プロローグ
古武術を身に着けた強い男の娘の物語。
ホラーの要素が入っていますが、プロローグでは出て来ていません。
「なんでやねん」
老いも若きも『あっ、ゴスロリの“美少女”だ』と萌えさせるユウは、自分目がけて落ちてくる、真っ赤に燃える巨大な隕石を見上げる。
走馬燈なのか、今日の秋葉原での出来事が流れていく……。
「ごちそうさま!」
手を合わせて元気よく。黒のゴスロリ衣装に、一滴のスープもこぼさず、上手にラーメンを食べ終えた。
コクとキレがあり、濃い色の見た目なのにあっさりとしているスープは絶品。
「あいかわらず、いい食べっぷりだねユウちゃん」
顔なじみのアルバイト店員に声を掛けられ、
「はい、ここのラーメンはとても美味しくて」
にっこりと微笑んだユウ。
ゴスロリ姿に姫カットが笑顔が合わさり、可愛くて可愛くて、ついアルバイト店員の表情が緩む。
この店員はユウの正体を知らない。とても可愛い美少女に見えるが、実は……。
秋葉原、西の日本橋に東の秋葉原。ともに世界のオタクたちの巡礼地。
欧米諸国もアジアもアラブも関係ない、老若男女も関係ない。誰も彼もが楽しめる街。
食後の運動にと、ユウは秋葉原を散歩。
よく見なくても、ユウと同じようなコスプレイヤーが恥ずかしがることなく歩いている。
空を見上げれば雲一つない晴天、雨の降る気配すらない。とっても気持ち良しの午後。
「ユウちゃん、こんにちは」
顔見知りに声を掛けられると、
「こんにちは」
笑顔で返事、時折、手を振ってあげる。
初顔合わせの人や外国の人から、可愛い、darlingと言われるたびに、ゾクゾクとした喜びの高揚感が沸き上がってくる。これが楽しいのでコスプレ姿での秋葉原通いは辞められない。
この思いは、あくまで自身の内面に押し込めて、表には出さないが。
ふと、ユウの耳に女性の悲鳴が聞こえてきた。すぐに駆け出す、聞こえてきた声には聞き覚えがあったから。
「オレ様から逃げれると思っていたのか? アアッ」
声の聞こえてきた路地にユウが駆けつけると、チャラい男がメイドさんに絡んでいた。
メイドさんの衣装はコスプレだが、チャラい方はそうではない。本人はかっこいいと思っているのだが、地のガラの悪さでチンピラにしか見えない。
事実、チンピラと変わらない。メイドさんに纏わりつき、何度も金をむしり取っていたDV男。
このメイドさんとユウは顔見知り。メイドさんからDV男の話を聞いたユウが、別れるように説得したのは当然と言えば当然。
にもかかわらず、こんなところまで金をせびりに来たDV男。
「そこのチンピラ、ええ加減にしとけ」
さっきまでのユウとは別人のような態度。
「オイ、関係ない奴はすっこんでろよ。痛い目に合わされたいのか!」
威嚇してくるDV男に向かい、上に向けた手のひらをくいくいと動かし、かかってこいと挑発。
「テメー、なめてんじゃねぇぞ」
プチンとなって殴りかかる。“見た目”ユウは女の子、簡単にぶちのめせると思われても仕方がないこと。
拳はユウの顔を目がけて振り下ろされる。
ふと、気付いたらDV男の目には青々とした空が見えていた。『アレ、なんでオレ様、空見てんの?』と思考が追いついた時には地面に叩き付けられていた。
ユウに投げ飛ばされたとは理解できないうちにDV男は失神。
「昇天せえや、このチンピラ」
「ユウくん、強ーい。柔道でも追っているの」
うざいDV男をのしたユウを褒めちぎるメイドさん。
「武術はばぁ―、祖母から学んだんです。祖母のレベルには。まだまだですけど」
ユウの両親は共働きで海外出張も多く、主にユウの面倒を見ていたのは祖母。
この祖母が古武術の達人で、物心ついたころからユウは古武術を教わっていた。
「私の前でも猫被ることは無いわよ、私は知っているからね、ユウくんがお―」
「ちょっと、話を聞かせてもらえるかな?」
路地に男が入ってきた。メイドさんの悲鳴を聞きつけたのはユウだけではなかった……。
男の着ている制服は警察官の物。
メイドさんの話を聞いて、およその状況を把握した警察官に、
「とりあえず、君の名前と年齢を聞かせてもらえるかね」
名前と年齢を尋ねられる。
ユウは恥ずかしそうにしながらも、
「西条悠也17歳。高校生です」
きちんと、本名を名乗った。
「悠也ね……。えっ、悠也」
ゴスロリ姿でどっから見ても可愛らしい美少女のユウ。でも名前は男の名前。
「君、もしかして男の子なの?」
さらに恥ずかしそうになりながら、頷く。
ユウのこと、西条悠也は正真正銘の男の子、つまりは男の娘。
「最近、この街にも男の娘は増えてきてるけど、本官が出会った中でも、かなりレベルが高いよ、君」
品定めするように見ているのは悪意や好奇心ではなく、職業柄。
「ところで、腰に差している短刀だが……」
ユウは一振りの短刀を腰に差していた。このような品物はコスプレ衣装用の小道具として販売されているが、ゴスコリ衣装とのコラボレーションは珍しい、したがって目立つ。
「コスプレ道具にしては、クオリティーが高いね。まさか本物じゃないよね、確かめさせてもらっても構わないかな」
本物なら銃刀法違反になる。職業上、警察官にしてみれば確認しなくてはならない。
素直に短刀を警官に渡す。
「ムッ、これは重いではないか」
渡した短刀は重みだけではなく、短刀自体から放たれるのは玩具とは思えないほどの迫力。
そこで警察官は、鞘から抜いて確認しようとしたものの、全く抜くことが出来ない。
警察官をやっているからには、力には自信があるはず、それでも短刀はピクリともせず、鞘から抜けない。
「その短刀、祖母の形見で抜けないんです」
短刀の銘は【骸空】といい、祖母が大事にしていた宝物。見た目がどうであれ、悠也も立派な日本男児、幼少のころから【骸空】に心惹かれていた。
祖母の手にあるときも【骸空】は抜くことはできず。
そんな祖母が今わの際に、形見として譲ってくれたのである。
抜けないのなら、本物かどうか確かめようがないので、嫌疑不十分。警察官は短刀を返す。
ユウ自身、何度か抜こうと試みたものの、一度も抜けたとこはなし。
「この短刀は、お守り代わりに持っているんだ」
本当のこと。お守りとして秋葉原に来るときは持ってきている。流石に学校までは校則違反になるので持っていけないけど。
返してもらった【骸空】を腰に差す。
生前、祖母はこう言っていた。
『【骸空】は抜ける時に抜ける』
全面的にDV男が悪いことが解り、連行されていき、悠也とメイドさんは解放。
メイドさんと別れた後、気分転換に悠也は秋葉原公園へ。
今日の秋葉原公園は妙に静か、こんな日もあるんだなと悠也が歩いていると、上からもの凄まじい音が聞こえてきた。
何だろうと、空を見上げる。そこで見たものは真っ赤に燃える巨大な隕石。
まるで狙っているかのように、隕石は悠也目がけて落ちてきた。
「なんでやねん」
激しい爆発と共に、悠也の意識は真っ赤になり、真っ白になり、暗転した。
プロローグは秋葉原を舞台にしていますが、関西出身なので秋葉原には行ったことは無く、AKIBA'S TRIPシリーズやネットの検束を参考にしました。