<仮説>
もはや、事態の推移を見守るだけでは済まなくなりました。力づくで引き戻さねば。せめて小百合だけでも。
私はまず、妹の心情を何とか理解しようと思考を巡らせました。何故、あの素直で無邪気で真夏のひまわりみたいに単純明朗な小百合が、昏く不可解な集団に引き込まれてしまったのか。
日常に秘かな不満を抱いていたのか、私が母として姉として到らなかったのか、以前からシグナルを発していたのに私が気付かなかったのか、それとも、私は最初から小百合のことなど何も解っていなかったのか…。
本人に話を聞こうにも、部屋から出て来ようとしません。ドアをノックしても、今忙しいという強張った答えしか返ってこないのです。私は僅かな隙もなく閉ざされた扉の前で、ふいに泣きそうになりました。いくら考えても考えても解らない。そうするうち、もしかしたら……と私は一つの推測に縋りました。
そうだ、そうに違いない。小百合もあの告発文の主と同じように、何が何だか分からぬうちに引き込まれ、そして気が付けば抜けたくても抜けられない状態にはまっていたのだ。そのように考えることは即ち、小百合もいかがわしい人工楽園に耽溺していると認めることになります。
でも私は何故か、そう考えることによって落ち着きを取り戻しました。明らかな罪の方が、霧の向こうの神秘よりも私を安心させたのです。
とはいえ、私は『シャロットの乙女』が薬物と性的狂宴を秘密の紐帯とした暗黒集団であると断定したわけではありません。私はより現実的に、次のような仮説を立てました。
彼女たちがシャロットなら、ランスロット卿も存在するに違いない。つまり、少女たちにほとんど崇拝にも似た狂愛を掻き立てる偶像的な男性が、学内か学外かテレビの向こうかは判らないにしても、ともかく目の前に現れた。そして少女たちは夜となく昼となく彼、ランスロット卿への想いに没入する余り、現状の如き日常の荒廃を招くことになったのだ───
そう、私は『シャロットの乙女』を狂熱的なファンクラブのようなものに貶めようとしていたのです。テニスンのテクストに忠実であるならば、そんな結論に落着するはずなどないと承知の上で。
でも、主体が思春期の少女である以上それが最も健全で理に適っていると思えたし、そう考えるようにして漸く私自身も、小百合を理解できたような安堵感に枕することができました。テクストとの整合性を、現実との整合性の犠牲にしたともいえるでしょうが。




