セイを拗らせた奴らは気持ち悪い2
私がババアに虚勢を張るや否や、ゾンビたちが私ににじり寄ってきた。
奴らは私が明らかに丸腰なために、全く警戒する様子もない。武器も抜かず、ただ、丸腰の馬鹿な小娘に逃げられないように池を背にした私を中心とする半円を狭めて捕まえようという作戦の様だった。
私はとりあえず、武器になるものとあたりを見渡すが、足元も周囲も枯れた葦に覆われていて、木の枝さえ落ちてない。仕方なしに長めの葦を一本引き抜いて振ってみたがしょせん草なので、目の前のゾンビが手を払うと一瞬で千切れて地面に落ちた。
じりじりと水際に追い詰められて、いっそ池に飛び込もうかと後ろを見る。
あまりにも隙だらけだったのか、左手の方から『キエエッ』とばかりに手柄を急いだ骸骨が飛び出てきて、私に飛びかかってきた。慌ててしゃがみ込むと、骸骨の両腕は私の頭を掠めて空をかき、勢い余った骸骨が私の体にけっつまづいてそのまま池に落ちた。
あ、大丈夫?と思い待つが、骸骨は浮いてくる気配がない。どうやら骸骨は水に浮かないようだった。骨がスカスカなら浮くかもしれないが、いいものを食べて、骨粗しょう症とは無縁だったんだろう。それに池は長方形の溜め池みたいで、水際からいきなり真下に何メートルもあるようだった。
「よくも・・・仲間をやりやがったな、コイツ!」
「やってない!勝手に落ちた!」
私はゾンビの非難を必死に否定した。
でも私の抗議は火に油を注ぐ様なもので、仲間がやられたと勘違いした彼らはそれぞれしゅらしゅらんと手持ちの武器を抜いていく。さっきまで私を無傷で捕まえようとしてたのに。
「ほんと!私、武器もないし無抵抗だったじゃん!武器はやめて!」
「うるせー!」
「いや、剣や槍がささったら、私死んじゃうじゃない?そしたら、毎朝新鮮な肉を薄切りにしたりできないよ?ね、ババア?ババアも私が生きてて新鮮な方が私で長く遊べていいよね?」
私は必死だった。必死過ぎて、一段高い道の上から見下ろす私の生死を握っているおばさん、じゃないおば様に対する敬意を忘れていた。
「じゃあ適度に半殺しにして樽に詰め込む熟成酒コースにしてやるよォ!」
おば様は当然の如くお怒りなされた。
私、何もしてないのに…状況がどんどん悪くなっていっていた。
なんでこうなるのか、と思いつつ目の前のゾンビや骸骨がそれぞれ武器を抜いていくのを見て、私はせめて何か武器を持とうと、手に持っていた袋を探る。ミントグリーンの下着を引っ張り出すが、ちょっとこれを振り回すのはやだなと思って、再度袋に突っ込み、さっきまで穿いていた男物の下着を取り出した。
ゾンビたちは私が男物のブリーフを構えたのを見て、予想外なことに少しひるんだ。
「!?…たあっ」
ブリーフを振り回すと、うわっとばかりに少し後退する。
なぜ?この下着に何か秘密が?とまじまじと見てみる。
見た感じはどう見ても単なるブリーフ。むしろ前使ってた男の人の尿漏れの跡か、股間の部分が明らかに黄ばんでいる。私が穿いた時は電気がつかない風呂場の薄暗い中だったから気が付かなかったけど、気が付いてたら、絶対につけないって感じ。
…そうか…汚いからだ!ゾンビたちは私を殺したいぐらいに怒ってるけど、あくまでも形勢は1対20。しかも相手は武器ももたない小娘だ。勝利は確定だし、余分な苦労なんてしたくない。ゾンビだって明らかに使用した形跡のある黄ばんだパンツを顔にぶつけられたらいい気はしないんだろう。
「ふふっ、この黄ばんだパンツを顔にぶつけられたい奴から前に出るがいい!」
暗闇に見えた光明。パンツをヌンチャクのように振り回して威嚇していると、面白いぐらいに私の周囲から逃げていく。
しかし、調子に乗って剣みたいに振ったら、ゾンビが身を守ろうとかざした槍に引っかかり、私が端っこを持ってたこともあって、ブリーフは手から離れ地面に落ちる。あっと拾おうとしたら、周りの骸骨やらがドスドスとブリーフに槍や剣を突き立ててずたずたにされてしまった。
「…まだだ!もっと汚いのあるもん!」
ちょっと待ってろとばかりに取り囲むゾンビの輪の中で袋に手を突っ込み、私は袋の中で丸まってたそれを取り出した。
端っこを持ち広げると途端に、あたりに生ぐっさい独特のにおいが広がった。
「うっ・・・自分のでも一旦体から離すと、においキッツ・・・」
試しにインディジョーンズやサーカスの調教師が使う鞭のようにパシッと鳴らしてやると、さらに周囲に汚臭が広がり、それを嗅いだゾンビや骸骨がポロポロと武器を取り落としていく。雑菌が繁殖したブラッディタオルの腐敗臭に完全にスポイルされているようだった。
私はその様子に手ごたえを感じて、先ほどのブリーフの時のようにひゅんひゅん振り回し、カンフーの達人の如くびしっとポーズをとって決め台詞を吐いた。
「ふふっ、流石のお前たちでもこのブラッディタオルをぶつけられるのは恐怖を感じるようだな・・・さあ、この生ぐさいブラッディタオルを顔にぶつけられたい奴から前に出るがいい!」
なぜか、今度は全員が突撃してきた。
武器は手放して、素手で突っ込んできて、私を中心として団子みたいにもみくちゃになり、勢い余って、全員丸ごと池に落ちた。
飛んだ水しぶきは噴水みたいに高かった。