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月夜の煩悶

『好きです。付き合ってください。』

 私ぐらいの年の子なら良く見るであろう文字が、小さな四角い画面の中に浮かんでいる。

 安っぽくてありきたりで何の面白みもない。なのに伝えるにはまさに清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟が必要な、とても不思議な言葉。

 クリアキーを長押してせっかく書いた文章を消滅させ、枕に顔を埋める。

 私は懊悩していた。懊悩してオウ、ノー!

 そんな人前で言ったら爆発したくなるほどの寒いギャグも、今の私にとっては生ぬるい。八駅座りっぱなしだった電車の座席よりも生ぬるい。いや、生暖かい。

 何を考えているのだ私は。そんなくだらないことを考えている暇があるならもっとグッとくる告白文句を思いつけというのだ。さっきから同じことを書いては消すの繰り返しじゃないか。これではいかん。誠に遺憾。共に逝かん。わたしゃ行かん。ああ、なんと変換機能は便利なのだろう。

 いやいやだから遊んでいる場合ではないのだ。今日こそは、今日こそは伝えるのだ。

 仰向けに携帯を構えて準備は万端。さあ素晴らしい落とし文句よ、降りて来い。

『私実はあんたの事好きなんだよね。付き合おうよ』

 うん。実に普通だ。そもそも突然敬語になるなんて不自然極まりない。それではまるで超重大事項だから真剣に考えてくれ、と言っているようなものだ。誰がそんな漬け物石のような女に惚れるのだろう? うん、これはいい。

 いや待てよ。少し軽すぎやしないか? 交際に慣れきった尻軽女と見られてしまわないか? それは非常にまずいぞ。

『サッカーしてるあんたを見てから、なんか心臓の調子が悪い。責任とって付き合え』

 よし。これでケツの軽さは抜けただろう。どことなく強気な健康女子のような雰囲気も出ている。傑作ではないか。

 いや待てよ。これ本当に心臓病なんじゃと勘違いされないか? そういう目で見ると病院への付き添いを強要するメールにも見える。これはまずい。どこが健康女子だ。

『私と付き合うのと、明日の朝教卓の前で頭にパンツ被りながら“コスモパンツ!”って叫ぶのどっちがいい?』

 さながら光の速さで削除した。

『すき焼きの、“焼き”をとった。さて、なーんだ?(あ、かにすきの“かに”でもいいよ)』

 携帯をとじて枕の横に置いた。大きなため息が肺から放出される。

 私は何をやっているのだろう。

 べつに今のままでもいいじゃないか。何を今更焦っているんだ。

 あいつとは小学校からの付き合いだ。それから同じ地元の中学校に行って、偶然にも同じ高校に進学した。そして今に至る。

 お互いに男女間の枠を超えたように仲がいい、と私は思う。

 それが嬉しくもあり、同時に寂しくもあった。

 そのことを自覚するきっかけになったのは中学二年の頃のある出来事。

 その日あいつは一人でゴミ捨てに行っていた。私はこっそり後をつけた。後ろから突き飛ばし、あわよくばゴミを撒き散らして涙目になればよいと思っていた。

 着いたゴミ捨て場には誰も居なかった。おかしい。確かに居るはずなのに。そう思い奥に進むと、すぐにあいつの姿を見つけた。横を向いてなぜか照れている。

 不思議に思って彼の向いているほうを見てみると、そこには顔を赤くした女の子がいた。

 告白されたらしいことはすぐに分かった。

 その瞬間、私の心は締め付けられるように痛む。

 というようなことは微塵もなかったが、何かにムカついたのでまるで猫のような声を出して彼に近づいた。

「あーっ、やっとみつけたぁ~」

 ぎょっとした顔でこちらを見る彼。

「も~、早く来てって言ったじゃん。帰ってしよ?」

 体をくねくねさせて彼の下半身をさする。彼は引きつった笑みを浮かべ何か言葉を発しようとしている。目の前に居る少女への弁明だということは明白だった。

「あ、あのっ、こいつは俺の幼馴染で」

「だからなんでも知ってるの。すごくおっきいんだよ。うふ」

 少女は絶望の表情を浮かべ、まるでコマーシャルの一場面のように華麗に体を反転させて駆け出した。

 彼は手を伸ばす。だがそれは届かない。ああ、悲しきかな人生……。

「なにすんだよ!」

「うわつまんない。なにその反応。予想通りすぎてつまんない」

 陰部に置きっぱなしだった私の手をどけ、怒りと悲しみが混在した表情で私を見つめる彼。

「あの子泣いてたじゃんか」

「童貞卒業できると思ったんだ。うんうん、元気でよろしい」

 ぷるぷると震えだす彼。

「……いだ」

「ん? なんて?」

「嫌いだって言ったんだよ! この意地悪女!」

 倒れない程度の強さで私を突き飛ばし、彼は走り去った。

「ふーん」

 一人残された私は本当に小さな声で呟く。なぜかまだイライラしていた。

 いつもならあいつが悔しがっているのを見ると心が晴れるのに。なぜだろう。

 それからも私は彼に悪戯を続けたが、私の心にはもやもやしたものが残ったままで全然楽しくなかった。だから自然と悪戯の回数は減り、今となっては普通のクラスメイト。

 悔しいことにあいつは筍のようにすくすくと育って、かなりの長身になった。ルックスも周りの女子が一目置くぐらいには良い。そんなわけもあって、あいつに対して好意を抱いていることを自覚するのにそう時間はかからなかった。

 また、ため息をつく。

 きっと私は小さい頃からずっと女としては見られていないのだろう。それは私がそうさせるようなことをしてきたからで、今更変わるものでもない。

 過去を振り返っても変えられるわけじゃない。なら今を変えるしかない。

 そう思い立ち、今日こそはと思った、のだが。

 携帯を開くと最後に打った子供みたいな文面がそのまま残っていた。

 電源ボタンを連打してそれを掻き消す。電気を消して布団をかぶった。

 いいのだ。望みのない賭けに出るくらいなら、最初から賭けない。

 今ある幸せを噛みしめるのも大事なことだ。

 そう自分に言い聞かせ私は眠った。

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