勉強をしてこなかった勇者はこうなる
ほとんど会話文です。
某ドラマの勇者と役に立たない魔法使いをイメージして書きました。
魔王城ボス部屋にて
「よく来たな勇者よ」
玉座に座っていた魔王がおもむろに立ち上がる。
「……」
魔王を睨みつけながら、勇者は腰に提げた剣を鞘から引き抜き、切っ先を魔王に向けて構える。
その剣を見た魔王が何かに気づいた。
「あれ?その剣もしかして北の最果ての洞窟にあるって言われてたやつじゃない?」
先程の雰囲気からは打って変わって軽くなる魔王の声。
「……それがどうした!」
思わぬ魔王の発言に一瞬気が抜けた勇者だが、すぐに気を取り直して剣を強く握り直す。
「いや、俺もその洞窟行ったんだけどさ。見つかんなかったのよ。それどこにあったの?」
「一番下の階だが」
「いやいや俺ちゃんと全部まわったよ?他の宝箱は手付かずだったから俺より先に勇者が入ったってことはないだろうし」
「……北西に長い行き止まりの道があっただろう」
「長い行き止まりの……ああ、あったあった」
「隠し部屋だ」
「あー!隠し部屋かぁ。いやーそっか隠し部屋かぁ。でもあんなところ普通調べないっしょ。よくわかったね?」
「勘だ」
「いい勘してるなぁ。まぁいいや。スッキリしたし始めよっか」
そう言うと魔王は懐から一本の魔導杖を取り出した。
「そ、その杖は東の塔の!」
「ん?そうだけど?」
「あの塔には難解な仕掛けがあったはずだが……」
勇者は東の塔の最上階で台座に収まっていた杖を発見するも、仕掛けに阻まれて触れる事ができず、泣く泣く引き返した時の事を思い出していた。
「え?もしかしてあのパズル解けなかったの?うっそー。勇者ってもしかして馬鹿?」
「馬鹿ではない!」
語気を荒らげる勇者。
「そんな怒んなって。でもそんなに難しい方じゃなかったよ?あれ解けないってやっぱり馬鹿なんじゃね?」
「馬鹿ではない!!」
さらに語気を荒らげる勇者。
「ごめんごめん。でも勇者ってさ、あれでしょ。ダンジョンまわってお宝集めるの好きでしょ?」
「……まぁな」
わずかだが勇者の気が緩む。
「やっぱり?実は俺も好きでさぁ。あ、良いこと考えた。二人でダンジョンまわるってどう?世界を救うとかいうのやめにしてさ」
「何を馬鹿な!」
「いやいや考えてみなよ。強い武器とか防具とか集めて、その喜びを実感するのっていつ?」
「……さぁ?」
「勇者も気づいてないだけで知ってるはずよ?それはね……敵と戦ってる時!」
「ああ、確かに」
「でしょ?新しい装備手に入れてさ、今まで手こずってた敵を楽勝で倒せるようになってさ。そんな時喜び感じない?」
「感じる」
勇者の顔がわずかにほころんだ。
「でしょでしょ?ってことはだよ。話戻すけどさ、世界が救われちゃったらどうなる?モンスターがいなくなっちゃったらどうなる?」
「モンスターを倒せなくなる?」
「うん、いや、まぁそうなんだけど。俺が言いたかったのは喜びを感じる機会が失われるってこと」
「ああ、なるほど」
「だからさ、やめにしない?世界救うの」
「……いやいやいやいや!そうはいかない!世界中の人々が世界平和を待ち望んでいるんだ!私一人のわがままでやめるなどというわけにはいかない!」
勇者は一瞬、魔王に同意しかけた事を後悔しながら自分を戒める。
「あーそれね。世界中の人々のためにってやつね。ふーん」
「何がいいたい」
「別に?」
「言いたいことがあるならハッキリ言え!」
「わかった。じゃあ言わせてもらうけどさ、勇者ちん。ここまで来るの大変だったでしょう?」
「楽ではなかったな」
「道中色んなお願いされたよね?」
「ああ」
「そのお願い聞いてきた見返りとして何があった?」
「見返りを求めてやっているのではない!」
「勇者ちん、よーく考えてみて。例えばそうだね、うん、やっかいなモンスターがどこかの町の近くの洞窟に住み着いたとする。放っておいたら近隣が荒らされまくり。討伐のために国から兵士が送られるものの全く歯がたたない。さぁ困った!国の一大事だ!助けて勇者様!って頼まれる勇者ちん。なかなか断れない性格の勇者ちんは頑張ってモンスターを倒す」
「私はなかなか断れない性格などではない」
「まぁ細かいところはいいじゃん」
「よくない!」
「わかった。わかったから落ち着いて。ハッキリ断れる性格の勇者ちんは断ろうと思えば断れるけど人々のためにモンスターを倒す。これでいい?」
「いいだろう」
「よし、じゃあ続きね。んでモンスターを倒して国を救った見返りが『ありがとうございました。もう用はないのであそこ通ってもいいですよ。魔王退治がんばってくださいね』みたいな。こんな感じのが多かったんじゃない?」
「何が悪い」
「いやいやいや。あのね、国の一大事を助けてあげたのに通せんぼ解除するだけって。最低でも金一封とかあるでしょ普通」
「宝物庫を開放してくれるところもあったし」
「それもよーく考えてみなって。勇者ちん。これから世界を救いに行くっていうのにだよ?何も助けてもらえなくたって『勇者様、何でも好きなだけ持って行ってください、どうぞどうぞ』ってなるのが当たり前じゃない?ところが勇者ちん人がいいからさ、せっかく助けてやっても、よくて宝物庫、ひどいところだとさっき言ったみたいに、なんっにもくれずに通せんぼ解除してくれるだけ。フェアじゃないよね?」
「言われてみれば……」
「でしょ?勇者ちん騙されてるんじゃない?」
「……いや!そんな事はないぞ!私が貴様を、魔王を倒して国に帰れば……そう、英雄として迎えられ、そのまま一国の主となって一生安泰間違いなしだ!」
「一生安泰って勇者なのに意外と庶民っぽいところあるのね」
「悪いか」
「いや悪くはないんだけど。ちょっと待ってね。おーい!アレ持ってきて!」
魔王は部下に言いつけてA4サイズ用紙が入る大きさの分厚い封筒を持ってこさせた。
「なんだそれは」
「あわてんなって」
魔王が封筒から紙束を取り出す。
「ほら。見てこれ」
魔王が取り出した紙束を勇者に渡した。
「……なんだこれは」
「書いてあるとおりよ。ラダ◯ーム王国調査結果報告書。うち結構優秀な人材、まぁ人じゃないから人材って言ったらあれなんだけど、揃ってるからさ。ほら人に変身できるやつとか念写できるやつとか」
渡された報告書を数ページめくったところで勇者があることに気づく。
「これは……ローラ姫じゃないか。貴様どうやってこんなものを」
「勇者ちん人の話聞いてる?今言ったでしょ。うちには優秀な人材がいるって。諜報活動とか朝飯前なの」
「なるほど……」
勇者は報告書をさらにめくって読み進める。
「なっ!このローラ姫の隣に写っている男は誰だ!」
「慌てずゆっくり読んで。そこに全部書いてあるから」
「私は字が読めん」
「ガクッ。思わず口に出しちゃったガクッって。めくるの早いと思ったら写真だけ見てたのね」
「いいから早く教えろ!」
「まぁ一言で言うならローラ姫の浮気相手かな」
「何だと?ローラ姫には私という者が」
「勇者ちんローラ姫助けたあとちゃんと告った?」
「告ってはいないが……あの雰囲気ならば誰でもそういうものだと思うだろう!」
「一晩寝ただけでしょ?」
「しかしローラ姫は私を愛していると!」
「勇者ちん。女心っていうのはね、変わりやすいものなの。何ヶ月も放っておいたらダメなのよ」
「しかし……そうだ!」
勇者は懐からペンダントを取り出した。
「なにそれ?」
魔王がたずねる。
「王女の愛だ」
そう答えた勇者は少し誇らしげな表情を見せた。
「なんなの?」
「遠く離れた地にいてもローラ姫の声が届くのだ」
「へぇ」
勇者は王女の愛を使った。
「……」
しかしなにもおこらなかった。
「何も聞こえてこないね?」
「……」
黙りこむ勇者。
心の火が消えそうになったその時、ようやくペンダントから声が聞こえてきた。
「あーもしもし。勇者様?」
「ほらな!」
勇者に笑顔が戻った。
「ごめんなさい。少し立て込んでいまして」
「いや、いいんだ。こちらこそこんな時間にすまない」
安堵した勇者は思わず返事をしてしまった。
王女の愛は一方通行。
ローラ姫からの声は聞こえても勇者の声が向こうに届くことはない。
「わたしのいるお城は、んっ、北にななじゅ、あっ、西に――」
ローラ姫の様子がおかしい。
話の途中途中から喘ぎ声のようなものが聞こえてくる。
「ちょっとやめてってばぁ。すぐ終わらせるから待ってて」
まるで受話器を押さえながらちょっかいをかけてくる誰かをたしなめる時のような会話が勇者の耳に届いた。
「えーとどこまで言ったっけ。そうだ、西にさんじゅ――」
勇者は王女の愛を放り投げた。
「あれ?もういいの?」
わかってたけどね、と言いたげな表情を浮かべながら魔王が勇者に話しかける。
勇者の反応はない。
「勇者がいらないなら俺がもらおっと」
魔王が王女の愛を拾った。
「おー聞こえる聞こえる」
その間も勇者は黙ったままだ。
「なになに?」
魔王が王女の愛を自分の耳にかざした。
「ほらぁ勇者にバレちゃったじゃなーい」
魔王がローラ姫のものまねを始めた。
さも王女の愛から聞こえてくる内容を話すかのように。
「あいつが魔王倒す前にやる気なくしちゃったら私がお父様に怒られるんだからね?」
魔王のものまねが続く。
その内容が本当にローラ姫が言ったものなのかどうかは魔王本人にしかわからない。
しかしそれを聞いている勇者の体がわなわなと震えはじめた。
「まぁいっか。とりあえずさっきの続きしま――」
「もういい!もうやめてくれ!」
勇者が叫びながら膝から崩れ落ちた。
「勇者ちん。辛いかもしれないけどこれが現実なのよ。誰かのために頑張っても報われるとは限らないの。自分の頑張りに相手が応えてくれるとは限らないのよ。でもこれでわかったでしょ?まだ世界救うメリットある?ないよね?」
「……ないかもしれん」
「でしょ!はい決まり!世界救うのやめー。よし、勇者ちん」
「なんだ?」
「世界の半分あげるわ」
「いいのか?」
「全然オッケー」
「何だかすまないな」
勇者の顔にわずかに笑顔が戻る。
無理して作ったであろうその笑顔が物悲しい。
「いいねぇ勇者ちん。そうやって気持ち切り替えるの大事よ。じゃあ今からちょっとしたセリフ言うから、その後に出てきた選択肢で『はい』を二回選んでね」
「わかった」
「よし、じゃあいくよ。よくきた……えーと」
そこで魔王は勇者の名前を聞いていなかった事に気づいた。
「勇者ちん名前は?」
「ゆうしゃだ」
「そうじゃなくて本名。たかしとかひろゆきとか」
「ゆうしゃだ」
「本名が?」
「ああ」
「生まれた時から?」
「生まれた時から」
「あらぁ……」
「いいから早くしてくれ」
「ごめんごめん。ゴホン。よくきたゆうしゃよ。わしがこの世界を支配する王の中の」
「長くなるのか?」
「そんなに長くないから。短めにするからちょっとだけ我慢して?」
「わかった」
「じゃあもう一回最初からね。よくきたゆうしゃよ。わしがこの世界を支配する王の中の王、魔王だ。わしの右腕になれば世界の半分をゆうしゃにや」
「世界の半分はやっぱり悪いかなぁ」
「いいから!黙ってもらっておけばいいから!」
「わかった」
「じゃあ今度こそ最後まで口挟まないでね?選択肢出るまで黙ってるんだよ?」
「うん」
「よし。ゴホン。よくきたゆうしゃよ。わしがこの世界を支配する王の中の王、魔王だ。わしの右腕になればこの世界の半分をゆうしゃにやろう。どうだ、悪い話ではなかろう?」
勇者の目の前に選択肢があらわれた。
______
|rア いいえ|
| はい |
――――――
「あっ」
「えっ」
「ごめん間違って『いいえ』押しちゃった」
「ちょっとー。そりゃないわ勇者ちーん」
「だって上にあるんだもん」
「それにしたって普通確認するでしょうが」
「どうしよう」
「よし、わかった。一回倒すから、復活したらもっかい来て」
「えー……死んだらお金がなぁ。私が魔王を倒すのではダメなのか?」
「あのね、俺は復活できないの。勇者ちんは復活できるけど俺は無理なの。俺を倒したら世界平和になっちゃうの。そんなの考えなくてもわかるでしょ!勇者ちんヴァカなの!?」
「怒鳴らなくたっていいだろう」
「それに世界の半分手に入ったらそんなの比べ物にならないくらい稼げるから」
「そんなに?」
「そんなに」
「わかった。あんまり痛くしないでくれ」
「オッケー。俺じわじわ体力削って行くの得意だから」
「頼むよ?」
「任せなって。じゃあちょっと変身するけどびっくりしないでね」
「なぜ変身するんだ?」
「変身っていうか元の姿に戻るっていうか。まぁそんなのはどっちでもいいんだけどね。ドラゴンにならないと火吹けないから」
「熱い?」
「そりゃまぁ火だからね」
「熱いのやだなぁ」
「わがまま言わないで。元はといえば勇者ちんが間違えたのが悪いんだからね?」
「しょうがないか」
ドラゴンに変身する竜王。
「じゃあいくよ」
「うん」
火を吹く魔王。
「あち!あちちち!」
「ははんひへ」
『我慢して』と言った魔王だが火を吹きながらなのでちゃんとした言葉にならない。
しばらくして勇者の体力が尽き、その場に倒れる。
「ふぅ。思ったより体力高かったな」
横たわる勇者の死体。
「あれ?もう死んでるよね?」
勇者の死体はぴくりとも動かない。
「なんで消えないんだろう……」
この世界のシステムでは勇者は魔物にやられても復活する。
その際に勇者の死体は消えるはずである。
しかし魔王の目の前の死体はそのまま。
まったく消える様子がない。
「あれ……もしかしてやっちゃった?」
焦る魔王。
「うそでしょ?もしかしていつのまにかシステムが変わったとか?」
勇者が死ぬとゲームオーバーになってしまうゲームも珍しくはない。
「はぁ……せっかくいい友達になれそうだったのに」
生まれた時から悪のエリートだった魔王。
部下の数なら星の数ほどいたが、友達となると一人もいなかった。
趣味が同じで対等に語り合える初めての相手。
一緒にダンジョンめぐりしたかった。
集めたお宝を二人で分けあって、時にはケンカしたりなんかして……。
玉座に座ったままうなだれる魔王。
喪失感に包まれたまま一ヶ月が経過した。
それまでは勇者が来なさそうな時を見計らってちょくちょくダンジョンへとお宝探しに赴いていた魔王だったが、勇者が死んでからというもの、何もやる気にならず部屋にひきこもり続けている。
ごちそうを食べても満たされない。
部下がなんとかしようと世間話を持ちかけるが上の空。
部下に貸してもらった携帯ゲームはちょっと楽しかった。
だがそれもすぐに飽きて今日も一日窓の外を見ながらボーっとしている。
その時だった。
「ただいまー」
聞き覚えのある声が部屋に響く。
魔王が部屋の入り口へ顔を向けるとそこには死んだはずの勇者が立っていた。
「勇者ちん!生きてたんだね!」
魔王が勇者のもとへ駆け寄る。
「え、何だよ。当たり前だろ?」
「死体が、死体が消えなかったから本当に死んだかと思った!」
死体が消えなかったら死ぬとは奇妙な表現である。
「死んだら死体と装備はその場に残るんだが。魔王なのに知らなかったのか」
「知らなかった!でもよかった!」
「早速で悪いが世界の半分を私にくれ」
「オッケー!今度は間違えないでね!」
「おう」
その後二人は世界をはんぶんこして暗黒の時代が始まったとさ。
めでたしめでたし。
来年1月末に発売される大作ゲームが楽しみです。
まだPS4買ってないんですけどね。