<正体>
私は沈黙の掟を破って先生にお話し致しますが、その前に、今更かもしれませんが絶対に他の人に喋らないことを誓ってください。まあ他の先生に話したところで、鼻で笑われるのがせいぜいの反応でしょうが。
私が『シャロットの乙女』から勧誘を受けたのは、中等部一年の六月でした。相手の名前は言えませんが、クラスメートの一人でした。勧誘の第一声は、とにかく素敵な男の子がいるんだけど、興味ない? でした。私は、男のコなんて乱暴で汚くて臭くて、ゲームとカード集めにばかり熱中している低俗な生き物だから興味なんて全くない、と突っぱねました。
ところが彼女は執拗に付きまとって、彼の素晴らしさについて滔々と謳い上げます。でも、確かに雄弁ではあったけれど、今思えばそのほとんどが抽象的な単語の羅列でしたね。“天使のような美貌”とか、“夏の黄昏を想わせる切ない眼差し”とか。
にも拘わらず私は、そんな修辞の額縁だけで肝心の内容が曖昧な言葉の群れを、するすると吸収していったのです。いえ、額縁だけだったからこそ、進んで受け入れたのかもしれません。もし、芸能人のナントカに似てるなどと紹介されていたら、私はそのナントカを頭に思い浮かべて、あんな感じなのかと勝手に納得し、すぐに興味を失っていたでしょう。彼女が提供してくれる絵姿には、私自身の好みが入り込んで膨らむだけの十分な余白があったのです。
私は、神秘的で捉えどころのない彼にすっかり夢中になってしまい、早く本人を紹介してくれとせがみました。付きまとう方と付きまとわれる方、立場が逆転したのです。
でも彼女は、まだ駄目とか、彼は最近忙しいのなどと言い訳して、なかなか会わせてくれません。私に紹介するのが勿体なくなったのね、独り占めしたくなったのね、と彼女への恨み言を鳩尾の辺りで叫びながら、じっと堪えました。
そうしている間にも私の中では彼の虚像が、私にとっては実像でしたが、暴走的な勢いで膨れ上がって私の頭を圧迫していました。そしてやっと、彼女が約束してくれたのです。明日、彼に会わせてあげる、と。
本格的な夏の到来を予感させる蒸し暑い夜でした。雨こそ降っていなかったものの、夜気は生臭くねばついていて、密会には相応しい息苦しさを演出していました。普段見慣れている風景にも拘わらず、何もかもが妖しく秘密めいて見えます。幻想も神秘も、私のすぐ手が届くところにあるんだ、そんな直感に襲われたことを、今でも覚えています。
私は些か舞い上がった状態で、待ち合わせの公園に着きました。誰もいない夜の公園、ブランコの傍。既に彼が来て……いえ、違う。あれは彼ではない。あれは私の勧誘者、先導者。これは一体どういうことだろう。何故彼は来ていないのだろう。私は不信感を剥き出しにして訊ねました。彼はどこ?───すると彼女は静かに答えました。ソンナヒトハイナイ。“カレ”ハソンザイシナイ、と。その瞬間私は全てを理解し、『シャロットの乙女』となったのです。




