<追及>
高等部二年の小此木真美が『シャロットの乙女』に入っていたという噂を耳にした瞬間、曇りがちだった私の心は解決への期待で一気に晴れ渡りました。もちろんそれは気分的なものに因るところが大きく、その時点では何の確実性も保証されてはいなかったのですが。
高等部の生徒がいわゆる“指南役”を務めているという告発文の指摘が、事実なのかは分かりません。でも、中等部を卒業すると同時に自動的に『シャロットの乙女』から退くことになり、それ以後は沈黙の掟を守ることによってのみ淡い繋がりを保っているという巷の情報には、信憑性があるように思えました。
そこで私は、現役のシャロットではなく、退団後のOGを(彼女らはこんな散文的な呼称を好まないでしょうが)呼び出して追及するという計画のもと、その人選に頭を巡らせていたのです。
そんな折に飛び込んできた小此木真美の名前でした。解決への光明を見た気になったのも、強ち安易な思い込みとは言えないでしょう。端的に言って私は、嘗て彼女に施した恩を今こそ返してもらうべきだと考えたのです。
小此木真美は病弱な少女で、特に季節の変わり目に体調を崩すことが多く、病欠の山を築いていました。中等部三年の二学期の時点で、出席日数不足で高等部への進学が危ぶまれる状態でした。
当時彼女の英語と副担任を兼任していた私は、他の教科の先生たちにも呼び掛けて補習授業を組み、無事、高等部へ送り出すことができたのです。この尽力により、私は彼女の両親から深く感謝され、今でも年二回、心のこもった品々が贈られてきます。そう、今度は小此木真美本人が、私に感謝のしるしを捧げる番なのです。
視聴覚準備室に呼び出された彼女は、何を訊かれるか凡その見当はついているはずなのに、不安や警戒心の影すら窺えぬ恬淡とした表情で私を見詰め返しました。
私は閃状的な苛立ちに囚われたものの、すぐに落ち着きを取り戻してこの腺病質の少女を萎縮させないようにおっとりと話し掛けました。あなたがシャロットの乙女だったなんて、先生、全然気付かなかったわ、あなたがいた頃も今みたいに広がっていたのかしら? と。
すると彼女は、今ほどではないけれどそれなりの勢力を持っていた、と答えました。私は、あっさり肯定されたことに驚きつつも(恐らく、答えていいことと沈黙を守るべきことの境界が鮮明なのでしょう)質問を続けました。
「でも、あなたはそんな素振り見せなかったわ、もちろん他の生徒たちも。ということは、今のシャロットとあなたがいた頃のシャロットでは、何か…磁力の元に大きな変化が起きたんじゃないかしら?」
─今も昔もシャロットの乙女はシャロットの乙女です
「先生方は誰も何も気付かなかったのに?」
─今回だって、先生が気付いたわけではありません。あの告発文の事件がなかったら、始終ボーッとして授業に集中しない生徒がいるな、程度の認識で済ませたのではないですか?
私は渋々ではありましたが、頷かざるを得ませんでした。告発文より前にも噂を耳にしてはいましたが、深刻に受け止めることを拒否し続けてきたのです。きっと生徒たちは様々なシグナルを発していたに違いありません。教師が見落としていた、否、無視していただけのことで。
「それじゃあ、シャロットの乙女はあなたの前にもいたってことね?」
─もちろんです
「いつから?」
─ずっと、ずっと前からだと思います
「でも、私がここの生徒だった頃にはいなかったけど?」
─いえ、いました。先生が知らなかっただけです。ただ……ただ今の子たちは、私の頃より深くのめり込み過ぎているようには思います
これまで小賢しさを感じるほど明晰に淀みなく答えてきた小此木真美が、初めて言い淀みました。私はこの言葉を、シャロットの規律から外れた、彼女自身の判断に基づくものであると考え、さらに、これは私への好意と同情から生じた歩み寄りに違いないのだから、ここで大きく揺さぶりをかけようと思ったのです。
私は確信しました。小此木真美はきっと落ちる、と。
「ねえ、『シャロットの乙女』とは何?」
─神秘です
「沈黙の掟ね、分かってるわ。でも誰のための、何のための掟なの?」
─掟のための掟です
「あなたたちのリーダーは誰?」
─自分の良心です
「ランスロット卿は誰?」
─私です
「ではシャロットは?」
─詩人です
私が小さく溜め息を吐くと、小此木真美は目を伏せました。私は薄く微笑っていいのよ、気にしないでと冷たく言い置きました。
もちろん、このまま放免するつもりはありません。私は椅子を引いて、二人の距離を縮めました。
「あのね小此木さん、私今までは教師として話してたけど、今からは妹を心配する一人の姉としてあなたにお願いします。うちは早くに母を亡くしてるから、私が母親として妹を育てたも同然なのね。でもあの子は未熟な私を信頼して、私の小言もよく聞き入れて、真直ぐ育ってくれた。二週間前までは」
─二週間、前……
「ええ、そうよ。あなたももちろん知ってると思うけど、妹、小百合は『シャロットの乙女』に入ってしまったの。それを知った時の私の驚き、解る? 私、必死で考えたわ。反省もした。母として姉として友人として、私に到らない部分がきっとあったに違いないって」
─いいえ、そんな…そんなことではないと思います
「そう言ってくれるのは嬉しいわ。でも、他に考えようがないんだもの。ねえ小此木さん、お願い。私だけに教えて。『シャロットの乙女』とは何なの?」
─共有され、また私有され、消費される神秘です。すみません、これ以上のことは私には……
「解ってるわ、あなたも苦しいのよね。でも私も苦しいの。私を助けて。あなたから聞いたことは、私、誰にも喋りません。沈黙の掟を守ることを誓います。教師としては職務放棄にも等しい許されない振る舞いかもしれないけど、今私は途方に暮れた憐れな母に過ぎないの。だから…」
─でも、真相を知ったところでどうにもならないと思います。妹さんを取り戻すことは…
「無理にシャロットから引き離そうだなんて考えてないわ」
─では先生は、何のために知ろうとなさるのですか?
「ただ私は理解したいだけなの、私は……」
─そうすれば、勝手にシャロットになった妹を許せるということなんですね?
私の口を閉じさせたのは、彼女の口調の変化でした。それはごく僅かなものでしたが、変化のベクトルが彼女の個性とは正反対の方を向いていたので、思わず立ち止まって凝視せずにはいられなかったのです。
目の前の小此木真美は、臆することなく私を見返してきました。唇の緩やかな曲線は、私への嘲笑の記号、だったのでしょうか。




