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「とりあえずほれ、頼まれてたもんだ」
俺はコンビニ袋からバームクーヘンを取り出した。それを見るや子猫の如き素早さで奪い取ろうと飛びかかってくるうるうの初撃をひらりと避け 勢いを殺せずに床に「ふぎゃんっ!!」と激突したうるうを見下しながら俺は言う。
「まずは言うことがあるんじゃないか?」
「言うことって??ぃててて・・・」
うるうは床にぺたんと座り込み『んー・・・』と考え込む。そして、やっと気付いたのかポンと手を叩き、くぐもった口調で喋りだした。
「越後屋、そちもなかなかの悪よのぉ、ふひひ・・・」
「いえいえ、お代官様ほどではありませんよ、ぐへへ・・・。―――って、違うわ!!」
「違うの!?じゃぁ、何?」
「お礼だよ!!普通にお礼言えよ!!たまには妹らしくお兄ちゃんに感謝しろよ!!」
「飯あり」
「略すな!!」
ネットゲームやり過ぎだ!!まったく、たった5文字がなんで言えないんだ?いや、そもそもこいつに普通を強要するのは無理難題なのかも知れない。
中学卒業から引きこもりを貫いているうるうはそういった教養が無いのだ。そうだ、そうなんだ。甘やかされて育った現代っ子の最底辺辺りに属しているに違いない。そう考えれば俺の苦労も少しは報われるんじゃないか?
俺は渋々バームクーヘンを渡してやった。
「わーい、ありがとぉ♪」
「普通に言えるのかよっ!?」
「次はお風呂お願いね♪」
「あー、へいへい・・・」
もう俺がメイド服着た方がいいんじゃないか?いや、着る気はないけど立場的にと言うか、状況的にというか・・・。
言うだけ、考えるだけ無駄だよな。幸い、明日から学校が始まって、学校では委員長という癒しが俺をまってい―――
「あ、そうだ。うるう、ちょっといいか?」
「にゅぁ~にぃ~?」
「お前、予備のPCもってたよな?」
「にゅん、ふぁるお~」
「それでHHO出来るか?」
「うぇきるお~」
「じゃあ、後で貸してくれよ。実は委員長が―――って、会話中は食べる手止めろよ!!」
口いっぱいにバームクーヘンを詰め込んだうるうは『なんで?』みたいな顔をしている。
お前はあれか?小学校に上がる前の子供にありがちの何にでも理由を求める『なんでなんで症候群』が未だに発症したきりなのか?
「とにかく貸してくれ・・・」
口元と床にはバームクーヘンの欠片が散乱し、ほっぺたをリスみたいに膨らまし、メイドの欠片も感じさせない残念すぎる妹。その惨状に深い溜め息をこぼしながら風呂場へと向かう。
出会った当時はもう少しまともだった気がするが、それは思い過ごしかもしれない。だって、過去の思い出は美化される物だろ?