バス停の怪
あらすじは大嘘ですのでご注意ください。
じゃあこれはどんな話かって?
とりあえず読んでみりゃわかります。
十一月。まだ雪にもなりきれない冷たい雨が降りしきる中、少年はバスを待っていた。年季の入ったポリエステル製の傘の上で雨露が細い川をつくる。そんな雨のせいなのか、バスを待つ人の数はいつにも増して少ない。
「やっほ、おはよ朋君」
バス停の雨よけの庇の下で、傘をたたんで誰もいない方向へ向けて数度バサバサと傘を開き、雨露を吹き飛ばしていたところに、今度は少女がやってくる。年頃はふたりとも十代半ばといったところ。おそらく同じ高校の同級生と言ったところだろう。
「ごめんね、こんな雨の日に付き合わせちゃって」
「別にいいよ、どうせ暇だし。風邪ひいたらお前のせいにできるからな」
「もぅ、そんなこと言わなくていーじゃん」
少年の名は、田口朋幸。そして少女の名は、篠原千夏。同じ高校で同じ新聞部に所属している。
「さ、今日は絶対新聞部として取れ高をとってこないと」
「相変わらず、オカルトが絡むと気合いの入用が違うな」
「当り前よ。なんのために新聞部に、あんたまで無理矢理引き連れて入ったと思ってるのよ」
「変わんないな、よくお前に連れられてお化け屋敷入ったの思い出すわ」
「朋君が将来彼女出来たときの特訓でね。まー、あたしよりビビってたから、当分、修行しないとなー」
「……激しくこいつムカつくんだけど」
会話から読み取れるふたりの仲の親しさからも読み取れる通り、ふたりは小学校のころからの幼馴染だ。そして、これも会話から読み取れる通り、ふたりの間に恋愛感情のようなものはさらさらない。
小さいころから、何もかもあけっぴろげに接してきたのが今まで続いてきたというタチだ。そのせいか、朋幸は千夏にすっかり押され気味。小さいころから千夏の我儘で肝試しやお化け屋敷に連れて行かされてきた朋幸は、ついにはオカルト関係の調査をしたいという理由で新聞部に入部した千夏に引き入れられてしまったのだ。
今日もその調査に付き合わされることになったのだが、同じ新聞部である以上なまじ断りにくく、結果この土砂降りの中バス停にいるわけだ。
「今日は、幽霊が出るという噂の霊園の裏山に行くの」
「あー、あれ持ってきた? 飴玉の入った袋」
「持ってきたけど、何に使うんだ?」
「そこに出る幽霊だけどさ、飴玉の入った袋を持ってると、それを置いてけ~、置いてけ~って後ろから呼び止めてくるの」
ご丁寧に、両の手の甲をだらりと垂らして、幽霊の真似事をする千夏。かなり悪戯っぽい性格らしい。表情の変化も激しく、まるで幼い子供の用にコロコロと変わる。対する朋幸は、若干呆れながらもあわただしいその変化を楽しんでいるようだ。
ふと千夏の視点が朋幸の方から、彼女のちょうど前方の方へと移る。
(バスがいよいよやって来たのか)
そう思い、朋幸もバス停のベンチから立ち上がろうとした。
が、再び座りなおした。バスはまだやってこない。代わりにやって来たのはひとりの男だった。雨の強く降る日曜の朝。その男は真っ黒な傘をさしてやって来た。傘の影からはこれまた真っ黒な服が見えており、さながら喪服の様だった。顔は見えず、体格と身長から男であることはわかるが、年齢はどうも測れそうにない。
ただ、男の背中からは言葉では言い表しがたい哀愁が漂っていた。ふたりは失礼とは思いながらも、その男から視線を外すことができなかった。
「ごめん、本当にごめんよ…」
男はふたりの視界の中で、糸のように細い声で電柱に向かって語り掛けていた。見れば見るほどその光景は異様だ。
そして男が屈んだかと思えば、懐から一束の花を取り出し、電柱の根元に置いた。オレンジジュースの缶も添えられている。男は電柱に向かい、黙祷をささげた後、再び雨の中へと消えて行った。
「い、今のって……」
目の前の男の行動からするに、どうやらこの付近で交通事故があった模様。
「事故に遭ったのって子どもかな……?」
供えられている花は季節外れのヒマワリ、そしてオレンジジュースによく見ると飴玉も置かれている。手向けられた物はどれも幼く可愛らしいものだった。供え物を見かけたぐらいなら素通りするのだが、それを手向ける瞬間を見てしまったため、覗き込まずにはいられなかった。
傘をさしながらしゃがみこみ、先程の男と同じように黙祷をささげる。どこの誰かとは知らないし、面識もない。だからと言って興味本位で覗くだけ覗いておいて、何もせずにいたのでは罰が当たる気がしたのだ。
「びっくりしたでしょ?」
「え?」
突然脈絡に合わない内容の声がそれも背後から聞こえてぎょっとしたふたり。声がしたほうを振り返ってふたりはさらに驚く。
この雨の中、傘もささずに幼い少女が歩いていたのだから。
「あたしもびっくりしてる、あのおじさんすごく真面目なんだ」
少女の言う「あのおじさん」とは、先程この電柱に花を手向けた男のことを指しているのだろうか。
ということはこの少女は先ほどの男と面識があるということになる。だがふたりは、それを尋ねてはいけない気がしていた。少女が異様すぎるのだ。この雨の中に傘もささず、格好も白いワンピースにサンダルと天気も季節もはき違えている。
「どうしたの顔青いよ?」
少女がそう問いかけてくるも、この状況で青ざめた表情を浮かべないものなどいるのだろうか。精神がおかしくなってしまいそうだ。
花を手向けに来た男のことを知っている。
この雨の中に傘も差さない。
季節外れの、まるで時が止まってしまったかのような格好。
これらから導かれる答えはただひとつ。それを分かっていながらも、ふたりはこの場から逃げ出せない。困ったことに脚が硬直してしまい、アスファルトの地面から生えてしまっているかのようにびくともしないのだ。
(これが金縛りというやつなのか)
そんなことを考えてしまえば、いよいよ肩ががくがくと震えはじめ、奥歯ががちがちと音をたてはじめる。瞬きもできず、この雨の中だというのに眼球が渇いてひび割れてしまいそうだ。まぶただけではない、口元も表情を司る筋肉の何もかもが硬直し、ひきつった現実逃避の笑みを浮かべながら、脳裏で念仏を唱え出す。これがこの世の別れかと思っていた矢先に少女の口が開かれ、思ってもみない言葉が飛び出す。
「そんなに怖がらなくていいって、あたし悪霊じゃないし」
「ほえ……?」
ふたりは口をそろえて間抜けな声を出してしまう。
「あ、悪霊じゃないって…あなた…、こ、ここで事故に遭った…」
「そう、だから?」
自分が死んだ事故だというのにまるで他人事だ。こうなると今まで感じていた恐怖が一気に困惑へと姿を変える。もう怖いのか、単に訳が分からないのか分からず、ふたりは肩をがくがくと相も変わらず震わせていた。
「もう、はいはい、そーいうのいいからいいから。ほら、そこにオレンジジュースあるし、それでも飲んで落ち着き」
「いや……、それあなたに供えられていたやつだよね?」
「いいのいいの、どーせ飲めないのよ。死人に口なしって何度も言ってるのに
。あのオヤジ、堅物でいっこも言うこと聞いてくれんのよねー。それも毎日毎日オレンジジュースって、飽きるっちゅうねん。たまには気ぃ利かしてコーラ持って来いや。あたし死ぬまでに炭酸飲んだことないねんって何べん言うても聞かへんわー」
「な、……なんか……、急に関西弁になり出したけど……」
「と、とりあえず本人の言う通り害はなさそうだな」
少女に悪意がないとわかると、先程まで自分たちの身体を縛り付けていたものが嘘のようにすくっと立ち上がることができた。どうやら自分の中の恐怖が己に枷をつけていただけに過ぎなかったようだ。
「まあでもそうなったらこっちのモノよね」
「なにがだ?」
そして、少女に悪意がないとわかると代わりに、千夏の邪な思考が騒ぎ出したようだ。どうやら彼女の極度のオカルト好きという趣向に、幽霊に会ってそれも会話まで交わしたという既成事実が火をつけてしまったようなのだ。
「レッツ取材開始~!」
「待たんかいっ!」
「なによ邪魔しないでよ、せっかくの取れ高なのよ」
「だからって事故であった幽霊に取材するなんて不謹慎極まりないだろうがっ」
「あ、取材くらいなら別にええで」
「えぇえええええっ! い、いいのっ!?」
「かまへんかまへん、その代りちょっと頼みたいことあんねん」
まさかの死んでしまった事故の被害者に取材という不謹慎極まりない千夏の我儘もすんなりと通ってしまった。朋幸は、もはや違う意味でたらりと冷や汗をかいてしまう。
「ほ、本当にいいのか……?」
「かまへんかまへん、旅は道連れ世は情け。ここであったのも何かの縁や。人に情けかけといて損はあらへんさかい」
(……、どこのおっさんだよ、こいつ……)
この少々じじ臭い少女から頼まれた依頼は、実に簡単なことだった。
バス停から歩いて徒歩3分の所にある商店街。その商店街にある花屋さんに向かってほしいとのことだった。花屋に向かう道中、少女はご丁寧にずっと横をちょこちょことついてくるのだった。それをただ単に見下ろしているだけだと可愛く見えてくるのだが、すでにこの世の者ではないと知っている故、複雑な気分にならざるを得なかった。
「で、なんでお花屋さんなんだ?」
「あ~、あたしな、ヒマワリ別に好きとちゃうねん」
「そんなことかよ!」
こうなってくると千夏に負けず劣らず少女までもが不謹慎に思えてきた。だが、花を選ぶ少女の仕草は天真爛漫な少女そのもの。やはり彼女自身には悪気は一切ないのか。
「あ、このシクラメンの方がいいかな~? やっぱり、ヒマワリなんて子供っぽいわ~」
「事故があったのって何年前のことなんだろ?」
「さあ? でもあのいたいけな女の子が、あそこまでじじ臭くなるんだから、結構前かも知れないぜ」
「シクラメンの花言葉は“嫉妬”やねんよなー。あ、でもそれよりは、アザミの方が……。“復讐”って意味があるし」
「……、やっぱり事故のこと恨んでるよね?」
「うん、俺もそう思う」
天真爛漫だと思ったのは、どうやらとんだ思い違いだったようだ。
幸いにも彼女の復讐心がこちらに飛び火する様子はないようだが、事情を知っている分、身構えせずにはいられない。
「千夏のせいでまた寿命が縮みそうだ」
「あたしのせいにしないでよ」
ふとそのとき、少女の視線が店先に並んでいたある花にとまった。するとゆっくり微笑み、「あれが欲しい」と言い出したのだ。少女は幽霊だ。おそらく朋幸と千夏以外には見えていないであろうし、花を買うことはまず叶わない。よって、ふたりがお金を出して買うことになるのだが、少女が指さしていたのはお世辞にも趣味がいいとは言い難い食虫植物だった。心なしか少女の笑みもにんまりとした邪悪な笑みに見えてきてしまう。
「や、やっぱり恨んでるって、恨んでなきゃハエトリグサなんて所望しないもの」
「落ち着けぇ、ハエトリグサには悪意はない、悪意はないはずだ。むしろハエ退治してくれるし、ありがてーじゃん」
「でもあれってハエを消化するのにすごくエネルギーつかうから、実際はそんなに食べてくれないらしいじゃん!」
「それ、今関係ねーだろが!」
「違う違う、こっちこっち!」
少女に注意されてほっとする。彼女が欲していたのは趣味の悪い食虫植物などではなかったのだ。草丈五十センチ程で鎖樋を逆さにして束ねたような形をした紫色の花だった。
ふたりとも知らない花だったので札を見やると「リンドウ」と花の名前が書いてあった。見たことも聞いたこともない、ここで初めて見た花だったが、清らかで健気な印象を受けたので、少なくとも花言葉からご丁寧に説明してくれたシクラメンやアザミよりは抵抗がなかった。
「すみません、これ下さい」
出かけたときは予期していなかった思わぬ出費だが、この少女の霊に逆らうとろくなことになりそうもないので、この花を買うことにした。
だが、どこかでまだこの少女の霊に対して黒い部分を感じずにはいられなかったため、花屋からの帰りで千夏はそれを尋ねてみることにした。
「あのさ、一応聞いていいかな?」
「ん? なに?」
「リンドウの花言葉って何?」
「はぁ…教えへんに決まってるやろ? そんなん今教えたら面白うなくなるやん、くっふふふふ…」
「駄目だよこいつ、完全に呪う気でいるよ」
「多分死んでから時間が経ちすぎたんだな……」
リンドウの花を包んだ束を持った千夏と朋幸のふたりは、さらに少女の依頼を受けることになる。
これも花屋のお使いと同じく簡単なもので、ただ少女の案内するままについてきてほしいというものだった。ただ、行先は最後の最後まで教えるつもりはないらしく、どこへ着くともわからないまま五分ほど歩かされた。そして着いたのは、アパートのとある一室だった。
「あたしが死んだのはもう五年も前のこと…」
アパートの部屋の前でぼそりと少女がつぶやく。
ここに来て、いきなり彼女の声質が、表情が変わった。目つきはまるで生きているかのように鋭く力強い眼光を放っており、どこか神々しささえ感じる。先ほどまでの彼女とはどうも似ても似つかない。
「死んじゃったから、“お返し”なんてできないのに。でも、これでやっと“お返し”できるね……」
“お返し”
その言葉が口をついて出てくるたびに、少女の口元はひきつり、怪しげな笑みを浮かべる。
その表情を見たとたん、ふたりはちょうど、少女と会ったあのときと似た感覚に襲われた。
(身体が動かないっ……!)
鎖でがんじがらめに縛り付けられたように動かない。こちらに少女が危害を加えることはないと思っていたのが、ここに来て打ち砕かれてしまった。深い絶望と恐怖を同時に抱くとともに、あの震えが蘇って来た。もう思考が馬鹿になってしまい、何に対しても恐怖としか感じなくなる。そんな追い詰められた精神状況の中で最悪ともいえることが起こった。
少女の姿を見失ってしまったのだ。
(ど、どこに消えた…?)
その疑問が浮かび上がるとともに朋幸の視界の中で、すぐ隣にいた千夏がひざを折りアパート前のコンクリートの廊下に倒れてしまう。
かと思うと千夏は立ち上がった。
金縛りから解放されたのだろうか。だがそんな淡い希望はすぐさま打ち砕かれることになる。千夏の目つきは明らかに自分の知っている千夏ではなかったのだ。朋幸の中で出た答えはひとつ。少女の霊が千夏にとりついたのだ。
(やめろ! 千夏を返せ!)
憑りつかれた千夏は、薄ら笑いを浮かべながらアパートのドアをノックする。
「これでやっと『お返し』できる」
「は、はい……」
中から聞き覚えのある糸のように細い声がする。やはりこのアパートは少女が死んだ事故の加害者にあたる人物。そう、今朝方土砂降りの雨の中電柱の根元に花を手向けに来た男の住む家だったのだ。
ということは少女に憑りつかれた千夏がうわ言のようにつぶやく『お返し』が指している事柄は。
(ダメだ! そのノックに返事をしてはダメだっ!)
声を出したくても、脚の根元から指先、そして表情筋に至るまで全てが硬直していて、叶わなかった。それをあざ笑うかのように千夏はゆらゆらと微笑み、ドアの向こうから男が歩いてくる足音に耳をそばだてる。そして、中から男が出てきた瞬間。
千夏は後ろ手で持っていたリンドウの花束を男に手渡した。にっこりと純真無垢な笑みを浮かべながら。
「おじさん、今までありがとうっ!!」
「え……」
男はひどく狼狽しているようだった。それもそのはず、アパートのドアがノックされたと思ったら、見知らぬ十代半ばの少女が現れて、「ありがとう」などと言ってきたのだ。困惑せずにはいられない。
(ど、どういうことだ…?)
そして中から出てきた男と同じく朋幸も当惑した。再び少女の意図することが分からなくなってきたのだ。
「あの…失礼ですが、どちら様ですか…こんな花は受け取れません…」
「大丈夫です。あたしからじゃないんで。童野怜花さんという女の子をご存知ですか?」
「わ、わらしの……れ、れいか……」
名前を聞いた途端男の顔がより一層青ざめ、声もさらに細くなる。そのまま三歩後ずさりをして、床に三つ指を立てて頭を下げた。
「す、すまない! 本当にも、申し訳ない!」
「……、この花は彼女から渡してほしいって言われたんです」
「え……で、でも怜花ちゃんは……私が……」
「大丈夫です。それでも彼女は言ってたんです。
この花を渡してほしいって」
童野怜花。それが少女の名前。そして、怜花が千夏の身体を借りてまでしたかったことは、今まで花を手向けに来てくれていた男に対して、“お返し”に花を渡してほしい。ただそれだけのことだったのだ。
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「なあ、わざわざ、あんなことまでしなくても、良かったんじゃないのか?」
「え、なにが……?」
「なにって金縛りのことだろーがよ」
朋幸が金縛りから解放され、千夏も正気を取り戻した帰り道。少し苛立ちながら朋幸は怜花を問いただす。しかし、怜花はまるで心当たりがないようだ。
「あたしは何もしてへんで、そらビビッてあんたが腰抜かして、動けんようなっただけや、男のくせにブッさ……、ぷくくっ」
「やっぱこいつ可愛くねえな……」
「大丈夫だよ。あたしだって憑りつかれていたんじゃないの。ちょっとだけ意識の中に怜花ちゃんが入って来ただけ。最初はちょっぴり警戒したけど、とっても優しい目をしていたから、大丈夫だって思えたんだ……」
「じゃ、じゃあ本当に恨んでいなかったのか?」
朋幸の質問にこくりと怜花は頷く。
「あたしが事故に遭ったとき。信号はもう変わっていたのにね。それにも気づかずに。ちらっと見えた信号が青だった気がしたから大丈夫だろう。――そんな考えで、ろくに確認もせずに走り出しちゃったんだ。向こう側の歩道にいた友達に話しかけたい一心で。
気が付いたらあたし、こうなってて……。血だらけの自分が目の前に倒れてて……。あたし、死んじゃったんだ」
自分の手を、土砂降りだったのが、すっかり晴れあがった夕日にかざす。透けるのを物悲しく何とも切なげな表情で眺めながら、怜花は自分の心の内に秘めていた想いをつらつらと語り始めた。
「もちろん最初くらい思ったよ。“おじさんを恨んでやろう”って。でも信号を無視したのはあたし。それにね、事故のあとおじさんは……、仕事も失って牢屋の中にも入って。刑務所から出た後もその日暮らしを続けながら、毎日のようにあの電信柱の根元に花を手向け、あたしのお母さんやお父さんにも詫びを入れてたの、本当に毎日だよ。
あたしね、そんなおじさんを見ていると、とっても悲しかった。とっても――
どうしてあたし死んじゃったんだろうって。
どうして、何も考えずに道路に飛び出しちゃったんだろうって……。
そう考えるようになってから、毎日青ざめた顔で電信柱の根元に屈みこむ、おじさんの姿を見るたびに胸が痛くてっ! 張り裂けそうでっ!
そんなに自分を攻めないでって気持ちでいっぱいで! 話しかけたくてっ!
……そう言ってあげたくて……」
「れ、怜花ちゃん……」
「――でも良かった。今日で全部伝えられたからっ」
思いのたけを語ったあと、少しにじみ出た涙をぬぐうと怜花は、幽霊という処遇に似つかわしくない晴れやかな笑みを、まるで今の夕焼け空をそっくりそのまま映したようにして浮かべた。本人は満足しているかもしれないが、朋幸は複雑な気持ちだった。怜花は自分の言葉や身体で感謝の意を示すことができたわけではない。もっとも、それは叶わない話なのだが。
「本当に伝わったのか……?」
「……、まだあの事故のことでずっと自分を攻め続けているもの。怜花ちゃんの気持ちなんて……考えることもできないと思う……」
「大丈夫っ、これがあるから」
心配する千夏と朋幸に満面の笑みで、怜花は懐に大事そうに持っている何枚ものカードの中から一枚を朋幸に手渡してきた。
「これは……、“フラワーカード”?」
「そ!」
“フラワーカード”
花屋で花束などを購入したときに添えられる花言葉と品種を書いたカードだ。それを怜花は何枚も集めていた。何枚も、何枚も。
「すごいでしょ? これみ~んなおじさんがくれたんだ!」
ヒマワリだけではない。ダリアやチューリップなど様々な花のフラワーカードが怜花の手に握られていた。朋幸は渡されたそれには、書かれている花言葉を読み上げる。それは怜花がおじさんと呼び慕う男に捧げた花束だった。
リンドウ:悲しみに暮れていたあなたを愛します。
ずっと書きたかった設定ですのでかなり楽しめて書けました。