第9章 スタンテングの倉庫
今回は倉庫へ向かう回、倉庫調べの回でありますです。
快調に飛ばしていた鉄亀のこと、ハイブリッド車。
悠也が窓の外を見てみれば、日は西に傾き暮れかかっていた。
「もうすぐ、夜になっちゃうね」
真っ暗になるのも時間の問題、このままでは、みんなで車中泊になる可能性も。
それはそれで問題がある。
「そう言えばジーニアスが言っていたな、最近、この辺りで野盗が出るって」
どんな時代にも、どんな世界にも弱い者ばかり狙って金品を奪う外道はいる。
「ちょっと、待っててくださいね、今、ぶーぶーちゃんに調べさせます」
マリナの指摘を受け、ジャニスがカーナビで、この周辺の情報を調べる。
「この近くに、宿場町があるそうでありますです」
ちらっと悠也がカーナビを覗き見してみたら、確かに近くに宿場町があることを指し示していた。
あの位置なら、歩いていても完全に日が暮れる前には宿場町に辿り着けそうなのだけど、鉄亀で行けば目立ってしまう。
この世界では鉄亀は神鎧族か、金持ちの乗り物、何せ“漂着物”なので。
キョロキョロ、ジャニスが辺りを見れば、丁度いい廃墟があったので、そこに隠すことにした。
「ぶーぶーちゃん、寂しくても我慢してください、明日には迎えに来てあげます」
ひと時別れる、ハイブリッド車の頭をジュニスは撫でてあげる。
鉄亀を置きっぱなしにすることを悠也とマリナは不安に思う。とはいえ、素人に動かせるものでもないし、鉄亀なんて品物を売り飛ばせば、瞬く間に足が付く。
バラしでもすればスクラップ、価値が無くなる。
まぁ、大丈夫だろうと判断、宿場町へ。
悠也もマリナもジュニスも気が付いていなかった、物陰から見ている欲望に毒された眼に。
予定通り、日没前に宿場町に到着。
悠也、マリナ、ジャニスは町の中をぶらぶら散策。
ここでは人類軍の目は無いので、しっかり自分の荷物を悠也は持つ。
マリナはともかく、悠也とマリナの衣装は目立ってしまう。着替えれば済む話なのに、男の娘としてのポリシー、メイドの誇りが、それを許さない、そこで3人は外套を着こむ。
町を行き来する旅人たち、みんな人間で神鎧族の姿は無し。
日が暮れてきても賑わいは衰えず、むしろこれからが本番。
旅人目当ての大中小規模の宿屋、酒場や屋台に土産物屋、“その手”のお店。
飲めや歌えで大はしゃぎしている度人たち。
屋台から漂ってくる香りに腹の虫が刺激されても、“その手”のお店には刺激されない悠也、マリナ、ジャニス。
本当のことはどうであれ、見た目、3人は女の子、“その手”のお店も誘おうとはせず。
さらっと町を見回り、手ごろな宿屋を見つけてチェックイン。
「いやー、美味かったぜ」
「本当、とっても美味かったです」
爪楊枝を銜えたマリナは備え付けの椅子に座り、ジャニスはベットに腰を下ろし、足をバタバタ。
夕食は屋台で済ませた悠也、マリナ、ジャニス。あれだけ美味しそうな香りで誘惑されたら、我慢など、そんな殺生なことは出来はしない。
それぞれ好みのた料理を食べ歩いた。
「……」
備え付けの椅子に座った悠也は、部屋の中を見回す。
3人一緒、同じ部屋で泊まることとなってしまった。宿泊費の節約にもなるし、ジャニスは悠也のことを女の子だと思っていて、やたらマリナは嬉しそう。
これじゃ車中泊の問題と何も変わらない、広い分、のびのびと寝れるから宿屋の方がいいけれど、悠也にしてみれば複雑な気分。
「なんだか、今日は疲れたのです」
首を回すとクキッと音がする。今日一日、ジャニスは鉄亀を運転していた、疲れるのも当たり前。
「じゃ、僕がマッサージしてあげるよ、ベットの上にうつ伏せに寝そべって」
悠也は立ち上がる、若いのでどっこいしょは言わない。
「本当ですか、評判は聞いておりありますです」
言われた通り、楽しそうにジャニスはベットにうつ伏せに寝転ぶ。
「丁度いいや、終わったら、私もやってくれ」
車の中だと一日中座っていても、それなりに疲れる、悠也は平気なんだけど。
「うん、解ったよ、やってもらいたいって言っていたもんね」
まずはジャニスの肩甲骨の周りに掌で触れる。
(うぉっ、かなり固くなっとる、これは辛いやろな)
体重を乗せて揉み解し、時には肘を使ってグリグリ。
「あぁん、こ、これは気持ちいいのでありますです」
今日一日、頑張ってもらった感謝の気持ちを込め、固くなった筋肉をしっかり解していく。
宿場町の夜は遅い、そして朝も早い。夜通し騒ぐ旅人もいれば、早朝、出て行く旅人もいる。
どんなタイプの旅人にも対応するのが宿場町。
ジャニスは宿泊料金を払う。
「ゆうべは3人で、お楽しみでしたね」
宿屋の主人がそんなことを言い出した。
「ハイ、ユウちゃんは、それはそれは上手でして」
さらりとジャニスは言ってのける。
どうやらマッサージの声が外に漏れていたようだ、宿泊施設ならば、ちゃんと防音設備は整えるべき。
幸い大きな欠伸をしているマリナには、この会話は聞こえておらず、早起きして鍛錬をした悠也は、外で待っている。
朝ごはんは屋台で買った白身魚のつみれの入った麺。
プリプリした食感のつみれととろみのあるスープの相性は良く、香菜とショウガのトッピングが味を引き立ててくれる。
熱々のスープをフーフーしながら飲むと、食道を通り抜け、まだ完全に目覚めきっていない胃を叩き起こす。
「うめーぜ」
「大変、美味しいでありますです」
早速、舌鼓を打っているマリナとジャニス。
(そうか、麺も作れるんやな)
朝ごはんの美味しさを楽しみながらも、悠也はあることを考えていた。
昨夜、鉄亀を止めた廃墟に来た途端、悠也とマリナは立ち止まる。既に2人の顔は旅人から戦士に変わっていた。
「ぶーぶーちゃん、おはようございますですよ」
鉄亀の元に行こうとしたジャニスを悠也が止める。
ジャニスを下がらせ、悠也とマリナは前へ出た。
「オイ、こそこそ隠れてないで、出てこい!」
マリナが叫ぶと、物陰から、ゾロゾロ見るからに悪辣な風体をした男たちが出てきた。
尋ねる間でもない、こいつらがジーニアスの言っていた野盗。
野盗たちの衣服を見れば、こびりついた返り血が染みとなり、斑模様を作っている。
1人や2人始末したぐらいでは、ああはならない。一体、どのぐらいの命を奪ったことか。
「鉄亀を持っていてるなんて、相当の金持ちだな」
「それとも、神鎧族下僕か」
「どちらにしても、良い金づるだ」
ナイフ、棍棒、山刀、凶器を取り出す野盗たち。誰も“漂着物”を持っておらず、凶器自体も安物。
「いいな、殺すなよ、価値が無くなちまう」
どうやら悠也たちを神鎧族か金持ちの使用人と思い込み、身代金を取るつもりらしい。
「傷つきたくないなら、大人しくしていることだ」
「ご主人様に返す前に、たっぷりと楽しませてもらおう」
「見ろよ、みんな可愛いじゃないか、金が取れなくとも、売り飛ばせば高く売れるぞ」
下卑た笑いが野盗たちの間に広がっていく。
「運が悪かったと、諦めな」
野党たちが近づいて来る、無防備に。完璧に悠也たちを普通の女の子と信じ、舐め切っている。
典型的なやられ役。
「運が悪いのは、そっちだぜ」
マリナが外套を翻したかと思うと、デザートイーグルをぶっ放す。
不用意に近づいていた野盗の1人が吹っ飛ぶ。
「ゲッ、こ、こいつ、“漂着物”を持っていやがる!」
慌てふためくが、もう遅い。
野盗共の態度に嫌悪感とムカつき覚えていたマリナは、襲い掛かってきた野盗たちを撃ち抜いて行く。
そこで野盗たちは、ちっちゃな悠也に襲い掛かった。
外套を脱ぎ捨て、ゴスロリ衣装になった悠也が野盗たちの中へ飛び込み、掌打を放つ。
直撃を受けた野盗は、後ろへ飛んだ。
「このくそったれ」
振り下ろされた山刀を躱し、顔面に掌打を叩き込み、ナイフで突きかかってきた男の手首を掴み、投げ飛ばす。
野党たちの態度に悠也もムカついていた。
「地獄を見たい奴から、かかってきてね」
可愛くウィンク。
こうなったらと、野盗たちはジャニスを狙う。
いくらやられ役の雑魚でも、数だけはある。悠也やマリナでも、すぐに駆け付けるのは不可能。
奇声を上げ、ジャニスに襲い掛かった野盗が額を抑えて悶絶。
ジャニスの手にあるのはスリングショット、いわゆるパチンコ。護身用にジーニアスが持たせておいた。
ジャニスの性格を考慮して、相手を殺さない武器を選んでくれた。といってもスリングショットの威力は甘くはなく、かなり強力。
ジャニスは弾に小石を使用しているが、金属製の弾だったら当たり所によれば命の危険さえもある。
「近づかないでください」
むやみやたらにスリングショットを撃ちまくった。弾用の小石は、そこら中に落ちている。
四方八方、出鱈目に飛んでいく小石。これじゃ、近づかないで言われても近づけない、危険すぎて。
次々と倒れていく野盗、数が多くても雑魚は雑魚だった。
「覚えていろ!」
ごく普通の捨て台詞を残し、残っていた野盗は逃げて行く。
「とっとと行こうぜ、悠也、ジャニス」
野盗のことなど無かったように、鉄亀の所へ。
「今、ぶーぶーちゃん、起こします」
ジャニスも気にすることなく、スマートキーを取り出した。
こんな出来事はこの世界では日常茶飯事、いちいち気にしてられない。
それでも悠也は殺さないように加減して野盗を叩きのめしていたが、デザートイーグルに撃たれた奴らは助からないだろう。
「おーい、早く来いよ、悠也。何、グズグズしてんだ」
マリナが呼ぶ。手を合わせ、野盗たちの冥福を祈ってから、鉄亀の元へ。
それから半日ほど鉄亀を飛ばしたところに、スタンテングの倉庫があった。
パッと見て悠也が思い浮かべたのは赤レンガ倉庫。と言っても赤レンガを使って作られた巨大な倉庫はあるが、よく見ればお洒落な作りだけど、赤レンガ倉庫とはデザインは違っている。
多分、スタンテングが自分で作った物だろう。
「入りますよ~」
ジャニスは掛けられていた南京錠を外し、重いを立てて引き戸を開けた。
壁のスイッチをジャニスが入れた。入り口側から奥へ向かい、順番に天井のライトが灯っていく。学校の体育館なんかの天井にあるライトと同じタイプ。
「わあぁぁ」
悠也は思わず、声を上げた。
倉庫に置かれた車やバイク、ユンボやブルドーザー、薄型テレビ、ロボット掃除機、多種多様な工業用機械。壁に張られた地球の各国の世界地図。
武人のスタンテングらしく、洋の東西問わず、様々な武器と防具が飾られ、ぎっしりと本の詰まった本棚が立ち並ぶ。
倉庫の中で何より目を引くのは……。
「何だ、あのでっかい鉄の塊は、鳥なのかよ」
マリナの視線の先にあるのは、中央にでんと置かれた黒い機体、猛禽類の愛称で呼ばれる。沖縄に導入されることになった時、野党や左翼が起こしたことで有名。
(こんなもんまで、あるんか、そう言えば大阪空港にも来たことあったな)
アメリカの映画や日本のアニメでも出て来たことがあり、男の娘でも男心をくすぐられる。
さらっと見回しても、荒らされた形跡はない、流石にコソ泥も死んで間もない神鎧族の倉庫を荒らす度胸は無かった様子。
「スタンテング様、帰ってきたのでありますです」
深々とお辞儀。
「さてと、倉庫を調べようぜ。この量、手分けして調べても朝までかかっちまう」
マリナの言う通り、ここはちょっとした博物館。調べるのはかなりの時間がかかる。
みんなで協力して調べ始める。何か、この世界の秘密に繋がるものが無いかと、悠也は期待していた。
一生懸命、調べているジャニス。恩のあるスタンテングのコレクションなので丁寧に丁寧に。
人類軍の戦士であるマリナは武器類に興味を引かれ、その辺りを中心に調べていた。
目に入った日本の新聞の束を悠也は調べる、この倉庫で日本語を読めるのは彼だけ。
こっちへ来る前に読んだことのある新聞、読んだことの無い新聞。ネットに流れていた記事と類似する記事があったり、無かったり。四コマ漫画も掲載されていて、テレビ欄も載っている。どの新聞にも隕石が落ちという記事は無し。
一番、悠也が最も注目したのは日付。
悠也がこっちの世界に来て以降の日付の新聞は無かった、一枚も。
何故、無いのだろう、そこにこの世界の秘密があるのかも。
「ユウちゃん、マリナちゃん、ちょっと、こっちに来てくださいませ」
ジャニスが呼んでいる、どうやら何かを見つけたようだ。
「これを見てください」
一冊の帳面を机の上に置く。
「……」
帳面にはびっしりと文字が書かれていた。規則正しく書かれた文字、スタンテングの几帳面さが知れる。
マリナとジャニスに日本語が読めないように、悠也もこの世界の文字がまだ読めない。
下手にそのことを話せば、ややこしいことになりそうだったので、ここは黙って話を聞くことにする。
「これは名簿か? 神鎧族の」
「はい、みたいなものです。どうやらスタンテング様も神鎧族の神を捜していたみたいです」
スタンテングは最強の神鎧族、神鎧族の神と思われていた。そこで本物に興味を持ち、場合によっては間違えられたことを詫びるつもりで、かなり熱心に調べていた。
「スタンテング様は、どこが外骨格に覆われているか事細かに調べていたみたいです」
外骨格に覆われている部分、すなわち欠落個所。
「この名簿の中に1人、外骨格が無い方が1人いるでありますです」
1人の名前を指し示す、悠也は読めないが読めたマリナの顔色が曇り、禍々しいものを見る目付きに変わる。
「コリンーシだと」
チッと舌打ち。
日本生まれ日本育ちの悠也には知らない名前。この世界生まれ育ちには馴染みの名前らしく、ジャニスの顔色も良くない。
「スタンテング様も決して分かち合えない、忌むべき相手と言っておりました」
あのスタンテング様に、そこまで言わせるコリンーシとは、どんな神鎧族なのだろうか?
悠也に解るのはマリナとジャニスの様子から、決して好意を持てるような奴ではないうこと。
ただ倉庫へ向かい、調べるだけじゃ寂しいと思いましたので、やられ役を用意いたしました。