海
夏休みがきた。
正直暑いのはきらい。泳ぐのは苦手。
でも、付き合って一ヶ月の彼の
「海へ行こう」
という猛アピールを断わりきれなかった。
海。
私にはあまり縁のなかった場所。
浜辺は照り返す太陽で普段以上に暑く、その暑さを凌ぐ為に大勢の人が続々と海に入っていく。
「とりあえず着替えようか。」
彼に言われて、私達は海の家に向かった。
ここも凄い人で、十分程順番待ちをしてようやく更衣室に入ることが出来た。
毎晩苦手なストレッチをしていた成果がでて、たるんでいたお腹も、少しは引き締まった。そして友達に付き合って貰って選んだ可愛くてちょっとセクシーなこの水着。
彼は『可愛い』って言ってくれるだろうか。
更衣室から出て、ドキドキしながら彼に近寄ると、彼は
「じゃあ、行こうか。」
と言って、海に向かって歩きだした。
水着姿の私には、何の反応もなし。少しがっかりしながら彼の後を歩いた。
すぐにでも海に入りたそうな彼。
パラソルに隠れる私。
「泳ぐの苦手だから」
と、不服そうな彼を送り出して、一人ビーチに座る。
泳ぎの得意な彼は、あっという間に沖の方に行ってしまった。私は彼を目で追いながら、ひたすら暑さに耐えていた。
夏の日射しが容赦なく照りつけ、日陰に入っていても全く涼しさを感じない。
来なければよかった。
なんとしてでも彼を説得して、映画とかカフェとか、クーラーの効いている涼しい所に行けば良かった。
何か冷たいものを買いに行こうとしたとき
「一人なの?」
と、知らない男が馴々しく近寄ってきた。
「一人じゃ暇でしょ。あっちで一緒に遊ばない?」
男は仲間がいるらしき方向を指差したが、私は見向きもせず海の家に向かう。
「何か買いに行くの?俺が買ってあげるよ。」
無視しているのに、なんでこうしつこく付いてくるのか。
「自分で買うからいいです。」
「そんな遠慮しなくていいって。」
別に遠慮している訳ではない。うざい。どこかに行って欲しい。
「ねえ、何が欲しいの?」
いい加減耐えられなくなり、私は
「もう付いてこないでよ!」
と言い放ち、体の向きを変え海に向かって全力で走った。
波際につき、荒くなった息を落ち着かせていると、沖にいた彼が私に気付き戻って来た。
「どうしたの?」
不思議そうに彼が見つめる。
私は、暑いこととか、今走って更に喉が乾いてしまったこととか、沢山不満があったけど、それ以上に、また一人でいて変な男に声を掛けられるのが嫌で、
「一人にしないで。」
と彼に告げた。
彼は一瞬驚いた顔をして、それから少し嬉しそうな表情になり、いきなり私を抱き締めた。
え?なに??
何が起きたのか解らない。
今度は私が驚く番。
でも、水に濡れた彼の体は、冷たくて心地良い。
「ごめん、一人にして。…淋しかった?」
彼の言葉に、ようやく状況を理解する。
私がナンパが嫌で発した言葉を、彼は私が淋しがって言った言葉だと捉えたのだ。
自分の言ったセリフが急に恥ずかしくなったのと、彼の勘違いが可笑しいのとで、思わず笑いが込み上げてきた。
彼が身体を離して私を見る。
「なんで笑ってるの?」
「ううん、なんでもない。」
ふと周りを見ると、沢山の人。こんな所で抱き締められたなんて…!顔が熱くなる。
「大丈夫だよ。誰も気にしてないって。」
確かにそこら中にいるカップルは、皆イチャイチャしているように見える。
ようやく冷静を取り戻して、喉が乾いていることを彼に告げた。
二人で海の家に行き、冷たく冷えたラムネを飲む。
「今度こそ一緒に泳ごう。」
「でも、私、泳ぐのあまり得意じゃないから…。」
「大丈夫。」
そう言って、大きな浮き輪を借りてきた彼。
「これがあれば恐くないだろ。」
「でも…。」
「せっかくだから、一緒に泳ごう。」
海の水は、正直綺麗とは言えないけれど、浜辺にいるより数十倍気持ちがいい。
きっと思い切り泳ぎたいだろうに、彼は私が着けた浮き輪をずっと掴んでいてくれる。
「気持ちいいだろ?」
嬉しそうな彼。
「そうだね。」
思ったよりも楽しんでいる私。
「…今更だけど、その水着似合ってるよ。」
「ありがとう。」
照れ笑いする二人。
こういう夏もたまには悪くない。
でも、次のデートは絶対映画に誘おう。