<妹>
教師として積極的な介入はしないと決めたとはいえ、噂自体を意識の底に沈めて知らんふりを決め込むのは、職業倫理に悖るというものです。私は黙って見守ろうと考えただけで、無視するつもりはありませんでした。
ですから噂の秘密結社についての知識を仕入れて、それを頭の隅に留めておこうとしたのです。結成の目的は? 活動内容は? 会員数は? リーダーの名前は?──以上の項目を把握していれば、何か問題が持ち上がった時の処方箋が書き易くなるでしょうし。
幸いなことに、私には最も信頼できる情報源が確保されていました。中等部一年に在籍する、妹の小百合です。私とは年が十以上離れており、また既に母を亡くしていることもあって、私たちの間は複数の関係線で結ばれていました。姉─妹、母─娘、教師─生徒、先輩─後輩。
しかしこの多様さにも拘わらず、線がもつれ合うことも千切れることもなく、各々の関係が正常に健全に機能するという実に理想的な状態が保たれていたのです。私には妹の言葉を疑う理由はありませんし、仮に嘘や隠し事があったとしても、私にはそれを見抜く自信がありました。
今後妹は学年が上がるにつれて、友人たちと教師である私との間で板挟みになって、言葉や行動の選択に悩むことがあるに違いありません。そしてその結果、友人を庇うため私に嘘を吐くことも。ううん、ミカちゃんは学校に内緒でアルバイトなんてしてないよ、マユミちゃんは夜遊びとかするような子じゃないよ。
でも私は今から決めているのです。嘘だと判ってもその嘘を信じようと。もし嘘がばれても、妹を叱ったり問い詰めたりはすまいと。私は教師である前に小百合の姉、無二の友人でいたいのです。教師失格? いいえ、それが私が奉じる職業倫理なのです。
でも、そんな葛藤を経験するのはまだまだ先のことでしょう。今の小百合は明るく屈託のない素直な少女で、よき妹、よき生徒です。しかも未だにイルカの抱き枕がないと眠れない、休日にはアニメの映画に連れて行ってとせがむ、卑弥呼の生まれ変わりが主人公という笑止な少女小説の大ファン、つまり、お子様なのです。
もちろん私はその形容を否定的な文脈に嵌め込むつもりはありません。子供で結構、今はみんな、急ぎ過ぎているように思います。
急いで経験し、急いで挫折し、急いで絶望して自分に見切りをつける。早く熟せばそれだけ早く朽ちるということです。ただ、私が十二歳だった頃と比べて随分幼いな、とは思いますが。




