狂言回し
今回はほぼ狂言回しです。
サカキは一人、まだ慣れない新居の窓辺に佇み、南の市場に繋がる路地をぼんやりと見ていた。
つい一月程前なら昼の客をさばいた女の子達に用具を用意したり、夕刻の混み合う時間の下準備を行う時間帯だ。しかし娼館を奪われ追い出された今となっては、やる事も無く、どうする事も出来ない憂鬱な時間になっていた。
娼館は今やファミリーにとっては数ある事業のうち一つでしかなかったが、サカキにとっては生まれの家であり、両親から受け継いだ事業だった。それが無いという事に未だ慣れず、道行く女を見てはあの客に合いそう、あの客なら水揚げに良さそうと取り留めもなく考えていた。
若い頃から、退屈な時間があれば、これ幸いと、店の女の子をつまみ食いしていた。趣味と教育、人心掌握を兼ねたそのつまみ食いは頻度が少なくなったとはいえ、最近までサカキの楽しみであったし、ライフワークでもあった。それが無いことに軽い苛立ちを覚え、窓から目を反らした。
手持ち無沙汰にテーブルの上のコインを取り、僅かなキズを再度確認する。
小さいが偶然つく事はないその傷は、サカキが考え出し、ファミリーの顔役である夫が実行したものだ。
夫とはビジネスの様な付き合いだった。娼館を守るための政略結婚と割り切った関係だった。生来の性癖から、男に抱かれるのは最初こそ屈辱だったものの、子供が生まれれば案外良い夫だった。元は単なる武芸者だった彼がファミリーを作り拡大していく事は、子供の成長とリンクしていつの間にかサカキの喜びにもなっていた。
戦争に敗北し、ゾンビまみれになった街で、逆に死んだ娼婦や商人を操り市場を牛耳る奴が出てきた時に、私がこれを傘下の下級店に働きにやって来たゾンビの女の子にお給金として支払ったのを覚えている。そう、最初に私がファミリーのため取り込もうと欲をかいたのだ。
策は成功し、黒幕に辿り着く事は出来たが、土壇場でファミリーの反乱分子に横取りされた挙句、武闘派の要まで討たれ、そこから盤石だったファミリーは落ち目になっていった。かつて後ろ盾となっていたレティル公は既に無く、裏切り者が出た事で評判は地に落ち、更に町に発生した竜巻に対処しているすきに一人息子と娼館を奪われ、叩き出される様にこんな中央旧市街に身をやつすとは、冗談としか思えなかった。
だから、いつの間にか大切な家と同じくらい大切な息子を賭けに負けた代償として取られた事をサカキは自分のミスだと感じていたし、それ以上にたとえどんな卑劣な事をしてでも、その2つを取り戻すと心に決めていた。
あの女の子がなぜこのコインを持っていたのか?それはわからない。
しかし、言動からユージやとうに亡くなった両親と同じく地球出身らしき事が推察され、全くの無関係とは思えなくて、頭を下げ、小走りに大通りに向かう彼女を確認すると、ユージを呼んだ。
『ユージ、お前、あの女の後つけえ。あの女のコイン。キズ付いとったわ。ドドコ殺ったティムソの仲間かもしれへん』
それだけで、ユージは復讐に燃えた目で走っていった。
ひょっとしたらユージは路地に入り次第、女を切ってしまったかもしれない。余りにも遅いユージの帰りを窓辺で待ちつつ自分の指示の不味さにやきもきしていると、路地が急に慌ただしくなり、市場の方に人が次々と走っていく。
なんだろうと思いサカキもつられるように外に出ると退屈まぎれに市場へ向かって歩いて行く。最初はゆっくりだったが、周りの人が話している言葉を聞き、足が速くなる。まさかそんなと思いながらも市場に入って見えた姿に立場も忘れて走り寄ってしまった。
――ゾンビの群れを倒して――
あのゾンビたちがカニに蹴散らされた後。
私は5人の裸の男を引き連れて西に向け歩いていたが、大通りに出る前に手も足も腫れ上がって歩けなくなった。ケープコートは防刃性はあったが剣や槍の持つ運動エネルギーをそのまま打撃として受け止めた私の全身は、時間差でどんどんそのダメージを発露させていた。
意識が飛びそうで、5人に私を運ぶ指示をしようとするが、考えがまとまらず、上手くいかない。カニに襲われる恐怖とともにうずくまっていると、後ろから声をかけられた。
見るとサカキさんの所のスーツ姿の男の子だった。
彼は私が連れていた男の子と知り合いの様で、半分意識の飛んだ私を置いて一通りの感動の再開をしていたと思う。しばらくすると、私の方に来て、どうやって持ってきたのか私の下着の入った袋を手に、自分はユージと言う者でサカキさんに言われて私を見張っていた事と彼を助けてくれた謝辞を述べ、手助けできなかったことを深く詫びた。裸の彼が人質に取られており、自分が助けに行き失敗でもすれば制裁があったためやむなくとの事だった。
今すぐ指を詰めて詫びます。
横に鍔のない刀を置いて正座し、TPOをわきまえずにとんでもない事を言い始める。
詰めます。いらん。いやケジメなので詰めます。違うやってほしいのそうじゃない。頑固な男と堂々巡りをやっている間に巨大カニが何回か近づいてきてたが、全部例外なく、ユージから半径2mぐらいに入ると操り人形の糸が切れたかのように動かなくなる。
しばらくして、それでは姐さんに一つ借りと言うことで。とユージは念を押すと私を抱きかかえて市場に向かった。
――市場での歓待――
市場に入った私たちの姿を見ると、人々は歓声を上げた。
私が連れていた5人の裸の男たちは市場のまとめ役だったり、歓楽街の顔役の息子だったり、それぞれが重要人物だったようで次々に人が集まってくる。
リングを通して5人の心が温かみと感情を次々と取り戻していく様子をユージの腕の中で感じていると、あの着物姿の女性が走ってくるのが目に入った。
サカキさんは大柄な男の人を連れていた。
どこかで見たことがあるような気がするその男はサカキさんの旦那さんで、自分はもともと歓楽街の顔役であったモトマノと名乗り、作法なのか地面に頭をついて私に感謝の言葉を述べた。
意識が飛び飛びになってたのもあって、私はそのままモトマノさんの屋敷に厄介になることになった。
運び込まれて寝かされると死んだように眠りにつき、寝たのは昼だったのに起きた時は次の日の夜中だった。
――その夜も明けた2日目――
モトマノさんの家での生活は不便がなかった。
全身打撲で歩くのはおろか、手を上げるにも一苦労な私の世話係として、私が助けたモトマノさんの息子であるコウサがそのまま世話係になって親身になってくれていた。丸一日半寝ている間に私の看病をしてくれたり、池に落ちた私の下着から服まで寝ている間に着替えさせたり、今も立ち上がるのに肩を貸してくれたりと自分も今まで人質だったというのに休まず付きっきりだったようで、その事自体は有難かった。
彼らを操るリングは繋がっていた男たちの紐を切っても関係なく男たちと感覚がつながっていた。首輪にひもをつけて犬扱いしていたのは単なるババアの趣味だったらしい。
しかし、男たちの首輪の外し方がわからない上に、私が手放すと止まってしまって動けなくなるようで、常に持っている必要があった。とりあえず自由に動けと命令してそれぞれ自由にしている。下手にいじると死ぬ可能性もあり、破壊も出来ない。
最初は後で説明する理由から持っているのが嫌でユージにでも(借りを返せとばかりに)押し付けようと思ってたのだが、試してみると女しか使えない。サカキさんに渡そうとしたがコウサが嫌がるということで拒否された。コウサの心が読める私から言わせれば母親が嫌いなわけではないのだが。
まあそれは建前で、たぶんサカキさんがリングを使って他の人たちを操っていると思われる事により、仲間内での疑念を抱くのを恐れたんだろうなってなんとなく思った。
その代わり助けになる事ならと言われたので服を頼んだ。
池に落ちて着ていたものがドブ臭いし、男物は動くたびに胸周りが擦れたり突っ張ったりする。私は巨乳とは言えないけど、それなりに平均以上はあるので、頼んでみたのだが。
「かんにんな。今、女物の服は品切れしてん。最近集めてる方が居てはるんや。」
お針子もみんな総動員で忙しいからと複雑そうに言って、サカキさんはユニセックスな服を用意し、汚れたコートのために洗濯屋を紹介してくれた。その時コートを点検していた洗濯屋のおじさんから『オルミアさん』と呼ばれた。
「誰?」と聞き返すと、コートの刺繍にそう書いてあると言われる。
言われてみれば下手な刺繍の文字はそう取れなくともない。
それまでみんなに何回か名前は聞かれてたけど、自分が誰かわからないと話していた。
「月のモノの呼び方からして、うちの両親やユージと同じく、あんたも地球出身かもしれへんな」
サカキさんがそう言ってからはみんなに地球の子と呼ばれていたが、名を名乗るのに不便だなと思ってた所だった。
一度『オルミア』と聞くと、自分がそういう名前だった気がしてくる。
私が満更でもないのをコウサが敏感に感じ取り、『オルミアさん』『オルミアさん』と事あるごとに呼び続けたため、そのまま定着してしまった。
私もそれは嫌ではなかった。
私の名前はいつの間にか市場にまで広がっていて、夕に窓際のベッドから体だけ起こして外を見ていたら、道行く人が私を見つけて、名前を呼んで早く元気になってと励ましてくれた。
見知らぬ他人に感謝されたのは初めてなような気がして、まだ歩くことも難しい私の体の痛みが逆に誇らしく感じた。
わたしのステータス
???
持ち物
Eスニーカー …敏捷+3
Eファミリーの服(地味目部屋住み用)…体力+2・敏捷+3
E白のケープコート(白雄猿カスタマイズ:再調整中)
…防御+120・腕力+3・魅力+12・敏捷-3
市価+1・障壁+1
着替えセット…省略します。
ブラッディタオル…池のカニをおびき出す栄養になりました。