個所。神鎧族は自分の欠落個所を食べる、人間から。
神鎧族の神には、その欠落個所、外骨格が無いと言われている。
「本当に神鎧族の神がコリンーシだとすれば、かなり厄介ですね。あいつはレジスタンス(私たち)にとっては天敵の様な存在」
ゲルの中の空気が重い、コリンーシのことを何にも知らない悠也も感じ取れるほど。
「みなさーん、紅茶が入りましたよ~」
重い空気をぶち破り、ジャニスが4人分のすっきりとした香りのする紅茶をシルバートレイに乗せて運んで来てくれた。
いつもと何にも変わらない仕草で、紅茶を配り回る。
ティーカップを受け取り、一口飲む悠也。少し苦みのあるさっぱりとした味、飲み終えると、何だか安らいだ気分になれた。
「今の私たちにピッタリの紅茶ですね、ありがとうジャニス」
お礼を言うジーニアスの顔色は、先ほどよりも良し。
何も言わないけど、マリナも顔色が良くなっている。
筋金の入ったメイドのジャニス。ただ今の状態にピッタリ合った紅茶を選んでくれた。
さりげなく悠也はコリンーシとインサンシャ強制収容所について、聞き回った。誰も彼もコリンーシとインサンシャ強制収容所の名前を聞くだけで良い顔はしなかったが、黒衣の女神様に聞かれたからにはと、みんな快く話してくれる。
集めた話を纏め上げ、いろいろ解ってきた。
神鎧族に刃向かった人間を幽閉する、悪名高き監獄がインサンシャ強制収容所、そこの署長がコリンーシ。
マリナの言った通り、かなり残忍な性格をしており、他人が苦しむところを見るのが大好きなサディスト。我儘言う子供に、コリンーシが来るぞと言ったり、インサンシャ強制収容所に連れて行くよと言えば、大人しくなるそうだ。
誰もが嫌悪感丸出しで話したのは、ウィンというコリンーシの付き人。
不思議なことにコリンーシは人間のウィンを付き人にして重宝、インサンシャ強制収容所では№2の権力を持っている。
嫌悪感を持たれるのも当然、人間から見れば、ウィンは裏切り者。
いつもコリンーシはインサンシャ強制収容所の中にいて、滅多に外には出てこないらしく、倒すためにはインサンシャ強制収容所を襲撃する必要がある。それはいわば狐が狐狩りの罠に飛び込むようなもの、あまりにも危険。
囚われた仲間を助けようとしたレジスタンスたちもはいたが、インサンシャ強制収容所の囚人を増加させる結果となった。
(確かに厄介な相手やな)
夕食も済み、夜の帳の落ちた人類軍のキャンプ、みんな就寝に入る時間。
ハンモックに寝そべった悠也はスマホの画面を見つめていた。
とっくにマリナは眠りの中、
「もうユウは甘えん坊なんだから、えへへ」
楽しい夢でも見ているのか、ニコニコしている、ニヤニヤかな?
普段と変わりの無い東京、故郷の大阪もいつも通り。
スマホの画面を消し、枕元にしまう。
ゲルの外は静か、草原地帯なので虫の声がよく聞こえてくる。時折、夜なべで仕事をしている人の声が聞こえてきても微か。
スタンテングの倉庫にあった“漂着物”、新聞の記事。インサンシャ強制収容所とコリンーシのこと、ハンモックに揺られながら、いろいろ考えているうち、いつの間にか悠也も眠りの中へ入って行っていた。
未明、突然、悠也は目を覚ます。
ピリピリした感覚、どうしても胸騒ぎが収まらない。
ハンモックから飛び降り、まだ寝ているマリナを揺すり起こした。
「何だよ、まだ夜中じゃないか」
まだ眠い目を擦りながら、身を起こす。
「何か、様子がおかしいんだ」
その一言で、完全に目が覚める。
2人でゲルの外へ。
悠也は周囲を見回す。空には満天の星、下弦の月の形も地球と同じ。
いつもと変わらない様に見える夜。しかし、外へ出た悠也の警戒心は、収まるどころか増している。
悠也の感覚は伝わらなくとも気持ちは伝わり、デザートイーグル片手に辺りを探る。
「オイ、真夜中に逢引きかよっ、羨ましいじゃねぇか」
酒の臭いをプンプンさせるパティが話し掛け、挨拶代わりに悠也のけしからん尻を揉もおうと手を伸ばす。
「みんなを起こして、何かが来る」
パティの手が止まる。
「ケッ、尻揉みはお預けかよ」
もう顔は酔っぱらったセクハラ魔人から、人類軍の戦士の顔になっていた。
墨を溶かし込んだ様な空に幾つもの穴を穿つがごとく、赤い灯火が飛来。
何本もの火矢が白奏狼で作られたゲルに突き刺さる。
たちまち火に包まれるゲル、ゲル、ゲル、ゲル、ゲル、ゲル。
「ヒャッハハー」
けたたましい笑い声を上げながら、馬に乗った神鎧族の集団が攻め込んで来た。
いずれ火に巻かれて、ゲルから飛び出してくる人類軍の戦士たちを、手に持ったスレッジハンマーで殴り殺すつもりで、ヒャッハーヒャッハーと振り回す。
他の神鎧族より、一回りどころか二回りもデカイ神鎧族が、これまた大きな馬に乗って現れた。
頭に髪の毛は無く、中心に鶏冠状の外骨格がある、パッと見はモヒカン。
「スタンテングを倒した人類軍を潰せば、このパッカー様が最強の神鎧族になれる」
夜陰に響くゲラゲラゲラ、部下共もヒャッハーヒャッハー。
しかし、何時まで経っても、燃え上がるゲルからは、何人も飛び出してはこない。
業を煮やした神鎧族の1人が、スレッジハンマーを振るい燃えるゲルを叩いた。
中は無人、他のゲルを叩いても、どこもかしこも人っ子一人おらず。
一体、人類軍の戦士たちは、どこに行ったのか? キャンプ地を探し回っていた神鎧族の1人が海老ぞって落馬。
「おいおい、何やってんだ」
落馬した仲間に近づいた、もう1人の神鎧族の額に小さな赤い点が灯る。
次の瞬間、馬から吹っ飛ばされる、もう1人の神鎧族。
「夜分に強制訪問とは、礼儀がなっていませんね」
闇の中からジーニアスが出てきた、その手に握られているのはソーコム_MK23、先ほどの光は備え付けられたレーザー・エイミング・モージュールから放たれた赤外線レーザー。
「て、てめぇ!」
馬を走らせ、突撃しようとした神鎧族の目にレーザー・エイミング・モージュールのフラッシュライトが当たり、視界が奪われる。
引き金を引くジーニアス。
夜襲を仕掛けてきた神鎧族の集団を取り囲む、人類軍の戦士たち、中には寝間着のままの者もいた。
完全に見破られていた夜襲、見破られてしまえば夜襲でもなんでもない、今の状態は袋のネズミ。
皮肉なことに燃え上がるゲルが灯火となり、明るく神鎧族の集団を照らし出す。
「突撃しろ、皆殺しだ!」
パッカーの突撃の命令を受け、部下のヒャツハー神鎧族たちが人類軍に突撃をかます、破れかぶれの猪突猛進。
戦士たちが手に持ったAR70 90、タボール、FNC、ミニミ、モスバーグM500が一斉に火を吹く。
「いい夢、見てたのによ」
デザートイーグルをぶっ放すマリナ。
「ったくよ、ぷりぷりの尻揉みタイムを邪魔しくさりやがって、きっちり責任は取ってもらうからなぁ、こらッ!」
銀と黒の二丁のオートマグⅢを持ち、パティは神鎧族を撃ち抜いて行った。
「オートマグⅢは、てめえらの装甲をも貫くぞってな」
突撃するも空しく、ことごとく撃ち倒されるヒャツハーな神鎧族たち。
容赦なしの人類軍、戦士の中には安眠を妨害され、ご立腹の者もいる、腹立ち解消に撃ちまくった。
また悠也の施術を受けた者は、黒衣の女神様のご加護を受けていると信じ、戦闘力が倍化。
遂に1人だけになってしまったパッカー、完全に包囲され、逃げ道なし。こうなったら強行突破しかない、そう考え、他の物より大型のスレッジハンマーを取り出す。
「?」
唐突に人類軍の発砲が収まる。そもそもパッカーを倒すためには、一体、何発の弾丸が必要となるのだろう、倒す前に、強行突破される可能性の方が高い。
包囲の一部が解け、そこを通ってきたのは黒いゴスロリ姿の悠也、腰には短刀【骸空】が差してある、着替えはジーニアスの指示。
「黒衣の女神だと!」
黒衣の女神の登場を印象付けることに成功。
追い詰められたパッカーの表情が反転、大馬から飛び降りる。
「黒衣の女神を殺せば、大金星だ!」
ゲラゲラと笑い、大型のスレッジハンマーを構えた。
悠也とパッカー、同じタイミングで駆けだす。
両者が交差するとき、パッカーがスレッジハンマーで横殴り。
躱す悠也、巻き起こされた風が前髪を揺する。
スレッジハンマーを片手持ちにし、振り返りざま開いた手の拳で殴りつける、この間合いなら、素手の方が有効。
パッカーの腕に軽く触れ、拳の軌道をずらす。
悠也が体制を立てる、その合間にパッカーは距離を取り、再び両手持ちにしたスレッジハンマーを振り下ろす。
後ろへ飛ぶ悠也、逸れたスレッジハンマーは地面を叩き、草と土煙を巻き上げる。恐るべきパワー、直撃を食らえば一たまりもない、普通の人間にならば。
見える、悠也には見えていた、パッカーの動きの全てが何もかもが。
再度、スレッジハンマー振り上げ、パッカーは向かってくる。
「これでパッカー様が、最強の神鎧族だぁぁぁぁっ」
ジャンプと同時に、【骸空】を抜く。
「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気合を発し、上から下へ光の光の刃で斬る。
スレッジハンマーごと真っ二つ、斬られた個所から光の粒子となって消えて行くパッカー。
こうして黒衣の女神の伝説、黒衣の女神を有する人類軍の名声が広まった。
「ユウ様、お見事です」
ジーニアスは拍手。前もって襲撃を感じ取った悠也の感覚、おかげで、こうやって待ち伏せすることが出来た。無論、ジーニアスの戦略。
悠也自身、何故、敵の気配を感じ取れたのか解らない。
拍手はジーニアスだけでなく、人類軍全体に瞬く間に広がっていった。
拍手の中、悠也が【骸空】を鞘に納め、見回せば、未だ燃えるゲルが、人類軍のアジトを赤々と照らし出している。
燃えたゲルもあれば、焼けずにすんだゲルもある。敵に勝利し、みんなを守れたことは嬉しいが、住み慣れたゲルが燃えて行く姿を見るは悲しい。
相反する感情が悠也の中で渦まいていた。それは人類軍全体の感情、むしろその思いは強いだろう、ゲルとはいえ、悠也よりも長く住んでいる、家なのだから。
「これだったんじゃな」
「ハイ」
パティはジーニアスにだけに聞こえる小さな声で呟いた。これとは以前、ジーニアスの言った“神鎧族との戦争に勝利を収めたとしても、そこで戦争が終わったわけではない”のこと。
「今日は“たまたま”神鎧族でしたが……」
「皮肉なもんじゃな」
ジーニアスとパティを見ている悠也。声は聞こえてこなくとも、何を話しているのかは、何となく解った。
今回も、かませ犬がでました。勿論、モデルはアノ連中です。