<沈黙>
彼女たちを取り巻く空気は徐々に曇り始め、明らかな敵意さえ其処かしこでぱちぱちと弾けています。そんな外部の不穏な変化を感じているのかいないのか、シャロットの乙女たちは相変わらずの無表情で、潮流に意志も運命も預けた海月のようにふわふわと、校舎内を游泳しています。
時折立ち止まっては風の愛撫に頬を委ね、声なき会話に没頭する。明るく澄んだ微笑みを浮かべ、恥ずかしそうに耳朶を摘んで、また歩き出す。
親からの相談や苦情の電話はひっきりなしに掛かり、職員会議が毎日開かれ、苛立った男子生徒は正義の執行者を模したような過度に厳粛な顔付きで、少女たちの後を付け回しています。
何が何だか解らない、と同僚の数学教師は繰り返します。私にはあの子たちが解らない、と。ええ、本当にわからないわと私は同調して、肩を竦めます。
嘗て私の聖域であった職員室には、憶測と苛立ちと諦念の囁きが充満して漣っています。それら全ての言葉が濁っているせいでしょうか、室内の空気は淀み、教員一人一人の顔は重く蒼く撓んで見えます。
親たちの間には、多少手荒な処置も止むを得ないのではないか、との意見も出始めているようです。その一方で、いや、それでは最終的な解決へ導くことはできない、今必要なのは、少女たちとの真摯な対話であると主張する者もいます。
彼らは薄々気付き始めているのでしょうか。『シャロットの乙女』には薬物も性的遊戯もなく、あるのは沈黙と神秘だけなのだと。
彼らはいずれ神秘を解体し、少女たちを大人の秩序に抱き込もうとするに違いありません。でも私は信じています。彼らには、鏡を砕くことも織布を引き裂くこともできない。
不安と苛立ちに支配された職員室をそっと抜け出して、私は独り校舎内を彷徨います。『シャロットの乙女』のように? いいえ、最近孤独と沈黙を好むようになったのは事実ですが、シャロットの乙女とは違う。彼女たちは独りではないけれど、私は、本当に独りなのです。
中庭の隅で、廊下の曲り角で、時折立ち止まってはもし十年前だったら……と虚しい夢想に沈みます。しかし醒めるのも早く、ひとつ乾いた息を吐き、次の瞬間には再び、私はふらふらと歩き出すのです。
独りで。
<幕>




